弱きを守るは、騎士の誉よな   作:ロイドロイド

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掃除してたらゼロ魔が発掘されたので初投稿です


邂逅

 初めての他の貴族との交流。 片田舎の貧乏貴族が公爵家三女の誕生日会に呼ばれたのは偶然だった。

 

 魔法が出来ぬからと剣術に専念させられた少年の、マメと傷の多い手を取って「綺麗」だと言ってくれたのは彼女が二人目だった。 父も兄も、それを見るたびに未熟であり、集中できてないと彼を叱った。 余計な力が入っているからそうなっているのだと。 魔法が出来ぬのなら、せめて剣こそ振るえねば如何にして王家に尽くすのかと。 優しき姉と彼女だけが、そのみすぼらしい手のひらを褒めてくれたのだ。

 

「そんな。 お手が汚れてしまいます。 公爵家のお嬢様の手を汚すわけにはいきません」

 

「いいのよ。 自分では上手く包帯も巻けないでしょう? 私もよくやってもらっているから分かるのよ。 ほら、じっとして」

 

 聞けば、彼女は生まれた頃から体が弱く、ずっと屋敷の中で過ごしているのだという。 裂けた皮膚から漏れ出る血液をふき取りながら、白く清潔な包帯を丁寧に巻き付けた彼女は告げた。

 

「あなたの父君と兄君は随分とお厳しい方なのね」

 

「…不甲斐ない自分に、憂いているのです。 優秀な姉も兄も家を離れて、不出来な自分だけが残ってしまいました。 皆立派に勤めを果たしているのに、自分は何も出来ないでいます」

 

「あら、手をこんなにしてまで頑張っているじゃない。 それではいけないの?」

 

 心底不思議そうに彼女は告げた。 優しげな微笑は、落ち込む少年をあやす様である。

 

「魔法があまり使えないのでは、幾ら剣が振れたとしても騎士にはなれません」

 

「そうかしら。 騎士とは人を守るための存在だと、私は父と母から聞いたわ」

 

「弱くては、人を守る事などできませんよ」

 

「戦いの強さだけが全てではないわ。 心の強さも、優しさもあるでしょう?」

 

 

 屈託のない微笑だった。 時折稽古をつけてくれた姉と同じように、優しい瞳である。

 

「ルイズの誕生日会も終わったわ。 少し散歩にお付き合いいただけるかしら?」

 

「自分の様な者がカトレア様のおそばにいることなど…」

 

「そんな他人行儀な呼び方はおやめになって。 お友達ならそんな呼び方はしないわ」

 

「お友達…」

 

「そう。 お友達よ。 私は外に出ることが少ないから、お友達はエレオノール姉さまとルイズしかいないの。 あなたもなってくれたら嬉しいのだけれど」

 

「そんな…身に余る光栄です。 自分の様な者が…」

 

「自分を下に見る言い方もダメよ」

 

 美しい庭先に進みながら、彼女は少年の口調を正した。 

 

 だが、少年と彼女とでは身分が違いすぎる。 王家により近いヴァリエール家の次女と、片田舎の貴族では比べ物にはならない。 もしヴァリエール公爵に睨まれでもしたら、書類一つで家の取り壊しになりかねないのだ。 己の粗相一つでそんな事になれば、悔やみきれない事である。

 

「僕が、カトレア様のお友達になってもよろしいのですか?」

 

 恐る恐る、相手の顔色を窺うように問いを投げかけた。 すると彼女は笑って、

 

「よろしいもなにも、私から頼んだのよ。 レーンは随分とおかしなことを言うのね」

 

 肩をすくめる少年に向けられた彼女の視線は、どこか幼い妹を見つめる物に似ていた。 誕生日会の最中、十歳を祝われるルイズを抱きしめたカトレアの物だ。 年の離れた兄姉を持つレーンにとっては見慣れぬ光景に目を丸くし、そして美しいカトレアに目を奪われた。 それが今自分に向けられているので、あまりの緊張に脳の回転を止めた少年は思わず目を逸らした。

 

「あまり、からかわないで下さい」

 

 無礼だと知っていながら、赤くなった顔を見せることは出来なかった。 強い羞恥心が少年を襲って、しばらく思考力を奪った。

 

 そんな風に散歩を続けていた頃だった。 何やらカトレアの後ろについた侍女が頭を下げていることに気付いて、レーンは振り返った。 

 

 声もなく歩み寄った女性、ヴァリエール家の長女であるエレオノールは頭を下げた侍女たちを手で制すると、今度はカトレアの元に急ぎ捲し立てた。

 

「カトレア。 あなた、朝も体調を崩したばかりなのに出歩いてはダメでしょう? いつ倒れてしまうのかと、父と母も心配しているのに。 早く戻りましょう」

 

 レーンに向けられた視線はとても冷たいものだった。 誰か? と厳しい(まなこ)で問いかけられているようで、慌てて首を垂れて跪いた。

 

「ご挨拶が遅れました。 父に代わりましてお祝い申し上げます。 レーン・ド・ロスリックと申します」

 

「ロスリック? ああ、あの辺境の貴族ね。 歳の割に礼儀はなっているようだけれど。 そんなあなたが、どうしてカトレアと一緒にこんなところに?」

 

 キリキリと、彼女の眉間は吊り上がっていた。 風のうわさでは、彼女は非常に聡明で才能にあふれる人間であるが、母親譲りの気性の荒さが幸いして婚期を逃しているのだとか。 彼女の言い分には、やはり釣り合いの取れていない立場の者が何故? という不遜な態度が見て取れた。 

 

 しかし、貴族主義社会であるハルケギニアにおいては貴族の位とは絶対なのである。 多くの関りを持たぬとはいえ、公爵家はそれに相応しい教育を受けており、ロスリック家はそれに従う側の人間である。 つまりカトレア嬢の扱いが例外なのであって、彼女の方が正しいと言える。

 

「あの…いえ、自分は…」

 

「はっきりとしなさい。 あなたは何故、カトレアとここにいるのかしら」

 

 水面に反射した己の顔色は随分と悪い。 土色に変わった死人の様な形相は、己の発言で全てが変わってしまう、そんな恐ろしさからくるものだった。 組まれた腕の人差し指がトントンと鳴らされて、何かを言わねばならぬと分かってはいたが、どうしても言葉は出てこない。 代わりに出てくるのは漏れ出るような吐息だけである。

 

「ごめんなさい、姉さま。 でもレーンは関係ないわ。 気分転換の散歩に少し付き合ってもらっただけなの」

 

「それと?」

 

 情けなく恐縮したレーンをじろりと睨んだが、その視線に気づいたカトレアはそれを制した。

 

「彼はお友達なの。 私のお友達なら、姉さまのお友達でもあるでしょう? 仲良くしていただけると嬉しいわ」

 

 如何に厳しい彼女も、愛する妹の願いを踏みにじることは出来ないようで、大きなため息をつきながらこちらに視線を促した。 未だに首を垂れたままの少年はすぐさま立ち上がって、ようやく視線を合わせる。

 

「そうね。 本来であれば許されない事ではあるけど、今日はおチビの誕生日だし、カトレアに免じて許してあげるわ」

 

 ほっと息をついて落ち着けようとしたとき、「でもね」と続ける声がした。

 

「お父様とお母様に見られたら、どうなるか分かってるわよね。 私が何か言ったところでどうこうなる問題ではないわ」

 

「は、はい。 心に留めておきます。 そのような事は、絶対に」

 

「そう。 弁えてるならいいわ。 ほら、体を冷やしてはいけないわ。 さっさと戻りましょう」

 

 評判に違わぬ鋭い物言いである。 九死に一生を得た気分になってようやく肩を撫でおろした少年は、申し訳なさそうに振り返ったカトレアに頭を下げて、屋敷から離れることにした。 

 

 初めての場所、初めての交流、そして貴い者との出会いはこの先忘れることのない出来事になったのである。

 

 そして、これがロスリックという家名を他人に明かす最後の機会であるとは、少年は知る由もなかった。

 

//

 

 灰色の空が広がっている。 曇天の冷たい光の中には、擦り切れた布と傷んだ金属鎧。 そして既に事切れた肉塊が鬱蒼と茂る木々の中に隠れている。 各々の手には、側には、盗賊の得物たる小汚く使い込まれた短刀や、貴族(メイジ)の象徴たる杖が散在していた。

 

 一人の少年が持つ刃物。 腰くらいまでの長さの直剣が背を向けて逃げる男の背中に突き刺さり、肉に絡みついた刀身を、足を使って力任せに引き抜いた。 ぽっかりと開いた穴からおびただしい血液が流れ、痙攣した手足はやがて静止し、命乞いとうめき声は虚無へと消えた。

 

「もう逃げられないぞ」

 

「待ってくれ! もうあんなことはしねぇ! 俺も元は貴族の端くれだ! ブリミルに誓う!」

 

 片方の腕は肘から先が無くなっている。 薄汚い盗賊団の中では珍しい、多少綺麗な衣服に身を包んだ男は、流れ出る血を必死に抑えながら命乞いをした。 ぬかるんだ地面が顔を汚し、かつての優雅さを奪っている。

 

 その命乞いに対し、少年は薄汚れたサーコートが泥にまみれるのも意に介さずしゃがみ込むと、男の顔を覗き込んだ。 

 

 降ろされた鉄兜のバイザー越しにちらりと窺われた瞳は、この空と同じで恐ろしい程に冷え込んでいる。 同時に、形容しがたい程の怒りを含んでいた。 傷口は酷く痛み、切断された断面は燃えるような熱を持っている。 それなのに、男は底冷えするような悪寒に襲われた。

 

「俺だって、好きでこんな事に身をやつしている訳じゃなかったんだ。 こんな、こんなのは…」

 

 聞かれてもいない言い訳を並べたのは、その瞳に明らかな殺意が籠っていたからで、目の前の刺客の、直剣を握る手が一向に下がる気配がしなかったからだ。

 

「村を襲ってなぶり殺しにしてきた男が、良く喋る」

 

「そんな事…言ってる場合じゃ――」

 

 男が言い切るよりも前に、その鋭い穂先(ほさき)が喉元を貫いていた。 続くはずだった言葉は少年の手甲に遮られ、くぐもった声が手の中に広がる。 それは恐らく、死ぬ間際の怨嗟の言葉。 このような人でなしでさえ、自分の番になれば身勝手にわめき散らかすことを、少年は知っていた。

 

 手足をばたつかせる男を前に、少年はその刃先の向きを乱暴に変えると、ギチリという筋肉を引き裂く音が少し響いて、それはただの骸になった。 

 

 巷を騒がせていた盗賊どもの首領。 元は貴族でありながら不祥事を起こし、下らぬ欲に突き動かされ非道の限りを尽くした愚者。 主導者を殺し騒動を終わらせること。 それが彼に与えられた命であった。 そつがなく任務を終えた彼は、いつものように痕跡を残さぬように屍に火の魔法を放ち、そして土の魔法で衣服や装備を地に還した。 

 

 彼の名はレーン。 今しがた殺した男のように、かつては家名を持った貴族であったが、訳あってはく奪され、今はトリステインの奴隷となった者の名前である。 メイジらしからぬフルプレートの鎧に、擦り切れたサーコート。 存在を恥と言わんばかりに兜の上から被ったフードは、灰色に澱んでいた。

 

――その者は奴隷でありながら元貴族であり、メイジでもあり、刺客(しかく)であった。 

 

――決してトリステイン裏切らぬ(しもべ)として。

 

――そして、その敵を密かに狩る刃として。 その為だけに、彼は存在を許された。

 

 




刺客とか密使ってかっこいいよね
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