このリコリスのパンツにスティールを!   作:桃玉

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前回のカズマ視点です。地の文が多いかも()
それもこれも全力疾走したカズマにメロスさんを重ねてしまったせい


この騒がしい夜明けに折檻を!Byカズマ

俺、佐藤和真は激怒した。

必ず、かの邪智暴虐の千束(じゃんけん負けたくらいで騒ぐアホ)を泣かしてやらなければならぬと決意した。

 

……そう決意しなければ今頃俺は、今宵殺される、だなんて思うことなく平和な日常を過ごし、今頃は料理を絶賛されていた頃に違いない。

 

 

「クズマさぁん? もう怒ってないって言ってるでしょー、いい加減出てきなさいな」

(たきなから拝借した銃弾しっかり狙って俺に撃ってたくせによく言うなッ!?)

 

 

……それが今や何だ、殺されるために走ってるわけじゃあないが、千束の奸佞邪智を打ち破る為に(パンツの件についてほとぼりが冷めるまで)走るはめになるとは誰が思っただろう。

そう、俺は走らなければならぬ……殺されてしまうから。

そうして、今捕まったら俺は殺される……少なくとも半殺しはほぼほぼ確定している。

 

異世界に行った瞬間から名誉なんて傷つけられてばっかで守れたことなんて一切なかった。

さらば、異世界、こんにちは、日本……そうして俺の理想の楽園生活が始まると再三思っては打ち砕かれた。

俺はつらくて何度も立ち止まった……だが、今は立ち止まれない!

声を潜め、自身の体に鞭を入れ叱咤しつつ悪の手先から逃れるために夜を駆け抜けた。

 

 

(そもそもなんで俺はこんなに息が切れるまで走ってんだ!? 元々千束が事の発端なんだからアイツが店長さんかたきなに怒られれば万事解決なはずだろ!? ……いや、やっぱ店に千束が自分から帰らない限り店長たちに怒られる前に俺が絞められる羽目になるわくそったれ!)

 

 

太陽は既に西に沈み、煌々と漏れ出す繁華街の空気。

夜の香が肺に吸い込まれては吐き出される。

喉が乾き出すのも気にせず、ただ懸命にぜいぜい荒い呼吸をしながら、淡く仄暗い光に背を向け明日を追いかけるが如く大地を蹴り夜に命をかける。

路行く人を押しのけ、人混みを跳はねとばし、路地を吹く黒い風になり走った。

 

 

(少しずつ沈んでゆく太陽の10倍も早く走った! ……はさすがに言い過ぎだな。太陽の1/100くらいにしておこう。……っていかん、酸欠で頭がおかしくなって余計なこと考え始めてる!?)

 

 

本当にどうしてこんなことになったのやら……

喫茶店が穴だらけになる前に外に飛び出し、幽明の狭間を渡ることになろうとは古今東西津々浦々の誰しもが思わなかったはずだ。

唯一予知できる者がいるとすれば見通す悪魔であり……

 

「フハハハハ! 元の世界ならやり直せると思ったか? いやぁ残念! 誠に残念であったなw」

「しかし元より死因がプフっ……あんな惨く惨めな死に方をしたブフっ……汝なのだからフフハハハ! いやぁ失敬失敬! 死ぬほど質の高い悪感情大変ゴチである!」

「まあ、なんだ、無理に決まっているのにも関わらず、どこぞの女神(笑)の信仰心にも似た儚き希望に縋り付くのは人の(さが)であるなw」

 

……脳裏にあの憎たらしい高笑いが聞こえる。

どうしてこんなに解像度の高いアイツが頭に出てくるんだろう……しかも分裂して俺の両耳にASMRして、時には鼓膜を破ろうとして、時には嫌にぞわぞわさせてくるの何なの?

というか人の脳裏に出てきてまで人を小馬鹿にして煽り散らかすのは何かの魔法なのか?

……バニルの顔を思い出したら急に何だか無性に殴りたくなってきた。

 

 

(よし帰ったら無言で殴りつけよう)

(貧乏穀潰し店主ガード!)

(ほ、ほえー!? な、いくら私が物理攻撃の一切が効かないからって盾扱いしないでください!?)

(……何でこいつら俺の脳内で姦しいやり取りしてんだよ)

 

 

俺の頭ん中で騒ぐなよ!

そもそも俺は幸せになりたかっただけなのに!

楽して生きていたいのに今や毎日バイトに明け暮れ日々の生活費に追われて……

それのこれも全部俺の周りの奴らの頭のネジがおかしくなってるせいだ!

緩んでるだけのお嬢様くらいだったらまだしも確実に数本はなくなっててる駄女神のせいで無茶苦茶にされて……

元の世界に転移して何もかもをやり直そうかと思ってたのに、この世界でもか!

ううっ……せめて死ぬんなら幸せで包まれたかった人生だった……

 

例えば千束のその……

胸……の!?

 

なぁあ~ぁかぁああああッ!?!?

 

 

 

 

****

 

 

 

 

「……あれ、ここは」

 

 

ふと気がつくと椅子に座らされていた俺。

周囲の真っ白な空間には見覚えがある……毎度お世話になってる転生の間だ。

ってことは俺はまた死んだってことか?

 

……そうだ、俺、千束から逃げようとして。

そんで今回はトラクターに轢き殺されかけたっていう逞しい想像力にて死んだわけじゃなく……ううっ、自爆すんなよ俺……

今回の現場は暗くて狭い路地。

そんなところを全力疾走して角から飛び出したら……そりゃ轢かれるわ。

 

 

「おお、勇者カズマ……魔王討伐後の平和な世界で無様を晒すとは情けない」

「え、エリス様! これは違うんです! というか何となく口悪くないですか!? もしかしてダストに唆されてパンツスティールしたの怒ってるんですね!?」

「それもありますが、正直車に跳ねられたと思い込んで意識を飛ばすのは勇者としてどうかと思いますよ?」

「えっ、今回もまた思い込みなんですか!? う、嘘ですよね!? まさかそんなことあるはず……って今なんて? 意識を飛ばした?」

 

 

ちょい待てよ?

意識を飛ばしただけなら俺は死んでない……ってことは今体験してるのは夢だ!

つまり俺はサキュバスの力なしで明晰夢を見る力を会得したということか!

 

そして目の前にいるのは正統派ヒロインのエリス様……

本物のエリス様だったら意図的にセクハラしたら「トイレまで距離がある時に限ってお腹を下すシャレにならない天罰」を与えられるがここは夢!

……なら、節度を持って少しくらい桃源郷を垣間見てもいいのでは?

具体的には胸の中に飛び込むとか。

 

 

「では……エリス様」

「きゅ、急に真面目ぶった顔してどうしたんですか?」

「俺の荒んだ心を慰めてください」

「……しょうがない勇者様ですね」

 

 

了解を得られたってことはやっぱり夢の中だ。

俺は母性を感じるためにエリス様に身を委ねてもたれ掛かると柔らかい土塊の感触が……

……うん? 土くれ?

思わずハッと顔を上げるとそこにはニヤニヤとご満悦そうなバニル様が。

 

 

「パッド神かと思ったか小僧? 残念! 本日二度目の登場、我が輩でした! パッドをリスペクトして盛った土の感触はいかがだったか? ……おおっと、またしても甘美なる悪感情を頂戴できるとは!」

 

 

……俺は夢は夢なんだなと思いつつ、ちょくちょく介入してくる悪魔を異世界に帰ったらアクアと一緒に討伐することを心に決め、目をかっぴらいた。

 

 

「だああああああっっ!! あ、あっぶなっ!? エリス様でハッピーで埋め尽くされかけた……。もしスキルが発動してなかったらレストインピースで二度目の転生果たすところだったぜ……」

 

 

散々人の悪感情を啜った悪魔に感謝するのは癪だが、二度目の転生も前回の転生と同じパターンにならなくて済んだのはよかったわ。

幸運値が回避スキルを見事に発動させてくれたおかげで助かった俺はムクリと体を起こしてふと思う。

俺、千束に追いかけられてる真っ最中じゃん!?

今まさに生死の境じゃん!?

正気を取り戻して焦燥に駆られてると俺を跳ねかけた人物か、声をかけてきた。

 

 

「素っ頓狂なこと言って……頭ぶっておかしくなっちまったかァ当たり屋さんよォ。いくら物事がうまくいかないからって世間に八つ当たりしちゃあ世話ないよなァ? 当たる対象はちゃあんと見定めないとよォ俺らみてェな無法もんに絡まれちゃあ終いよ」

「す、すす、すみません! というか当たり屋じゃないですから! それに今の俺はヤンキーとかヤクザとか、そんなちゃちな奴らにはビビらないほどヤバい状況なんだ! ってわけで身体に異常もないし殺人鬼が来て大事になる前に俺はこの辺で……」

 

 

普段なら後々のこととか考えて貰える金だったら貰っておくのかもしれない。

だが今の俺はスーパーハイネスデヒドロハイドロデリシャスデンジャーサイクロンジェットスーパーアームストロングハザード状態なんだ!(錯乱)

現在善良な非国民である俺は跡を濁さずすたこらさっさするんだ……と思い背を向けようとした瞬間肩に手が。

 

 

「まあ待てよ、会いたかったぜェ当たりかましてくれたカズマぁ? 俺のこと忘れたァ言わせねェ」

「い、急いでるんで本当に勘弁してください! ってアンタはいつぞやの頭爆発してた真島さん!?」

 

 

そこにいたのは爆発実験で頭がチリチリに爆裂してた、というか現在もその状態を維持しているブロッコリー真島さんが。

本当に何なの!? アランってマジで逃げるって言う選択肢を消してくる魔王様なの!?

 

 

「そんな切羽詰まってどうしたァ、殺し屋に狙われてるったってテメェのアランに認められた才能なら慌てなくても大丈夫だろォ?」

「俺をなんだと思ってるんだ、男女平等博愛主義者のカズマさんだぞ!」

「そりゃあ知ってる。なんせ俺みてェな見知らぬ輩に応急処置してくれるほどにゃあお人好しだ。ありがとなァ?」

「お、おう、どういたしまして……」

「だがなァ……」

 

 

急に俺言われてドギマギしてしまった……って違ぁぁあああうッ!

俺は逃げるんだ!

じゃんけん何らまだしもあんな凶暴な殺人鬼(未遂)相手に勝てるわけがないよっ!

そう思ってたら。

 

 

「かぁずまくぅ~ん? おいかけっこはお終いにしてお家に帰りましょ~? 実弾撃ちきってなくなっちゃったから大人しく降伏してくれたらゴム弾で優しく沈めてあげるからぁ出てきなさぁい」

「で、出たぁ!? もうこんなところまで!?」

 

 

海に沈めるのか!?

それともゴム弾で意識を沈めようとしてんのか!?

どっちにしてもそんなヤツのところに行きたくねぇ!

 

 

「た、助けてください真島さん! あいつに追われてるんです!」

「……なるほどなァ」

「何がなるほど!?」

「何となくだがどうしてオメェが戦おうとしねェのかの事情は把握した」

 

 

……何となくだが真島さんは俺が戦う度胸がないって言うのを謙遜か何かだと思ってる節がある気がする。

いつも実際にありのままの事実を伝えてるだけなのに、今回も何かしらの誤解を生んでることを本能的に察した俺だが、ここで何か言っても時間が削られるだけだから考えるのは止めにした。

 

 

「何だか面白いことになってんなァ?」

「おもしろくねぇよ!? 早くしないと俺がゴム弾の餌食になるんだ! く、車出してくれませんか?」

「残念だが俺ァあいつに用があるんだ、逃げたきゃテメェ一人で逃げときな。時間稼ぎじゃあねェが、ちょっくら相手しとくからよォ、もし逃げ切れたら俺の仲間にならねェかァ?」

 

 

い、イケメンだ!

俺のことを身を挺して逃がそうとしてくれるなんて!

ならば真島さんの犠牲を無駄にしないためにも俺は全力で逃げるほかない!

 

 

「ま、真島さん! も、もちろんです、あの殺人鬼のこと、よろしくお願いします!」

 

 

涙を零しながら一心不乱に走る。

真島さんの犠牲のおかげで俺の命は長らえている。

だが俺は親友でも何でもない人のために命をかけて死ににいくなんてできなかったよセリヌン……

後方ではじけ飛ぶ鉄の火花の騒音に目もくれず体力の限り走り……尽きたところで潜伏して……

 

 

俺は朝日を見ることができた。

 

 

 

 

****

 

 

 

 

その後、自主的にリコリコのセ○ムになっていたサイレント・ジンに回収された。

俺が本気で潜伏をしてたせいで捜索が難航してたらしいが、朝を迎えられた喜びで潜伏スキルが解かれ、今に至ったらしい。

 

 

「なあ、ジンさん……」

「何だ?」

「暗殺者がいる喫茶店の警備なんていらないだろ……」

「そうかもしれない。だが、あのお店からはジャパニーズKAWAII文化という趣深い癒やしと、ついでにミカのおいしいコーヒーがある。そんな店を守りたいと思うのは当然のことだろう?」

「……それ、店長の前で言うなよ? 自分のコーヒーのために通ってくれてると思ってんだから」

 

 

可哀想な店長……

まさかあの喫茶店の需要の4割はかわいい店員で成り立っていることを知らないなんて。

そしてもう4割が俺のおいしい料理目当てなのも知らず、純粋にコーヒーと雰囲気を楽しみに来ている人は少数派だって悲しき事実に気づかないなんて。

いや、みんなにコーヒーも空気感も愛されてはいるんだが、純粋な人は……

 

そんなこと思ってると喫茶店に到着。

「また開店時間になったら来る」と言い残し、バイクを走らせるジン。

……本当にはまってんな。

 

一人ドアの前に取り残された俺は緊張しつつドアに手をかける。

そして意を決して中にいる千束を警戒しながらドアをゆっくり開けた。

 

 

「お、おはよーございまぁす……」

「朝帰りとはいいご身分だな」

「クルミ……その、千束は……」

「ああ、あそこだ。というか一睡もしてないって聞いてたが元気そうじゃないか」

 

 

クルミが顎で千束の方を示す。

そこには艶がなくハリもなく、ショボショボに萎んだ真っ白な千束が「ぉぉぉ゛……もうしませぇん……」って正座をしながらゾンビみたいな呻き声を上げていた。

 

 

「『ラジアータを無駄に使わせたこと、反省してください』ってたきなに正座で数時間説教されたからな……。その後みんなが帰って、足が痺れて動けないのに取り残されたんだ。そんで動けないままさらに数時間放置された状態の千束がアレだ」

もう……足の感覚がないよぉ……カズマさまぁお助けぇ……

 

 

こってり説教されたらしい。

これで俺に対する反抗心はそぎ落とされ、危機は去ったってことか……

よかったぁ……

 

 

「あ、ちなみに『カズマにも明日説教ですね』ってたきなが言ってたから頑張れよ~」

「えっ、なんで!?」

「パンツ」

「ハイスミマセン」

 

 

とりあえず命の危機は過ぎ去った。

だがしかし俺の絶体絶命の舌戦は終わらない。

千束が先に仕掛けてきたからとか、そんなチャチな言い訳はあのたきなさんに通用するわけない!

一体どうすれば……

 

……一先ずたきなが納得するようないい言い訳が思い浮かばないため、俺は運命を静かに受け入れ、結局真島さんの死闘の意味がなかったことに思い至り、いつまでも忘れないと言わんばかりに黙祷した。




アニメ6話終了です。……たぶん。

次回もまた土日に投稿できればいいなと……
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