千束が馬鹿真面目な表情で「リコリコ閉店の危機」を俺らに伝えたのが一昨日のこと。
今日はいよいよミカ店長が司令と密会する日。
店長が店を出て、俺は会員制の秘密のバーへスーツ姿で潜入したのだが……
『ヘーイッカズゥマァ! 聞こえたマースかー?』
「聞こえてない」
『スネーク! 応答しろ! スネーク、スネェェェク!!』
『千束? カズマのコードネームは蛇だったんですか?』
『そだよ』(適当)
『ではカズマ……ではなくて蛇さん、いい感じにバーへの潜入したらいい感じの物影に潜伏しておいてください』
「めっちゃふわっとした命令だな……」
『ですが蛇さん、私としては計画書に書いていたとおり読んだだけなので』
「作成者の浅はかっぷりが目に見えてわかりやすいな。あとスネークのこと知らないなら無理に乗らなくていいぞ?」
『スネェェェク! まだだ、まだ終わっていない! 警戒を怠るな!』
現在純粋さを取り戻したたきなはおいておいて、テンションのとち狂った千束に絡まれ中。
無線からさっきまでクルミがパスワード「蒲焼き太郎」とかを爆笑しながら教えてくれていた(後で罰として天誅するものとする)のだが、無線が災いしてスパイ映画好きの千束が五月蠅いのに通信を遮断できない。
こんなことになるんだったら無線の切り方くらい教わっておくんだった、全く自分のことに集中できねぇ……
だが正直なところ俺もテンションが高くなる千束の気持ちはかなーりわかりみが深い。
「……一応潜伏完了したぞ?」
『ウォウイェーイ! しっかり聞こえてルネー! 無事潜入できたご感想はぁ?』
「何か正直言っていい?」
『どぅぞー?』
「控えめに言って……めっちゃくちゃいいッッ! すんごくいいッッ! 何がいいっかってまずこの隠れ家的な感じ、男心わかってんね! そしてスパイ映画さながらのギミックにセキュリティー! いいねいいねこう言うの何か燃えてくる!」
『さっすがカズゥマ! ここ一ヶ月夜通し☆チーサトゥオヌヌメ映画コレクションンンッズ鑑賞会の成果あって良さがわかってんにぇ! スパイ映画マイスターの称号を授与ぉしマース! 今後も励みなサーイマイスターカッズゥマ!』
どこぞの爆裂ソムリエの称号をくれたアクセル随一頭のおかしい紅魔族を思い出した。
だがしかし確かに中二病とまではいかなくともコレ系統のかっこよさは理解して然るべきだ。
千束とかめぐみんに「こちらの世界に入ってどんどん沼りましょう!」みたいなこと言われたら何となくそれに抵抗したい自分がいるがいいものはいいものだ。
ってそうじゃない!
確かにこの潜入事態はめっちゃよかったが本題はこれから。
店長と司令とやらが密会する現場を写真に収めて脅しの材料として……
なんて我ながら凶悪な考えを発揮してるとたきなが。
『千束、その日本語に不慣れな外国人の真似は一体何なんですか? 流石に映画の影響受けすぎでしょ。いい加減そのテンションについて行けないのでやめてほしいのですが……』
『なぁに言ってんのぉたーきなサーン! ワタシィ、日本語ゥペレッペラノペレラデース! どれくらいかってユーとペーパーくらいペラッペラ!』
『
『ちょ、クルミぃ私の今日一番の楽しみを奪うなよ! それにわたしゃネイティブも顔真っ青なほどの堪能っぷりよ? 何かぁ? もしかして楽しいこと独り占めは許さん的な!? そうならそう言ってくれればいいのにぃ。私がそこまで狭量だと思われてたのなら心外だぞぉ!』
『お前に任せたらカズマの命が何度あってももたないだろ……パチモン映画のミッソンインポッスィボー観て気合い入れてきたって言ってるようなアホと一緒にするなよ』
『なにおう! 私一推しの映画を貶すたぁ許さん!』
千束がクルミに掴みかかってドタバタしてる音がする。
……いや、どうして俺だけ潜入して他のみんなは自由奔放に喫茶店で指示してんの?
確かに俺はこの職場が潰れ、代わりにリリベルという地獄のような職業に復帰させられるのは嫌だからって言う理由で千束のDA本部復帰阻止計画に参加した……というかさせられた。
作戦立案初期段階では千束が「スパイっぽくて最高じゃん! よし決めた、私が潜入調査するエージェント! コードネームはバーボンがいいかな? それとも黄昏とか……」みたいな感じで馬鹿言ってたからその場にいた千束以外の全員で止めにかかり、それは何とか成功したんだが……
マジでどうして俺だけ潜入してんの少なくともたきなくらいは一緒に潜入してくれよ?
……もしかしてアレか?
俺だけ潜入させることで万が一この潜入がバレたとしても俺一人の独断だっていうことで処理してお前らは知らぬ存ぜぬで押し通すつもりなのか!?
ホントどうしてこんなことに……
『何々? どうしてこんなことになったかってぇ?』
「俺の心の中をさらりと読むなよ怖いわ!」
『そんなこと言ったって防犯カメラの映像見てるし表情クリーンに丸わかりだし、こうなった理由はカズマが私に向かって『グヘヘヘ……俺のいうことを聞け! さもなくば俺のスティールが火を噴くぜぇ』っつって私を脅したせいじゃん。……責任、とってくれるんだよね?』
「オイ声まね下手くそ選手権主席の覗き魔! 流石にその誤解を招くような言い方はちょっとよくないんじゃないか!?」
『それわたしんこと!?』
「そもそもの発端はお前が俺たちの言うことを聞かないで『やだやだいーやーだーッ! 私がスパイやるのー! この中で一番スパイのことを知り尽くしてる私が適任だしー! どうしても私のことを止めたいって言うんだったら死ぬ気でかかってこいやオラァ!』って凶暴じゃじゃ馬娘になったのが悪いんだろうがっ! 俺は悪くない!」
『ちょちょちょい!? 私のマネ似すぎか!? 男の声帯のどっから出してんだよ!? もしかしてアレ、喉にカエル飼ってんの!?』
「両生類じゃなくて両声類だろ誰がカエルなんて飼育するか! 逆にカエルなんていたらおいしい唐揚げにして喉奥通り越して胃の中の蛙でごちそうさんだわ!」
『えっ……カエル食ったことあんの? うわー引くわ……』
「パサついた鶏胸肉みたいで旨いんだぞカエルの内に秘めたポテンシャルを舐めんなよ!」
『えっ、何かごめん?』
いつになっても変わらずおいしい異世界の味なのに食わず嫌いもいいところだろ!
己の罪をちきんと理解してないみたいだから、今度調理用のカエルに巡り会う機会があったら調理して強制的に食わせてさっきの発言撤回&後悔させてやる!
なーっはっはっ! 「こんなにおいしいのに粗末にするような言い方してごめんなしゃいウマウマ……」っつってその旨さに泣きながらカエル肉を貪る様子が目に浮かぶぜ!
『確かにカエルのお肉は高タンパク低カロリーで鶏肉に近しい味とは聞きますが……』
「ほれ見たことか千束! 今度俺のカエル料理フルコースを振る舞ってお前がどれだけ大海を知らない井の中の蛙かをわからせてやr」
『それはそれとして『俺のスティールが火を噴く』発言はアウトです』
「えっ突然の裏切りたきなさん!?」
『誰も裏切ってないでしょうに……強いて言うならカズマはセクシャルハラスメントで現行犯逮捕しても構わないくらいだったんですよ? 反省してください』
『そーだそーだ! 反省したまえ恐喝罪カズマ!』
『千束は営業妨害罪です』
『!?』
プークスクス自分だけ安全地帯にいると思ってんなよ千束!
いつだってたきなは公平な観点を持ってる仲裁者なんだ!
……まあ喧嘩両成敗を前面に出してる気もしなくもないが。
『とにかくです。千束とのリアル鬼ごっこから生還したカズマならこの中の誰よりも潜入調査に適性があるっていうことで話はついたじゃないですか』
『誰がリアル鬼の鬼だって誰が! この超絶プリティー看板娘の千束さんが猟奇的殺人鬼の顔なんてするわけ……』
「お前、あの時の顔クルミから見せてもらえよ……阿修羅像が可愛く見えるぞ?」
『何言ってるのカズマ? 阿修羅ちゃんは元々可愛いでしょうが。つまり私もかわいいってコト!? やだもーそんなこと言って煽てたって機嫌なんかよくなんないんだからなっこんにゃろ~っ!』
おっと、ここに俺の常識的な価値観が通用しない異世界人が一人。
いや、よくよく見ると確かに顔が三つあるし腕も6つあってかっこよくて……
やっぱあの怒ってるような表情のどこにかわいさを見いだしてるんだか、非常識人の考えることはわからん。
けど何でか嬉しそうな声だからあえて突っ込まないでおく、これ以上話の腰を折られたら話が進まないからな。
そんなこと思っているとミズキさんが。
『じゃ、私の出会いの場を潰さないためにもよろしくたのんだわよー。無事帰ってきたら頭ガシガシ撫でてあげるからぁ』
「おいアンタの中で俺はペットか何かか! それとここが潰れたら俺が困るから協力してるだけで本当はこんな面倒なことしたくないんだかんな!?」
『またまたぁ照れちゃってぇ……初初しいボーイにはお姉さんの魅惑的なキッスの方がご褒美だったかしらぁ? ンッチュ♡』
「あ、それは結構です」
『なああんでよおおおッ!?!?』
うるさっ!? ……だってミズキさん、酒臭いんだもん。
いくら外見が結構な美人だとしても中身がそれに伴ってないとなぁ……
飲んだくれ下ネタ大好き大魔神との恋愛は俺の中のストライクゾーンからド外れしてるし、そういう駄女神も俺の近くにいるんでもう不要家族はいりません、お断りします。
酔っ払った勢いで俺にキスを迫るミズキさんを考えてうへぇ……とげんなりしてると、特に注目する場所も物もない故か視線がふと腕時計に向いた。
「……そろそろ9時か。そう言えばそろそろ店長やら司令とやらが来る時間なんじゃないか? 俺としては面倒ごとも何もなく終わればいいんだが……」
『残念だったな、本日のターゲットのご登場だぞ』
「了解……『潜伏』」
入店してからさっきまでずっと潜伏スキルを発動しっぱなしだったが念には念をと場所を変えてスキルを発動し直す。
……別に千束たちのせいで声を荒げたせいで周囲から冷ややかな目で見られたり、店員にお静かにと厳しめの注意を受けかけたせいじゃない。
耳元で騒がしくしてる連中のことを無視してスーツの上に緊張を纏う。
仕事は適度な緊張がある方がいいって誰か偉い人が言ってた気がするし顔つきをキリリと引き締め、鷹のような鋭い目つきで千里眼スキルを発動させる。
次いで現在の店内を見渡し、どんな人が来ているのか、その人たちの大まかな配置、店の構造はどうなっているかを確認し逃走経路の確保をする。
……ちなみに客の中には魅惑的なカップルがいて、周囲に見せつけるようにイチャイチャしていたのにイラつき、ソイツら対して心の中でエクスプロージョンを詠唱したのはここだけの話。
店内の確認が終わり、最後に出入り口に目が行く。
その入り口を見張ってると扉が開き、入店してきたのは白スーツ。
その白スーツの正体は店長そのひとである。
『うわーおせんせー、スーツばっちし決まってんな……』
「何つーか……がたい良っ!? 腹筋バッキバキの範馬バキなのインナー越しでもわかるじゃん!?」
『あの肉体美がおっさんじゃなくて私の恋人についてたらいいのにぃ……』
『足が悪いから代わりに上半身を満遍なく鍛えてるんじゃないのか? 叩き上げの元司令官なら自分の身は自分で守れるように筋トレとか訓練するんじゃないのか?』
『はいはい、千束もカズマもクルミズキも無駄口叩かないで仕事してください』
『
息ぴったりの漫才コンビを無視して店長の動向に注意する。
千束たちがいくら監視カメラの映像を見ていても音声はないし画質やカメラ位置の調節はできない。
こっからは生の現場に足を踏み入れている俺が、店長の一挙手一投足を見逃すまいと目をドライアイになる覚悟でがん開きして状況を伝える。
「その目に映るのはグラスに収まっている月を寂しげに弄んでる色っぽいミカさん。グラスの中身はバーボンらしく、鼻にはバニラ風味のシガーの香りが空気を伝って香る……」
『ポエミーで哀愁漂ってる感じ……悪い、実に悪しき状況だぁ』
『何が悪い状況なんですか? カズマが未成年にもかかわらず飲酒習慣ある発言してることですか?』
『たきなさぁん、あの先生の目見て何も思わないのは些か鈍感が過ぎるのじゃあありゃせんかぁ? 恋だよ、恋! 先生は楠木さんのハニートラップにまんまと引っかかってホールインワンしたんだよ!』
『それを言うならフォーリンラヴですよね。しかし司令は色仕掛けは無理がありませんか?』
『そーともゆー
『お醤油って……ちょっと何言ってるかわからないです。それに司令が色仕掛けしてというのはいろいろこじつけた感じが拭いきれないですし無理があると思います。そもそも司令の性格的にそんな回りくどいことするのでしょうか。そもそも本当に色仕掛けしたとして、適材適所を心がけてる司令なら別の誰かを派遣するのではないでしょうか?』
『た、確かに!?』
東の迷探偵錦木千束を口論で打ち負かしたのは西の名探偵井ノ上たきな。
ってことはここに直接来るのはその司令じゃなくて別の誰かってことか……なら誰が来るんだ?
なんてこと思っているとミカ店長の方に伸びる腕の影が一つ。
ターゲットその2が来た!
よしっ、決行するぞ。
何を話してるのか恐る恐る読唇術スキルと千里眼スキルの合わせ技で少し離れた位置からでも確実に何言ってるのかわかるようにしようとしたとき、俺は頭をガンと撲たれた気分になった。
「おい、千束……話が違うぞ。来るのは女の人じゃなかったのか!?」
『あちゃー……そうきたかぁ……』
『どう来たんですか? というかそこにいるのは常連客の吉松さんですよね?』
『なーるほどなるほどぅ……そうよねぇ、おっさんが女の人に引っかかるわけないものねぇ……』
「オイどういうことだってばよッ千束にミズキ! 俺とたきなにわかりやすく、かつ簡潔に説明しろよほれハリー!」
『ヨシさんはDA関係ないから単純に今まで付き合ってたってことだよ!』
「でも男同士だろ?」
『カズマさぁん……世の中にゃいろいろな愛の形があるのだよ』
確かにそりゃそうだが、吉松さんならいざ知らず、ミカ店長まで男色の気があるとは知らなかったわ。
……アレ?
ということは今までミカさんが俺のことを生暖かい目で見てたのって……
いや、考えすぎだな。
俺が風呂に入り終わって上半身裸の状態で腰に手を当てコーヒーミルクをグビってたときにばったり対面したときがあったが、そのときも「……なかなか鍛えてるんだな」っつって顔を逸らしつつ赤らめていただけで厭らしさは感じなかった。
心の中であの人を「仏のミカさん」とあだ名をつけたくらい店長は慈愛に満ちあふれた聖母のような漢だ、きっと俺のことを見る視線が時たま熱っぽかったのは気のせい。
そうだ、そうに違いない! ……ということにしておこう、俺の心の平穏のためにも。
とりあえずあの二人がパートナーになったら同時に千束とクルミが姉妹関係になるってことで……俺が心の中でおめでとうって祝福の言葉を贈ってるとクルミが。
『だが、メールの内容はお前についての話じゃなかったのか? それだと千束について話すってのはどうなる?』
『クルミぃ、それは二人が人生のパートナーになったら二人とも私のお父さんになるってことでしょ? つまりそういうことじゃわ』
『……ああー、なるほど』
クルミが正しく状況を飲み込めたところで俺は一つ現在の状況を客観的に見た。
おっさん二人がいちゃついてる場所に現れた一人の若者……
彼の視線は常に男二人に注がれており、手に汗を握りしめ成行きを固唾をのんで見守っていた。
うん、つまり今の俺はプロポーズ的な感動シーンを覗き見するヤバいやつだわ……
あの二人に見つかりでもしたら俺はどうしたらいいんだよ!
気まずすぎる体験なんてしたかぁねぇよ!
この危機的状況を脱するにはただ一つしか方法はない、それは……
サトウカズマはクールに去るぜ。
「ってことでサトウカズマ、帰還します」
『ちょちょちょ一体全体どゆことよ!? 今がちょーどいいとこでしょうが恋のキューピットさんよぉ矢を射れよ射れ射れぃ! 何勝手に怖じ気づいて敵前逃亡しようとしてんの、したら死罪だよ極刑ぞい!』
「何が死罪だよこのアンポンタン! 勝手に俺のことを恋のキューピットに仕立て上げるんじゃねぇ!」
『だぁってぇ……二人がうまくいった方が私的に嬉しーしぃ……』
「いきなりシュンってなるなよ暴言吐きにくいだろ。……とにかく俺のやることはもうないだろ、こっからバーテンダーにでも扮して何かしろってか?」
俺は抜き足差し足忍び足でむさ苦しい恋の第一戦線から退くことを心に決めた。
明日、投稿できたら投稿する
次回の展開は……
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カズマ、バーテンダーになる
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カズマ、リコリコに帰る