「……ミカ、千束にこのことは話したかい?」
「わかってるだろう、私に話す度胸なんてないことくらい」
「度胸は関係ないさ、君が私との約束を守ってくれてると知れて嬉しいよ」
「そうか」
「今日は気分がいい。それこそ歌の一つでも歌いたい気分になるくらいにはね。バーテンダー、おすすめを」
注文を受けた俺は吉松さんからのオーダーを受けて俺は静かに頷いて棚にある酒を取り出す。
今の服装はバーテンダー、手に持っているのはお酒をどちゃくそぶちこんでシャーカシャカするための銀色のアレ。
……この器具の名称も知らないのにいきなりバーの現場に立たせられて、何やってるんだろう俺。
時を遡ること10分前。
『よし決めた! カズマには二人の会話を堂々と聞いて、アドバイスしてもらいまぁす! 異論は? ない? おけぇい! じゃあ行ってみよー!』
「おいおいちょっと待てよ! 俺があの場にいきなり現れたら二人も不審がるだろうが」
『そりゃそうよ、だからカズマにはバーテンダーとして再潜入してもらいまぁす』
「…………はい?」
『クルミ、手配ヨッロ~』
「いやいや、千束さんや馬鹿言ってんじゃないよ。そんな急に言われても準備できるわけ……」
『カズマ、この天才ハッカーウォールナットを嘗めるなよ? こんなことになると思って既に今日から入るバーテンダーとしてデータをすり替えておいたのさ!』
「き、喫茶☆マー……!」
そんなことがあって俺は絶賛カクテルをシェイキングパラダイス中。
料理スキルの赴くまま酒やらスパイスやら果汁やらを適当に入れてフリフリしたあとに「混沌出ずる深淵」と銘打ってお客様に提供することに。
ちなみに名前に深い意味はない、ただ単に闇鍋みたいだからそう言ってるだけだ。
ってそうじゃ、そうじゃなぁあい!
どうして俺が恋のキューピットにならないといけないんだよ!?
それにしても、口は災いの元っていうのはこのことかもしれない。
あのときの俺がバーテンダーにでもなってとか言い出さなければこんなことにはならなかったはずなんだ。
だが俺はまんまと墓穴を掘ってしまって。
『おおーっすんげー! 変装技術高ぇーっ! 怪盗ルパ○みたい!』
『化粧で印象変えるくらいだと思ってましたがまさかフェイスラインやら目の形やら鼻の高さまで変えられるとは……』
『……そんな技術一体どこで身につけたんだ中二病。今度ボクが外出するときに頼んでいいか?』
「とりあえず五月蠅いから黙ってて!? 気づかれるから」
おこちゃま連中がすごいとやんややんやしてる。
正直ここに来て手品スキルとヴァーサタイル・エンターテイナーをこんなことに使うとは思ってもみなかったわ。
鯉を使ったパフォーマンスとかデカいものをまんまミニチュアにするとか、冒険に不必要なスキルだと思ってたのに完成度の高い変装に転用できるだなんて思わなかったぜ。
……とまあ、こんな感じですんなり潜入を成功させてしまった俺は渋い声で二人の元に近づき、黒い酒とフルーツをシャカシャカしているのだ。
そして銀色のアレから出された闇カクテルはこちら。
「お客様、こちら『黒より黒く闇より暗き漆黒~真紅を添えて~』になります」
「これは……コーヒーゼリーにサクランボをトッピングした物かな?」
「黒より黒く闇より暗き漆黒~真紅を添えて~でございます。こちら当店からのサービスです、ご笑味あれ」
「そうか。ではいただくとしよう。ちなみに私の連れは喫茶店のマスターだが果たして満足させられるかな?」
「シンジ、冗談は止してくれ。私はスイーツに関しては和菓子専門だ」
めっちゃ二人ともいい声で惚れてまう……
い、いや正気を保てサトウカズマ!
俺の恋愛対象は女性! このいい感じの雰囲気に巻き込まれて足を踏み外すな!
もし万が一ソッチに堕ちたらクルミやらに見られて「カズマ総受け同人誌」とかいう薄い本の作成をリコリコ常連客の漫画家さんに依頼して、「連載してほしくなくばわかってんだろうな?」って脅されるに違いないんだ!
俺は感動映画でボロくそ泣くほど感受性が高い男だが、客観的な視点で観ればいくらでも批評できる男。
ここはしっかり耐える場面だ、頑張れカズマお前ならできるから酒に逃げるな!
なんて自分にビールの代わりにエールを送っていると。
『ちょいちょい! 何勝手にコーヒーゼリー提供しちゃってんのおいしそうだけど!』
『アレ? 先ほどまでカクテルシェイカーに入っていたのはゼリーではなかったはずでは!?』
『普通に酒を出せばいいのに余計な一手間加えたな? まあいい、こっちでいい案考えて伝達するから変なことするなよ?』
千束、たきな、クルミが思い思いの発言をしてるが、シャーカシャカして器に入れたら何故か出てきたのがコーヒーゼリーとサクランボだったから俺が一番驚いてるんだが!?
アクアの本当に種も仕掛けもないマジック見て、手品スキルの副作用として意図せず変な現象が起こるのが厄介極まりないのは理解してたが、まさかこんなタイミングで黒酒がコーヒーゼリーになるのは聞いてない!
でもここでスキルを解いたら変装が解ける(可能性がある)し、無理に解除できないのが痛い……
そんな痛い頭にさらなる攻撃。
『とにかく、この恋愛経験豊富なミズキお姉さんが指示してあげるからしっかり聞いておきなさぁい? まずは二人をでろーんでろんに酔わせて既成事実を……』
『まあ全然成就してないけどなあああ!?!? ちょ、ミズキ!? 足の裏をくすぐるな! ほ、ホントお前が気にしてること言って悪かったから! 事実を述べただけだが謝るぅああああ!?!?』
耳がキンキンする……
とりあえずクルミの足の裏が弱点だってことはわかった。
毎日素足で弱点さらけ出してるバカハッカーの対処方法として頭に刻み込んで、帰ったら鼓膜が破れたって言ってくすぐりの刑を実行しようと心に決めた。
そうこうしてるうちにも男二人の話は先に進んでいく。
俺は騒音発生装置を耳から外して踏んづけた。
お子様三人は恋愛経験なさそうだし、自称恋愛経験豊富なミズキも結局頼りになさそうだし、やっぱり最後に信じるのは自分自身が異世界で培ってきた勘ってことだな。
「シンジ……今日はそんなことを話すために時間を設けたわけじゃないだろう」
「いいや、君といろんなことを話したいからこうして誘ったんじゃないか」
「なら、早速本題だ。千束のこと……どう思ってるんだ」
「目に入れても痛くないほど可愛くて可愛くて仕方のない私たちの娘だよ。そうだろう、ミカ」
「ああそうだ。だがシンジ。サイレントの件はオマエの仕業だろう? そう言うんだったら何故あんなことを……」
「私は個人である前にアラン機関の一員だ。千束のことを調べさせてもらった。その結果、彼女にはこれからも生きてもらわなくてはという結論に落ち着いた」
「本気で言っているのかシンジ!!」
「お、お客様!?!?」
ミカさんが激しくテーブルを叩いた衝撃でグラスの水が揺らぐ。
ついでに俺の心臓の脈も驚きすぎて乱れてる気がする。
何だってあの仏様がお怒りに!?
あれか、もしかして親バカで、仏の顔は三度までと言いつつ、実は地雷を当てたら一発アウトの理不尽な隠し要素があったとか!?
「ああ……声を荒らげて申し訳ない」
「い、いえ」
「ミカ、私が嘘をついたことはあったかい? 千束と救いたいという気持ちに偽りはないよ」
「……そうだな、お前の言うことを信じよう。しかし、シンジ……千束を救うというが一体どうやって」
えっ!? 何だって!?
千束を救う手立てって、千束は黒の組織みたいな何かに狙われてるとかで其奴に手を引かせるみたいなことか?
もし不治の病とかから救うって言うなら千束の頭以外におかしいところないし、体の不調ではなさそうだが一体何を救おうって話なんだ?
「もちろん、すでに人工心臓を手配している。だからこそ今日はこんなにも新しいパンツをはいたばかりの、正月元旦の朝のように爽やかな気分なんだ」
「しかし、アラン機関はアランチルドレンに一度しか支援しないだろう。掟破りをしても大丈夫なのか?」
「フッ、すでに千束にもカズマ君にも何度もあってるだろう。今更さ」
もう一回言おう。
えっ!? 何だって!?
人工心臓って何だよあいつって改造人間だったの鉄人チサトサーンだったの!?
それに心臓なんて移植以外聞いたことねぇしもしかして「我がアランの医学薬学はァァァァァァァアアア世界一ィィィィーーーーッ! できんことはないイイィーーーーーーッ!!」みたいにシュト○ハイムサンごっこしてるのか!?
くそぅ、さっき間違ってぶっ壊した無線が生きてれば本人に確認できたのにっ!
そして掟って何だよ!
確かにアランチルドレンが複数回支援されたって話は聞かないけどそんな裏事情が!?
というか俺、吉松さんにアランチルドレン認定されてるのに支援されてないんだが?
もちろんリリベルという名の地獄を紹介したことは支援に入らないものとする!
「まあ、そうは言ったものの二度目の支援も禁忌に近いが、処罰されない奥の手がある」
「そんなものがあるのか?」
「ああ、実はまだカズマ君には支援をしていないんだ。まあ彼には特に欠けているものがないからね。強いて言えば常識が欠如してる言動があるくらいだ」
「おいこら人の目の前で悪口言うなよ……」
「すまない、今何か言ったかい?」
「い、いえ、聞き間違いか何かだと思われます!」
「でも今悪口がなんとか……」
「気のせいであります!」
思わず手が出る前に口が出てしまった、いや手が出るよりはいいんだけがこの状況はめちゃんこヤバい!
異世界でも今の世界でも俺の回りには常識外れな奴らばっかりで、その弊害でツッコミポイントを見つけたら口がいやでも開く体に……
今回は何とか空耳ってことにしてやり過ごせたが、職業病っつーのはほんと困ったもんだ……
って誰が芸人だこら!
確かにうちのパーティーは宴会芸のアクア、一発屋のめぐみん、体張ってるララティーナがいるが俺はそんな色物枠じゃねぇ!
「それでシンジ、いきなりカズマの話をして……彼と千束に何か関係が?」
「ああ、カズマ君への支援だが、彼が千束に対して人工心臓を贈ると希望した、という体で人工心臓を千束へ贈ればいい」
(おい吉松てめぇ! 何勝手に俺の権利使おうとしてんだこらっ!)
「もしそうなればカズマは千束の恩人か……」
「さながら私と同じ救世主になるのだろうね、彼も」
俺は無表情を装い、皿を拭く。
落ち着けサトウカズマ、俺のことを甘く見ていた吉松さんのことは後で問い詰めるとして、千束のことを救うのはやぶさかではない。
千束と俺はマブタチだから助けたいという純粋な気持ちだけでやましいことはなにもない!
……だが、実際俺が千束の命の恩人ならどういう感じなのだろうか。
きっとありがちな展開なら俺に一生尽くしてくれる恋人的な関係になって最終的にハッピーウェディングになるのだろうが俺としてはそんな展開を望んじゃいない。
いや、確かにあのはかり得ないほどの母性は魅力的だがあくまで母性は母性であって俺の恋愛感情を揺さぶるものにはなり得ない、そうだろうマイ・デア・ブラザー?
だからといって千束がその気だったら俺はその乙女心を無碍にすることなんかできるわけない!
って駄目だ!
何俺は変なこと考えてるんだ、いくら親二人公認な状況になってるからって俺には屋敷があるしそこには俺に好き好きアピールしてるめぐみんとダクネスがいるじゃないか!
誘惑に惑わされるなここは日本だぞ常識的に考えて一夫多妻制じゃないし俺に馴染みある価値観のままなんだ!
そもそもめぐみんの家からはゆいゆいお義母さんが「据え膳食わぬは何とやらですよー、おほほほ」っつってたし、ダスティネス家からは親父さんが「カズマ君になら我が娘を預けられる。どうかこれからも娘をよろしく頼む」って言われてるんだぞ!
先約順に先ずはめぐみんをってちがあああうううう!!
今の俺は正気じゃない!
どうしてたきなさんを頭数にいれないんだってこれも違う!
とりあえず
ク○ルポコを見習うんだサトウカズマ!
こう言うとき男は黙って呷り酒!!
「グビグビ……プハァ! このビール、キンッキンに冷えてやがるッ! 冷たくてうめぇ!」
****
俺は喫茶店に帰ることになった。
どうしてかっていうと仕事中にいきなり缶ビールメーカー黄昏のハアァイパァ~ドゥラァァイを旨そうに飲んだせいで営業妨害判定されて摘まみ出された次第。
一応弁明しておくと俺は目の前で吐き出される暴言×2回に対してそれぞれクロスチョップとドロップキックをお見舞いしたかったのにしっかり飲み込んでその衝動を抑えたし、缶ビールの売り上げには貢献した。
そして腑に落ちないことが一点。
俺が仕事中に飲始めたから追い出されたていうならまだしもスポンサーが違うからって理由で追い出されるの何なの、その缶ビール店に置いてあったやつなんだが?
きっとこの店にいる誰かがこっそりと自分のために持参してきた奴を俺が偶々手をつけて濡れ衣着せられたに違いないそうとしか考えられない!
とにかく、逃走経路まで確保しておいたのに普通に迷惑なやつとして追い出された俺はとぼとぼと帰路につき、街灯を頼りにほろ酔いの足を進めている。
いや、クルミ……貴様、監視カメラで見ているな?
追い出されて惨めになってる俺のことわかってんだから迎えの一つくらい寄こせよ!
そんなこと思いながら夜風に頬を撫でられ、街路樹に沿って歩いて行くと何か奇妙なものが。
「うん? なんだこれ? 何か見覚えあるなぁ……」
そう言って俺は低木に頭から入っているせいで上半身が見えない剥き出しになったケツを眺める。
ピクリとも動かないそれをよくよく見ると青色のブーツとミニスカートが近くに生えていた。
……俺は酒を飲み過ぎたせいか、はたまた酒のことを考えすぎたせいか、目の前に酒の女神の幻影を呼び出してしまったらしい。
普段の俺ならまずこのふざけたビッチ野郎をスティールで全裸に剥き、その尻を両手でバンバン叩きながら「びっくりするほどユートピア!びっくりするほどユートピア!」と連呼しながら起こそうとするのだろう。
しかし今の俺はミカさんの恋愛(勘違いだったけど)を見たおかげで心清らか。
英国紳士並みに紳士な俺はいくら幻影だろうとエレガントに振る舞うのだ。
つまり何をしたかっていうと捲れていたスカートをかけ直してやったのだ。
……まあ、予想通り丈が短すぎて半ケツ状態だが。
「……うし! いいことしたし帰るか!」
満足満足!
後はクルミの足をくすぐったら今日の善行ポイントはいっぱいになるはずだからそれをしたら寝よっと。
そんなこと思いながら空いたビール缶片手に夜の街を歩くのであった。
また来週、投稿が間に合えば
突如現れた駄女神……実は
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本物
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幻影