朝の8時頃、カズマが静かに帰宅しました。
何の連絡もなく帰ってくるとは如何なものでしょう。
せめて帰宅するなら事前の一報を入れてほしかったものです。
余談ですが私は数日おきに生存確認のメールをするようにしていました。
それに対してカズマも律儀に返信してくれるのですが、よく写真が添付されており、時には東海でゆるりとキャンプしてたり、時には神奈川の観音崎小突堤で大物を釣り上げ、時には埼玉の天覧山に挑んでたり……
聖地巡礼とやらを楽しんでいたようです。
熱心な宗教家ではない私にとっては何の聖地かは皆目見当もつきませんが。
脱線した話はともかく、何はともあれ無事帰ってきてくれたのは良かったです。
何せ今は普通に千束とアクアが歯を磨きに行っていますが、この二人は子供より自由奔放。
一人で面倒を見るのは骨が折れますし、逃げ出したくなる気持ちもわかりますが、カズマにはしっかり一緒に世話を焼いてほしいですね。
まあ現在カズマがお皿を洗い、私がそれを拭く流れ作業をしているので問題はないと思いますが。
「ところでカズマ、この一ヶ月間音沙汰なしでしたが大丈夫でしたか?」
「何だ? メールに写真送ってたのに俺の体調心配してくれてんの?」
「いえ、多芸なカズマですから健康にサバイバル生活してるんだろうと信頼していましたよ」
「健康的な生存競争って何だよ!?」
「きっとカズマなら、例え南極に飛ばされたとしても平気な顔して帰ってきますよという話です」
「少なくとも歯をガチガチ鳴らしながら青白い顔してると思うぞ?」
「ただ、そうなったときにペンギンのあまりにもな可愛さに魅了され、国際法を破り密輸して警察のご厄介になったりとかしてないかが心配で……」
「ペンギン好きのお前の方が心配だが!? 凍えたペンギンを保護しなくてはとか何とか言うだろ、お前」
「今のは例え話ですし、今はカズマの話です。警察のお世話になったりその辺大丈夫でした?」
「俺のことなんだと思ってんの? たまに暇を持て余して手品とかの練習してたらいつの間にかおひねり大量だったりしたけど大丈夫だろ」
「路上でそういうことするのには許可が必要なんですが?」
「だけど現に捕まってないし、それが全てだろ? うし、食器洗い終わり!」
そう言ってカズマは本日二度目の洗濯機を回しにいきました。
一週間ごとにコインランドリーで洗濯していたようですが、今日がそのコインランドリーの日だったらしく、家で洗濯するとのことで。
「あ、そうそう、俺今日からバイト行くから」
「ほ、本当ですか! 店長にそのことは?」
「お、おう、もちろん電話で言った。長期休みの分しっかりバリバリ働きますよってな。……なんだ、もしかしてこのカズマさんの復帰が待ち遠しかったのか?」
「そりゃそうですよ! カズマがいなくなってから喫茶リコリコは未曾有の危機的状況です」
「俺がいない間に何が!?」
「DAの支部という形で存続はするらしいですが喫茶店としては閉店の一途を辿っていまして」
「本当に何が!? もしかしてアクアか! あの駄女神がやらかしたのか!?」
「いえ、1週間ほど雇いましたが、クルミのように皿を割るレベルだったらまだよかったのですが、飲み物をすべて水に変えたり、お皿を綺麗に拭きすぎて模様を消してしまったり、ミズキさんと飲み友達になり風紀を乱したり……これでもまだ半分程度で」
「すいません。またうちの駄女神がほんとすいません……」
どうやら今回みたいなアクアさんのやらかしは一度や二度ではないらしい。
カズマが疫病神とかなんとか言っていたのも納得です。
でもそんな彼女と何だかんだ言いつつ一緒にいるカズマはやっぱりカズマですね。
「まあそういうわけでアクアさんは自宅警備員にシフトチェンジしてもらってます」
「ニートじゃねぇか」
「ですが週数回程度代金はミズキさん持ちで二人飲み会に行って人生相談に乗ってあげたり、家のトイレ掃除を完璧にしていたりしてますよ?」
「結局それはもうただただ無駄にアクティブなニートじゃん。もしくはトイレの女神様。……ってアクアのせいじゃないなら一体どうして大変な状況に?」
「それは料理がですね……」
「あ……」
****
私の話の全容を聞かずに喫茶店に猛ダッシュするカズマを追いかけてるのが今の私がおかれている状況。
訓練してないのにも関わらずどうしてあんなに走るの速いんです!?
オリンピック選手目指した方がいいですよ!?
そんなこと思っているとカズマもう喫茶店の扉の前に着いていて、勢いのままにヘッドスライディングで入店するところだった。
「ほんっっっっとうに! 申し訳ございませんでしたああぁぁああっ!!」
「おうおう、開幕初手から土下座してどした? 話聞こか?」ニヤリ
「俺が有給消費して店を空けてる間に料理提供ができなくなって経営が赤字だって!」
「…………何の話よ?」
私が少し息を荒げて入店するとニヤついてるクルミと目を丸くしているミズキさんの前に誠心誠意の土下座をしているカズマ。
しかしミズキさんの返答に勘違いだったっと言う現状を飲み込めていない様子。
「まったく……人の話を最後まで聞かないから無駄足になったんですよ? 早く働きたいって言うのでしたら別ですが」
「で、でもお前言ったろ、料理がって! この店の料理担当は俺だ! 俺がいなかったせいで客足が少なくなったんじゃ……」
「だから勘違いなんですよ、それ。確かに常連さんは料理の数が少ないのは残念そうでしたがいつも通り足を運んでくれてますし。問題はその状況を改善しようとした千束が千束パフェと銘打った特盛りパフェを原価より安い値段でこの数週間提供したことです」
「そうそー、あんのお子ちゃまどもは商売っちゅーもんを知らないからぁ。そもそもカズマがいなくてもボーナスがないくらいだかんら謝り損よぉ」
私が最初に千束のせいだと言っていればこのような勘違いには発展しなかったのでしょうが、順を追って説明しなければと思ったので。
しかし今のカズマは私とミズキさんの話に茫然自失といったところでしょう。
白目を剥いています、なんか申し訳ない気分です。
私がそんなこと思っている背後でカズマの隙を狙ってクルミが忍び足でそろりそろりと退出しようとしていましたが、ミズキさんが頭をつかんで「どこいこうとしとんじゃくるみちゃぁん?」と。
この事件を引き起こした黒幕的人こそがクルミなのでナイス判断です!
しばらくして、ようやく私たちの話を整理できたのかカズマが。
「な、なんだ、俺のせいかと思って焦ったわ……。ってお子ちゃま
「千束とクルミとアクアのことです。『自分の昼食とおやつは豪華な方がいいよね』みたいなお話をしていまして」
「ほうほう、詳しく」
冷や汗を流して目を合わせず反らすことに懸命になっているクルミを見ながら話を促すカズマ。
ミズキさんがクルミの頭をカズマの方を向かせようと力を込め、クルミが反抗しようとしている。
しかし力の差で徐々にカズマの方に、前時代のロボットのようにギギギギと向いていく。
「そぉなのよぉ~。この前の飲み会でも『全くわらしったら天才よね! みんなの笑顔のために薄利多売よ! ……別にお給金がしょっぱいからフクリコウセイ(?)を充実させようとしただけでやましい考えはないわ』って言ってたわねぇ。クルミも絶対わかってるくせに面白がって『もっとやれー』っつってバカしてたわホント」
「ナ。ナンオコトカ、ボクコドモダカラワカラナイナー」
「売値を原価より安くしたら売れば売るだけ貧乏になるだろうがマジバカナンジャネーノ? それと千束はそのせいで太ったんだなそうなんだな?」
「ええ、まあ……一応弁明しておきますがこのことに気づいたのは一昨日のことで」
私が千束の不審な動向に早く気づいていれば。
クルミのバカっぽい笑いに疑問を持っていれば。
経理が苦手な店長に代わって私が経営状況を監視していればこんなことにはならなかったはずです。
そんな今更ながら自分の不手際という名の後悔の波が襲ってきます。
過去を悔やむだけでは何も始まらないのに……
「その、暴挙を止められなくて申し訳ありません、私の監督不行き届きでこんなことに」
「……なに落ち込んでるんだ、たきな。オマエは何も悪くないだろ……それとボクも。そうだろカズマ、ボクとたきなを許してやってくれ!」
「確かにたきなは悪くない。だがどさくさに乗じてサラッと会話に混ざって自分も助かろうとするドグサレ野郎、てめぇは駄目だ!」
「イタい!? わ、悪かった、悪かったから! カズマこめかみぐりぐりはイタイって!」
クルミがいつの間にかミズキさんのアイアンクローから逃れ、私の背中をポンポンと叩いて慰めようとしてますが、この事件の黒幕が何してるんでしょう。
抜け目ないカズマがその場の空気に流されてクルミを見逃すわけないでしょうに……
「ムキュー……」
「うし、残りは二人か」
「いや、貴重な労働力を減らさないでくださいよ?」
「……俺は知っている、一生懸命に働けば働くほど貧乏になっていく道具店の幸薄店主を。きっと千束とアクア、そしてクルミもその類いに違いない。一緒に働けば余計なことしでかして結局利益が損害に還元されるんだ!」
「さ、さすがにそんなことは……人によって得意不得意があるだけで千束たちには当てはまらないと思います。……その店主さんには申し訳ないですが商才がないとしか。……と、とにかく三人には何らかの形でお店の赤字を黒字にしてもらわなければ」
「うーん……じゃああれだ、千束にはいつも通りのこと以外はしてもらわない方向で。アクアは店内での仕事は向いてない、屋外で客引きでもしてもらおう、マスコット1号として。そんであの座間に寝てるバカリスは店内にいるマスコット2号。注文を聞き取る係が適任か?」
確かにその采配は完璧に近いのかもしれません。
千束は普段通り働いてもらえば問題ないでしょうし、アクアさんはカズマに芸を教えた方で客引きにはうってつけです。
クルミも皿を運ぶときにそそっかしい以外は問題ないでしょう。
ですがそれだけではお店の赤字を黒字に戻すのに一体何年かかるでしょうか。
もっと根本的にお店を繁盛させる必要がありますね……
「カズマ!」
「カズマです」
「このお店には目玉となる商品が必要です! 夏の時期ならところてんスライムがありますがもうじき秋も終わります。私も手伝うので冬季限定の新メニュー開発しましょう!」
「お、おうわかった。すごいやる気だな……」
これはただ単に一生懸命になっているだけです。
現在のトレンドを押さえつつも、季節感を取り入れた写真映えのする料理。
一目見てインパクトがあり、味よし見た目よしの人気メニュー。
今の私の脳内はそのアイディアをまとめた料理を閃くことに9割のキャパを割いています。
そんな私を見て若干引き気味なカズマ。
……そう言えばカズマには手伝ってほしいことがありました!
「カズマにはバズりそうなメニュー開発と並行してやっていただきたいことがあるのですがいいですか?」
「まさかたきなの口からバズりを聞く日が来ようとは……。千束が聞いたら一週間は寝込むから言うなよ」
「……今倒れられても困りますしね。腑に落ちませんがわかりました」
なぜ私の口からバズりという言葉が出てきたら千束が卒倒するのかを詳しく聞きたいところです。
私だって戸籍があれば花も恥じらう高校生。
浮いた話の一つや二つくらいあってもおかしくない年代だというのに心外です。
「それで俺に何を手伝ってほしいんだ? できることなら何でもいいぞ?」
「今、何でもと言いましたか?」
「できることなら、何でもいいぞ、だ」
「なら大丈夫そうですね。というのもリコリスの仕事に関してなので」
「うん、何もだいじょばないぞー?」
「そちらはDAからの支援金で活動を行っているのですが、足が出ないようにしたいのでお手伝いお願いします」
「話聞いてたか!? 俺は喫茶店の仕事は何とかしたいが流石にDA側の仕事は……」
現役のリコリスである私に追いつかれることなくリコリコまで走ったのに何言ってるんですかこの人。
加えてあなた、銃弾を無限に避けられる人外でしょう?
今更何自分は無国籍だけど一般人ですよみたいな雰囲気出してるんですか。
「そんなご無体なこと言わないでください……私の周りに頼りがいのある人がカズマしかいないんです」
「そ、そんな上目遣いで頼られたって俺は靡かない……サトウカズマは靡かないぞ!」
「ですが仮にもリリベルなんでしょう? 手伝ってくれませんか?」
「……ドコデソレキイタンデスカ、タキナ=サン。イヤ、オレハリリベルトカシラナインデスケドネ?」
「惚けなくても大丈夫ですよ? クルミのおかげで調べはついています。だからといってどうこうしようという気もありませんし、頼まれてくれませんか?」
「よしわかった。まずはリリベルとして諸悪の根源ウォールナットをはっ倒そう」
「いや、さっき言ったばかりじゃないですか、労働力を削減しないでくださいって」
「現段階じゃ過剰労力で人件費が嵩むからリストラするだけだ! 大丈夫だ心配するな何も問題ない!」
どうやらカズマはどうしてもクルミを滅したいらしい。
お気持ちはお察ししますがどうか気を収めて……
はくれないようなので大人しく私はクルミの無事をお祈りして合掌しておきます。
クルミ、強く生きてください、南無阿弥。
次回「たきなパフェ」です