グズマに唐突な弟子入りを申し込まれた俺は、立ち話もなんだと近くの飯屋に入ることにした。
スパイスと香草が入り交じった独特な香りのするこの店は《フォー・ウラウラ》といい、麺料理がおすすめらしい。店員に促されるまま、アローラ
折しも時刻はかきいれ時を過ぎたところで、客は大方捌けていた。
込み入った話をしても聞かれる心配は無さそうだ。
いくらも待たずに出てきた拉麺は彩やかな葉物がふんだんに盛られていて、拉麺というより具沢山のサラダを思わせた。透き通ったスープを一口啜る。鶏ガラと野菜の旨みが溶け合っていてめちゃくちゃ美味い。麺は平たく薄く、食べなれているラーメンとは随分違った食感だが、あっさりめの味つけによく合っていた。
「んで? なんだって弟子入りなんかしたいんだ?」
半分ほど食べ進めてから水を向けると、グズマは真剣な眼差しで箸を置いた。
「────どうしても、次の試練を突破したいんだ」
「試練?」
「アシタバ……さんは、島めぐりって知ってるか?」
俺は首を振った。ジョウトからは最も遠く、化石ポケモンも出土しない地方のため、これまで関心を持ったことがなかったのだ。ゆえに、アローラの風俗にはとんと疎い。
「親の代のそのまた昔、数え切れねえ昔から続く風習さ」
言いつつ、グズマの手が卓上調味料をテーブルに並べていく。
胡椒、醤油、塩、お酢の瓶が、それぞれ等間隔に配置された。
「4つの島──アーカラ、メレメレ、ウラウラ、ポニにはそれぞれキングとかクイーンって奴らがいてよ、アローラの子供が成人したと認められるためにはそいつらと戦って勝たなくちゃならねえんだ」
「なる。その戦いが試練ってことか」
しかしグズマは言下に否定した。
「いや違う。試練ってのは、キャプテンたちの出す課題のことだ」
「キャプテン? キングとは違うのか?」
グズマが頷く。
「キングたちが島のトレーナーから優秀なやつを選んでキャプテンに任命すんだよ。こいつらの課題をクリアしないと、キングには挑ませてもらえねぇんだ」
「ふむ」
俺は顎に手を当てた。
ジムもポケモンリーグもない代わりに、キャプテンとキングがアローラの自治とトレーナーの育成を担っているわけか。
「で、お前さんが困ってるってのはどんな試練なんだ?」
訊ねると、なぜだかグズマは目を逸らした。
口惜しがるような恥辱をこらえるような表情を浮かべ、首筋をかーっと赤くさせる。
ややあって、ぼそぼそ語り出した。
「…………ラナキラの……麓で……」
小さな声だ。俺はテーブルから身を乗り出し、耳をそばだてた。
「ふもとで?」
「……………………る」
「あ? なんて?」
途端、グズマがテーブルを叩いて吼えた。
「だからっ! 踊るんだよ! 麓にある円舞台で!」
「おど、踊る?」
おもわず口ごもる俺に、グズマは鋭く舌打ちした。
「そーだよ! キャプテンと一緒にアホみてえな踊りをやらされんだ! 雪ン中パンツ一丁でよ! なんなんだよチクショウが! 風邪引くだろ馬鹿たれ!」
そう言われましても。
その課題考えたの俺じゃねえし。
なんとかグズマを宥めている最中、ふと『四柱の産土神』に書かれていた一節が脳裏に閃いた。
────アローラの民草は実に信仰心に富み、また純粋な質である。彼らは、守護神に捧げるための舞と歌を唱えられることに無上の悦びを見出すのだ…………
空港に着いた時から、音楽の溢れる地だとは感じていた。どこにいても軽やかで明るいメロディが流れているし、ただ歩く姿勢ですらどこか舞踊じみている。
なるほどそんな土地ならば、踊りの試練が出ることもさほど不自然なことではない。
ないのだが。
俺は頬を掻いた。
「わるいけど、俺ダンスは教えてやれねえぞ」
俺が踊れるものなんてせいぜいが盆踊りくらいのもんだ。アローラの陽気な音楽とはミスマッチもいいところである。
「…………だよなあ」
グズマは深ーい溜息をつくと、ずるずると体を滑らせ、テーブルに突っ伏した。
「無理だよなー。あんたいかにも運動音痴っぽいし」
「おいコラ」
破門するぞこのガキャ。
「やっぱ、もう一個の試練をクリアするしかねえか」
「ん? 選べんの?」
「ああ」
身を起こしたグズマが水の入ったグラスを呷る。
「普通は課題って1種類しかねえんだけど、今回のキャプテンは変わり種でよ。2つのうちどっちかクリアすればオーケーって言われてんだ。つっても、オレにとっちゃもう1つのほうが難易度高くて諦めてたんだけどさ。アシタバ……さんがいるなら勝ちの目があるかもだ」
「内容は?」
もう1個が踊りならこっちは走り高跳びとかだろうか。
首を傾げる俺に、グズマは言った。
「ポケモンの捕獲だよ。ウラウラで話題の、
「…………あん?」
グラスの氷が、からんと鳴った。
「どうです、進捗の方は」
暗闇の奥から声が訊ねる。
声を受け、男が勢いよく平伏した。
男はウラウラのキャプテン、ウキビである。
ひょろ長い肢体に痩せこけた頬の彼は、もとより青白い顔色をしているが、いまは紙よりもなお白かった。
床についた手が明らかに震えている。
わかっていても止められない。
蝋燭の1本も灯ることのない陰気な空間に満ちる重圧が、ウキビから体の自由を奪っていた。
声の主はウラウラに長く君臨するクイーンである。
なんとその肩書きに相応しい強さと恐ろしさを備えた女帝であることか。
ウラウラ北東に場違いな豪邸を構え、何があろうと決して屋敷の外には出ないにも関わらず、彼女の権威は島の隅々にまで及んでいる。3歳の子供すら、彼女の名前を聞くだけで泣き止むほどだ。
生唾を飲み込む。その音がやけに響いて、ウキビは肝が冷えた。
「お、恐れながら申し上げます。貴女様がお求めになっているライチュウは現在、マリエのポケモンセンターにて治療を受けておりまして、直ぐにお目にかけることが難しいのでございます」
「治療…………?」
訝しむ声音に、ウキビは低頭した。
「あの者は野生であったはず。誰が連れていったの」
「は、どうやら、旅のトレーナーのようで」
「────そう」
瞬間、ウキビの首に何かが巻きつき、身体を空中に持ち上げた。
「がっ!?」
「余所者が
「あ、がひっ、も、もうじわげっ」
「残念だわウキビ。なんの取り柄もないあなたをキャプテンに任命してあげた私に、なにひとつ報いてはくださらないのね」
ウキビの両脚がバタバタと跳ねる。巻きついたものは頸動脈と気道を確実に締め上げていた。地獄のような苦しみに、ウキビが白目を剥く。
「…………ぉ、ご……っ」
いよいよ死にかけたあたりで拘束が緩み、ウキビは尻から落とされた。激しく咳き込みながら、もう一度土下座の姿勢をとる。胸が痛くなるような沈黙の後、ようやく女王が口を開いた。
「まあよいでしょう。あなた、ライチュウとそのトレーナーを連れていらっしゃいな。
それで手打ちにしてあげます」
ウキビは安堵に涙を流しながら、床に額を擦りつけた。
「あ、ありがとうございます…………! ウキビめが必ずや、この命に変えましても成し遂げてみせます!」
「そうしてちょうだい。これ以上失望させないでね」
「ははーっ!」
闇の奥で、女王がくすりと笑った。
■グズマ──虫ポケ大好きっ子。才能に溢れている。ダンスは下手。敬語が苦手。
■ウキビ──ウラウラのキャプテン。ヒョロガリ。命名はサトウキビから。
というわけで第10話。
オリジナルキャプテンとクイーンの登場です。
せっかく10年前なんだしオリキャラ出したれの精神。
ついでにポータウンのあのお屋敷にも捏造設定加えちゃいました。
あの屋敷結局なんだったんでしょうね。スカル団が住み着く前は誰が住んでたんでしょうか。
果たしてライチュウとついでに主人公はどうなってしまうのか。
よければ感想高評価よろしくお願いします。