ウラウラ島はマリエシティの通りを、うらぶれた男が歩いている。
麻のシャツから覗く胸元は骨がくっきり浮いていて、まるで骨格標本に脂っけのない皮膚を貼り付けたような貧相な体をしていた。
頬はげっそりとこけているのに、青黒く浮腫んでいる。
汚れきった眼鏡の奥の瞳はなんの感情も浮いていない。
ろくに食べていないし寝てもいないのは誰の目にも明らかだった。
道行く人々はみな、生気なく歩む彼にそっと道を譲った。それは敬意ゆえではなく、かなう限り近づきたくないという忌避感の表れである。
男の名をウキビという。
紛うことなくウラウラのキャプテンなのだが、人望は低い。無い、といってもいいくらいだ。
何故か。
理由はいくつかある。
ひとつには、彼が他所から来た人間だからだ。古今東西、島国は時として強い仲間意識を育む一方、外部に対する態度を驚くほど冷淡で厳しいものにさせることがある。ここアローラも例外ではない。開放的な陽気とは裏腹に、わりあい閉塞的な空気が流れている土地なのである。
ウキビの態度もよくなかった。彼はキャプテンでありながら、周囲と全く打ち解けようとしないのだ。世間話はおろか目も合わせないせいで、島民たちに要らぬ警戒心を抱かせ続けている。
そして3つ目。これがなによりの理由だが、前のキャプテンがあまりに人気すぎたのだ。先代は、アローラで最もサーフィンが上手いと評判の女性が務めていた。明るく朗らかで、これぞ理想のキャプテンだと誰もが褒め称えるような素晴らしい人物だったのに、恋人ともどもマンタインサーフ中の不幸な事故で溺れ死んでしまったのである。
彼女を愛していた人々(つまりウラウラ中の人たち)はみな、深く嘆き、悲しんだ。
するとクイーンは、喪が明けるよりも早く新たなキャプテンを任命したのである。
当然、誰もが困惑した。
なぜそんなにも後任を急いで決めるのか、全く理解できなかった。
しかし、カプ神に選ばれたクイーンの権威は絶対である。いかなる事情があろうと、異議を申し立てることなど許されない。クイーンに文句をつけるということは、カプ神に楯突くことと同義だからだ。
故に島民たちも表立って批判することこそなかったが、ウキビに対する白けた雰囲気は、まるでほぐれる気配を見せなかった。
ウキビとて木石で出来ているわけではない。彼らのそうした態度は教わるまでもなく知っている。けれど、改善するつもりは一切なかった。
(どうでも良い、なにもかも。
大通りを行ったり来たりしていたウキビが、とある店の前でぴたりと立ち止まった。
「────見つけた」
口の中で低く呟く。血走った目が食い入るように、窓の向こう、店内に座るアシタバを凝視していた。
グズマの話に、俺は待ったをかけた。
「ちょいまち。もっぺん言ってくれ。
踊るかわりに何をしろって?」
「だから、ここらに出没するライチュウを捕まえてこいって言われたんだよ。結構有名らしいんだ、そいつ。めちゃくちゃ強くて素早いんだってよ」
「…………ほぉ、ん」
背もたれに背を預け直し、顎をさする。
眉間に皺が寄るのが自分でもわかった。
単に野生ポケモンを捕まえてこいという課題なら否やはない。トレーナーの力量を測るにはいい題材だろう。
だが、
もしも俺の読み通り、マボサダ泥棒のアイツを指しているのだとすれば、課題の対象にするのは不適当も甚だしいのではないか?
最愛のトレーナーを失って傷心しているポケモンを、事情も知らない子供たちに追い回させるなんて、人としてどうかしている。
そのせいで、あのライチュウは心身を休める暇も与えられず、飢えに苦しみ、泡を吹いて倒れたのだ。
「気に食わねえな…………」
顔も知らないキャプテンに舌打ちすると、ふいに誰かが傍に立つ気配がした。
「おとりこみ中失礼」
大して失礼とも思ってなさそうな声音だ。視線を送る。いつの間に近づいていたのか、青白い顔をした男がのっそりと立っていた。
猫背に使い古したサンダル履き、この世の全てが面倒くさそうな眼差し。どこから見ても冴えないオッサンだが、その実、立ち振る舞いに隙がない。
(サンダルだってのに足音がしなかった。
俺が身構えるより早く、オッサンが口を開いた。
「おじさん、ちょっと聞きたいことがあるんだけどさ。
隣座ってもいい?」
「……どーぞ」
横にズレると、オッサンは「あんがとね。この歳になると立ってるのも辛くてさ」とへらへら笑いながら腰を下ろした。
「アンタ誰だよ」
グズマの遠慮のない問いに、オッサンは至ってのんびり答えた。
「ん? 誰でもねえよ。ただのケーサツ官。ちっとこのお兄さんに話を聞きたくて、な」
「「警察……っ!?」」
不穏な言葉に、俺とグズマが腰を浮かした。
オッサンが口元をニヤつかせる。
「んん〜? なぁによあんちゃんたち。お巡りさんにパクられるような悪いことしちゃってんの?」
「ばっ、そ、してねえよそんなのっ」
グズマは慌てふためきながら店を出ていってしまった。いかにも何かしてるような風情に、俺たちは顔を見交わせ苦笑した。嘘つくの猛烈にヘタだなあいつ。
オッサンはグズマが座ってた方のソファに座り直すと、ウェイトレスに拉麺を注文した。彼女が立ち去るのを待って語りかけてくる。
「あんちゃん、ここに飛行機で来たろう。なんて航空便だったか、覚えてるかい」
俺は無言でチケットを差し出した。オッサンは一瞬、鋭い眼差しで中身を確認してから無造作に戻してきた。
「どうも。やっぱり"対象者"か」
「なんの?」
「うーん…………どっから説明したもんかなあ」
割ってない割り箸をくるくる回しながら独りごちる。
やがて、箸先でぴたりと俺を指した。
「あんちゃん、SFには詳しいか?」
「あいにくポケウッドの映画程度の知識しかないね」
「充分だ。なら、異世界って言葉の意味は分かるな?」
「…………まあ、なんとなくは」
異世界。俺たちがいるこの世界とは次元だか何だかが異なるという世界のことだ。
映画じゃお定まりの概念である。作品によってはアースとかバースとか表現するんだったか。
「それがよ、どうやら本当にあるらしいんだわ」
「────は?」
俺はまじまじとオッサンを見やった。おいおいこの人、まさか昼間っから泥酔してんのか?
呆れる俺を意外なほど真剣な瞳が見返してきて、思わず口を噤んだ。
「信じられねえのも無理はねえよ。おじさんも仕事で接してなきゃ眉に唾つけてるとこだ。だけどな、異世界ってのは本当にある。あるだけじゃない、こっちの世界をじわじわ脅かしてきてんだよ」
オッサンは胸ポケットから1枚の写真を撮り出すと、指で弾いて寄越した。写っている画像を見た途端、俺は心臓が氷の手に掴まれたような思いを味わった。
そこに写し出されていたのは、アローラに向かう飛行機に取りついてきた、あの空飛ぶクラゲだったからだ。
絶句する俺を油断なく観察しながら、おっさんが静かな声で言った。
「ここ数ヶ月、あちこちで目撃されるようになった生物だ。世界中どの学者に問い合せても正体は掴めずじまい。ポケモンかどうかも分かりゃしねえ。仕方なく俺たちは未確認生命体としてコードを割り振ることにした。
UB01、またの名を、パラサイト───ってな」
「ぱら、さいと」
カラカラに乾いた唇で復唱する。
窓に取りついてたコイツらは、『アソボ』『アッチニイコウ』としつこく誘ってきた。
激昂した
全身の肌が粟立った。
「おっかねえ名前だろ? どうもそのクラゲちゃんは手近な物に寄生する習性があるらしくてよ。いまんとこ飛行機以外に被害は出てないんだが、人間やポケモンに寄生されたら何が起こるか分からん。
そうなる前に、少しでもそいつに関する情報が欲しくて、接触した人間に聞きこみしてるんだわ」
ぱた、とテーブルの中央に黒革の身分証が置かれた。
表紙には《国際警察》とくっきり印字され、オッサンの顔と名前が刻まれていた。
国際警察特務捜査官・クチナシ警部
「てなわけで、お話聞かせてくれや、あんちゃん。乗務員のねーちゃんが言ってたぜ、おまえさんがパラサイトの群れを追い払ったって、よ」
オッサン────クチナシさんがニヤリと笑う。
その顔には「絶対に逃がさない」という強い意志がありありと書かれていた。
■クチナシ──みんな大好きイケおじ。この話ではSM本編より10歳ほど若いです。まだお仕事に対する熱意がそこそこあった時代。
というわけで11話。
さーあライチュウの話が片付くまえに別件が飛び込んできましたよっと。
書いてくうちに当初の予定からズレにズレまくっております。どう着地するんでしょうね?
みんな大好きクチナシさんは元国際警察だったわけですが、それがどうしてキングの座に収まったのか、前キング(クイーン)はどうしたのか好き勝手に妄想したらこうなりました。
なんとなくですけどクチナシさんはアローラ出身じゃない気がする。知らんけど。
感想高評価ありがとうございます。
どうぞよろしくお願いします!