警察の取り調べというと、読者諸君はどんなイメージがあるだろうか。
かくいう俺は昔のドラマの印象が強い。狭い部屋に優しい刑事と怖い刑事がいて、片方が恐喝まがいの尋問をしてもう片方が情に訴える──というアレだ。
現実は違った。
国際警察のクチナシさんは、声を荒らげることも、拳を振るうこともしなかった。
そんな分かりやすい暴力は使わなかった。
夕陽が射しはじめたマリエ庭園をのんびり散策しながら、恐るべき執拗さで俺を締め上げたのだ。
軽妙な口調で少しずつ、淡々と、余すことなく事実を聞き取っていく。曖昧に濁したりごまかそうとしてもすぐに見抜かれて、まるで意味をなさなかった。
特に訊かれたのは俺が
(お、終わらねぇ…………っ)
ぐったりする俺に言う。
「悪あがきしなさんな。お前さんのお陰で難を逃れたってとこまでは調べがついてんのよ。ほかの乗客やクルーを洗っても、大した遣い手は見当たらなかったしな。
第一、CAっていう動かぬ目撃者がいるんだ。彼女が言ってたぜ。あんちゃんのポケモンが一声叫んだ瞬間に、パラサイトたちが吹っ飛んでった……ってよ。
何をそんなに隠したいのか知らんが、ここらで腹括ってゲロっちまえって」
「い、いやあ。そんなこと言われてもさぁ。
CAさんの見間違いじゃねえの? 俺のポケモンにそんなパワーはねえよ」
なんとか捻り出した言い逃れに、クチナシさんは口元をふっと緩めた。
「────あんちゃんよお」
振り向きざま、赤い瞳がひたと俺を見据えてくる。
笑みこそ浮かべちゃいるが、その眼差しはまったく笑っていなかった。
「俺もこの仕事に就いて長ぇんだわ。そんな半端な嘘が通じると思うか?」
「う…………」
「こっちも鬼じゃねえからよ、素直に従ってくれりゃ悪いようにはしない。すぐにアローラ観光に戻してやるさ。
だがあんまり法螺を重ねるようなら…………」
刑事の目が、ひときわ強い光を帯びた。
「捜査妨害の罪で留置場にご招待することになるぜ。
事によっちゃ何日も、な」
「…………」
俺の頬を、汗が一筋滑り落ちた。
まずい。
人生始まって以来のピンチだ。
話してしまえと彼は言う。
でも無理だ。こっちには秘匿しておきたいネタがあまりに多すぎる。
真実を語れば
(それだけは嫌だ。ぜってー嫌だ)
ならば。
大事なとこはぼかしつつ、辣腕刑事を納得させられるだけの話を作るしかない。
いま、この一瞬で。
(いやできるかっ!)
心中で頭を抱えた。
なんじゃその無理難題。
そんな器用なマネが出来るならもう少し旨い汁啜れる人生送っとるわい!
「あ〜〜〜う〜〜」
無意味に呻き、髪の毛を掻き回すこと数分。クチナシさんはその場に佇んだまま、遠くに見えるウラウラビーチに夕陽が沈んでいくのをぼうっと眺めていた。
隙だらけだが、多分これは意図的に作った隙だ。
罠である。
もし逃げようとしたって、この庭園から出ることすら叶うまい。そう思わせるだけの凄みがあった。
この凄みには覚えがある。
ヨロイ島で稽古をつけてくれたマスタード師匠が、よく似た雰囲気を纏っていた。
(…………相手が師匠クラスならしゃーねえ、か)
覚悟を決めた俺は上目遣いに相手を見やった。
「クチナシさん」
「んあ?」
「今からする話、絶対他言無用にして貰えます?」
「そいつぁ内容次第だな」
嘯く男を、俺は片手で制した。
「いや、もうほんとに。誰にも話さないし報告もしないでほしいんす。それが確約されないなら俺は何も喋らない。たとえブタ箱にぶちこまれても黙秘を貫きますよ」
「…………ふん?」
クチナシさんは片眉を上げ、興味深そうに俺を見つめると、「分かった」と首を縦に振った。
「お前さんにも色々事情都合があるんだろ。警察として、大人として、最大限それを汲む努力はする」
「────頼んますよ、ほんと」
期待してた答えではないが、この人ができるギリギリの譲歩なんだろう。
俺は目顔で片隅にある
四阿に着くと、俺は頭上のレヴィ(モクローの姿)に合図を送った。
「レヴィ。
「げる」
虹色のヴェールが四阿を包む。
これで、周囲からは俺たちの姿が見えなくなった。
レヴィを石造りのテーブルに下ろし、続けて命じる。
「変身を解いてくれ」
「んげ」
レヴィは素直に返事をし──ぱぁっと明るい光を放ったと思ったら、もう元の姿に戻っていた。
成り行きを見ていたクチナシさんが、ぽかんとする。
「なんだそりゃ…………こいつはなんだ? ただのモクローじゃなかったのか!」
「ええ。こいつの正体はルギアといって、ジョウトを守護すると謳われた伝説ポケモンの雛です」
「伝説の、雛…………」
「はい」
そして俺は出会いのいきさつを語った。
ただし、端折りに端折って。
話したのはレヴィがいきなり現れたことと、手持ちに加えた部分のみ。
それ以外の細かい冒険譚はなにも明かさなかった。
ウソが通じないなら、真実だけを語ればいい。だけど、なにも全てを話す必要もないだろう。
これぞ秘技、ストーリーカット法ッ!
通じてくれ頼むから!
心臓が早鐘を打つ。声が上擦りそうになるのをすんでのところで抑えながら、短い話を締めた。
「…………んで、ただの鳥ポケじゃないと気づいた俺は、教授の勧めもあってアローラに来たんです。ここはほかの土地に比べて伝説ポケモンが頻繁に現れるから、育成についてなにかしら助言を得られるだろうってことで」
「その道中に襲われた、と」
「はい」
「奴らを追い払ったのはどんな技だ? というかアレだ、そのチビちゃんのタイプは?」
「すみません、まだはっきりとは…………なにしろ分からないことが多すぎて」
これは本音だ。
「お前さんも学者の卵なら目星くらいついてるだろ」
「恐らくエスパータイプじゃないかとは思うんですが」
「ん?」
不確定な物言いにクチナシさんが首を傾げる。
「タイプチェッカーは使ったよな?
あれなら1発でわかるだろ」
「勿論。だけど何回計測してもエラー反応でした。
秘めてる力がデカすぎて、測定し切れないんすよ」
「ふぅん」
難しい面構えで腕組みをする。
よーしよし、なんとか通用したっぽいぞ。
余計なことを訊かれないよう、今度は俺から質問した。
「あの、さっきUB01って言いましたよね」
「ああ」
「わざわざ通し番号が振られてるってことは、もしかして…………?」
「その
うんざりと吐息する顔には、疲労の色が濃かった。
「今わかってるだけでも4体出現してる。漂うクラゲに空飛ぶ竹、電気を散らすデカブツに、やたらマッチョなバケモンだ」
「マッチョなバケモン」
「てっかてかに赤光りする筋肉をこれでもかと見せびらかしてくるんだとよ。視線をそらすと目の前に回りこんでポージングするらしい。暑苦しいだけで害は無いから後回しにしてるが、いずれは対処せにゃならんよなあ」
ぼやくように呟くクチナシさんの目が遠い。
警察って大変なんだなあ。
思わず同情の念を覚えた時、ポケットに入れていたポケギアが着信音を鳴らした。
掛けてきたのはポケセンのジョーイさんだった。
「はい、アシタバです。…………え、ライチュウが?」
「ヂィイイアッ」
甲高い叫びと共に、長い尻尾を振り回す。
雷を模したような尾がしたたかにタブンネを殴りつけ、昏倒させた。
「ライチュウ、お願いやめて! ここにあなたを傷つけるものは何もないのよ! 治療しなきゃ死んでしまうわ!」
ジョーイさんの必死の呼びかけにもライチュウは応じない。全身を激しく震わせ、口から血泡を吐きながら、窓から出ていこうと藻掻いていた。
俺とクチナシさんが到着したのはその時だ。
状況を一目見た瞬間、絶句した。
病室は台風でも吹き荒れたのかというぐらい乱れている。ベッドは粉々に割れ、カーテンは焼け焦げ、壁中に無数の引っかき傷が刻まれていた。
ポケセンの中には他のトレーナーもいたが、あまりの凄まじさに怖気づき、近寄ろうともしない。
だが、俺の目を引いたのは何よりも、
「アローラの
そう。
いまのライチュウはどこにでもいる、見慣れた
(だからキャプテンは捕らえてこいって言ったのか?)
思案する俺に、ジョーイさんが涙ながらに懇願した。
「お願い、あの子をなんとかして! 目覚めた途端出ていこうと暴れてるの! 私たちじゃ手が付けられないわ!」
「わ、わかった」
ともかくも、ライチュウを落ち着かせることが先決か。
ボールを握る俺に、クチナシさんが待ったをかけた。
「なんだかよう分からんが、あのネズミを黙らせりゃいいんだな? ならどいてな」
言うや、ハイパーボールをぽんと放る。
出てきたのは二足歩行する砂漠の鰐・ワルビルだった。
「ちっと気絶させてやってくれ。
相手は手負いだ、加減しろよ」
ワルビルは首肯し、部屋へと侵入する。途端に電撃が迸ったが、もとより地面タイプのワルビルには効果がない。
察したライチュウが殴りつけようとする隙をつき、ワルビルが無造作に拳を突き出した。
「ヂ……ッ!」
傍目には軽い一撃だが、きっちり急所を捉えていた。
消耗しきっているライチュウには抜群だったらしく、白目を剥いて気絶した。
「ほい、ご苦労さん」
事も無げにボールをしまうクチナシさんに、野次馬たちが拍手を贈る。
呆気にとられたジョーイさんも、はっと我を取り戻し、タブンネとラッキーたちに指示を飛ばし始めた。
それからしばらくして。
俺とクチナシさんは、ライチュウの病室で話を聞くことが出来た。
鎮静剤を投与されたライチュウは、原種姿のままこんこんと眠り続けている。
「…………目が覚めたと思ったら、猛烈に暴れだしたの。私たちじゃ止めきれなくて…………本当に、なんとお礼を申し上げたらいいか」
何度も頭を下げるジョーイさんに、クチナシさんは手を振った。
「やめてくれ。市民の安全を守るのが警察の仕事だ。にしても、いい暴れっぷりだったな」
「それが…………どうも、タチの悪い毒に冒されているみたいで、苦しくて堪らないようなの」
「毒?」
「ええ。ちょっとこの辺りでは見ない毒ね。手持ちの解毒薬では歯が立たなくて、困ってるのよ」
「…………」
俺はそっと鞄に手をやった。
この中には、ホウエンの洞窟で悠久の時を過した宝玉の女王・ディアンシーから賜った《
くそう。どっかいってくんねえかなこのおっさん。
「ラムの実でもダメですかね?」
ダメ元で投げてみた質問だったが、ジョーイさんの顔がパッと明るくなった。
「ラムの実……! そうだわ、シェードジャングルのあの実なら……!」
「シェードジャングル?」
「お隣のアーカラ島にある森だな。ほとんど手付かずの原生林らしい。そこにいい木の実があんのかい?」
「あるわ!
どんな病もたちまち治す、スーパーラムの実が!」
「よし。じゃあ任せなジョーイさん。このアシタバ坊ちゃんが採ってきてくれるってよ」
「えっ」
言ってないですけど。
「本当ですか!?」
「ああ本当だ。なあアシタバよ。お前さん、まさかイヤとは言うまいな?」
ジョーイさんが涙を湛えた瞳で見つめてくる。
断れるかこんなもん。
「い、言わねぇけどよ」
「嬉しい……! スーパーラムの実はジャングルの王だけが食べられる貴重な実で、そう易々とは渡して貰えないと思いますが、頑張って!」
「あれっなんか知らない情報が、あれっ?」
「ほれほれ、早く行った行った」
「あれぇええええ?」
色々と釈然としないんですけど!!
絶対バトルになるやつじゃんそれ!
不平不満もクチナシさんはどこ吹く風、ほとんど追い立てるようにして、俺を無理やり出発させた。
まあいいけどさ、ライチュウが良くなるなら。
クチナシさんの監視から逃げられるのも嬉しいし。
モクローに変身しなおしたレヴィに話しかける。
「すぐ見つかるといいな」
「げる!」
レヴィが元気に返事をする。
わかってんのかなほんとに。
わあわあ騒ぎながら港に行った俺たちは、後ろからじっと見つめる眼があることに、さっぱり気づかなかった。
というわけで12話。
アローラ編、なんとか折り返し地点にこれた、か、な?
途中のUB、当然みなさんは分かりますよね。
ちなみに私は空飛ぶ竹が大好きです。
かわいい。
たまらん。
SVでも育てたかったナ、、、
原種とリージョンを切り替えられる子がいたら楽しーよなーと思ってぶち込んでみました。カントーから来た個体というのが伏線のひとつだったり。
二次創作ですからね、なんでもありですよ。へへっ。
いつも感想高評価ありがとうございます。
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