ルギア、拾っちゃいました。2   作:じゅに

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第14話 思いもよらぬ再会。

 

 

 

 

 身体が鉛のように重かった。

 金縛りにあったまま、どこまでも深く深く沈んでいくような、なんともいえない気持ちの悪さ。

 

 高熱にうなされているときとよく似た感覚だが、その数倍酷かった。

 

 抗いたくても、瞼をピクピクさせるのが関の山で、沼に捨てられた人形のように呆気なく沈んでいく我が身が恐ろしい。

 

 大丈夫、自律神経が参ってるだけだ。

 ただの錯覚に過ぎない。

 己に言い聞かせようとして、ふと思考が淀んだ。

 

 ────錯覚? 

 錯覚なのか? 

 果たしてそう言い切れるのか。

 

 もしも、本当に沈んでいるのだとしたら? 

 

 堪えていた恐怖が一気に溢れ出す。

 

 いやだ。

 怖い。

 助けて。

 だれか。

 誰か…………! 

 

「たす、け」

『何を呻いておるんだ貴様は』

「────?」

 

 鈴を転がしたように可憐で透き通った声なのに、戦士のように無骨な物言い。

 

 この声と口調を、俺は知っている。

 

 力を振り絞り、なんとか目を開くと、すぐ傍に恐ろしく小柄なクチートが立っていた。

 首から下げた桃色の結晶が光彩を放っている。

 

『久々に会ったと思ったらまた死にかけておるとは。

 つくづく命を軽んずる男だな』

「へり、お、どーる……?」

 

 呆然とその名を呟いた。

 

 ヘリオドール。ホウエンはムロ島の《煌めきの石洞》に君臨していた女王・ディアンシーの侍女頭を任されていたポケモンだ。

 

 そんな彼女が何故ここに? 

 

「なん、で?」

 

 言葉足らずの問いかけに、クチート(ヘリオドール)はふんと鼻を鳴らし、俺の額に濡れた布をおっ被せた。

 

「おぶっ」

『まずはその身を癒せ馬鹿者。そうでなくば出来る話も出来んではないか』

 

 布がひんやりしていて心地いい。

 ひょっとしなくても、介抱してくれていたのか。

 

 胸の真ん中がじんわり温まる。

 

 うん。

 全くもって彼女の言う通りだ。

 まずは休もう。

 

 安心したら急激に眠気が迫ってきた。

 もっと休めと肉体が訴えている証だ。

 あの時、あの(ひと)に何をされたのかイマイチ分かっていないけれど、それは後で探ればいい。

 

 首を僅かに傾げ、ヘリオドールを正面から見つめた。

 

「ありがとう、ヘリオドール。お前ってやさしいなぁ」

『なっ』

 

 それだけなんとか言い終えて、俺はすぐ夢の世界に落ちていった。

 

 

 今度は、沈んでいく悪夢は見なかった。

 

 

⋈ ………………………………………… ⋈

 

 

「眠りました?」

 

 部屋の隅で湯を沸かしていたアクロマが訊ねると、ヘリオドールはぶっきらぼうに頷いた。

 

『次に起きたら消化のいいものを食わせてやれ』

「ええ? 私料理なんて出来ませんよ」

『きのみを適当にすり潰せばいいだろうが』

「それでいいのかなあ」

『構わん。こいつは並の人間より頑丈だ』

「ふぅん?」

 

 とびきり熱くて濃いコーヒーを啜りながら、アクロマは興味深そうに小さなクチートを見やった。

 

 大して長い付き合いではないが、彼女がヒト嫌いなのはすでに看破している。

 こうして自分といるのも、相応の理由があってのことだ。そうでなくば1秒たりとも同じ部屋に居てくれまい。

 

 だがこの青年に対する姿勢はどうだ。ずいぶん甲斐甲斐しい振る舞いではないか? 

 

 持ち前の好奇心がムクムク頭をもたげてくる。

 研究者として、疑問を放っておくことは出来なかった。

 

 薄笑いを浮かべながら、そっと耳打ちする。

 

「なかなかご執心のようですけど…………もしやこの方、貴女の想い人とか?」

 

 返事は大顎の牙だった。

 ぐわっと開いた大顎が右腕に噛みついている。大して痛くはないが、彼女があとほんの少し力を込めるだけで、肘から下が食いちぎられるだろう。

 

『次にふざけたことを抜かしたら片腕貰うぞ』

「あはは、冗談です」

 

 左手を上げて降参のポーズをとる。

 ヘリオドールは剣呑な一瞥をくれてから、ゆるりと顎を離した。

 

『冗談は好かん』

「すみませんねえ。でも、いきなり私のコテージに連れてこさせられたんですよ? おかげで1つしかないベッドが泥まみれです。彼のお名前ぐらい、聞く権利があるとは思いませんか?」

『回復したらこいつに聞け。私から話すことは何もない』

「いけずだなあ」

『やかましい』

 

 取りつく島もなかった。

 アクロマは肩を竦め、青年の観察に戻る。

 

 キャプテン代理とはいえ、ライチの実力は本物だ。

 それをあそこまで追い詰めた挙句、Z技からも逃げ切るとは。

 

「ふふ…………。面白い人だ」

 

 アクロマの眼がきらりと光った。

 

「聞きたいことは山ほどありますが、ご当人が喋れないなら仕方ありませんね。彼の荷物を拝見しましょう。

 さーて、どんな物がでてくるか、な」

 

 笑み零しながら相手のリュックに手を伸ばしたものの、途中でぴたりと静止した。

 青年の影から這い出でた黄金の手が、アクロマの手首を掴んだからだ。

 

 さしものアクロマもこれには驚いた。

 

「おや?」

 

 一声発した直後、本体がずるりと現れた。

 全身金ピカの、さほど大きくはないポケモンなのに、放つ威圧は凄まじかった。

 

『マスターとマスターの物に触れるナ』

 

 表情のない瞳がアクロマを睨め据える。

 一瞬呆気に取られた科学者だったが、次の瞬間には両眼を輝かせていた。

 

「なんと…………! クチートさん同様人語を解するポケモンとは! 面白い! 益々面白くなってきましたよ! あなたの種族名はなんです!? タイプは?」

『…………』

 

 金色のポケモンは答えない。

 アクロマには知る由もないことだが、普段の陽気で明るい態度とはまるで異なっている。

 

 このポケモンは、アクロマの中に潜む"悪癖"を影にいながら見抜いていた。

 

(コイツ…………厄介な人間ダ。他のみんなはボールの中だしマスターは動けなイ。フーゴがしっかりしなくチャ)

 

 アクロマを押さえる手に力が籠る。

 しかし、睨み合いは長く続かなかった。

 成行きを見守っていたヘリオドールが、仲裁を始めたからだ。

 

『そこまでだ。一旦落ち着け、金色の』

『…………』

『そいつに警戒心を抱くのは正しい。全く正しい。胡散臭くて信用するに値せんからな。だが今そいつを殺めたら、貴様の大事なマスターに何かあった時、なんの策も打てずにむざむざ見殺しにすることになるぞ?』

『…………! それハ、イヤかモ』

 

 握りしめていた手を解く。

 ヘリオドールが微笑した。

 

『賢明な判断に感謝する。貴様、ゴーストタイプだな?』

『そーだヨ』

『なら、()()()と話が合うかもしれん』

 

 ヘリオドールの小さな足がトンと床を踏み鳴らす。

 すると、彼女の影が揺らめいて、1体のポケモンが姿を見せた。

 

 全身に包帯を巻いたような出で立ち。

 胴体があり、頭があるのに腕はなく、腹の前に手がふたつ浮いている。

 赤い一つ目がきょときょと辺りを見回した。

 

 ヨマワルの進化系、サマヨールである。

 

『おや? 珍しくご主人様が呼んでくださったかと思えば意外な場所に出ましたな? オウフ、拙者おもわず動揺の兆し。──ややっ?』

 

 サマヨールの赤い瞳が金ピカポケモンに止まった。

 

『あややや、こちらの御仁はどなたですかな? 洗練されし黄金のボディ、拙者目が離せませんでござる』

『エー? フーゴも君のお目目とってもキュートだと思うヨ! 赤くて1つなんてカッコイイ!』

『オッホ。お褒めの言葉に拙者汗が止まりませぬ。

 まあ汗腺ないんですけどね、幽霊ですから!』

 

 2体が爆笑する。

 すっかり意気投合したらしい。

 

 解放されたアクロマがヘリオドールに囁いた。

 

「今のやり取り、そんなに愉快でしたか?」

『…………聞くな』

 

 ヘリオドールは、ふいと顔を逸らした。

 

 

⋈ ………………………………………… ⋈

 

 

 一方その頃。

 ウラウラ島では、グズマが当てどもなくマリエシティをぶらついていた。

 

 せっかくアシタバに弟子入りできたのに、国際警察とかいう男の登場によって全てがおじゃんになってしまった。

 

警察(サツ)が何の用だっつーんだよ…………」

 

 低い声で吐き捨てる。

 親との折り合いが悪く、しょっちゅう怒鳴り合い掴み合いの喧嘩をしていたグズマは警察にいい思い出がない。

 いつだってこちらの話なんか聞かず、一方的にお前が悪いと捲し立てられ、親に感謝しろと説教される。その後ろで父親はふんぞり返り、母親が溜息をつくのだ。

 

 グズマにとって、警察とは、親ともども不愉快な存在でしかなかった。

 

「クソっ、クソっ、クソっ!」

 

 苛立ちに足を任せて繁華街をうろつていると、いつの間にか人気のない裏路地に入りこんでいた。

 

 残飯を漁っていたコソクムシがグズマに気づき、怯えた眼差しで見上げてくる。

 臆病な質のこの虫ポケモンは外敵を見るとすぐに逃げる。逃げずに留まることは滅多にない。珍しいこともあるものだと見ていると、怪我をしていることに気づいた。

 

「……大丈夫だ。取って食やしねえよ」

 

 怖がらせないよう、ゆっくりしゃがみこむ。ポケットにしまいっぱなしだったチョコバーを差し出した。

 

「ほら、これ食ってみろよ。甘くて美味いぜ」

 

 コソクムシは匂いを嗅ぐように顔を寄せ、おそるおそる食べ始めた。小さな口で懸命に咀嚼している。

 お気に召したらしい。

 

「慌てんなって。誰も盗みゃしねーから」

 

 笑いながら言えば、コソクムシはゆっくり味わい始めた。賢いポケモンだ。おまけに可愛い。

 

(食べ終わったらポケモンセンターに連れていこう)

 

 グズマがふと視線をあげた時。

()()は、既にそこに居た。

 

 中央に黒丸が刻まれた桃を、逆さまにひっくり返したような見た目の何かが、グズマの目線と同じ高さに浮いている。グズマは首を傾げた。

 

「なんだコレ」

 

 呟けば、桃は真ん中から2つに割れ、片手で包めそうなほど小さな生き物が飛び出してきた。

 

「モモワーイ!」

「な、んむぐっ!?」

 

 グズマの口に紫色の何かが押し込まれる。もちもちしたそれは豊かな甘みがあって、なんともいえず美味だった。

 つるりと喉を滑り落ちていく。

 

「げほっ。なんだってんだよおま……え……」

 

 変化は唐突で、劇的だった。

 グズマの目から生気が抜け落ち、虚ろな顔つきでふらりと立ち上がった。

 

「モモーン」

 

 桃が鳴き、先を行くと、グズマが覚束無い足取りで後を追い始める。

 コソクムシが食べていたチョコバーを蹴飛ばしたって気にする様子は無い。

 

「ち、ちちっ」

 

 コソクムシの鳴き声にも、グズマは振り返らなかった。

 

 

 

 

 




というわけで14話。

今回珍しくサーフゴーが大人しめです。
彼が陽気に振る舞うのは仲間の前だけ、という初期設定を書けてよかった。
当初はアクロマにも友好的に接してたんですが、何百何千年と生きてきたゴーストタイプなら人を見る目はあるだろうな、ということで。

いきなりオタク喋りするサマヨールが出てきましたが2部を書くと決めた時から思いついていたキャラです。やっと出せてよかった。

そして主人公のいないとこでグズマくんがピンチです。
いったい誰の仕業だー?(棒)

よければ感想高評価よろしくお願いします!
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