腰を僅かに落とし、何が起きても即応できる体勢を保ちながら、俺は必死に王の正体を見極めようとしていた。
初めて遭うポケモンだった。
名前も属性も、何一つ分からない。
手にしているトゲ付き棍棒からして、愛くるしい見た目にそぐわぬ好戦的な種族なんだろうか?
深緑色の体色は、草タイプの可能性を示唆している?
これらの推測がもしも当たっていた場合、
(ガン不利じゃねえか)
口の中で小さく呻いた。
相棒の
とくれば
それに、あの熊。
尋常でない強さが佇まいから伝わってくる。
強ばる頬に、暑さのせいばかりではない汗が流れた。
(頼むから……全員で一斉に殴りかかってきたりしないでくれよ……)
緊張が徐々に高まっていく。
喉が渇いて痛いくらいだ。
────むりやり生唾を飲みこんだ、その時。
王が動いた。
無造作に熊の背中から滑り落ち、俺たちに近づいてきたのだ。
「…………っ?」
「ぽに〜」
きっかり2メートルおいて、王が止まった。
棍棒の射程圏内であることに気づき、肝が冷えた。
「ぽにおっ」
王はにこやかに、武器を握っていないほうの手を上げた。友好的な仕草に見える。すくなくともこちらを警戒しているわけじゃなさそうだ。
(黙ってても仕方がねえ…………!)
意を決し、口火を切った。
「お、王さま」
「ぽ?」
「王さまなんだよな、ここの」
「ぽにおん」
「なら、なんでも治す特別なラムの実を持ってないか?」
「ぽに!」
王が頷き、懐から黄金の実を取り出した。
形はラムの実そのものだが、純金でできているかのように光り輝いている。
間違いない。
あれがスーパーラムの実だ。
俺は一気にまくし立てた。
「頼む! それを譲ってくれ!」
途端、熊が俺と王の間に割って入り、低い唸り声を上げた。ナゲツケサル達が口々に喚き出す。どのサルも敵意を剥き出しにしていた。
やはり、スーパーラムの実は特別なものなのだ。余所者の、しかも人間が手にしていい代物ではないらしい。
カブルーが臨戦態勢を取る。頭の上のレヴィが翼を広げたのが感じられた。
王は何も言わず、俺の瞳を見据えている。
俺はカブルーに目顔で下がるように言い、その場に両手をついた。
「不躾な願いなのは分かってる。
だけどいま! どうしてもそれが必要なんだ! ウラウラ島で罪のないライチュウが苦しんでるんだよ!
半分でも、ひと欠片でもいい!
どうか俺に分けてくれ! 頼む!」
半ば叫ぶように思いの丈をぶちまけた。
5秒、10秒と時間が過ぎる。
どれだけ待っても、王は沈黙したままだった。
(ダメか…………)
落胆に肩を落とすと、ふいに視界が翳った。
「ぽにっ」
「…………え」
顔を上げ、驚いた。
間近に来た王が金の果実を差し出しているではないか。
サルたちがどよめき、熊も困惑した声を上げたが、王の笑顔は揺らがない。
くれるのか。
俺たちに。
「あ、ありがとう!」
安堵しながら伸ばした手はしかし、果実に触れる直前で空を切った。
王が1歩、退いたからだ。
「…………えっ」
「ぽに♡」
再び差し出される。
わけも分からぬままもう一度試みたが、またもやするりと躱されてしまった。
「ん?」
「ぽにっぽにっ」
今度は背中を向けてきた。
タッチしてみろと言わんばかりに尻を揺らしている。
そうっと手を伸ばしたが、やはり、すんでのところで逃げられた。
これはつまり────
「欲しかったら捕まえるか
「ぽにおーん!」
王がぴょこんと飛び跳ねる。
大正解のようだ。
「…………まじで?」
この草深いジャングルで、ポケモン相手に追いかけっこしろと?
事態を飲み込んだサルたちが囃し立てる一方、王の後ろで熊が深い溜息を吐いた。
その
「ぽにおぉ〜ん!」
王が駆け出した。サルたちも後に続き、あっという間に見えなくなった。
「…………」
「…………」
残された熊とおもわず見つめあう。
熊はのっそりと向きを変え、重い足取りで王たちの行方を追った。
やるしかないのか。
…………ないよな。
「…………頑張るぞ、お前ら」
「ぎしゅ」
「げる」
返事をする2体の声も、こころなしか重かった。
木立の間を縦横無尽に駆け巡りながら、ナゲツケサルの1頭が歯をむき出して笑った。
『あのニンゲン、ボーゼンとしてましたね!』
『当たり前よ! この森で王様に追いつけるもんか!』
『すぐに諦めて引き返すさ!』
『身の程知らずなニンゲンめ!』
サルたちは、人間に対する嫌悪を隠そうともせず口々に嗤いあった。
やかましい嬌声に顔を顰めながら、ガチグマがオーガポンに囁く。
『王』
『なぁに?』
オーガポンは、身の丈よりも長い棍棒を軽々と背負い、サル以上の速度で走りながら、息ひとつ切らしていない。
どころか淡い笑みさえ浮かべていた。
『あまりヒトを侮ってはなりませんぜ。奴らは手強く狡猾だ。追いつけないとみるやどんな卑劣な
『くふふっ』
王がにんまりする。
『そこがいーんじゃない』
『は?』
瞠目するガチグマに、オーガポンはあくまで愉快そうに語った。
『最初は王様楽しーって思ってたんだけどさ。近頃飽きてたんだよねえ。誰もボクに勝てないし、そもそも勝負してくれないし! もういっそ、王様なんてやめてまた旅に出ようかなって思ってたんだよ。
ねえねえ、あいつ、ボクを愉しませてくれるかな? 楽しかったら木の実でもなんでもあげちゃう! ま、ニンゲンがボクに勝てるわけないけどね!』
きゃっきゃと破顔する。
ガチグマは太く長く吐息した。
これだ。
我らが王はあまりに快楽主義がすぎる。
このジャングルを支配したのだって旅の途中の暇つぶしに過ぎない。
ここをより良くしようとか、森の住民たちを守ってやろうなどという意識は、これっぽっちも無いのである。
圧倒的な強さだけが、彼女を王にしたのだ。
『…………おふざけがすぎるぜ、お嬢』
かつての口調で呟くと、王は悪魔的に微笑した。
『なっつかしいねその呼び名。アハハッ』
蔓を伸ばし、一気に樹上へ駆け上がる。サルたちも次々に登り始めた。
ガチグマに同じことは出来ない。この巨体を支えられるほどの大木はそうそう生えるものではないのだ。
『ああ…………』
ガチグマが嘆息する。
王の側近として、お嬢の付き人として、あるまじき願いが胸に去来するのを、どうしても止められなかった。
(願わくば、あのニンゲンが負かしてくれますように…………)
せめて、勝負にはなりますように。
万感の想いを込めて、ニンゲンたちが居た方をじっと見やった。
■王────類まれなる可愛さと悪魔的な性悪さを併せ持つ。ボクっ娘。
■熊────冷静沈着なインテリヤクザ。王に振り回されまくっている。
■猿────さるたち。王に惚れ抜いている。いっぱいいる。
というわけで17話。
唐突に始まる鬼ごっこ。鬼だけに。
すんませんこれが言いたかっただけです。
感想欄で気になってる方々もいらっしゃいましたが、この鬼さまと熊きちどんはキタカミとは別の個体です。
なのでモモワロスとの因縁は(まだ)ありません。
どーーーしても出したくて出しちゃいました。てへぺろ。
よければ感想高評価おなしゃす!