ルギア、拾っちゃいました。2   作:じゅに

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第18話 作戦名・捨て身。

 

 

 

 

 午前10時。

 太陽はすっかり昇って、燦々たる陽光を惜しみなくウラウラ島に浴びせている。

 

 ポケモンセンターの中庭に出てきた国際警察のクチナシは、ぐうんと大きな伸びをした。

 

「っあぁ〜…………今日もいい天気だなこりゃ」

 

 嘯く声も顔ものんびりしたものだ。

 何を隠そう今起きたばかりなのである。

 彼の上司が見れば、なにを呑気にしとるかと青筋立てて怒鳴るだろう。

 

 ────国際警察が世界中の航空便を脅かす謎の生命体(ウルトラビースト)を追ってはや半年。特別捜査本部を設立し、総力を上げて調べても、肝心の対処法は未だ見えていない。

 一方で、被害状況は日に日に深刻さを増している。

 世間からの突き上げも厳しくなってきた。上層部はそろそろ痺れを切らす頃だろう。

 

 そんな中で、UB01・パラサイトを撃退した青年の存在は、まさしく溺れる者が掴む藁に等しかった。

 何がなんでも青年から情報を入手し、今後の策に活かさねばならない。

 

 クチナシとて分かっている。

 分かっているからこそ、今は"待ちの時間"だと判断していた。

 

(あのあんちゃん…………アシタバっつったか。

 あいつはじっくり調べねえとならん男だ。

 急いで引っ掻き回したって旨みはねえ。

 釣りと一緒さ。

 大物ほどとっくりと腰を据えなきゃ、な)

 

「釣り…………そうだ、せっかく海が近いんだ。

 いっちょやろうかね」

 

 クチナシはいそいそとマリエシティの釣具店に出かけた。子供の頃は近所の川で日がな1日釣竿を垂らしていたこともある。海釣りも無論お手の物だ。

 

「あんまりとっとと帰ってくんなよ、あんちゃん」

 

 新品の竿を肩に担ぎ、クチナシが低く笑った。

 

 

⋈ ………………………………………… ⋈

 

 

 木と木の間を縫うようにして歩を進める熊がいる。

 王の側近を務めるガチグマだ。

 

 両肩から背中にかけてこんもりと盛り上がった筋肉は見るからに雄々しく、凄まじい膂力を秘めているのが赤子でも察せられるだろう。

 額の痣は丸い金色で、むかし、王に満月のようだと笑われた。

 左眼には額から頬にかけて長い傷跡が走り、恐ろしげな風貌を一層引き立たせている。

 

 言うまでもなく、彼はこの森で最も大きい生き物だ。彼の巨体に、シェードジャングルは少々狭苦しい。土と草の匂いは嫌いじゃないが、あまりに木々が茂りすぎて、歩きづらいことこの上なかった。

 

 それでも何とか獣道を見つけて踏んでいくと、足元にあった小枝が高い音を立てて折れた。

 通りすがりのアマカジたちが怯えたように振り向く。ガチグマは努めて目線を合わせないようにしながら、なるべく静かにその場を通りすぎた。

 

 背後から、時々くぐもった爆音が聞こえてくる。

 おおかたナゲツケサルたちがあの人間を苛め抜いているのだろう。

 

 気の毒に思わんでもないが、よりによってこの森の宝をぶん捕ろうというのだ。相応の代償は当然である。

 

(────だが)

 

 ガチグマの顔に憂いが兆した。

 

 代償に辟易して引き下がるならよし。

 サルたちの暴力に斃れても、まあよし。

 ()()()()()()()()()()()()()が最悪なのだ。

 

(あの人間は、ちょっとやそっとじゃ諦めねえだろう。

 下手をすると王の逆鱗に触れかねん)

 

 ポケモンの為に命を賭して戦う酔狂なニンゲンなぞ居るはずがない。

 ガチグマも王も、そう信じて生きてきた。

 もしもそれが揺らぐようなことがあれば────

 

(この森は灼き尽くされる。跡形もなくな)

 

 それだけは避けたい。断じて。

 

 故にガチグマは北上していた。

 森の北側を走る8番道路に暮らす、女傑に助けを求めるために。

 

 

⋈ ………………………………………… ⋈

 

 

 一方その頃シェードジャングルの中央では。

 

「んぬぉおおおおおお!!」

 

 雨霰と降ってくるタネ爆弾を死ぬ気で躱しながら、ジャングルの王を追いかける人間を見ることができた。

 

『キャハハハハ! あのニンゲンおもしろーい!

 おサルさん達、もっともーっと投げつけて!』

『ガッテン承知!』

『オラッ喰らえニンゲン野郎!』

 

 ズドンッ! 

 ズドトドドトン! 

 

「おぎゃあぁあああ!」

『キャーハハハハ!』

 

 人間が木っ端のように吹っ飛んでいく。

 王──オーガポンが身体をくの字にして笑った。

 人間が奏でる悲愴な悲鳴は実に愉快だった。

 

『必死だなー! そんなにこの実が欲しいんだ?』

 

 笑いすぎて滲む涙を拭いながら、王が懐へ──正確には懐に仕舞ったスーパーラムの実へ視線を落とすと、樹上を並走していたナゲツケサルが激しく首を振った。

 

『まったくニンゲンて奴は礼儀がなってませんや!

 王様、わかっちゃいるとは思いますが、それを渡すなんてなさらねえで下せぇよ! それはこのジャングルの宝! 王だけが食べることを許される特別な木の実なんですぜ! ニンゲンなんかにゃ勿体ねえ!』

『そうだそうだ!』

『わかってるよォ』

 

 オーガポンは横目で地上を見下ろした。

 ちょうど、人間が木の幹に縋りながら立ち上がろうとして、無様に転ぶところだった。

 

『ダッサ♡』

 

 王はきゃらきゃら笑った。

 しかし、存外頑張るものだ。鬼ごっこを提案してから1時間、奴は飽きもせず追いかけてくる。

 全身擦り傷と泥に塗れ、肩で大きく息をしつつも、いまだ止まる気配がない。

 

 隣の島で苦しむライチュウを癒したいとかなんとか言っていたが、どうせウソに決まってる。

 

 それでも、奴の執念は空恐ろしいものがあった。

 

 どうしてそこまで頑張るんだろう。

 人間のくせに。

 気まぐれでポケモンを捕え、気まぐれに可愛がっては、気まぐれで捨てる生き物のくせに。

 こっちの想いも、涙も、なにひとつ受け止めてはくれなかったのに。

 

(あー。つまんないこと思い出しちゃったな)

 

『────ねーえ、みんな?』

 

 王が満面の笑みで振り向いた。

 

『ボク、逃げるの飽きてきちゃった。

 あいつ適当にボコすから、ほかの暇してる仲間たちも呼んできてよ♡ みんなで盛り上がろ♡』

『いいですね! すぐに声掛けてきやす!』

 

 サルたちがてんでばらばらに散っていく。

 もう一度集まるまでには少し間があるだろう。

 王はするりと樹から降りて、人間の前に姿を現した。

 

『…………』

 

 無言で人間を見下ろす。

 人間も王を見上げた。

 疲労の色こそ濃いものの、瞳には「諦めない」という強い光が宿っている。

 

『ムカつくなあ、その眼』

 

 王が呟いた。

 もし、侍従のガチグマが主君の貌を見たら、笑顔のまま怒りを募らせていることに気づいたろう。

 

 手にした棍棒を人間に突きつけた。

 これを一振りするだけで、目の前の首と胴は真っ二つになる。それほど脆い生き物の分際で、本気で捕まえられると思ったのか。

 

 このボクを。

 

『ばっかだよねぇ。勝てるとか夢見ちゃったんだ?

 君みたいなザコがさ』

 

 人間が眉をひそめた。

 こちらの言葉が分からないらしい。

 

 ああ、そうだろうな。

 ニンゲンだもんな。

 

 棍棒を握る掌に力が篭もる。

 その時、人間のポケットからヌメラが飛び出してきた。勝手にボールを蹴破ったのだ。

 

 ヌメラは眦を吊り上げ、激しい語気で王を罵りだした。

 

『なんなのよアンタ! 誰に向かって雑魚とか言ってんの!? アタシのダーリンにケチつけたらタダじゃおかないわよブス!』

『…………ブス?』

 

 王が瞬いた。

 初めて言われた悪口だった。

 誰も彼もみんな、王を崇め、跪いた。

 生まれてこの方、可愛いと褒められなかった日はない。

 

 そんなボクを、醜い(ブス)だと? 

 

 王の瞳がすっと細まり、棍棒を振り上げた。

 

『うるさいな、お前。どいてなよ』

 

 無造作に振り下ろす。

 けれど、王自慢の得物はヌメラの体に届かなかった。

 前に出た人間が両腕を交差させて受け止めたからだ。

 

 骨が砕け、ひしゃげ、血飛沫が飛ぶ。

 鮮やかな紅が数滴、ヌメラの頬に飛んだ。

 

「…………っ!!」

『ッ、ダー、リン』

 

 人間が膝から崩れ落ちる。

 ヌメラが絶句した一瞬後。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、王の武器を叩き落とした。

 

 

⋈ ………………………………………… ⋈

 

 

 最初(ハナ)から無理なゲームだった。

 鬱蒼と生い茂るジャングルで、ポケモン相手に鬼ごっこだと? 飛んだり跳ねたりは勿論のこと、攻撃までしてくる連中に? 

 

 勝てるわけがない。

 飛ぶ鳥を素手で捕まえるようなもんである。

 

 じゃあどうするか。

 答えは1つだ。

 相手のフィールドで勝負せず、こっちの領域に持ち込むほかない。

 

 だから俺は即、カブトプス(カブルー)ルギア(レヴィアタン)に別行動を取らせた。レヴィに神秘の布陣(しんぴのまもり)を展開させつづけ、王からも猿たちからも姿を隠し、不意討ちが成功する瞬間を見極めさせたのである。

 

 策戦は、成功した。

 

「…………っ!!」

 

 激痛が脳髄を支配する。

 ぐしゃぐしゃに千切れた腕は真っ赤に染まり、煮えた油をかけられたように熱かった。

 

「ぬ、め」

 

 背後にいるヌメラ(メルティ)の声が震えている。

 

 ごめんな。

 怖かったろ。

 大丈夫。こんな怪我、すぐに治るよ。

 

 そう言って安心させたかったが、今が最大最後のチャンスだ。

 

「うぉおおおおおお!!」

 

 泣き喚きたいのを雄叫びに変えて、目の前の王にタックルをかます。王はあっさり押し倒された。

 

「捕まえたぜ、王サマよぉ!」

 

 脂汗と冷や汗が滴り落ちる。

 腕が使えないから()しかかることしかできないが、なぜか王は茫然として身動ぎもしなかった。

 

「約束だ……! あんたのラムの実を、俺にくれ!」

「ぽ、ぽに」

 

 王の口がわなわなと震えている。

 

 ふと顔を上げると、群がり集まってきたナゲツケサルと大勢のポケモンたちが、信じられないものを見る目で俺たちを見ていた。

 

「き…………?」

「ききっ」

「ぎきゃーっ! ぎゃーっ!」

 

 動揺がさざ波のように広がっていく。

 王の敗北を受け入れられないらしい。

 

 真っ先に我を取り戻した1匹が、半狂乱になって木の実を投げつけてきた。

 こめかみに鈍い衝撃が走る。たまらず横に倒れた。

 

「ぎしゅうっ!」

 

 カブルーが滅多に出すことのない威嚇音を鳴らして牽制する。ナゲツケサルたちが僅かに怯んだその刹那、恐ろしい重圧が背後に出現した。

 

「めるるるるるあ!」

 

 声の主はメルティだった。

 世界最弱とも言われるドラゴンは天を仰いで絶叫し。

 肉体が、白い光に包まれた。

 

(まさか、このタイミングで……!?)

 

 白い影はみるみる体積を増していく。

 胴体が肥大し、首が伸びて、額の触覚が背中にまで垂れ落ちた。

 

 やがて光が止んだとき。

 そこには、立派なヌメルゴンが立ちはだかっていた。

 

「め、メルティ……?」

 

 俺は腕の痛みも忘れてメルティに見入った。

 

 本来、ヌメラはヌメイルへと姿を変えるはずだ。

 しかし何故か、目の前の個体は中間進化をすっ飛ばし、最終形態になりおおせている。

 

 いや、それよりも。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 メルティは怒りに燃える眼差しで猿たちを睥睨すると、再び咆哮した。

 

 怒髪天を衝く声が、ジャングル中に轟き渡った。

 

 

 

 

 




というわけで18話。

メルティが登場した時から「もしかしてヒスイ種じゃね?」と考察してくださっていた皆さん。ご明察です。
ほんとは1部のときにヌメイルまで進化させるつもりだったんですが、ドラゴン族は進化に時間がかかるし……ということで延び延びになってました。

そしてまた肉体にダメージを負っている主人公。
でもご安心ください。命に別状はありません。
ちょっと両腕もげそうなだけです。ヘーキヘーキ。

よければ感想高評価よろしくお願いします!
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