ルギア、拾っちゃいました。2   作:じゅに

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第19話 和解、そして。

 

 

 

 

「フーッ……フーッ……」

 

 突如進化を遂げたヌメラ……改めヌメルゴン(メルティ)は、血走った目で周囲を睨めつけている。

 

 あれほど騒いでいたナゲツケサルたちはその恐ろしげな視線に晒されるやぴたりと口を噤み、ひしと抱きあった。

 それは、恐怖を和らげようとするようにも、逃げようと足掻く仲間を抜け駆けさせまいと押さえつけているようにも見えた。

 

 さっきまで居たアマカジやパラス、ツツケラといった小さなポケモンたちは、メルティが光るのと同時に逃げ去っていた。小動物ほど警戒心が強いというのは本当らしい。

 

「ぽ、ぽに」

 

 俺の血に塗れたジャングルの王が身を起こそうとしたその時。メルティの、一抱えほどもある尻尾が凄まじい唸りを上げて旋回し、王を強かに打ち据えた。

 

「ぽぎゃっ!」

 

 王の身体が綿帽子のように容易く吹き飛ばされ、木の幹に叩きつけられる。メルティは間髪入れず追撃した。

 

「めぅうううう!」

 

 怒声を発しながら、額の触手で、あるいは尾で、何度も何度も王を殴りだした。

 

 唯一の武器である棍棒を叩き落とされた王に為す術はなかった。

 

 それはバトルなんかじゃない。

 一方的な暴力であり、蹂躙だった。

 

「や、やめろ、メル……ッ!?」

 

 制止しようと声を上げた途端、ぐしゃぐしゃに壊れた腕から、名状しがたい感覚が迸ってきた。

 それが"痛み"だと理解した途端、俺はジャングルの土に突っ伏した。

 

「あぎ…………っ!」

 

 痛い、痛い、痛い────! 

 

 身体中の毛孔が開き、汗が滝のように流れ落ちた。

 この苦痛を今すぐ取り除いてくれるなら死すら幸福だと思えるような、経験したことのない激痛だった。

 

 声もなく震える俺にカブトプス(カブルー)が駆け寄る。

 

「げるっ、げるるるるるっ!」

 

 俺を治そうと騒ぐルギア(レヴィアタン)を、カブルーが必死に押しとどめる気配が感じられた。

 

 喚きたかった。頑是無い子供のように。

 けれど、今の俺には呼吸すら敵だった。息を吸って吐く、ただそれだけの動作にも、腕の痛みが呼応し倍加していくのだ。わななく唇を開いては閉じ、閉じては開いた。

 

 顔中を汗と涙と鼻水で濡らしていると、サルたちが一斉に悲鳴を上げた。

 

 必死に顔を持ち上げる。メルティの姿が消え、代わりに、鋼の殻だけが鎮座していた。

 殻は車輪の如くその場で回転しはじめた。回転はみるみる速くなり、不穏な金属音が徐々に高まっていく。

 

 ────王を轢き潰す気だ。

 

 直感した俺はなんとかメルティを止めようとしたが、声のかわりに掠れた空気が漏れただけだった。

 

 散々嬲りつくされた王はもはや立ち上がる気力もなく、木の根元にへたりこんでいる。

 鬼ごっこの前の愉しげな雰囲気は見る影もない。

 

 やめろ、やめてくれメルティ。

 そのポケモンは悪くない。

 不用意に飛び出した俺が悪かったんだ。

 

「かぶ、る」

 

 相棒に目を向ける。

 意を察したカブルーがメルティに向かって疾駆した。

 だが半歩、遅かった。

 

 大地を揺るがす力強さでメルティの殻が疾走し、王に迫る。おぞましい光景が想像され、俺は固く目を瞑った。

 

 ────しかし。

 

ドガアァアン!! 

 

 息が詰まるような衝撃音のあと、ここに居るはずのない声が耳に飛びこんできた。

 

『無抵抗の者を殺めるつもりか、下郎』

 

 紅葉のように小さな掌1本でメルティの突進を受け止めた彼女は、不興げに鼻を鳴らした。

 

『貴様がいながら何をやっている、アシタバ!』

 

 そう叱るクチート(ヘリオドール)は、後光が差しているかと思うほど輝いて見えた。

 

 

⋈ ………………………………………… ⋈

 

 

 ヘリオドールは片手でメルティを持ち上げると、無造作に放り捨てた。どすん、と腹に響く音を立てて着地する。

 殻から出てきたメルティは、目を白黒させながら己を投げ飛ばした者を見やり、それがほんの小さなクチートであると知って、顎が外れるほど驚いていた。

 

 ヘリオドールが目を眇める。

 俺の怪我が尋常ではないと察したらしい。

 

『道化!』

『ハァイ!』

 

 サーフゴー(フーゴ)がヘリオドールの影からぴょこんと顔を覗かせる。俺とカブルーはぎょっとした。

 

『あの阿呆の荷物に瓢箪が入っているはずだ。

 それを飲ませてやれ』

『アイアイサー!』

 

 フーゴは素早い手つきで鞄を探り、かつてディアンシーの女王から賜わった瓢箪を取り出すと、栓の琥珀を抜いて俺の口に突っ込んだ。

 

『はーいマスター、ぐい、ぐい、ぐいぐいよしこイ♡』

「お、おま、んぐっ」

『飲ーんで飲んで飲んで飲ーんで飲んで飲んで飲ーんで飲んで飲んで、飲んデ♡♡』

「〜〜〜〜〜〜っ!!」

 

 そのコールやめろ腹立つ!! 

 てかどこで覚えてきやがった!? 

 

 無数に浮かぶツッコミが甘く瑞々しい液体に押し流されていく。驚いたことに、飲めば飲むほど腕の痛みが加速度的に遠ざかっていった。瓢箪が口から抜かれる頃には、あれほどの大怪我がかすり傷ひとつ残さず完治していた。

 ボロボロの服さえ着替えれば、誰も酷い怪我をしていたとは思うまい。

 

「うお、すっげ」

 

 己の両腕を矯めつ眇めつしていると、フーゴがにっこり笑った。

 

『キレーに治ってよかったネ、マスター♡』

「いやっ、ていうかお前っ、いまのいままで何処にっ」

『あーん怒らないデ!

 黙ってお散歩に行ったのはごめんなさイ!

 でもネ、フーゴ大事なものを探しに行ってたノ!』

「だ、大事なもの?」

 

 なんだそりゃ。

 詳しく聞きたいところだったが、そうは問屋が卸さなかった。怒り狂ったメルティが、今度はヘリオドールに矛先を向けたからだ。

 

 触手や尻尾が乱舞する。けれども、あれだけ王を甚振った攻撃は(ことごと)く躱され、掠りもしなかった。

 

「めえっ、め、めるるぅっ!」

『ほらどうした? それほどの射程があっても捉えきれんか? これしきの運動で息も絶え絶えとは、せっかくの恵まれた体も宝の持ち腐れだな。三下』

 

 ヘリオドールがせせら笑う。

 逆上したメルティがこの挑発を受け流せるはずもなく、ますます攻撃が大振りになった。

 

『そら、顎も胴もガラ空きだ!』

 

 大顎がぶうんと空気を裂き、メルティの急所に炸裂した。ぬめつく巨体がぐらりと傾ぐ。

 肉弾戦では敵わないと悟った龍が再び殻に籠り、突進の構えを見せた。

 

『それはもう通用せんと分からせてやったろう、もう忘れたか痴れ者が!』

 

 弾丸のように発射したメルティを受け止めようと大顎を開いた刹那。

 

 ぽん、とやけにコミカルな音を立てて、メルティがヌメラに()()()

 

『…………は?』

「…………ぬぇ?」

 

 メルティもヘリオドールも、目が点になった。

 勿論見ていた俺達もだ。

 

 宙に投げ出されたヌメラボディは慣性の法則に従い、すぽんっ! とヘリオドールの顎の中に収まった。

 

『…………』

「…………」

 

 全員言葉もない。

 ややあって、ペッと吐き出されたメルティは、「ぬえ……ぬめ……?」と感情のない瞳でぶつぶつ呟きながらジャングルの空を見上げていた。

 

『────まあ、なにはともあれ暴れ龍は落ち着いた。アシタバ。そこの小娘も手当してやれ』

「っ、そうだ!」

 

 俺はフーゴから瓢箪を受け取ると、王のもとに駆けつけた。王の傍には熊がいて、心配そうに傷口を舐めている。

 俺が近づくと咄嗟に唸り声をあげたが、瓢箪を見て静かに道を譲った。

 賢いポケモンだ。これが怪我を治すものだと理解しているらしい。

 

 王を抱き起こし、ゆっくりと水を含ませる。口の中が切れているようで、最初は飲むのを嫌がっていたが、二口目には美味そうに飲み下していた。

 

 やがて全ての負傷が癒えると、王はぴょこんと立ち上がった。鬼ごっこの前と同じくらい血色がよくなっている。

 

「ぽにー!」

 

 王の復活にサルたちが歓声をあげる。中には感極まって泣きだすやつもいた。

 熊も、心底安堵したらしい。王の胸元に鼻先を擦りつけ、王は愛おしそうに毛並みを撫でていた。

 

「よかった。もう大丈夫そうだな」

 

 俺もほっとして、その場に膝をついた。

 深々と頭を下げる。

 

「俺が無茶したせいで、苦しい思いをさせちまった。

 すまなかった」

「ぽ……っ!?」

 

 王が目を丸くして俺を見つめた。よもや謝られるとは思ってもみなかった、そんな表情(かお)だった。

 

 熊もサルたちも、半ば困惑した様子で目を見交わせていた。戸惑いの波が落ち着くのを待ってから言葉を継ぐ。

 

「お前たちにしてみれば、俺は憎い敵だろう。

 さっさとジャングルから出ていけって思ってるよな。

 でもすまない、俺にはどうしてもスーパーラムの実が必要なんだ。

 お願いだ。どうか、どうか分けてくれ。頼む……!」

 

 一陣の風が吹き抜ける。

 誰も、何も言わない。

 張りつめた静寂を、破ったのは王だった。

 

「ぽにっ」

 

 俺の手をぐいぐい引っ張り、ジャングルの奥を指し示す。着いてこいということか。

 

 慌ててメルティをボールに仕舞い、王の跡をついていった。カブルーとヘリオドール、そして熊とサルたちも後ろに続く。

 

 ぞろぞろと長い列を王はそう長く歩かせなかった。

 こんもり茂った叢にぴょこんと飛びこむ。真似して飛び込めば、その奥がスーパーラムの実の群生地だった。

 

「う、おっ!」

 

 右を向いても左を向いても、黄金の果実が鈴なりに煌めいている。

 王はにこにこ顔で、くるりとターンした。

 

「ぽーにおっ」

「持ってっていい……ってことだよな?」

「ぽに!」

 

 えへん! と王が胸を張る。

 

 俺は何度も詫び、ありがとうと言いながら、3つほど果実を頂戴した。

 ライチュウのぶんと、この島のキングとキャプテンの分だ。ヘリオドールは、この3名は同じ毒に侵されているのではないかと推理していた。キングたちの身体を治せば、倒れる直前の詳しい状況を聞き取ることも出来るだろう。

 

 ともあれ、これでようやく任務達成だ。

 

「それじゃ、ほんとにありがとうな」

 

 ジャングルの出口で王に頭を下げると、熊に乗った王は「ぽにおん!」と笑った。

 サルたちが大きく手を振っている。

 俺も手を振り返し、しばらく歩いたところで振り向くと、なぜか熊と王がそこに居た。

 

「…………ん?」

 

 見送り──にしては少々長くないだろうか。

 既にジャングルは終わり、カンタイ港に続く5番道路に差し掛かっている。なのに帰る気配がない。

 

「えーと、あの、王さま?」

「ぽにっ」

 

 王はやたらキラキラした眼差しで俺を見つめてきた。

 あらやだ、なにその恋する乙女みたいなお顔。

 

「く、熊さん? いいの? こんなとこまで来て」

 

 王を背に乗せている熊に話を振ると、熊はばふ、と鼻息を飛ばした。

 こうなったものは仕方ない、と言いたげな仕草である。

 

 え。

 これ、もしかして。

 

「俺のパーティに入りたい……ってこと?」

 

 恐る恐る尋ねれば。

 

「ぽにおん♡」

 

 王は会心の笑顔でこれに応えた。

 

 

⋈ ………………………………………… ⋈

 

 

 カンタイシティへの隧道を往くアシタバたちの背中を、遠くから監視していた者がいる。

 この島のキャプテン代理を務めるライチであった。

 

 彼女はシェードジャングルの管理官も兼ねており、今日は常になく森のポケモンたちが騒がしいとの通報を受けて駆けつけた。

 そこで、ジャングルの主たるオーガポンとアシタバが戦う場面に出くわしたのである。

 

 木の影に隠れ、食い入るように見守るライチの存在を、アシタバは無論のこと、ジャングルのポケモンたちも、クチートですら気づかなかった。

 

 最初は、すぐにアシタバを捕らえるつもりだった。

 ウキビに命じられずとも、ライチの目にはよくある密猟者としか映っていなかったからだ。

 

 しかし、オーガポンの棍棒を我が身で受け止め、ヌメラを庇った振る舞いは、蛮行ではあるけれども勇敢であったと認めざるを得ない。

 

 そして、歴代キャプテンすら知らないスーパーラムの実の在り処まで教わっているのを見、いよいよライチはアシタバのことが分からなくなった。

 

 あそこまで王に信頼されるトレーナーとは、一体何者なのだろう? 

 どこの出身で、なぜここにやってきたのか? 

 

 謎が深まるばかりだが、ただひとつ言えるのは、どうやら悪党ではなさそうだということである。

 

 ポケットにしまったポケギアが震える。

 ウキビからの着信だ。

 あの男は数時間おきに、アシタバの所在が掴めたか確かめてくる。

 しかしライチは、ジャングルで見つけた時も、そして今も、報告しようとしなかった。

 

 何故そうしたか、明確に説明する言葉をライチは持たない。強いて言うならなんとなくとしか言えないのだ。

 

「も、もう少し観察してからでも遅くないわよね」

 

 誰にともなく言い訳しながら、ライチは、彼方の影を追った。

 

 

 

 

 




というわけで19話。

色々と起こったお話でしたね。
メルティが進化して退化した謎については、次話でお話できたらと思います。
いちおう理由付けはしてあるんですが、常連さんはみんなお察し力が高すぎて考察されちゃいそう……笑
大した理由じゃないです、ほんと。

そして仲間入りを願うオーガポンとガチグマ。
アシタバはいつ彼らの種族名を知るんでしょうね。
いまんとこアシタバ目線では王と熊としか言ってないですから。
仲間に入れるのか。入れたとしてニックネームはどうするのか。

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