「…………」
「…………」
俺とライチは向かい合ったまま絶句した。
まさかキャプテン・マリガンさんの弟子がこの人だったとは。シェードジャングルの前で喰らった途方もない岩技──ワールズエンドフォールの威力と恐ろしさは、忘れようったって忘れられない。
咄嗟に
マリガンさんが小首を傾げる。
「どうしたの、あなた達。黙りこくって」
「は! い、いえ、その…………」
狼狽えるライチの額に玉汗が浮かんでいる。
まさか師匠の命の恩人にZ技をぶっぱなしました、とは口が裂けても言えんだろう。
俺は小さく肩を竦め、助け舟を出してやった。
「いえ、こんなに若くて美人な方がキャプテンの代理を務めていらっしゃったことに驚きまして」
「なっ」
ライチが口をパクパクさせている。
頬がみるみる赤くなった。
まあ、突然殺されかけたことに腹が立ってないわけじゃないが。
過ぎたことだし、いまさら詰ってもしかたがない。
やり手の国際警察が相手じゃないんだ、ここはテキトーに誤魔化して切り抜けよう。
余計なこと言うなよとライチに目配せしつつ、会話を繋げた。
「じゃあ、ライチさん。早速ですけど、外に出てZ技の使い方を教えて貰えますか。アルバさん、マリガンさん、お庭お借りしても?」
「いいとも、遠慮なく使ってくれ。
飛行Zのポーズはカヒリに伝えさせよう」
「わかりました。ありがとうございます。
よろしくな、カヒリちゃん」
「おやすい御用です、アシタバさん」
カヒリちゃんと一緒に、なぜか石のように硬直しているライチを引きずって外に出た。
丁寧に作り込まれた庭は植木と噴水のコントラストが美しく、これがご家庭の敷地かと思うほど広かった。家から充分に離れたところで足を止め、ライチを見つめる。
俺の視線に晒された彼女はきゅうっと肩を竦めた。
「…………え、ええと、その……あのときはいきなり攻撃したりして……ごめんなさい……」
「いや、大丈夫だ。危うく死にかけたけど、この通りピンピンしてっから」
「あう」
ライチがますますしょんぼりする。
いい反応するなあこの人。いじめ甲斐がある。
俺はくっくっと笑いながら手を振った。
「冗談だ。病に伏せるキャプテンの仕事を担ってたんだろ? 夜中にジャングルに入ろうとする俺は誰が見たって不審者だった。あんたは自分の仕事を全うしたに過ぎないよ。恨んでねーし、訴える気もない。
あの人たちにも内緒にしておく。だから安心してくれ」
そう言うと、キャプテン代理殿は安堵の息をついた。
やや涙目なのがちょっと可愛い。
「そんかわし、岩Zのポーズ教えてくれよ」
「っ! も、もちろん!
正しくは岩のゼンリョクポーズといって…………」
ライチは真剣な眼差しで、何度もポーズを決め、教えてくれた。
岩タイプの攻撃技なら全てワールズエンドフォールになるという。俺は迷うことなくカブルーに持たせた。
あんなどデカい技を撃つ機会がそうあるとは思えないが、俺たちの最終目標は
なら、切り札はいくつあったっていい。
「あとで練習しような、カブルー」
「ぎしゅ」
我が相棒は頼もしげに頷いた。
次にカヒリちゃんから飛行Zのポーズを教わったが、幼女が一生懸命頑張る様というのはどうしてこうも愛らしいんだろうか。
頬が緩みそうになるのを堪えつつ、飛行Z技・ファイナルダイブクラッシュの舞を会得した。
これは当然、
「無くすなよ」
「げーるるっ」
頭上のレヴィ(モクローの姿)は任せろと言わんばかりに胸を張った。
失くすなよ。
ほんとうに失くすなよ。
フリじゃないからな。
そう念を押していると、足元から声がした。
「ぽにおっ」
オーガポンである。
元ジャングルのヌシは両手をお椀のようにして、わくわくした面持ちで俺を見上げていた。
「…………えーと」
「わたしにもなにかちょうだい! と言っているように見えますね」
「ぽにん!」
カヒリちゃんの言葉に、オーガポンが笑顔で頷く。
「マジかい」
「ヌシ様は人間嫌いで有名だったのに……どうやってここまで手懐けたの?」
「手懐けた覚えはないんだよな。気がついたら好かれてたってのが正しい」
「──只者じゃないわね、あなた」
「ンなことねえ。普通の人間だよ」
ちょっと呪われてるけど。
内心で付け足しつつ、オボンの実をオーガポンに手渡した。ジャングルで散々食ってただろうが、案外嬉しそうに受け取ってくれた。よしよし。
「ところでさ、俺、オーガポンって初めて見たんだけど、何タイプ?」
「草タイプよ。ちなみに従者のガチグマは地面・ノーマルタイプね」
「へえ。あいつ、ガチグマってのか…………」
家のそばで静かに眠る熊のほうを見やる。
こちらの視線に気づいたのか、目を薄く開いて俺を見返してきた。
「大昔のシンオウ地方で絶滅した熊なのよ。
現代では、あのガチグマ以外に生き残っている個体はいないでしょうね」
「よく知ってんなあ」
「ま、まあね。ポケモンをよく識るのはキャプテンの務めだもの」
そう言いつつ、ライチの顔がにやけている。
褒め言葉に弱いらしい。
「わたしも幾つか聞いてもいい?」
「俺に答えられることなら」
「その服、どうしたの? 袖がビリビリに破けてるけど」
「……あー、ジャングルでナゲツケサルたちに追い回されて、あちこち引っ掛けたんだよ」
「なるほどね」
「他には?」
「ウキビ、という人を知ってる?」
「ウキビ?」
腕を組み、記憶を浚う。
しかし、ヒットするものはなかった。
素直に知らないと返したが、ライチは
「──そう。なら、いいのよ」
と歯切れの悪い返答をしたきり沈黙してしまった。
(なんだ?)
気になるが、いまは時間が惜しい。
アルバさんたちの元に戻り、暇を告げると、4人とも名残惜しそうに見送ってくれた。
さて、残る問題は、だ。
「何のボールに入れるかな……」
なんとかここまで騙し騙し来たけれども、流石にウラウラ島に移る時までガチグマを野放しにする訳には行かない。人目につきすぎるし、そもそも連絡船が乗っけちゃくれないだろう。
この先どうするにせよ、まずはボールに入ってもらわにゃならん。
リュックの底を引っ掻きまわし、
「…………これかな」
「ぽに?」
オーガポンが手元を覗き込んでくる。
上下左右、どこからみても真っ黒のボールに興味津々だった。
「ギガトンボールつってな。むかーしのボール職人が考案したものなんだと。
な、ガチグマ。これに入ってみる気はないか?」
ガチグマの鼻先に差し出すと、俺を見、ボールを見てから、開閉スイッチを鼻で押した。ぽしゅん、と空気の抜ける音がして、捕獲完了の光が灯る。
「うし。ジャングルに比べりゃ狭いだろうが、我慢してくれよな。そんで、と」
オーガポンにぴったりのボールはなんだろうか。
草タイプなら花がモチーフの物にしようか。
「これなんかどうだ?」
オレンジをメインカラーに造ったボールを見せる。
花弁を象ったマークが入ったそれをブルームボールと名付けたが、オーガポンはひと目で気に入ったようだ。
興奮した様子でぴょんぴょん跳ねている。
「ぽにっぽにっ、ぽにおん!」
「オーケイ。んじゃじっとしててくれよ」
オーガポンの額にスイッチを当て、捕獲。
オレンジと黒のボールをそれぞれ腰のポシェットに仕舞い、ぐうんと背伸びした。
「よーし。まずは第一関門クリアだな」
『このまま連れ歩くのか? そいつらを』
ライチたちの前では一言も喋らなかった
何度も言うようだが、オーガポンと
といって、両者を仲良くさせる妙案もさっぱり浮かばないわけだが。
『女の嫉妬は恐ろしいぞ。貴様に御せるかな』
「…………」
そんなん俺が知りたいやい。
両肩に見えない鉛を乗せられた気分を味わいながらカンタイの連絡船チケット売り場に並ぼうとしたところ、先頭でチケットを買うアクロマさんを見つけて目を丸くした。
「アクロマさん?」
「ん? おや、アシタバさん。奇遇ですねえ。
おやおや、少し見ないあいだに随分ワイルドな服装になったじゃあありませんか。シェードジャングルのポケモンたちに熱い歓迎を受けたようですね」
「はは」
俺の苦笑いを観察していたアクロマさんは、ふと視線を上にずらした。
「────おや、そちらのモクローさん、面白いものをお持ちで」
「え? あ、ああ。
さっきこの島のキングから貰ったんです」
「ほう、ということは飛行のZクリスタルですか。
しかしアシタバさん、このクリスタルだけではZ技を撃てませんよ?」
「えっ?」
「Z技を撃つためには、トレーナーがZリングなる腕輪を嵌めていなくてはなりません」
「うそぉん」
初耳なんですけど。
そういやカヒリちゃんもライチも腕輪嵌めてたわ。
流行のファッションかと思って無視してた。
「…………それ、フレンドリィショップで買えたりは……」
「非売品です」
「ですよね」
きっぱりと言われ、俺はがっくり肩を落とした。
ついでにくれてもいいよなあ、アルバさん達もさあ。
するとアクロマさんは、
「まったく、仕方ない人ですねえ」
笑いながら俺に白い腕輪をぽんと放った。
「それがZリングです。お好きな方の腕に着けなさい」
「あ、ありがとうございます。…………でも、アクロマさんはどこでこれを?」
しかし彼は無言のまま、意味深な笑みでこれに応えた。
いやあの。
盗品じゃねえですよね?
ねえ?
マリエシティのポケセンに着く頃には、夕暮れが天空を覆い、薄墨色と橙色のコントラストを鮮やかに描き出していた。
カウンターの内側で接客していたジョーイさんが、俺を見てぱっと顔を輝かせる。
「手に入ったんですね!?」
「なんとか。あいつは無事ですか?」
途端に彼女の顔が曇った。
「…………今朝からずっと眠ってるわ。昨日暴れたせいで体力を使い果たしたのね。ご飯も食べられそうになくて、点滴を打ってるの」
アルバさん達の症状と一緒だ。
ライチュウがいつ毒を喰らったかは知らないが、散々追い回され、ろくに飯も食えなかった期間があることを踏まえると、悠長にはしてられない。
すぐに病室に向かった。
細く濁った呼吸音をさせながら、ライチュウが青ざめた顔で昏睡している。
これじゃどんなに小さく切っても、スーパーラムの実を噛めないだろう。
だがそこは流石のジョーイさん、看護のプロである。
手早く果実を切り分け、ボウルに入れると、あっという間にすり潰してしまった。
「ペーストにして、少しずつ飲ませてみるわ」
「体起こしましょうか?」
「お願い」
ベッドに腰かけ、ライチュウの身を抱き起こす。
ジョーイさんが慎重な手つきで匙を使い、果汁を含ませた。それを何度も繰り返し、ようやくペーストが半分減った頃。
ライチュウの瞳が、ゆるゆると開いた。
「…………ヂ」
「ライチュウ……! 目が覚めたのね。
もう少し食べられそう?」
ライチュウは答えず、代わりに口を小さく開けた。
ジョーイさんが嬉しそうに食べさせてやる。
ボウルが空になる時分には、ライチュウは己の足で立てるようになっていた。
もちろん、例の毒マークも消え失せている。
「よかった……ほんとに良かった」
涙を拭うジョーイさんに、ライチュウが「ヂア」とそっぽを向く。
それでも、彼女の傍から離れようとしなかった。
これだけ献身的に世話をされれば、いい加減敵意がないことを認めないわけにいかなかったんだろう。
ライチュウは大事をとってもう一晩入院するとのことで、俺もポケセンに泊まることにした。
シャワーを浴び、ベッドに倒れこむ。
「あー…………大変な1日だった」
服、どうすっかなあ。
一張羅なんだよなあ。
思考が出来たのはここまでだった。
次の瞬間、俺はすうっと眠りに落ち、朝まで泥のように眠りこけた。
手持ちたちのボール事情
■
主人公が初めて完成させたオリジナルボール。
想い出がいっぱい。粗もいっぱい。
アシタバは何度か作り直そうと提案してますがカブルーが頑として受け付けないんだとか。
■
他にもボールがあったが、カブルーが自分と同じボールを勧めたそうです。
弟分が出来て嬉しかったんでしょうね。
基本的に入ってはいませんが、レヴィはこのボールが大好きです。
■
氷タイプのためのひんやり仕様。
白地に青のスプレーと石を散らしています。
熱帯地方のアローラでもゴーシェが生活出来ているのはこのボールのおかげ。
■
瑠璃紺を基調とした湿度高めのボール。
メルティにはとても居心地がいいそうです。
人間でいうミストサウナのようなものでしょうか。
■
眠れない夜にむしゃくしゃして造ったド派手ボール。
金と黒。目に痛い。
中ではミラーボールが輝いているとかいないとか。
別名フィーバーボール。
■オーガポン/ブルームボール
オレンジを基調としたお花模様のボール。
マリーゴールドのようなオレンジ色です。
中にはお花畑が広がっているそうですよ。
■ガチグマ/ギガトンボール
みなさんご存知ヒスイのボール。ちなみに作者はこの話を書くまでギガントボールと勘違いしてました。
見た目だけ昔のものに寄せてるだけでシステムは最新式です。
というわけで21話。
ようやくライチュウを治すことができました。
長かったー。
メルティとオーガポンどうすんの問題、まずは先送り。
近いうちにケリをつけないといけませんね。
頑張れアシタバ。
さて、モモワロウはいまどこで何をしてるのか。
次回からまた話が動きます。
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