監視者が誰なのか、なんの目的で俺を尾け回すのかまるで分からん。分からんなら見極めるまでである。
ひとまず、フーゴが相手の尻尾を掴むまでは予定通り行動しよう。
本を棚に差し、別の書架に移動する。
マリエ図書館に来たのは、毒餅をバラまいたポケモンの正体を探る他にもう1つ理由があった。
「ヒスイ地方の図鑑は、っと…………お、あったあった」
《ヒスイ生物大全》と銘打たれた本を引っ張り出す。かつて、ヒスイ地方はコトブキムラにてポケモンの生態研究に尽力したラベン博士が記した図鑑である。
緻密かつ詳細なスケッチと共に、当時ヒスイに生息していたポケモンたちの情報が網羅された力作で、今日のポケモン研究に大きく寄与した名著なのだ。
ページを繰っていき、目当ての表題を見つける。そこには、"泥炭ポケモン ガチグマ"と刻まれていた。
ライチはガチグマを絶滅した種だといった。
それはきっと正しい。
俺は、リングマの棲息数が多いジョウト出身であるにも関わらず、この目で見、出逢うまで、進化系であるガチグマのガの字も知らなかったのだから。
パーティに迎えたからには、トレーナーとして正確な知識を得ておきたかった。
「ヒスイの地に敷かれし湿地の土こそ、頑丈なる体躯と泥炭を自在に扱う新たな器量もたらしたと考察す────」
文章を口の中で反芻し、その他の情報も頭に叩き込んでいく。ついでにオーガポンのことも知っておこうと思ったが、司書さんに聞いたらオーガポンについて書かれた本はない、と言われてしまった。
おもわず目が点になる。
「本が、ない?」
「ええ、オーガポンはアローラの生まれでもないし、調査も滞っていて、まだ書籍が編まれてないんです」
「え? あいつアローラ出身じゃないんですか?」
ジャングルのヌシなのに?
そう言うと、司書のお姉さんは困り顔で頷いた。
「みなさん驚かれますが……ヌシ様はある時、どこからかお供のガチグマといっしょにやって来て、その腕っぷしで王座についたポケモンなんです。
最初は名前もなかったので、アーカラのキング・アルバさんがオーガポンと呼ぼう、とお決めになられました」
しかもアルバさんが名づけ親かい。
「なんでそんな名前にしたんでしょうね?」
ひょいと浮かんだ疑問に、司書さんはすぐさま、
「アローラの古い言葉で、子鬼という意味なんです」
と答えた。
2本のツノといたずらっぽく笑う様が子鬼そのものだ、とアルバさんは笑い、可憐な響きを持つその名はあっという間にアローラ中が知るところとなったらしい。
「何度か研究者の方々が生態などを調べにジャングルまで赴かれたのですが、そのたび手酷く追い返されて、纏めるほどのデータは集まらなかったんです。タイプチェッカーのおかげでタイプだけは判明したのですが…………お力になれず、申し訳ございません」
「ああ、いえいえ、お気になさらず」
ぺこぺこと頭を下げあい、図書館を後にした。
「他所からやってきたポケモン、か」
ウルトラビーストといい、アローラはどうも余所者という単語を聞くことが多い気がする。
誰かが手引きしているのかと疑いたくなるくらいだ。
「よそものって言やぁ、あいつ元気かな」
ふとライチュウに思いを馳せる。
昨日スーパーラムの実を食べさせたおかげで毒は綺麗さっぱり消えてるはずだが、治ったとして、どこに行くのだろう。トレーナーを不慮の事故で喪ったせいで、行くあてもない筈だ。おまけに長い間追い回された経験から人間不信に陥っている。
「まさかまた暴れてるってこたぁないだろうな」
一抹の不安を抱えつつ、ポケセンに足を向けた。
マリエシティのポケモンセンターは観光地ド真ん中という立地も手伝って、毎日繁盛している。今日も大勢のトレーナーで大賑わいだ。
自動扉をくぐった俺は、おもわず目を疑った。
ライチュウがアローラの
空中にふよふよと浮きながら、包帯や薬などの物品をあちこちに運ぶ姿は、なかなかどうして様になっていた。
俺に気づいたジョーイさんが破顔する。
「アシタバさん! 見て、ライチュウが私の仕事を手伝ってくれてるの!」
「信じられねえ。いや凄いな。
どうやって説得したんです?」
「説得なんてしてないわ」
ジョーイさんは嬉しそうに首を振った。
「今朝の検診ですっかり回復していたから、もういつ出ていっても大丈夫よって声をかけたの。
そしたら出ていくどころか、ずっと私の後ろをついてくるじゃない? 試しにお仕事を頼んでみたら、とっても真面目に働いてくれるの!
どんな重たい荷物も患者もサイコパワーで移動できるし、電気治療も担えるし、もう大助かりよ!」
「へえ…………」
俺もつられて頬がほころぶのを感じながらライチュウに視線を送ると、ライチュウはぷいと顔を逸らしてしまった。照れているのは表情を見なくたって分かる。
────そうか。
おまえ、ここで生きていくことにしたんだな。
胸があたたかくなるのを覚えながら、隣を向いた。
「いつまでも野良のまま、ってわけにはいかないっすよね? ジョーイさんが捕まえないと」
「そうなるわね。私にあの子の
眉を八の字にするジョーイさんに、俺はどんと胸を叩いて請け負った。
「貴女なら大丈夫っすよ!」
朝に夕に、献身的に世話をし続けたからこそ、ライチュウは仕事を手伝う気になったのだ。そこまで心を許しているのなら、きっといい関係を築いていける。
ジョーイさんの目が潤んだ。
「アシタバさん……! ありがとう!
そう言って貰えると、ほんとに心強いわ!」
「いえいえ。────そうだ。あの、これ、よかったら使ってみてください」
リュックの底から試作品のオリジナルボールを引っ張り出す。赤地に黄色のSが刻まれたそれを、ジョーイさんがしげしげと見つめた。
「これは?」
「俺が作ったオリジナルボールっす。素早さの高いポケモンに投げるのを想定してて、スピードボールって名付けました。あいつめっちゃ速く動くんで、ぴったりかなって」
「まあ、ボールが造れるの!?」
「いやまあ、爺ちゃんがボール職人なもんで。爺ちゃんに比べりゃ、全然ですけど」
「へえ、そりゃ初耳だな」
背後からかけられた声に弾かれたように振り返ると、釣竿を肩に担いだクチナシさんが立っていた。
「げっ!」
「げ、たぁなんだよ。傷つくなあ」
嘘つけそんな繊細なタマじゃねーだろアンタ。
咄嗟に言いかけたツッコミをギリギリのところで飲みこみ、俺は顔を顰めた。
「てか、俺が死にそーな目に遭ってた時に釣りかよ」
「そらこんだけ綺麗な海がそばにあるんだ、釣りしねぇってのは嘘だろ。なあ?」
最後は俺でなく、クチナシさんの傍に立っている人に向けられた相槌だった。
歳の頃はクチナシさんと同じくらいのおっさんだが、このクソ暑い南国のアローラで、何をとち狂ったのかトレンチコートを着込んでいる。
正直見てるこっちがうんざりするような、正気とは思えんファッションだ。
目顔でクチナシさんに誰何すると、本人が手を差し伸べてきた。
「初めまして。私は彼の同僚だ。
仲間からはハンサムと言われている」
「自慢すか」
「いや、コードネームだ」
「やべー職場だな」
考えるより先にツッコんでしまった。
いやたしかに整った顔をした人だがハンサムて。
ハンサムて(2回目)。
クチナシさんの同僚ならこの人も国際警察なんだろうが、コードネームにしてももうちょいなんかあっただろ。
しかしハンサムさんは俺の失言に鷹揚に頷いた。
「なにぶん機密性が重要な仕事なのでね。本名を明かす訳にはいかないんだ。どうか理解してほしい」
「いやそうじゃなくって……まあいいか」
呆れつつ握手を交わす。
いまのやり取りでわかったが、多分この人、ドがつく真面目人間だな?
それが1周まわって天然キャラになっているタイプだ。
クチナシさんはニヤニヤしながら、「な? こいつおもしれーだろ?」という貌をしていた。
「なんか釣れたんすか? 見たとこボーズっぽいけど」
「それだよ」
クチナシさんが嘆息する。
「ここらの海はプルリルが多くてなあ。まともな魚は随分深くにいるらしい。半日粘ったんだが釣果ナシだ。
……そっちは、なかなか成功だったみたいじゃねえの」
俺の背後で働くライチュウを見やりながら、クチナシさんは笑い、俺も笑った。
「まあね」
「話を聞かせてくれや。昼飯ぐらいなら奢るぜ」
「よっしゃいっちゃん高い店いこっと」
「ま、待ってくれ青年、あまり高い店はその、経費で落ちない可能性が」
「かてーこと言うなや。そんときゃ身銭を切りゃいいだろ。お前さんが」
「なんで私が!?」
「ごちっす、ハンサムさん」
「い、いや青年! まだ奢ると決まったわけでは」
俺はかねてから目星をつけていた大通りのレストラン・ローリングドリーマーに直行し、1番高いZ懐石・タイショウ(おひとり8000円のクソ高飯)を頼んだ。
本場の懐石料理とは似ても似つかん代物が出てきたが、味はよく、あっという間に食べ尽くした。
相棒たちにも食わせたくて、ポケモン用の折詰を包んでもらう。
ハンサムさんが青い顔で財布を見つめていました。
ごっつぁんです。
腹ごなしにマリエ庭園をそぞろ歩きながら、シェードジャングルでの出来事を語れる範囲で伝えると、2人は真逆の反応を見せた。
クチナシさんは、まあお前ならそんなこともあらぁな、と得心顔だったが、ハンサムさんは顔を青くしたり白くしたりと忙しい。
「な、ナゲツケサルの群れからタネ爆弾を投げられたなんて…………! 一歩間違えば死んでしまうところだったんじゃないか!」
言いざま、険しい目つきで相方を睨みつける。
「君が焚きつけたせいだぞクチナシ。
あたら若い命、大人が守らなくてどうする!」
そうなじられてもクチナシさんはひょいと肩を竦めるばかりだった。
「大袈裟な。こうして帰ってきたじゃねえの」
「結果論だっ!」
青筋立てて詰め寄っている。
うーん、いい人だ。
いい人すぎて警察の職務が成り立つのか心配である。
オーガポンに両腕をもってかれそうになった件を隠してこれだから、言ったら泡を吹いて卒倒するかもしれない。
墓場まで持っていこう、よし。
ちなみに、ビリビリに裂けた上着は図書館の帰りに服屋に寄って買い替えてある。
クチナシさんに見られていたらまたネチネチ質問攻めされてただろうから、ファインプレーだ。
(それにしても、
胸元に入れたコインにそっと手を重ねる。
フーゴの言う
おそらくは主人のもとへ帰るのだろう。
『アジトを突き止めてくるネ!』という報告を最後に、コインは未だ沈黙していた。
フーゴは俺のチームの中でもトップクラスの実力を持つうえに頭もいい。
そんじょそこらの輩じゃ傷ひとつ付けられないだろう。
だがもしも、並の相手じゃなかったら?
毒餅野郎の手がかりを掴むどころか、俺の与り知らないところで倒れているかもしれない。
なあフーゴ。
静かなのはまだ尾行しているからか。
それとも尾けているのがバレて報復された?
今更ながら単独で行かせた不安が募りはじめる。
なにか情報でも聞ければと思い、クチナシさんたちに話を振ってみた。
「そういえば、見慣れないポケモンが毒餅をばら撒いてるらしいんですけど、おふたりはなにか聞いてませんか」
「…………毒餅だと?」
ハンサムさんの叱責をのらくら躱していたクチナシさんの面から、笑みが消えた。
「はい。実はライチュウも、隣島のキング夫妻も、同じ毒にやられてました。それがどうやら、とあるポケモンが渡してきた毒餅のせいらしくて…………。
桃をひっくりかえしたような見た目のポケモンだったそうですが、心当たりはありませんか」
2人は目を見交わし、同時に
「生憎だが知らん……が、そいつは間違いなく毒タイプのポケモンだろう。
なら、毒のエキスパートに聞くのが手っ取り早い」
「毒のエキスパート?」
オウム返しに問う俺に、ハンサムさんが答えた。いつのまにか分厚い手帳を開き、メモに目を走らせている。
「この島の北東、ポータウンという街に居を構える、グロリアさんという人が毒に詳しいそうだよ。
彼女はこの島のクイーンだそうだ」
「毒の、女王…………」
掌にじっとりと汗が滲んでいる。
なにか確証があるわけじゃない。
だが俺の直感が、その名に激しい警戒心を抱かせた。
というわけで23話。
オーガポン、名前の響きが東北っぽくねえな〜ということで、勝手に設定つけちゃいました。オーガで鬼、ポンが幼児、みたいなイメージで書いてます。
なんでアローラの人がオーガポンの名前知ってたの問題、強引に解決笑
そしてライチュウはジョーイさんの手持ちに決めました。
折角のレア個体ですし、アシタバが連れていく線も考えたのですが、なかなかしっくりくるストーリーが思い浮かばず……。ジョーイさんなら大切にしてくれそうということでこうなりました。
そしていよいよ名前登場、この島のクイーン・グロリア。
毒花で検索して悪者っぽい名前をチョイスしました。
いつも感想高評価ありがとうございます。
この話もどうぞよろしくお願いします!