屋敷の中は全くの闇だった。
すべての窓を暗幕で覆っているのかと疑いたくなるほど外の光が入ってこない。
いまが深夜であることを差し引いても、これほどの闇が家の中にあろうとは予想だにしなかった。
「よふ」
後ろから竹子が入ってくる。
あえて扉を開け放したままにしておいたのだが、竹子が俺の隣に立つや、唐突に音を立てて閉まった。
「開けたら閉めなさいな坊や。躾のなっていない子ねえ」
「────!」
ねっとりとした声が正面から降ってくる。
俺はすぐさま
よく目を凝らすと、俺たちは玄関ホールに立っているのがわかった。大昔のカロス建築を思わせる円形のフロアが広がり、正面には大階段が設けられている。
声の主は、その踊り場に立っているらしかった。そこは特に濃い闇が凝っていて、まるで見通しがきかない。
「わたくしの邸に断りもなく入ってくるだなんて、ウキビは何をしているのかしら。まったく使えない子だこと」
呆れを多分に滲ませた口調には、底冷えのする怒りが潜んでいる。ひたひたと押し寄せる気迫に当てられて、カブルーが臨戦態勢に入った。竹子も身を強ばらせている。
俺は1歩前に出、階段を見上げた。
「クイーンのグロリアさん、ですね」
「ええ。そういう貴方は?」
俺は小さく一礼し、名乗りを上げた。
「そう。アシタバさんと仰るの。それで? 何をしにいらしたのかしら」
「あなたに聞きたいことがありまして。さっき、この屋敷の上空で見慣れないポケモンと戦いました。モモワイと鳴く、毒の鎖を振るうポケモンですが、ご存知ですか」
「あら」
未だ顔の見えぬクイーンはくすくす笑った。
「ご存知もなにも、あれはわたくしのポケモンでしてよ。モモワロウというの。あちこちを旅していた時分に見かけてね。可愛いから連れ帰ったわ」
「────そのモモワロウが、猛毒の餅をばらまいていたことは知ってますか」
「オホホ! 嫌ねあなた。知ってるもなにも、
「…………!」
俺は棒を飲んだように立ち尽くした。
薄々疑ってはいた。彼女こそが、今回の事件の裏で糸を引いていた黒幕なのではないかと。
毒タイプを専門とし、キャプテンにあれほどの狼藉を許すクイーンが、無関係のはずはない。
だがまさか、こうもあっさり認めるとは。
「な、なんで…………」
絶句する俺に、グロリアは事もなげに言った。
「目障りだったからよ」
かつ、とハイヒールの硬い音をさせながら、階段を降りてくる気配がする。
音が鳴るたびに、心臓を握られているような恐怖が俺を襲った。
「だって、ねえ」
──かつ。
「考えてもご覧なさいな」
──かつ。
「わたくしの思い通りにならない世界なんて、間違っているでしょう?」
──かつ。
「クイーンとしての振る舞いを説いてくるアルバのお爺さんや、わたくしの言うことを聞かない先代のキャプテン」
──かつ。
「みんなみんな、鬱陶しくてたまらなかった」
──かつ。
「だから、消えてもらったの」
────かつん。
足音が途絶えた。
階段を降りきったらしい。
俺は、カラカラに干上がった舌を必死に動かして、どうしても聞きたかったことを訊ねた。
「ライチュウは、なぜです。
あいつがアンタに何をしたんだ」
「ライチュウ…………ああ、あの子」
闇の奥で、クイーンが吐息したのが聞こえた。
「あの子は愚かなポケモンだったわ。そのトレーナーもね。折角このわたくしがライチュウを
そして、クイーンは笑い含みに囁いた。
「どう? あの子はちゃんと苦しんで死んだ?」
頭上の
傍らのカブルーからも、殺意に似た怒りを感じた。
だがそれ以上に、俺の憤怒は強烈だった。
頭にきすぎて目眩がする。
こいつは、この女だけは生かしちゃおけねえ。
俺たちの雰囲気を察したグロリアは、不興げに鼻を鳴らした。
「ああ嫌だ。貴方までわたくしをそんな目で見るのね。
憎たらしい」
どうやら、こんな暗闇でもグロリアには見えているようだ。乾いた音を立てて手を打ち鳴らした。
「ウキビは居ないし、あの子に戦わせようかしら。いらっしゃい、サーフゴー」
「────は?」
意外な名前に虚をつかれた瞬間、玄関ホールに灯りがともった。唐突な光の暴力に瞼を覆う。ようやく慣れた頃、階段そばに佇むポケモンを見て、俺は息を飲んだ。
か細い蝋燭を差した燭台の下、蹌踉と立っていたのは紛れもなく、行方知れずになっていたサーフゴーのフーゴだった。
「ふ、フーゴ! お前なのか!」
呼びかけても反応がない。瞳には光がなく、表情も淀んでいる。ポータウンの町民同様、正気を失っているのは、誰の目にも明らかだった。
「あら。コレ、貴方のだったの?」
グロリアは、奇遇なこともあるものねえ、と目元だけで微笑んだ。
黒い総レース仕立てのドレスに身を包み、顔貌を紫のヴェールで覆ったクイーンは、一般的に見れば美人の類なんだろう。
だがこれまでの話を聞いてしまっている俺には、毒の塊が人の形を成しているようにしか思えなかった。
「わたくしのポケモンを尾け廻してきたからお仕置きしたのだけど、とっても強くて珍しい子だから、
グロリアの声に、皮肉の色はない。
本気でそう思っているのだ。
倫理も常識も、端から欠けている。
本当の意味で自己中心的な女なんだ。
────イかれてやがる。
怒りと吐き気を催しながら拳を握りしめた。
ロケット団の連中だって、邪悪さではこの女の足元にも及ぶまい。
「さ。いきなさいフーゴ」
『キ、ビキ、ビー』
黄金の道化がよたよたと歩いてくる。
普段の明朗快活さはどこにもない。妙な踊りを踊る操り人形と化していて、それがなにより痛ましかった。
「っ、戻れ、フーゴ!」
即座にフーゴが入っていたボールをかざす。
しかし、捕獲ビームは確かに当たったにも関わらず、なんら反応を示さなかった。
「な……っ!?」
「無駄よ。あなたの
大人しくさせたいなら、その子を倒すしかないわねえ」
「そんな……!」
じゃあ、俺は、俺たちは、フーゴと戦わなくちゃならないっていうのか。
全身から血の気が引いていく。
グロリアが、目を糸のように細めた。
「さあ、どうなさるの?
かつての仲間を倒すのか、それとも抵抗もせず斃されるのか。命を懸けたショウを見せてちょうだいな」
毒婦の高笑いがホール中に響き渡った。
「フーゴ! 頼む! 目を覚ましてくれ!」
『キービキビ』
血を吐く思いの呼びかけに、フーゴは攻撃でもって応えた。虚空に出現した
相棒の技に冴えがない。カブルーもまた、戸惑っているのだ。俺は
フーゴの主属性は鋼タイプ、毒攻撃はダメージを通さないが、それでいい。
狙いはメルティの持つ粘性にあった。
彼女の粘液は一度触れると頑固にへばりつき、ちょっとやそっとじゃ引き剥がせない超強力な天然の接着剤となる。それを大量に混ぜこんだヘドロ爆弾を喰らえば、いまのフーゴじゃ幽体術も使えないだろうから、行動不能にさせることができるはず!
案の定、爆弾を足に喰らったフーゴは、キビキビダンスの格好のままその場で固まった。
「よしっ、よくやったメルティ!」
「ぬめぇえ」
頭を撫でてやると、メルティは自慢げに胸を反らした。ジャングルでの進化退化事件はようやく乗り越えたらしい。カブルーも落ち着きを取り戻し、改めてグロリアに向き直った。
「そこを動くなよ。表には国際警察も来てる。
アンタの罪、洗いざらい吐いてもらうぜ」
「罪?」
グロリアは小首を傾げた。
「わたくしが生きたいように生きることの何が罪だと仰るの。不思議な子ね」
「……っ、抜かせテメェ……!
カブルー、アクアジェット!」
カブルーが水飛沫をあげながらクイーンに迫る。
しかし、切っ先が届くより早く、カブルーの行く手に炎が吹き上がった。
咄嗟に飛び退ったところへ、毒針が追い討ちをかける。それはメルティがパワーウィップで弾き飛ばした。
「ホホ。乱暴なこと」
グロリアはどこからともなく扇子を取り出し、優雅にはためかせた。
いつの間にか、女王の隣にポケモン達が侍っている。
妖艶な火蜥蜴のエンニュートと、鋭い針を持つスピアー。そして、
「ウルトラビースト……!?」
俺たちが乗っていた飛行機に大量に取りついていた、あの空飛ぶクラゲがふわふわと漂っていた。
「可愛いでしょう? わたくしはこの子をウツロイドと呼んでいるの。警察が付けたコードネームは、あまりに醜いんですもの」
グロリアがウツロイドの触腕を持ち上げ、口づけると、ウツロイドは嬉しそうに身をくねらせた。
「そちらがその気なら、手ほどきをしてあげてもいいけれど……わたくし手加減が苦手なの。死んでも恨まないで頂戴ね?」
グロリアの挑発に、エンニュートが主人そっくりの極悪な笑みを浮かべる。
同性嫌いのメルティが眉間に皺を寄せた。
(タイプ相性は俺たちに有利。落ち着いて闘えば勝てない勝負じゃ……)
考えを巡らせていたそのとき、視界の端に煌めくものを見つけて、俺は歯噛みした。
ヘドロ爆弾で固めたはずのフーゴが再び動き出していたのだ。
『キ、ビキビ』
「…………! 炎で溶けたか!」
エンニュートの炎はカブルーを牽制しただけじゃない、フーゴを解き放つ目的もあったわけだ。腐ってもクイーン、一手の攻撃でいくつも利を稼ぎやがる!
そろそろとボールポケットに手を伸ばした。
オーガポンも草タイプだというし、毒と炎が蔓延る状況では厳しいだろう。それはモクローに変身しているレヴィも同様だ。
残るはガチグマだが、どんな技を持っているかすら分からないポケモンを、この乱戦で出すわけにはいかない。
つまり俺は、たった2体でこの軍団と対峙しなきゃならんわけか。
絶望しかけたのも束の間、不意に外が騒がしくなった。
玄関扉を誰かが激しく叩いている。
「アシタバくん! 無事か!」
「────ハンサムさん!」
「キャプテンウキビは取り押さえた! 町民たちも無事だ! いま私もそちらに……って、うぉおおおっ!?」
素っ頓狂な叫び声の直後、玄関ドアが木っ端微塵に吹き飛んだ。
「な……っ」
「は……!?」
俺もクイーンも、呆然と外を見やる。
ポーチには、ハンサムさんが腰を抜かす横で、赤いマッチョが拳を突き出していた。
そして、マッチョの肩には────
『ふん。またピンチになっているようだな、ボンクラめ』
「──ヘリオドール……!?」
ヘリオドールがぴょんと飛び降りると、赤マッチョ────ウルトラビーストが丸太のような両腕を突き上げ、吠え猛った。
「バババババルクゥウウウ!!」
というわけで28話。
約束通りマッシブーン再登場です!お待たせしました!
グロリアへのヘイトが溜まりに溜まりそうで作者ウキウキです。
悪役をたんまり描けるのは作者冥利につきますね。
オリキャラだからどんなクソみてえな性格にしてもクレーム来ないし笑
さあ次話は乱戦まみれの激闘になりそうです。
書けるのか?!作者!!
よければ感想高評価おなしゃす!