理性も正気も失い、『キビキビ』と呻きながら歩いている姿に顔を顰める。
『なんだアイツは。操られているのか』
「あ、ああ」
『どうすれば元に戻る』
俺は苦々しげにクイーンを見やった。
さしものグロリアも闖入者に目を丸くしていたが、既に落ち着きを取り戻し、油断のない眼差しでこちらを観察している。
傍らに侍るウツロイドとエンニュート、それにスピアーも同様だ。全員、なにかあれば即応できる姿勢を保ち、慎重に出方を窺っていた。
今は姿が見えないが、
けれど、動かなければフーゴを救えないのも事実だ。
俺は目を離さないまま、小さく耳打ちした。
「多分……あいつらの誰かが操ってるわけだから、みんな倒せば催眠も解除されると思う」
『ふん』
小さなクチートは、ぱきり、と指を鳴らした。
『なるほどな。では二手にわかれるぞ。
貴様は奴らを叩きのめせ』
「そっちは?」
『決まってる。彼奴を鎮めるのだ』
フーゴを見据えたまま、大顎をぐるりと振り回す。人間でいう、スポーツの前の準備運動のようだった。
『甘ん坊の貴様のことだ、仲間は殴れないだのなんだのほざいていたんだろうが』
腰を落とし、ほとんど呟くような低声で囁いた。
『私が殴る分には、問題なかろうよ』
瞬間。
ヘリオドールの姿がその場から
「────っ!?」
反応する暇もあらばこそ、鉄塊を激しく叩きつけたような轟音が玄関ホールに木霊する。
慌てて視線を転じると、怪しいキビキビダンスを踊っていたフーゴが壁にめりこんでいた。
そして、フーゴが立っていた位置にヘリオドールの拳が突き出ている。
瞬きほどの間に距離を詰め、渾身の力で殴り飛ばしたらしい。驚くべき瞬発力と馬鹿力である。
「へ、ヘリオドール……」
ありがとうという感謝の念と、あまり乱暴にしないでやってくれという懇願がないまぜになって言葉にならない。
ヘリオドールは突っ立つ俺に鋭く舌打ちし、
『何をボサっとしている! さっさと動かんか!』
容赦ない大喝を浴びせてきた。
「す、すまん!」
目元を拭い、大階段に向き直った。
グロリアの表情から余裕の笑みが消えていた。
「なんなの……!
わたくしの屋敷をめちゃくちゃにして……!」
「申し訳ありませんね、クイーン」
俺は唇だけで笑いながら、指先をクイクイと曲げた。
ヘリオドールがフーゴを担当してくれるなら、俺は存分にこの女とやり合える。
「屋敷だけじゃない。アンタのそのムカつく面も、ボッコボコにして差し上げますよ」
「舐めた口を…………!」
グロリアの殺気が膨れ上がる。
背後で、赤マッチョが開戦のゴング代わりに吼えた。
「バババババルクゥ!」
「いよ、っと」
気を失ってぐったりしているキャプテン・ウキビの手足を縛りあげ、ついでに猿ぐつわも噛ませたクチナシは、懐から煙草を取り出し、美味そうに煙を吸いこんだ。
同僚から口酸っぱく数を減らせと叱られて、しばらく続けていた禁煙だが、今この時くらいは吸ったって罰も当たるまい。
足元を凍らされた町民たちもあらかた大人しくなった。
ひとまず、こちらの問題はカタがついたといえそうだ。
ハンサムは一足先に屋敷へ向かった。
そのすぐ後ろをクチートを肩に乗せたUB04が駆けていったが、ハンサムに見向きもせず屋敷に突撃したところから察するに、敵方ではないらしい。
となると、道中のどこかでアシタバが手懐けたことになる。あんな得体の知れないポケモンを、どうやって味方につけたものやら。
「まったく、尋問し甲斐のあるあんちゃんだよホントに」
笑って、まだ充分に長い煙草を踏み消した。
疲労は笑えないレベルに溜まっているが、キャプテン、そしてグロリアの罪は重い。きっちり裁いてもらうためにも証拠が要る。戦闘はアシタバに任せて、街の捜査を始めるつもりだった。
「それに、こいつのことも調べなきゃなあ」
石畳に転がっていた壺を拾い上げる。
奇怪な紋様が施されたそれは、なにやら妖しい雰囲気に満ちていた。
ウキビはこれを握りながら"フーパ"とか叫んでいたようだが、生憎その名前に心当たりはない。
「鬼が出るか蛇が出るか…………なんにせよ、ロクなもんじゃねえだろうな」
右肩に担いでとんとんと叩きながら、クチナシが短く吐息すると、どこからともなくコソクムシが現れた。
生来臆病な小虫が、大胆にもクチナシに近寄ってき、チラチラと見上げてくる。
おまけに、
「くしゅ、くしゅ」
と鳴いて、数歩離れてからまた見上げてくるではないか。まるで、着いてこいと言わんばかりである。
「なぁによ。そっちになンかあんの?」
「くしゅ!」
コソクムシは強い光をたたえた瞳で頷き、短い手足を懸命に動かして屋敷の方に走っていく。どうやらどこかの節を痛めているようでそんなに速くないから、すぐに追いつくことができた。
コソクムシが案内した先は、屋敷の裏手にある大きな納屋だった。
分厚い鉄製の扉に無骨な錠がかかっているのがいかにも物々しい。コソクムシは扉に取りつくと、脇目も振らずに引っ掻きだした。もう何度もやっているらしく、黒鉄に無数の傷跡が刻まれている。
「こん中に、おじちゃんに見せたい
「くしゅ!」
「なら、ちっとどいてな──アブソル!」
アブソルの黒刀が閃き、錠を両断した。
重い鉄扉に手をかける。
大の大人であるクチナシが全力を込めて、ようやく人ひとり通れるぐらいの隙間が開いた。
コソクムシがするりと入りこみ、甲高い鳴き声を奏でている。ようよう隙間を通り抜けたクチナシは、中に入った途端絶句した。
「な、んだこりゃ…………」
そこには、数十年の警察人生の中でもお目にかかれない、醜悪で惨たらしい場面が広がっていた。
一方、屋敷の中では。
状況が混乱を極めていた。
飛び来るスピアーをレヴィが迎え撃ち、邪悪な炎を吐き散らすエンニュートにカブルーが立ち向かう。猛毒の染みた触腕を暴れさせるウツロイドには、同じウルトラビーストの竹子と赤マッチョが応戦した。
最後の2体はタイプもわからなければ使える技も知らないので、正直あてにしていなかったのだが、この上なく優秀な味方だった。竹子はどうやら鋼タイプらしく、どんなに毒を浴びせられようが意に介さずクラゲをしばいている。赤マッチョは何度殴られてもポーズを決めるばかりで戦っていると言えるかどうか怪しいところだが、正体不明のポケモンを釘付けにしてくれているだけで随分戦いやすかった。
「アクアジェット! エアカッター!」
カブルーがエンニュートの背後をとり、背中を袈裟斬りにする。レヴィのエアカッターは見事飛翔するスピアーを捉え、右腕と羽の一部を切り裂いた。
グロリアが焦りの滲む命令を下す。
「……っ! 煙幕よ、エンニュート!」
「クァアアアッ!」
激昂した雌火蜥蜴が漆黒の幕を展開した。ただでさえ玄関ホールの光明は乏しい。己の手すら見えない闇に囚われて、レヴィがパニックに陥った。
「げっ、げるるっ!?」
「鳴くなレヴィ! 罠だ!」
しかし、忠告は一歩遅かった。
闇に乗じてカブルーの射程圏をすり抜けたエンニュートが音もなく忍び寄り、レヴィに噛みついたのだ。そのまま灼熱の炎を噴き上げ、レヴィは声もなく気絶した。
「めうううう!」
俺を護衛してくれていた
お返しとばかりに吐かれた火焔がヌメラを焼き焦がす。炎を半減する龍の皮膚をもってしても、ダメージは甚大だった。慌ててレヴィとメルティをボールに仕舞う。
「おほほほほ! このまま一体ずつ葬ってあげるわ!
エンニュート、もう一度煙幕よ!」
視界は更に悪くなり、もはや音だけが頼りになった。
耳を澄まそうとしても、スピアーの羽音が邪魔をする。
あの鋭い針がいつ襲ってくるのか、恐怖ばかりが先に立ち、呼吸も心拍も荒くなった。
(落ち着け、落ち着け! 俺がパニクってどうする!
カブルーは無事なんだ、ヘリオドールもやられた気配はない! しっかり対処すれば…………)
その時。
いきなり押しのけられ、俺は床に背中から倒れこんだ。咄嗟のことに受け身も取れず、束の間、息が止まる。
なんとか身を起こした俺の顔に、生暖かい飛沫が飛んだ。鉄臭いそれが血だと気づくのと、僅かに薄まった煙幕の隙間から信じがたい光景が見えたのは、ほとんど同時だった。
「カ…………」
俺を突き飛ばしたのは、無二の相棒のカブルーだった。
カブルーまで操られた、わけじゃない。
スピアーの凶撃から俺を守るために、機転を利かせたらしかった。
だけど、だから、カブルー自身は攻撃を躱せなくて。
禍々しい針に、背中まで貫かれていた。
先端から赤いものが滴り落ちる。
スピアーが腕を引くと、カブルーは膝から崩れ落ちた。
そのまま、ぴくりとも動かない。
「…………カブルゥウウウウウ!」
自分のものとは思えないざらついた叫びが迸った。
というわけで29話。
ツンデレヒロインはどれだけカッコよく書いてもいい、古事記にも書いてある。ヘリオドールを気に入ってくれている読者が多くて嬉しいです。
果たしてクチナシさんは何を見つけたのか。
アシタバは宣言通り、クイーンをボコボコにできるのか。
よければ感想高評価おなしゃす!