「カブルー、カブルー!
いやだ、しっかりしてくれ、カブルーッ!」
赤い海に横たわる
周りの床はカブルーから剥がれ落ちた岩殻と、砕けた大理石、そして粘つく血で汚れ尽くしている。
わななく手で肩先に触れると、信じられないくらい冷たかった。
「カブルー…………!」
もはや、俺の心臓は爆発寸前だった。脈を打ちすぎて胸を突き破っていないのが不思議なくらいだ。上手く呼吸ができなくて、指先が馬鹿みたいに震えている。
うつ伏せに倒れたカブルーの背中には、ぽっかりと虚ろな穴が開き、次から次へと真っ赤な血を溢れさせていた。
それを見て、喘鳴にも似た、ヒューッと細い息が漏れる。もう一度声をかけようとしても、まともな音にならなかった。
─────死ぬ。カブルーが。
悟った瞬間、氷よりも冷たい絶望が俺を襲った。
5歳の頃から共に過ごした歳月が目まぐるしいスピードで脳裏を過ぎる。
そんな自分が信じられなくて、目の前の事実を信じたくなくて、狂ったように頭を振った。
やめろ、やめろよ。
こんな思い出し方、走馬灯みたいじゃないか。
カブルーは死なない! 死んでない!
死ぬわけないんだ、コイツが!
だってずっと一緒に居たんだから!
「ああっ、うぅううう!」
意味のない言葉を喚き散らしながらカブルーを抱き起こす。がっくりと項垂れる顔は、まるで生気がなかった。
「オホホホホ! いいわその顔! 惨めったらしくてとっても素敵! 血に塗れればなお最高ね! スピアー!」
女王が嘲笑いながら命じると、片腕を捥がれたスピアーが残った針をギラつかせた。俺の周囲を高速で飛び回り、死なない程度に突き刺してくる。
俺はこれ以上カブルーが傷つかないよう、我が身を盾にして覆い被さった。
無防備な背中に、腿に、脚に、身体中至るところに鋭い痛みが走る。
スピアーの嬲りは止むことを知らず、床に広がる紅に俺の血が混ざっていった。
「アシタバくん!」
『やめろ馬鹿者! 死にたいのか!』
ハンサムさんと
「目を覚ましてくれ、カブルー……!」
泣きじゃくりながら呻いたその時。
カブルーの両眼が開かれた。
気がつくと、白い場所にいた。
上も下もない、あたたかくて明るいところだった。
声がした。
高くか細い声だった。
長い眠りから覚めて、ぼうっとする視界に小さないのちが飛びこんできた。
「はじめまして、ぼく、アシタバ!」
瞳をキラキラさせながら、いのちは名乗りをあげた。
いのちは主となり、主は
────ああ、懐かしや。
主の幼き頃を思い出すなど、幾年ぶりか。
感慨に耽りながら、舞いこんでくる記憶を辿る。
いつも一緒だった。
いつでも共に居た。
仲間が増えてもそれは変わらない。
幸せだった。
この上もなく。
我にとって、主と出逢えたことが、最も幸福な出来事であろう。
しかし、幸せな記憶はにわかに鳴りを潜め、辛い記憶が増えだした。
呪われた体で捨て鉢に生きるようになった主が、とめどなく流れてくる。
我はおもわず目を逸らした。
主がこんな無茶をするのも、ひとえに我が弱いせいだ。
────力が欲しい。圧倒的な力が。
そうすれば、主を護れるのに。
段々世界が暗くなっていく。
寒くなってきたようだ。
不意に気づいた。
我はいま、死にかけているのではあるまいか?
敵地の真っ只中に、主を残して。
────待ってくれ。いますこし。
慌てても、懇願しても、空間はいよいよ闇に近づいていく。体はぴくりとも動かない。
これでお終いか。
我の生は、こんなところで途切れてしまうのか。
いやだ、嫌だ。
主と離れたくない。
まだ生きていたい!
漆黒の中、懸命に足掻いた。
するとそこへ、白い影が現れ、告げた。
「覚えたるか? そなたの真の姿を」
「遥かな昔。古の時代。
海も山も貴様の支配下にあったのだ」
「原始の力を、取り戻すがいい」
「さあ、甦れ」
白い影が我の口に触れ、中に滑りこんでくる。
素晴らしく芳しい味に、我は、覚醒した。
ヘリオドールはもどかしさに身が引き裂かれそうだった。
────なんなんだアイツは!?
イカれた自殺志願者なのか?!
歯軋りしながら飛び退く。一瞬遅れて、さっきまでヘリオドールの居た場所にシャドーボールが炸裂した。
『キビ、キビ』
『鬱陶しいな貴様も……!』
操られたサーフゴーを睨みつける。
まったく、こいつの存在も度し難い。
さっさと気絶させてやろうと目論んでいたが、まともに殴れたのは最初の1発だけ、あとはのらくらと距離を取られ、絶妙に躱しにくい攻撃をいやらしいタイミングで叩きこんでくる。
おかげでいつまで経っても阿呆の加勢に行けやしない。
────クソっ。
私が行けばあんな奴ら瞬殺できるものを!
苛立ちながら横目でアシタバを見やったヘリオドールは、おもわず棒立ちになった。
いままさに命の灯火が尽きようとしていたカブルーが、やおら起き上がり、全身を光らせていたからだ。
あの現象には見覚えがある。洞窟時代、稽古をつけてやったズバットやイシツブテたちが
人間の言う進化というものだろう。
だが、あれほどの境地に達していながら、まだ進化の余地があったのか?
…………いや。
「か、カブルー……?」
傍らのアシタバが呆然としているところから察するに、本来あり得べからざる事態らしい。
光は繭のようにカブルーを包み、唐突に弾けた。
中から現れた姿に、その場の全員が絶句した。
そこに居たのは、異形としか言いようのない生き物だった。
体側から6本の腕が伸び、その全てに禍々しい鎌が生えている。
躰は限界まで細く尖り、骨格標本がそのまま動いているかのようだ。
腕ばかりがヒョロヒョロと長い風貌は、どことなく蟲を連想させた。
「……おまえ……カブルー、なのか」
アシタバが恐る恐る問いかけると、カブルーは振り向き、応諾を表す所作ではなく、低い唸り声で応えた。
────違う。
ヘリオドールは直感した。
カブルー殿が、あんな態度をとるものか。
『アシタバ! 離れろ!』
ヘリオドールが叫ぶのと前後してカブルーが跳躍した。
「ぎしゅるるるるるぁ!!」
口角泡を飛ばして咆哮しながらスピアーに迫る。
空を飛べる相手に対して、カブルーの勢いは尋常のものではなかった。百戦錬磨のヘリオドールの眼をもってしても残像を追うのが精一杯で、敵はまったく反応できないまま、がら空きの胴を横なぎに斬り捨てられた。
カブルーは力なく落ちていく獲物に目もくれず、天井を蹴ってエンニュートに肉薄する。
「っ、エンニュート!」
間一髪、エンニュートが火炎放射を放ったが、電光石火の刃は火焔すら刻んでみせた。
再び光芒が閃き、雌火蜥蜴も地に伏せる。
手持ちを2体、瞬く間に叩きのめされ、さしものクイーンも色を失った。
「なっ、なんてこと……!」
周章狼狽する女へ、カブルーが無造作に距離を詰める。
ウツロイドが間に入ろうとしていたが、赤い益荒男が「バルバルク!」と筋肉を膨らませて立ち塞がった。
助けが来ないと悟った途端、クイーンは哀れな悲鳴をあげながら逃げをうった。
その背中を、おぞましい鎌が容赦なく斬りつける。
階段に赤い飛沫が散った。
「ひ、ひぃいいいっ」
「やめろカブルー! やめるんだ!」
斬られた当人よりもずっと悲痛な声でアシタバが制止したが、カブルーの凶行は止まらない。
事ここに至って、ようやくボールを思い出したらしいアシタバが、緑のボールを突きつけた。
「もういい! 戻れ、カブルー!」
赤い光線が飛ぶ。あれに当たれば収納されることを、ヘリオドールは知っている。
だがカブルーは振り返りもせず、無造作に腕を振るい、光線を断ち切った。
「…………っ!?」
アシタバは愕然とした面持ちでカブルーを見つめた。
炎といいビームといい、無形のものすら刻む刃。普段の温厚さからは想像もつかない残虐性。変わり果てた容姿。
なにもかも記憶とかけ離れた相棒の有り様に言葉もでない。
ひいひいと階段を這いずる女を足蹴にし、カブルーが高々と刃を掲げた。
純然たる殺意が膨れ上がる。
殺す気だ。
アシタバが、絶叫するより早く。
ヘリオドールのすぐそばを、コインの弾が疾駆した。
金色の弾丸は過たずカブルーの後頭部に命中し、殺戮をすんでのところで止めさせた。
『…………マスターを悲しませちゃダメだヨ、リーダー』
相変わらず、足元はふらついていたけれど。
人差し指を突きつけながら、サーフゴーがにっこりと笑っていた。
というわけで30話。
カブルー覚醒回。
オリジナルメガ進化書きたいなーとはずっと思ってたんですが、ようやくお披露目にこぎつけました。
正確にはメガ進化ではないので、そこらへんの説明はおいおい本編でやっていければな、と。
よければ感想高評価おなしゃす!!