ルギア、拾っちゃいました。2   作:じゅに

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第35話 モーン一家。

 

 

 

 

「アーカラ島のレストランにケータリングを頼んだのだけど、届くまでしばらくかかるでしょうから、みんなで遊んでらっしゃいな」

 

 美しすぎる母・ルザミーネさんにそう言われ、俺は長男坊のグラジオと遊ぶことにした。

 リーリエちゃんも誘ってみたが、御年2歳のお姫様はお母さんにべったりで離れようとしない。

 降ろそうとするだけで火がついたように泣くのよ、おかげで筋肉痛がすごいったら、とルザミーネさんは笑った。

 

「僕は研究資料を纏めておくよ。

 昼食の後にでも話し合おう」

「おっけーです」

 

 モーンさんがいそいそと家の方に歩いていく。

 俺はグラジオに向き直り、膝を折った。

 なるべく目線を合わせながら語りかける。

 

「グラジオは、ポケモンに触ったことあるか?」

「…………ない」

「触ってみたい?」

「…………」

 

 両手を背中でもじもじさせながら、小さな王子がこくりと頷く。俺はにっこりして、竹子を引き合わせた。

 

「こいつもウルトラビーストの一種らしいんだけどさ。

 撫でてみるか?」

「い、いいの」

「もちろん」

 

 グラジオの紅葉みたいに小さな掌がおそるおそる近づいていく。竹筒に触れた途端、少年の目が丸く見開かれた。

 

「つめたい……! かたい……!」

「鋼タイプだからな」

 

 船で移動中、暇だったからタイプチェッカーで調べておいたのだ。色と見た目からして草タイプだと思っていただけに、鋼・飛行タイプなのには驚いた。

 

 グラジオは顔を輝かせ、異世界から来たポケモンの輪郭を触れる限りなぞっていった。

 竹子は時折くすぐったそうに笑みこぼれていたが、嫌がる様子はない。どうやら子供好きのようだ。

 

「レヴィ。お前さんもどうだ?」

 

 頭上のルギア(レヴィアタン)に問いかける。モクローの姿に身をやつしたレヴィは自ら飛び降りてき、グラジオに向かって胸を逸らした。触ってもよいぞ、のしるしである。

 

 グラジオは、今度は躊躇することなくレヴィに手を伸ばした。ふかふかの羽毛に歓喜の声をあげる。

 

「やわらかい!」

「胸の辺り吸ってみ。お日様のいい匂いがするぜ」

「……ほんとだ!」

 

 少年が破顔する。レヴィがわざと羽ばたくと、驚いたグラジオは尻もちをつき、きょとんとしてから噴き出した。

 

「あはっ、あははっ!」

 

 それが本当に楽しそうで、俺はもうめちゃくちゃ愛おしくなり、腰のボールを全て解放した。

 

「よーし出血大サービスだ! 

 俺の手持ちみんな撫でていいぞ!」

 

 カブトプス(カブルー)アマルス(ゴーシェナイト)もみんなグラジオを囲み、撫でろ撫でろとお祭り騒ぎだ。

 巨躯を誇るガチグマは少し離れたところにうつ伏せていたけれど、グラジオが近づいていくと静かに目を閉じ、されるがままになっていた。

 プライドの高いヌメラ(メルティ)だけは触られるのを嫌がっていたが、交渉の結果指先でつつくことは許してくれ、「ぷにぷにだね」という評価に「ぬめえ」と返していた。

 

 オーガポンは大人しく撫でられてくれるかと思いきや、ギリギリのところでするりと躱すのが上手かった。

 逃げられれば追いたくなるのが人情というもの、ムキになるグラジオとおどけるオーガポンとで、いつの間にか鬼ごっこが始まっていた。柔らかい草が生い茂る原っぱを、ぽにぽに♩と声援を送りながらオーガポンが駆けていく。

 グラジオもずいぶん粘ったが、結局いたずら娘の身軽さには勝てず、大の字になってバテていた。

 

「あなたたち、いらっしゃーい!」

 

 遠くからルザミーネさんの声がする。

 ちょうど料理も届いたようだ。泥だらけの手足を洗い、家に帰ると、テーブルの上に所狭しと山盛りの皿が並べられており、賑やかなランチが幕を開けた。

 

 食事の席はもっぱらサーフゴー(フーゴ)が盛り上げてくれた。

 人語を解するポケモンにモーンさんもルザミーネさんも驚いていたが、「世界は広いなあ」「そうですわねえ」というおおらかな感想を呟いたあとは、人間の友人と同じように接してくれた。

 そうした態度を、フーゴが内心とても喜んでいることに、俺はすぐに気づいた。

 

 いまやグラジオは当初の人見知りもどこへやら、すっかり打ち解けてくれ、フーゴを質問攻めにしていた。

 

「なんできんぴかなの?」

『フーゴは太陽の生まれ変わりだからだヨ!』

「ポケモンってなんなの?」

『なんだろネ~? フーゴも知りたイ!』

「ぼくもおおきくなったらビームとかだせる?」

『出せるヨ~! 良い子にしてたらネ♡』

 

 無限に続くなんで攻撃を、フーゴはさすが年の功で華麗に捌いていく。おかげで俺とモーンさんは専門的な話をたっぷり交わすことが出来た。

 

 

 〇〇〇

 

 

 ランチの後はモーンさんの研究所に入れてもらった。

 ウルトラビーストの写真と、入手できた情報、そこから推測される生態や能力を纏めたファイルとかグラフなんかで、ホワイトボードは埋め尽くされていた。

 

「…………あ」

 

 ざっと眺めていた俺の目が、1枚の写真に釘付けになった。被写体は、俺たちの乗った飛行機を襲い、ポータウンを支配していた毒の女王に侍っていたクラゲだった。たしかあの老女は、ウツロイドとか名付けていた気がする。

 

 それをモーンさんに話すと、ウルトラビースト研究の第一人者は顎髭をさすりながらふうむと唸った。

 

「ウツロイドか。うん、いい名前だね。

 国際警察がつけたパラサイトよりずっといい」

「いっそ、ほかのUBにも名前つけちゃいません?」

「いいねえ!」

 

 モーンさんは頬を紅潮させ、全身からワクワクを溢れさせながらUBたちの写真を机にぶちまけた。

 

「じゃあまず、この暑苦しいやつからいきましょーよ」

「赤いマッチョマンだね?

 うーん、レッドマッスルとか?」

「クリムゾンアームってどうすか」

「ムキムキマンは?」

「ありです。

 ……こいつたしかバルクバルクって鳴いてたな」

「じゃあ……バルクマン?」

「いいっすね」

 

 こんな感じでああでもないこうでもないと語り合うこと数時間。気がつけばとっくの昔に日も暮れて、ルザミーネさんが夕食を作ってくれていた。

 

 ランチどころかディナーまでご馳走になるのはまずい。

 恐縮する俺に、

 

「アシタバさんさえ良ければ、しばらく泊まっていってくださいな」

「そりゃいい! 肝心のUB用ボールが完成するまで何日でも居てくれよ! 部屋ならたっぷりある!」

「ぼ、ぼくも、まだおはなししたい」

「りーりえもー」

 

 と、家族ぐるみで引き止められては、断るのも野暮というものだろう。

 

 ありがたく厚意に甘えさせていただくことにして、俺は数日間モーン邸で過ごすことになった。

 

 

 〇〇〇

 

 

「んー? ……ん……うん。こんなもんかな」

 

 (のみ)を置き、削りだしたボールをあらゆる角度から眺め回す。最後にちょちょいとヤスリをかけて、ようやく納得のいく品ができた。

 

「どうすかね」

 

 俺の手元を固唾を飲んで見守っていたモーンさんに差し出す。モーンさんは、まるでガラス細工の王冠を扱うかのように恭しい手つきでそっと受け取った。

 

「これが、例の……」

「ええ。UB専用ボールっす」

「まあ、なんて綺麗なんでしょう」

 

 ルザミーネさんがうっとりと吐息した。

 

「青い格子模様に三日月を思わせるデザイン。

 モチーフは宇宙かしら?」

「はい。異世界ってどんなかなーって考えた時に、なんとなく宇宙が浮かんだんで」

「なるほどねえ」

 

 青いボールを掌のうえで転がしながら、モーンさんは飽くことなく見つめていた。

 

 いつもなら、ぼんぐりをくり抜いて好き勝手にデザインしたあと、既存の製品(たとえばモンスターボールとかスーパーボールなど)から捕獲プログラムをぶっこ抜いて移植(ペースト)していたわけだが、こと異世界生物のためのボールともなるとそうもいかなかった。

 

 なにせ、ウルトラビーストというポケモンは、通常の捕獲プログラムでは決して捕まえられないのだ。

 竹子に向かって試したところ、何度やっても弾かれてしまったのである。

 どうもプログラムに欠陥(バグ)があるらしく、一から組み直さねばならなかった。

 

 無論俺にそんなスキルはない。俺ができるのはあくまで、ボールのガワを造ることだけだ。

 そこで、モーンさんに新プログラムを構築して貰いつつ、より強力な捕獲機能を盛りこんだボールを練り上げることにした。

 その完成品1号が、いまモーンさんの手の上にあるボールなのである。

 

「ウルトラビーストを必ず捕獲するボール。

 名付けて────ウルトラボールです!」

「まんまだね」

「まんまだわ」

 

 俺は力強く頷いた。

 

「なんか捻ろうかと思ったんすけど、なんも思いつきませんでした」

「わはは! いやいや、分かりやすいのがいちばんさ。

 さて、こいつは当然()()に使うんだろう?」

「ええ」

 

 俺は笑みをたたえて、部屋の隅で船を漕いでいた竹子に近づいた。

 毎日グラジオやリーリエたちと遊んで、さしものウルトラビーストも疲れたらしい。

 それでも、俺の足音に気づくと健気に目を覚ました。

 

「よふ」

「眠いとこ悪いな、竹子。

 あのさ、お前さんのためにボールを造ってみたんだ。

 よかったら入ってみないか?」

「よふ?」

 

 竹子は俺を見、ボールを見て、また俺を見た。

 心なしか不安そうな眼をしている。

 

 ────そうか。

 "向こうの世界"にはもしかしたら、こういうボールはないのかもしれない。

 だとすれば、こんな小さくて狭いモノの中に入るのかと不安に思うのも無理はないだろう。

 

 俺はあくまで微笑みを絶やさず、ゆっくりと喋った。

 

「狭く見えるかもしれんが、なるべく竹子が快適に過ごせるように工夫してある。もしも居心地が良くなかったら、今まで通り外に出てもらっても構わない。

 だから、お試しで入ってみないか?」

「よふ」

 

 それならば、と納得してくれた竹子にボールを翳す。

 しゅぽんと軽い手応えとともに、捕獲完了音が鳴った。

 

 数秒待ってみたが、飛び出してくる気配はない。見てみると、ウルトラボールのなかでぐっすり眠りこけていた。

 

「完璧、だね」

「うす」

 

 俺とモーンさんは、高らかにハイタッチを交わした。

 

 

 〇〇〇

 

 

 名残惜しいが、いつかは別れがやってくる。

 ウルトラボールの設計図も書き上がり、いよいよモーン邸を辞する日がやってきた。

 

「寂しくなるわ」

 

 ルザミーネさんの言葉に、俺は「いつでも呼んでください。すぐに駆けつけますから」と笑った。

 

 実際、とても居心地のいい家庭だった。

 俺の体のことがなかったら、雑用係にでもなって住み着きたいくらいだ。

 

 今日もルザミーネさんの腕の中にいるリーリエに笑いかけ、グラジオに手を振るう。

 グラジオは目の縁が赤くなっていた。

 俺が出立すると聞いて、昨日一晩泣いていたらしい。

 

「グラージオ」

「…………」

「一生のお別れじゃないんだ。きっとまた会えるさ」

「…………ほんと?」

「おう。約束する。次に会う時にはバトルしような」

「…………うん!」

 

 こつ、と拳と拳を合わせる。

 信じられないくらい小さな手だった。

 

「モーンさん。ほんとにお世話になりました。

 ウルトラビーストの研究、上手くいきますように」

「ありがとう。アシタバくんの旅路が明るいものであることを祈ってるよ」

 

 モーンさんと握手を交わす。

 こっちは分厚くて、あったかい掌だった。

 

「忘れ物はない?」

 

 ルザミーネさんに言われ、俺はハッとリュックを掻き回した。

 掌大の小瓶を取り出す。小瓶には名も知らぬ小さな花が入れられ、凍らせてあった。

 

「よかった~思い出して。これ、よかったら」

「まあ、これは?」

「グラジオが摘んでくれた花を、氷漬けにしたものです。うちのゴーシェが作りました」

 

 モーン邸には至る所にルザミーネさんが作ったハーバリウムが飾られており、芸術好きのゴーシェが見様見真似で作ったのだ。ここだけの話、親バカに聞こえるかもしれないが、非常にいい出来だと思う。

 

「家の中に置いとく分には、そう簡単に溶けないと思います。よかったら、飾ってやってください」

「まあ、まあまあまあ!

 氷で作ったハーバリウムというわけね? 

 なんて素敵なんでしょう!

 ゴーシェちゃんは素晴らしい芸術家だわ!」

「ありがとうございます。伝えておきます。

 ────竹子!」

 

 完成して間もないウルトラボールから竹子を呼び出し、大きくなるよう命じる。

 本来のボディを取り戻した竹子を見て、モーン一家はみんな口をあんぐりさせた。

 

「それじゃ、長い間お世話になりました!」

 

 竹筒に跨り、空中に浮かび上がる。

 モーンさんたちは豆粒ほどの大きさになっても、ずっと手を振ってくれていた。

 

 

 俺も、ずっとずっと、手を振り返した。

 

 

 

 

 




というわけで35話。
モーン一家との団欒、そして別れです。
わかる人にはわかる程度にルザミーネさんの凶行の伏線を仕込んでみました。SMプレイしててあの部屋のインテリアにゾッとしない人いない説。

次話でいったんウラウラ島に帰り、色んなことに決着をつけてから旅立ちます。
安心してください。クチナシさんのこともクイーンのことも忘れてませんよ。きっちし片はつけますので。

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