例によって例のごとくウラウラ島のポケモンセンターに行くと、なにやら人でごった返していた。
かといって、病気や怪我で苦しむポケモンが大勢いるようには見えない。
むしろ、誰も彼も元気いっぱいの様子である。
いったい何があったのかとカフェのマスターに聞けば、恰幅のいい店主がにっこりと笑った。
「いやぁめでたいことにね、新たなキングが誕生するんですよ。そのお披露目にみんな駆けつけたんです」
「新しいキング──って、まさか」
「そのまさかさ」
「うおうっ、ハンサムさん!?」
いつの間にか隣に腰を下ろしていたハンサムさんが、複雑な笑みを浮かべて「やあ」と片手を挙げた。
「
就任式の一環で、ウラウラ中のポケモンセンターを回って挨拶を述べるそうだ」
「ああ、だからこんなに人が」
居並ぶ人たちを見渡すと、みんな生き生きした表情を浮かべている。新たなキングを見たくて……というよりは、やっとあのクイーンが居なくなった喜びを分かちあっているようだ。
(まあ、そうだろうな)
俺がクイーンと接した時間は長くない。
トータル1時間もないだろう。
だが、その短さで二度とお目にかかりたくないと心底感じるほどには、醜悪で残忍な女だった。
あんな輩をクイーンに戴かねばならなかったウラウラ民の苦悩は察するに余りある。
「……でも、務まりますかねえ、あの人に」
「私もそれが心配だ。なにしろ、適当が服を着ているような奴だから」
「ぶはっ」
噴き出す俺を、ハンサムさんはジト目で睨んだ。
「笑いごっちゃないぞ。おかげで二人三脚で進めてきたUBの捜査を、私1人で背負うことになったんだから」
「それなら、おあつらえ向きの協力者がいますよ」
「ほう?」
ハンサムさんが振り向いた瞬間、ポケセン中がわあっと歓声を上げた。
なんだなんだと首を伸ばせば、出入口に渦中の人物がのっそりと立っている。ここが最初の挨拶スポットだろうに、もう疲れた顔をしていた。
「ニューキング!」
「ようこそ!」
「ウラウラの王!」
「クチナシさーん!」
歓迎の言葉が引きも切らない。
クチナシさんは「はいよ」とか「どうもね」とか言いながら、サンダルを突っかけた足でぺたぺたと歩いてき、フロアの中央あたりに立ち止まった。
ゆっくりと首を巡らせる。カフェのカウンターに座る俺とハンサムさんに、へら、と微苦笑を送ってから、新たなキングが口を開けた。
「あー、どうも。クチナシだ。
この度はなんの因果かカプ・ブルルの神さんに選ばれちまってよ。おれとしてはびっくりしたし、なんなら今でもちっと戸惑ってるくらいだ」
周囲の人は口を噤み、真剣な眼差しで聞き入っている。
非道なクイーンがようやく退いた。
新たに迎えるキングは果たしてどんな男だろう。
誰もが、期待と不安を滲ませた瞳で眼差している。
幾十も降り注ぐ視線をまともに浴びながら、クチナシさんはあくまで自然体で話し続けた。
「親父いわく、おれのお袋はアローラのひとだったんだそうだ。俺が生まれてすぐに死んじまったから、よくは知らねぇんだけどさ」
「物心ついた時にゃ、ここから遠く離れた地方で暮らしてた。警察になってあっちゃこっちゃ駆けずり回るようになっても、何の因果かアローラに出張することは今までなかったんだわ。だからほれ、半分アローラ人なのに、ここらじゃそうそうお目にかかれないくらい血色の悪い顔してるだろ?」
聴衆から失笑が起こる。
クチナシさんもへっへっと肩を揺らした。
「お袋が生きてりゃ度々里帰りも出来たんだろうけどなぁ。おかげさまで、正直、こっちの習慣も風俗も知らんことだらけだ。…………そんなわけだから」
クチナシさんはいったん話すのを止め、ひとりひとりを見つめてから、ニヤっと笑い。
「まあ、ひとつよろしく頼むわ」
ぺこっと軽く頭を下げて。
それで、挨拶は終わった。
あまりにも軽く、飄々とした態度に、ウラウラの人は目を見交わしていたが、誰かが拍手すると瞬く間に伝播し、迎えた時以上の歓声に包まれた。
…………うん。
こんだけあったかい空気なら、きっと大丈夫だ。
ハンサムさんにそう耳打ちすると、渋い顔で頷いた。
「しかしアイツももう少し気合いの入った挨拶をすればいいものを」
「いやまあ、あのユルさがクチナシさんらしいっすよ」
「うむ。それはそうだが」
そう、ぶつぶつ言うハンサムさんだったけれど。
「────頑張れよ、クチナシ」
誰よりも強く、大きな拍手を贈り続けていた。
○○○
中天に昇る月に照らされたマリエ庭園は、幻想的な美しさを魅せている。
「疲れたろうクチナシ」
「疲れたなんてもんじゃねえや。一生分の注目を浴びたぜおれぁよ」
石のテーブルにくったりと身を預けながらクチナシさんがぼやく。
「でも意外でしたよ。俺はてっきり、辞退すると思ってましたから」
「おれもそのつもりだったさ。けどなあ。カプだけじゃなくって上司にも命令されちゃなあ」
「なんて言われたんです?」
「『アローラはまだ国際警察の捜査拠点が築けていない地方だ。ちょうどいい。貴様が生きた拠点になってしまえ』だとよ。ったく、独り身だからってコキ使いやがって」
「ちょーどいいじゃないっすか。アローラでパートナー見つけちゃえば」
「ナマ言うんじゃねえや。お前さんこそ浮いた話はねえのかよ」
「いやあ、はっはっは」
「なんだ童貞か?」
「はっはっは殴りますよはっはっは」
童貞ちゃうわ。童貞だけども。
ふいに脳裏に浮かんだレホール先輩を慌てて掻き消す。
あっちは俺のことなんて毛ほども気にかけちゃいないだろう。少なくとも、異性として意識されていると自惚れられるような根拠は全くない。一切ない。毛ほどもない。
ああ言ってて悲しいな畜生め。
「アシタバくんは、これからどうするんだい?」
ハンサムさんに問われ、俺はううんと唸った。
「迷ってるんすよねー。行きたいとこがありすぎて。
けどまあ、いったん家に帰ろうかなと思ってます」
「家というと、カントーかな?」
「いや、ジョウトっす。ヒワダタウンっていうちっさい村ですよ」
「ほう。いつか機会があったら是非遊びに行かせてくれ」
「いつでもどーぞ。ムダにデカい家だから部屋だけはありますよ」
話しつつ、両手でメルティの頬をもてあそぶ。
もちもちぬめぬめしていて、これが中々に楽しい。
全身から滲み出る分泌液で掌がヌルヌルになるが、まあ洗えば済む話だ。
ぬぇあぬぇあと気持ちよさそうに鳴くメルティを可愛がりながら、俺は気になっていたことを切り出した。
「グロリアでしたっけ。
あいつって、これからどうなるんです?」
歓談していたクチナシさんとハンサムさんは一瞬沈黙し、ややあってハンサムさんが話を継いだ。
それは、あまりにも衝撃的な一言だった。
「…………彼女は死んだよ。キャプテンのウキビもね」
「え」
想像だにしなかった言葉に、俺は激しく動揺し、メルティをヒザから落としてしまった。泡を食って問い質す。
「え、ちょ、ま、待ってください! あいつらが一遍に死んだっていうんですか!? いつ? どこで!」
クチナシさんが淡々と応じる。
「逮捕した当日、留置場で、だ。2人とも全身の血を抜かれて、カラッカラに干からびた状態で発見されたらしい。しかも手当しようと警官が近づいた途端、いきなり燃えたんだと。火の気なんかマッチ1本なかったにも関わらずな。おれたちが駆けつけた時にゃ、もうすっかり灰になって骨も残ってなかったよ」
「…………!?」
それを聞いて、俺はいよいよ絶句した。
なら、この人がカプ・ブルルから神託を受けた時には、もうあの女は死んでたってことか?
(…………いや違う。
俺は直感した。
となれば、手を下したのはカプ神以外にありえまい。
留置場に忍びこみ、全身から血を抜いて焼いて殺すなんて人間にできる芸当じゃないからだ。
明らかに人智を超越した力が関わっている。
自業自得とはいえ、誰に悼まれることもなく死んでいったクイーン達に哀れみを。
同時に、カプ神への恐ろしさをまざまざと感じて、鳥肌が立つ二の腕を擦った。
「わかってると思うが、これは一切他言無用だ。
島民でも知ってるのは警察関係者しかいねえ。
言い触らしてくれるなよ」
「も、勿論」
クチナシさんに凄まれて、俺は蝶番が壊れたドアよろしく、ガクガクと頷いた。
「もしかして、あいつらのポケモン達も同じように死んじまったんですか」
「その点は心配ないよ」
ハンサムさんが慌てて首を振った。
「ポケモンたちはみんな無事だ。人間に害を及ぼしていた個体だから、矯正施設に行くことにはなるけどね。
ただ…………」
「ただ?」
「クイーンがモモワロウと呼んでいたポケモンだけ未だに行方が知れなくて、目下捜索中なんだよ」
「…………!」
よくない報せだった。
あのポケモン、姿こそ小さいが、秘めたる能力は凶悪の一語に尽きる。カプ神すらも狂わせ支配できる猛毒をばら撒けると知れたら、悪党どもが血眼になって探すだろう。
例えばロケット団の手に渡ったりした場合、どんな悪事に使うことか────考えるだけでも恐ろしい。
「アシタバくんも、もしどこかでモモワロウを見かけたらぜひ教えてくれ。捕まえてくれればなお有難い」
「わかりました」
「頼んだぜぃ。
おれぁしばらく、キングの仕事にかかりきりだ」
ああ面倒臭いとボヤくクチナシさんに、ハンサムさんは特大の溜め息を吐いた。
○○○
明くる早朝。
まだ藍色が天蓋を覆う時刻に、俺はそっとベッドを抜け出した。
ポケモンセンターの外は涼やかな風が吹いている。濃い潮の香りにも随分慣れた。
辺りを見回していると、背後から声をかけられた。
『探しているのは私か?』
「────うん。お前さんだよ、ヘリオドール」
声の主──小柄なクチートがふんと腕を組んだ。
『何の用だ』
「俺、今日アローラを発つんだ。次はカロス地方ってとこに行こうと思ってる」
『…………それで?』
「単刀直入に言う。一緒に来ないか?」
『…………はっ! なぜ貴様と!』
ヘリオドールはせせら笑った。
『私になにか得があるか?』
「ある」
『なんだ。言ってみろ』
俺は正面から彼女の瞳を見据え、一息に告げた。
「ディアンシー女王の娘さんに逢えるかもしれない、って言ったら?」
『…………!』
ヘリオドールが鋭く息を飲んだ。
『どういうことだ。
なぜご息女がカロスとやらにいらっしゃる』
「いるかどうか、100パーセントわかってる訳じゃない。多分居るんじゃないかなって推測だ。でも、可能性はかなり高いと踏んでる」
俺は指を2本立てた。
「根拠は2つある。
まず1つ目。ディアンシー女王いわく、大事な一人娘をアマルルガの王に託したって話だったよな。
だけど世界中どこを掘っても、アマルルガやアマルスの化石が見つかるのはカロスの一部地域だけなんだ。
他の場所では出てこない」
『…………』
「んで2つ目。ディアンシーは俗に幻のポケモンと言われるぐらい希少で、伝承も数えるほどしかない。その言い伝えの出どころが全部、カロスなんだよ」
────もしもディアンシーの娘、すなわち王女が他の地方にも渡っていたら、世界各地に伝承が残っているはずである。
しかし実際には、カロスでしかその名を聞かない。
ならば、アマルルガ達の大移動の果てにカロスに根を下ろしたと考えるのが自然ではないか?
「いまのとこ、王女様がカロスのどの辺にいるかは全くもって未知数だ。確実に会える保証もない。けど、可能性があるなら行ってみたくないか?」
『…………』
ヘリオドールはむっつりと黙りこんだ。
いま、彼女の脳みそはフル回転してるに違いない。
俺は静かに彼女の答えを待った。
沈黙は、短かった。
『──本気で探すんだろうな?』
「勿論。女王様は俺にとっても大恩あるひとだ。
力を尽くすよ」
『なら、付き合ってやる』
「よっしゃ!」
ヘリオドールの手をぎゅっと握りしめる。
「いや良かった。再会したときから、一緒に旅できたらいいなって思ってたんだ。よろしくな、ヘリオドール!」
『…………ふん』
ぷい、とそっぽを向くヘリオドールの頬は、なんだかやけに赤かった。
ハンサムさんにライチ、モーンさんとハラさんに電話で別れを告げてから、朝イチの飛行機に飛び乗った。
ハラさんの話では、グズマはかなり良くなっていて、昨日から相撲の稽古を始めたらしい。
「健全な精神は健全な肉体に宿りますからな!」と笑っていたから、グズマはきっと大丈夫だろう。今度会う時にはめちゃくちゃムキムキになってるかも。想像しようとしたら赤マッチョのウルトラビーストと相撲をとってるグズマが浮かんだから慌てて追い払った。
そこまで元気にならんでいい。
クチナシさんは5回電話しても出なかったから、多分寝こけてるんだろう。
アクロマさんの番号は知らないが、なんとなく、あの人とはまたどこかで会いそうな気がする。
乗客はまばらで、ファーストクラスには誰も乗っていなかった。窓にへばりつき、物珍しそうに外を眺めていたヘリオドールが、俺の肩をつつく。
『見送りがいるぞ』
「へ? 誰だ……って、え!?」
滑走路、というか青空に浮かんでいたのは、勢揃いしたカプ神たちだった。
頭の中に声が響く。
『達者でな』
『世話になった』
『祝福を』
『健やかであれ』
短いけれど真心のこもった言葉が次々に聞こえてきた。
「ありがとう。神さまたちも、お元気で」
カプ神たちが手を振ってくれる。
俺も振り返しているうちにエンジンが唸り、飛行機が大地を離れた。
アローラに滞在していたのは1ヶ月ほどだったが、信じられないくらい濃密な旅だった。
レポートに纏めたとして、レホール先輩も教授も、素直に信じてくれるだろうか。
まあ、何はともあれ。
「バイバイ、アローラ」
深い感慨を胸に、小さく別れを告げた。
というわけで36話。
アローラ出立です。
ぬるっとヘリオドールが仲間になりました。
この展開どこかでねじ込みたかったんですがアローラ編ラストになってしまった笑 勿論サマヨールも仲間入りです。作中では寝てますが。
クイーンの処遇はこうなりました。構想では、クイーンがこれまで手にかけた人々の怨霊が取り憑き狂い死にするというパターンも考えてたんですけど、これだけで1話分の長さになりそうだったのでサラっと。
神は怒らせたら怖い。はっきりわかんだね。
アローラ編、なんだかんだで30話のボリュームになりましたがお楽しみいただけたでしょうか。
次は小休憩も兼ねてジョウトで一休みしてからカロスに向かいます。
いよいよガンテツ爺ちゃんが書けそうでワクワクです。
ずっと書きたかったんだ!
よければ感想高評価おなしゃす!