「じいちゃん……? 孫……?」
突如現れた《ガンテツの孫と名乗る人物》に目を白黒させるお弟子さんを落ち着かせ、軽い自己紹介としばらく滞在する旨を告げると、彼はそばかすだらけの顔をぱあっと輝かせ、
「なら、今日はご馳走にしなきゃですね!」
と喜び勇んで外に駆け出していった。
どうやら村中の食材を買い集めに向かったらしい。
「あいつぁ、覚えも悪いし根性もねえが、気だては良いんだよ」
爺ちゃんがぼそりと言う。
俺は笑み零しながら頷いた。
「そうらしいね。
…………なあ爺ちゃん。
見てもらいたいものがあるんだけど」
「なんだ」
「俺の、オリジナルボールなんだけどさ」
瞬間、爺ちゃんの目つきが変わった。
鋭く、油断ない眼差しで俺を睨め据える。
ヒワダの備長炭を凌ぐほどの名品、それが爺ちゃんの作るオリジナルボールなのだ。
種々様々なぼんぐりを、一つ一つ手作業で削り、細心の注意を払って磨きあげられたそれは、唯一無二の輝きと、類まれなる捕獲性能を誇る。
こちらは炭と違い、知る者はごく僅かだ。爺ちゃんが認めたトレーナーにしか渡さないからである。
製法も門外不出で、あのお弟子さんも教えて貰ってないはずだ。だからこの世で作り方を知っているのは、爺ちゃんと、爺ちゃんから手ほどきを受けた俺しかいない。
「…………まだ、作ってたのか」
「うん。俺の仲間たちは全部、俺のボールに入ってるよ」
「見せてみろ」
俺は素直に腰に着けていたホルターごと差し出した。
爺ちゃんは慣れた手つきでボールを外し、1個ずつ丹念に眺めていく。
「これは」
「スノウボール。白ぼんぐりを氷タイプのポケモン用に改良してみた。中がひんやりして心地いいはずだよ」
「こっちは」
「それはミストボール。青ぼんぐりで出来てる。ヌメラっていうドラゴンが、湿度の高い環境を好むって聞いて開発してみたんだ」
爺ちゃんから訊かれる都度、名前と凝らした工夫を説明していく。爺ちゃんは気に入らなそうな面つきで、「ふん」とか「へん」とか唸っていた。
最後に、最古の相棒を収めたフレンドボールを手に取った時、爺ちゃんは微かに息を飲んだ。
「…………これ、まだ使ってたんか」
「────うん。酷い出来だろ? 塗りはまだらだし削りも荒いし、おまけに左右非対称でさ」
「…………」
「今ならもう少しマシなボールにしてやれるぞって何度も言ったんだけど、
「…………そうか」
爺ちゃんがことりとボールを置く。
それは厳しい容貌からは想像もできないほど、優しい手つきだった。
「愛されてるな、お前は」
「…………そうだね」
俺と爺ちゃんは、示し合わせたようにフレンドボールに目をやった。
○○○
14歳の、冬休みの時の話だ。
両親が、居眠り運転の車に轢かれて世を去ったのは。
ほんとうに、呆気ない死だった。
当時の俺はいつも怒ってた。
卒業したらジムリーダーを目指すべきだと諭す父さんと、自由気ままな旅に出たいと願う俺とで、埒のあかない話し合いを繰り返していた時期であり、板挟みにされた母はいつもオロオロしていた気がする。
事故の前の日も、電話で激しく口論した。といっても、逆上した俺が一方的に捲し立てていただけなのだが。
最後になんて言って切ったのか、父さんが何を言っていたのか、4年経ったいまも上手く思い出せない。
その瞬間の記憶だけ、靄がかかったように曖昧なのだ。
────葬式の日。
父さんと母さんの棺を前にしても、俺は全然泣かなかった。悲しいとも、なんとも思わなかった。
ただ、胸にどでかい穴が空いて、そこを風と一緒に大事なものがすり抜けていく感覚だけが冴えていた。
焼香のとき、目を真っ赤にさせた爺ちゃんが、数珠を力強く握りすぎて弾けさせてしまった。
そのまま棺に縋りつき、声を放って泣きはじめた。
「なんで死んだ……! なんで死んだんじゃあ!」
────生まれて初めて見る、爺ちゃんの涙だった。
ぱらぱらと転がっていく数珠玉を拾い集めていると、背後に並ぶ弔問客のヒソヒソ話が聞こえてきた。
「ご覧よあの子」
「親が死んだってのに涙ひとつ流しゃしない」
「薄情だねえ」
「可愛げがないったら」
そういう言葉も通り抜けてくれればいいのに、なぜか虚ろな躰に留まって消えてくれなかった。
(うるせえ)
(何も知らない癖によ)
数珠玉を喪服のポケットに突っ込む。
モンスターボールに入ったカブルーが、身じろぐようにかたりと揺れた。
火葬が終わり、家に戻ると、なんだかやけにガランとしていて、よその人の家みたいだった。
囲炉裏端に座り、そのままひたすらぼうっとしていた。他にすることも、したいことも思いつかなかったからだ。そうして過ごして3日目に、爺ちゃんに手を引かれた。
「アシタバ。来い」
のろのろと立ち上がり連れていかれた先は、いままで誰も入れてもらえなかった、爺ちゃん専用の作業場だった。
広さはだいたい6畳ほど。ぼんぐりの青臭い匂いと木屑の匂いが満ちた小部屋で、作業机が部屋の真ん中にでんと置かれていた。
鑿やヤスリ、糸鋸など、必要な道具類はきちんと箱に仕舞われている。
「ボールの作り方を教えてやる」
「え」
「まずはそこに座れ」
爺ちゃんは有無を言わさぬ態度で俺を机に向かわせ、ぼんぐりを選ぶところから始めさせた。
何が何だか分からなかった。
俺は別に、ボールの製法なんて知りたくなかった。
だけど、やってみたらこれが案外面白かった。おまけに、作っている間は余計なことを考えないでいられる。
気がつけば、爺ちゃんと同じくらい長い時間を作業場で過ごすようになっていた。
○○○
ぼんぐりと向き合ううちに冬休みが明けたが、学園に戻る気はさらさら起きなかった。
当時の俺には、ボール作りより夢中になれるものがなかった──というのは建前で。本心は、他人から哀れまれるのを避けたかったのだ。
「親を亡くした子よ」
「なんて可哀想に」
「気を落とさないで」
村を歩くたび、そういう言葉や視線をかけられるのが心底鬱陶しかった。
学園に帰らない俺を心配してか、マツバからしょっちゅう手紙が来ていたけれど、返すのも見るのも億劫で、封もきらずに机の引き出しに放り込んだ。
あの頃の俺は、本気で学園を辞めることも考えていた。
辞めないでいられたのは、爺ちゃんが、
「好きにせえ」
と言ってくれたからだ。
行けとも、辞めていいとも言わず、ただ俺に委ねてくれた。だから俺は、心ゆくまでボール作りに勤しむことにした。
────ここで、読者諸君にぼんぐりの性質とボールになるまでの工程を説明したい。
かの実には7つの色があり、それぞれ硬さと特性が異なるのだ。
黒が1番硬く、桃色は熟した果実のように柔らかい。
赤は割った瞬間涙が止まらなくなるほどの辛味成分を放出するし、青ぼんぐりは果汁が多すぎて切るのが困難だ。
黄色は皮が薄く、無理に力を込めるとビリビリに破けてしまう。
緑は虫に食われやすいので、キズのない完品を見つけるのが難しい。
白は成長しづらく、鈴なりに生っていても使える実は数える程しかないのがザラだった。
ウバメの森にあるぼんぐりの群生地へ毎日足を運び、たっぷり時間をかけて吟味する。そうして持ち帰った実を、丹念に下処理していくのだ。
水から茹で、灰汁を抜き、色味を鮮やかにする。
充分に茹でたら真っ二つに切り、風通しのいいところに置いて陰干しする。
よく乾いたら、いよいよ加工の始まりだ。
まず、果肉にあたる部分を丁寧にくり抜いていく。
皮にもある程度果肉を残す必要があるんだが、多すぎても少なすぎてもダメだ。あんまり残すと
最初はこの塩梅を掴むのに苦労した。
次に、皮の表面に細工していく。
彫ってもいいし色を塗ってもいい。シールなんかも乙なものだ。爺ちゃんはすべて手彫りということにこだわっていたけど、俺は使えるものならなんでも使った。森に落ちてた木の実とか、近くの砂浜に落ちてた貝殻とか。
爺ちゃんは自他ともに認める頑固モンだが、俺のそういうチャレンジというか、工夫というものは一切否定しなかった。嬉しかったなあ、すごく。
で、最後にガジェットを嵌め込むのだ。
これは既存のモンスターボールとかスーパーボールを分解し、中の機械を利用させてもらうわけだけど、驚いたことに爺ちゃんは機械いじりも得意で、1からガジェットを拵えていた。
それを使わせてくれと言ったら、
「アホウ。全部
と返ってきた。
それもそうだと渋々引き下がったが、未だにそれは製作できないでいる。
まあ、ともかく。
ガジェットをセットし、割った上下を重ね合わせたら──完成だ。
出来たてホヤホヤのボールを余すところなく眺め回す。
初めてにしては上出来じゃないか。
自画自賛し、得意げになっていると、背後でモンスターボールの開く音がした。
振り向けば、なぜだかカブルーが出てきている。普段控えめで大人しやかな相棒は、珍しくなにか訴えかけてきていた。
「……え、これに入れて欲しいのか?」
「ぎしゅ」
カブルーがこっくりする。
俺は、自分がみるみる笑顔になっていくのを感じた。
「そうだよな、いちばん最初は、お前がいいよな!」
「ぎしゅ!」
「よおし、いけっ!」
カブルーに向かってオリジナルボールを投げつける。
ボールは見事に役目を果たし、捕獲音を鳴らした。
ちょうどそこへ爺ちゃんが帰ってきたから、喜び勇んでカブルーを捕獲しなおしたことを話した。
「よく出来てるだろ、爺ちゃん!」
「…………けっ。なんでえ。
どこもかしこもガッタガタじゃねえか。
たかが1個作ったぐらいではしゃぐんじゃねえよ」
と、爺ちゃんの返事はそっけなかった。
でも俺は見てしまった。
その夜、爺ちゃんが俺の作ったボールと位牌を並べながら酒を飲んでいたことを。
その頬に、涙が光っていたことを。
「アシタバが笑ったよ。いつぶりだろうなあ」
そう、低く震える声で呟いていた。
寝室の襖の隙間から覗き見た俺は、頭まで布団に潜りこんだ。
(泣いてた。じいちゃん)
葬式を済ませたらいつものしかめっ面に戻った祖父が、なぜだか俺のボールで泣いている。
(明日、父さんと母さんにも見せてみよう)
考えて、はたと思い至った。
彼らはもう、いないじゃないか。
あの位牌が、その証だろうに。
(…………あ)
じわじわと視界が滲んでいく。
そうだ。
もう、逢えないんだ。
父さんにも。
母さんにも。
逢いたくても、できないんだ。
胸の中心がぎゅっと苦しくなる。
ひどく苦しくて、俺は小さく丸まった。
「…………ぁいたい」
涙が溢れて止まらない。
ごめん。
俺、あんなに意地張ることなかったよな。
ジムリーダーの試験、受けりゃ良かったんだ。
なんであんなに父さんに楯突いたんだろう。
母さんまで困らせて。
俺、一人息子なのに。
『薄情な子だよ』
葬儀のときの陰口が頭にこびりついて離れない。
そうだ。
俺は薄情でバカなダメ息子だ。
父さん、母さん、ごめん。
ごめんなさい。
親指を噛んで嗚咽を殺しながら、俺は、身を震わせて泣き続けた。
というわけで38話。
アシタバの過去は前作で書いてますので再放送みたいになってますが、本人視点から語るのは初めてですね。
大事な人を亡くしたとき、悲しみの波がやってくるのは人によってバラバラです。14歳、多感な時期のアシタバにとって、両親が死んだことを受け止めるだけでも多くの時間を必要としました。
薄情な子、という言葉は、あまりにも太い杭となって彼の心に突き刺さってしまったようです。
Q.ど平日真昼間にアップする重さじゃなくない?
A.それはまじでそう
読者のみなさま、すまんかった。
癖(ヘキ)が止まんねぇんだ。
今後ともよろしくおなしゃす。
良ければ感想高評価もお待ちしてます!