「できましたぁ」
そう言って、お弟子さんのミスミくんは、ちゃぶ台を埋めつくすほど料理を並べてみせた。
肉汁したたる肉だんごに具だくさんの味噌汁、新鮮な刺身によく漬かった香の物。米の炊き具合も完璧で、1粒1粒が照り輝いている。
甘い辛い酸っぱいしょっぱい、すべての味覚を満たしてくれるおかずたち。
なかでも一際目を引いたのがヤドンの尻尾煮だ。
実はこれ、爺ちゃんと俺の大好物なのである。大皿に乗って現れたのを見た時にゃ、2人とも生唾を飲みこんだ。
いただきますの挨拶もそこそこにシッポにかぶりつく。途端、旨味の暴力が口腔を満たし、俺は天を仰いだ。
寮母のアロエさんに勝るとも劣らない、実に見事なクオリティだった。よおく味わってから嚥下したあと、俺は惜しみない賛辞を送った。
「うっっっっめぇえ!
ミスミくんめっちゃ料理上手じゃん!」
「えへへ。ガンテツさんのお傍に置いていただけるよう、猛特訓しましたから」
ミスミくんは照れくさそうに微笑んだ。
食事の合間に聞いたところによると、彼は3ヶ月ほど前に弟子入りしたという。
風の噂で、爺ちゃんが独自にボールを造っていることを聞きつけ、ぜひ自分も作れるようになりたいと志願したのだそうだ。
「といっても、すんなり弟子にしてもらえたわけじゃないんです。最初のひと月は敷居を跨ぐことすら許して貰えなかったんですよ」
俺は内心(だろうなあ)と頷いた。
業種・分野に関わらず、職人と呼ばれる人間は易々と弟子を取らない。ことにジョウトではその傾向が顕著だ。
己の人生を丸ごと注いで掴んだ技術や知識や経験、その結晶を、生半可な人間に教えるなど、百害あって一利もない。まして爺ちゃんが持っているのは現代社会の要ともいえる捕獲用品に関する代物、もしも悪用されたりしたら、大袈裟でなく世界が傾く。
故に爺ちゃんも厳しく撥ねつけたのだろう。
それでも倦まず諦めず、ミスミくんは頑張った。毎日爺ちゃん家の前の道路を掃き清め、夏は水打ちをし、自分ちの畑で採れた野菜をせっせと貢いだのだそうな。
昔話に出てくる動物の恩返しを彷彿とさせる行いに、流石の爺ちゃんも根負けして、雑用ならやらせてやると譲歩したのだとか。
それでも弟子の名乗りを許しているあたり、伝授する気はあるらしい。
爺ちゃんは守らない約束はしない人だから、いつかは教えて貰えるさと太鼓判を押しておいた。
…………まあ、それがいつの話になるかは、まったく未知数だけれども。
「だからぼく、毎日が楽しくて! 近頃は薪割りも上手くなりましたし、炭焼きも教えて貰ってるんですよ」
「へっ。お前みたいな鈍臭いやつは生まれて初めて見たよ、オレァ」
「えへへ。それ、よく言われますぅ」
「褒めてんじゃねえぞトンチキ!」
爺ちゃんがくわっと目を見開く。
まあ、うん。
たしかに鈍臭そうだよね、彼。
けど、
なんだかんだ、いいコンビなんだろうな。
俺は胸の真ん中がポカポカするのを感じながら、旨い味噌汁を啜った。
○○○
食事を終えた俺は、ミスミくんと一緒にウバメの森に出かけることにした。
目指すはぼんぐりの群生地だ。
あちこち旅をしてみたが、やはり故郷のぼんぐりに勝るものはない。
「お前さんのボールも完成してないしな」
ホルターに入れた
ほぼ同時期に仲間になったオーガポン、ガチグマ、竹子の分は何とか作れたのだが、
だけどここならその心配もあるまい。
さてさて、どのぼんぐりを選ぼう。
何色に塗って、どんな飾りをつけようか。
興奮を胸にウバメの森に踏み込んだ俺は、いくらも歩かないうちに異変に気づいた。
立ち止まり、周囲を見渡す。
「…………?」
「どうしました、アシタバさぁん」
「…………変だ。鳥たちが静かすぎる」
昔はもっと、ポッポやオニスズメたちがひっきりなしに鳴く騒がしい森だった。それがどうだ、しんと静まり返っている。まるで何かを恐れてでもいるように。
俺は即座に
『はぁいマスター、どうしたノ?』
ミスミくんが息を飲む。
「ぽ、ポケモンが喋った……!?」
「おう。訳あって、こいつは人語を解するんだ。フーゴ、この森に怪しいヤツらがいねぇか調べてみてくれ」
『アイ・サー』
言うや、フーゴの体から無数のコインが飛び出し、森中に散っていった。
サーフゴーというポケモンは、ある程度の範囲であれば金貨を遠隔操作できる上に、金貨を通して周囲の状況を観察しうるという稀有な能力を備えているのだ。
別個体と比較した訳じゃないが、フーゴの
待つほどのこともなく、森の中央、祠がある辺りに怪しい集団がいるとの報告が上がった。
『人数は5人。みんな同じ格好してるヨ』
「…………ってことはひょっとして、ロケット団か?」
「ろ、ロケット団!?」
ミスミくんが青ざめる。 こんな田舎にも、マフィアの悪名は知れ渡っているらしい。
「どどど、どうしましょうアシタバさん。ヒワダに戻って警察に通報しないと!」
「いや。コガネ警察が着く頃にゃとっくにずらかってるだろう。こんなとこに来るくらいだ、下っ端も下っ端だろうが、とっちめてやらにゃ気が済まねぇ」
「え、た、戦う気ですか? 相手は血も涙もないマフィアですよ!?」
「だからだよ」
俺は静かにミスミくんを見返した。
「奴らがいる場所からぼんぐりの群生地までは目と鼻の先だ。もし荒らされてみろ、爺ちゃんのボール作りが数年はストップしちまう」
「────!」
「だからいま、ここで叩かにゃいけねえんだ。お前さんも爺ちゃんの弟子なら根性みせる時だぜ。行くぞ!」
「は、はいっ」
悲鳴じみた声を上げながら、それでもミスミくんは一生懸命着いてきた。
○○○
ガキの頃から散々巡り歩いた甲斐あって、現場にはものの数分で到着した。
木陰に身を隠し、様子を伺う。傍に控えるミスミくんは、気の毒なほど震えていた。
俺たちからおよそ30メートルほどの距離を置いて、黒ずくめの男たちが群れている。
胸には赤いRの文字────やはり、ロケット団だ。
ヒワダと同じで、いつからあるか分かりゃしねぇ古びた祠を前に、なにやら囁きあっている。
「ほ、ほ、ほんとに居た……っ」
「しー。静かに。────さてどーすっかな」
ゆっくりと腰のホルターに手を伸ばしたその時。
場違いなほど凛々しい声が耳に飛び込んできた。
「失礼。
もしや貴方たちはロケット団ではありませんか?」
「〜〜〜〜っ!?」
俺は信じがたい光景に目をかっぴらいた。
泣く子も黙り、大の大人も裸足で逃げ出すロケット団に話しかけていたのは誰あろう、空港で出逢ったあの麗人ではないか。
(な……なんだってこんなところに!?)
「あぁ? なんだテメェ」
「だからなんだってんだよ!」
お世辞にも品がいいとは言いがたい返答に、しかし麗人は臆さない。
「ああ、やっぱり。カントー、ジョウトで悪行を重ねている不逞な輩がいると聞いてはいたのですよ。
それが貴方たちのコスチュームですか。ふむなるほど、分かりやすい。こんなところで何をしているのです?
悪だくみの相談ですか?」
「黙って聞いてりゃごちゃごちゃと……っ」
団員の1人が拳を振り上げる。袋叩きにするつもりか。
慌てて茂みから飛び出そうとした俺は、次の瞬間、要らぬ心配だったことを思い知らされた。
「キラフロル!」
彼の人は敵の初撃を余裕で躱すや、見知らぬポケモンを呼び出し、光り輝く鉱石を一斉に浴びせかけたのだ。
キラフロルの攻撃は俊敏かつ的確で、生身で突っ立っていたロケット団はひとたまりもなく薙ぎ倒された。
(あれは……パワージェム!)
数少ない岩属性の特殊攻撃技だ。
凄まじい威力から察するに、青い花にも似たあの個体は、どうやら岩タイプであるらしい。
麗人はキラフロルを従え、無駄のない所作で振り向くと、まっすぐ俺たちが潜んでいる方に視線を寄越した。
「────そこの人達。姿を現しなさい」
ミスミくんの肩が跳ねる。俺の頬を一筋の汗が伝った。
誓って言うが、俺たちは物音を立てたりしていない。だのに、あの人は俺たちの存在を看破したのだ。
(腕が立つってだけじゃねえ。勘まで冴えてやがる。
やっぱ、タダモンじゃねえな)
「ミスミ。両手をあげて出ていくぞ。余計なことすんなよ。ボコボコにされたくなかったらな」
「は、はいっ」
俺たちが茂みから現れると、麗人の貌に初めて、人間らしい表情が浮かんだ。
「────あなたでしたか」
「……はい。俺です」
「念の為聞いておきますが、あなた達はロケット団ではありませんね?」
「違います」
食い気味に断言する。
相手はふっと口許を綻ばせた。
「でしょうね。あなたの瞳はテラスタル結晶のように濁りがない。悪党には持ち得ぬ眼差しです」
「てらすたる……?」
聞いたことのない名前だ。
キラフロルなるポケモンも初めて見る。
どうやら、余程遠くの国から来たらしい。
俺の困惑を見てとって、麗人はしゃなりとお辞儀した。
「改めてご挨拶を。私はパルデアのオモダカと申します。こちらに凄腕のボール職人が居ると聞いて参りました」
「ボール……」
「職人……」
────俺とミスミは、思わず顔を見合せた。
というわけで39話。
オモダカさんと再会です。
彼女の相棒ってみなさん誰を思い浮かべます?
作者はやっぱりキラフロルですねえ。人によってはドドゲザンだったりするのでしょうか。
今回ちょっと短めですみません。
よければ感想高評価おなしゃす!