パルデア。
ジョウトからは気の遠くなるほど離れている地方だ。
化石も出土しないので、これまでさしたる興味を抱いてこなかった。
たしか、地図の上からでも分かるほど起伏に富んだ地形と、肥沃な土壌、大小様々な川が複雑な気候を育んで、数多の
オモダカ──さん?(年齢がわからんから敬称つけとこう)の話によれば、近年、パルデア中に生えてきたテラスタル結晶という希少な鉱石から、とんでもない量のエネルギーを取り出せることが発見されたらしい。
もしもこのエネルギーを自在に操ることができたなら、世界の資源問題を一度に解決出来るかもしれないというのだから驚きだ。
「即座に複数の研究チームが組まれました。
わたしは、仲間と共に、テラスタルエネルギーをポケモンバトルに利用する方法を探っています。
ガラルのダイマックスのように安定して使えるようにするのが当面の目標です。────しかし」
オモダカさんはやおら鞄に手を突っ込み、虹色に輝く石を取り出してみせた。
大きさはモンスターボールよりやや小さい程度だが、渡されると見た目以上の重量で掌を圧迫してくる。
「重っ!?」
「ええ。テラスタル結晶は非常に密度が高いため、とても重たいのです。これを常に持ち歩くのは現実的ではないでしょう? そこで、エネルギーだけを抽出し、簡便に持ち運べる容器の開発を急いでいるのですが、甚だ難航しておりまして」
「そこで白羽の矢が立ったのが、
「そのとおりです」
なーるほど。
だから
俺は顎に指をあて、しばらく考えこんだ。
テラスタルエネルギーというのは生まれて初めて聞いた話だが、この人の態度に不審なところはない。
徹頭徹尾、真実だけを語っているのが伝わってくる。
(…………うん。紹介しても大丈夫、かな)
ミスミくんに頷き、出口の方を指さした。
「実はその職人っての、俺の爺ちゃんなんですよ。
よかったらこれから案内しますけど、どうです?」
「なんと!」
オモダカさんの目がぱあっと輝いた。
「まさか親類の方に出逢えるとは。
ぜひお引き合わせください」
「おっけーです。
でも逢えたとしても、作ってもらえるかは別問題ですよ? そもそも爺ちゃんでも作れない代物かもしれないし、あんま期待せんでください」
「かまいません。やれることはなんでもやっておきたいのです。パルデアの未来のために」
未来とはまたデカい話が出たもんだ。
ひょっとして、この若さでチャンピオン、とか?
いや、流石にないか。
「んじゃミスミくん、爺ちゃん家までの案内よろしく」
「えっ? アシタバさんはどうするんです?」
「おいおい。本来の目的忘れてんなよ。
俺はぼんぐり拾いに行かにゃならんでしょーが」
「あ、そうでした。元々そのために来たんでしたねー」
えへへ、と照れ笑うミスミくんから籠を貰い受ける。
「それじゃオモダカさん、また後で」
「はい。ではまた」
「お気をつけて〜」
ふたりへ背中越しに手を振り、ぼんぐりの群生地へと足を向けた。
○○○
ぼんぐりは、ジョウト地方ならそこら中に生えている低木に生る実で、私有地でもない限りはいくらでも採っていいことになっている。
ウバメの森はもちろん誰の土地でもないから、爺ちゃんのボール素材は全部ここで間に合わせているのだ。
群生地に到着した俺は、目についたぼんぐりをぽんぽん籠に投げ入れていった。
ひときわ柔らかい桃ぼんぐりと、皮が薄い黄ぼんぐり以外は、結構テキトーに扱ってもキズ1つつかないから気楽なものである。
何年ぶりかの収穫作業は存外おもしろく、籠はすぐいっぱいになった。そろそろ帰ろうかとした矢先、聞き慣れない声が呼び止めてきた。
「ちょい待ちぃな
そんな大量のぼんぐりどないするん?」
振り向けば、オモダカさんとは違うタイプの美人が立っていた。
細身の躰を刺繍ゴテゴテのジャンパーに包み、タイトなデニムを履いている。いかにもコガネを歩いてそうなチンピラスタイルだが、着ている本人がやたら美形なせいか、これはこれでお洒落に見えた。
「たしかにぼんぐりを採る量に
「あー、ええと」
「えぇとも何もないわ。はよそれ置いて立ち去りぃな。
いまならチリちゃんも見逃してやるさかい」
「いや、それは出来ねんだって」
「…………あ?」
切れ長の目がすっと細くなる。
いきなり漂い出した剣呑な空気に、俺は思わず腰のホルスターに手を伸ばした。
それを察したチリが、口の片端で笑う。
「ああ、まあそうやな。ポケモントレーナー同士、ごちゃごちゃ言わんとこれで決着つけたらええわ」
ほっそりした指が無造作にモンスターボールを投げる。
むちむちに肥えたゴマゾウが現れた。
「言うて分からんならシバくだけや!
ゴマゾウ、突進!」
青い子像が弾丸の速さで肉薄する!
どんなに小柄でも宿す膂力は強烈で、直撃したブナの木があっさり折れてしまった。
(おいおいおいおいマジかよ殺意高すぎだろ!
こんなもん生身で受けようもんなら全身の骨がグシャグシャになっちまうだろーがっ)
血の気の引く思いをしながら全力で躱し続ける。
幸い、向こうの的中率は高くない。
だが、相手が次の戦力を投入しはじめたらおしまいだ。
(そうなる前に……!)
ぼんぐり畑から充分に離れた頃を見計らい、オレンジ色のボールを放る。
「えぇい! 頼むぞオーガポン!」
「ぽにおん!」
小鬼が、棍棒片手に勇ましく吠えた。
○○○
「オーガポォン? なんやけったいなポケモンやなぁ」
言いつつ、チリが油断なく身構える。
相性不利なゴマゾウを引っ込めたり、指示を出さないところを見るに、どうやらオーガポンへの知見はないらしい。好都合だ。
そっとオーガポンに耳打ちした。
「いいか、まわりの木に技を当てるなよ。
ゴマゾウだけを狙うんだ。
お前さんの駿足で死ぬほど引っ掻き回してやれ。
出来るな?」
「ぽにっ」
オーガポンは自信満々の笑みを浮かべた。
俺も微笑み、背中をぽんと叩く。
「よし、いけっ!」
弾かれたようにオーガポンが駆け出した。
ゴマゾウは不敵な面つきでどっしりと突っ張り、その場から動かない。
(迎え撃つつもりか。なら)
「いまだ!」
接触する寸前、オーガポンが飛び上がり、子像の鼻によるアッパーを透かした。まさか避けられるとは予想していなかったようで、ゴマゾウは思いっきりつんのめった。
「そこだ! ツタ棍棒!」
「ぽに!」
「ぷわあ!」
棍棒がガラ空きの尻を強かに打ち据える。
ゴマゾウは悲痛な叫びを上げて横転した。
「なっ!?」
「そのまま
棍棒を地面に叩きつけると、下生えから伸びた蔓が襲いかかり、ゴマゾウを雁字搦めに縛りあげた。
哀れな子像はもはや、鼻もまともに動かせない。
「ぷ、ぷあー」
「っ、ゴマ!」
駆け寄ろうとするチリの前に、オーガポンが雄々しく立ち塞がった。
「ぽに!」
「……くっ!
さすが
チリが苦々しく吐き捨て、俺を睨めつけた。
「…………ん?」
まて。
待て待て待て。
今この人、俺をなんつった?
「最近ジョウトでもしちゃかちゃしよる輩が増えてるとは聞いとったけどまさかこんな森まで毒牙にかけるとはな。ほんま人間のクズやで」
「いや、あの」
「ポケモンの密猟じゃ飽き足らずぼんぐりまで独占しようって魂胆なんやろ? チリちゃんの目が黒いうちはそんなふざけた真似許さへんで!」
「あの」
「ゴマを離せやスカポンタン!」
腹の底から全力の咆哮をぶちかます。
さしものチリも全身を硬直させた。
「…………俺が? ロケット団?」
よりによって、そんな勘違いをされるとは。
腸が煮えるたァこのことだ。
「な、なんや。そんなぎょーさんぼんぐり盗るってことはそういうことやろ」
「違うわっ!
こりゃ爺ちゃんと俺がボール作りに使うんじゃい!」
「ぼ、ボール作り……じいちゃんと……?」
「おうよ。俺の名はアシタバ。
そんで爺ちゃんはガンテツだ。
さっきアンタがいみじくも口にした職人の孫だよ。
嘘だと思うなら家に来い。
本人に会わせちゃる」
「ガ…………!」
チリはみるみる戦意を失っていき、ぺたんと尻もちをついてしまった。
「…………ガンテツさんに孫がおったなんて、初めて聞いたわ」
「そりゃそうだろうな」
俺はふんと鼻を鳴らした。
何しろ5歳の時分からカントーのヤマブキ学園で寮生活を送ってきたんだ。俺の顔や正体を知るのはヒワダの老人くらいなもんである。
「家族構成なんてわざわざ言い触らすもんでもねえしな。オーガポン、そのちびっこ解放してやってくれ」
「ぽにおん」
オーガポンが棍棒の先で地面をつつくと、ゴマゾウを拘束していた蔓がしゅるしゅると解けていった。
ぴょこぴょこ跳ねる小鬼へ、労いも兼ねて好物のモモンを喰わせてやる。
チリは呆然とした体で、ゴマゾウを撫でてやっていた。
「んで? どーすんだ。来るのか、来ないのか」
「────行くで。自分の話が嘘じゃないってこと、確かめなアカンもん」
「そうかよ。好きにしな」
オーガポンをボールに戻し、踵を返す。
チリは、大人しく着いてきた。
第40話。
アシタバ、1日に2回ロケット団に間違われるの巻。
まあ初回は即座に疑い晴れてるわけですが笑
作者の癖(ヘキ)でこの時のチリちゃんはチンピラな服着てます。長身美女は何着せても似合うからいいやね。
さあ爺ちゃん家には既にオモダカさん居てますけどチリちゃんどんな反応するかな。いまから執筆楽しみです。
良ければ感想高評価おなしゃす!