「こっちこっち!」
丸い頬を赤くしながらペパーが案内してくれたのは、ハッコウシティの郊外に聳える豪邸だった。
邸の周囲をめぐる白壁は高さも長さも相当なもので、中の様子を窺い知ることは叶わない。
アローラのポータウンにも豪奢な邸宅はあったが、まったく比べ物にならないぐらい、贅沢な造りであった。
「お坊ちゃまじゃん……」
絶句する俺の腕をぐいぐい引っ張りながらペパーが黒鉄の門扉に突進する。どこかに監視カメラでもあるのか、音も立てずにするすると開いた。
「ばうっ」
庭の向こうから1頭の仔犬が駆けてくる。
いかめしい面構えだが、声色にも表情にも主を慕い甘える気持ちが満ち満ちていた。
「ただいまオラチフ!
今日はお客さまを連れてきたんだ!
アシタバさんだぜ!」
「よろしく、オラチフ」
しゃがみ、下からゆっくりと手を伸ばす。
オラチフは指先の匂いを存分に確かめてから、ぺろりとひと舐めした。
どうやら敵意はないとわかってもらえたらしい。
賢い仔犬だ。
「ほれ、レヴィも挨拶しとけ」
「んげ?」
頭上の
それがあんまり情けない声なもんだから、俺もペパーもゲラゲラ笑った。
「ご両親にも挨拶しねえとな。中にいるんか?」
ペパーはほんの一瞬言葉に詰まってから首を振った。
「いない。父様も母様も、仕事が忙しいんだ」
「……そっか。
なら、すこし騒がしくしても大丈夫だな?」
「え? う、うん。それは、いいけど……」
「よおし、みんな出てこいっ!」
腰のホルスターからボールを抜き取り、すべて空中に放りあげる。
美しく刈られた芝生の上に、俺の仲間が勢揃いした。
「わあ…………!」
少年の瞳が輝きだす。俺は得意満面に紹介していった。
「俺の頭から離れないこいつはレヴィアタンってんだ。
言いにくいだろうからレヴィでいいぞ」
「げるる」
オラチフに舐められて毛羽立った胸元を毛繕いしていたレヴィがふんと胸を張る。
なんだよお前、普段そんなに綺麗好きじゃないだろ。
「こっちはアマルスのゴーシェナイト。
雪みたいに白いだろ? ヒレの化石から復元したんだが、色違いの個体なんだ。
ちっこくても勇敢な戦士なんだぜ」
「りう!」
金色のヒレを震わせ、ゴーシェがお辞儀する。
ペパーもぺこりと頭を下げた。
「ほんで、こいつはヌメラのメルティ。気位の高いお姫様だから不用意に触るなよ。触手でおしおきされちまうぜ」
「めぇ」
メルティは面倒くさそうに一瞥をくれ、俺に向かって頭を撫でろと額を押しつけてきた。触手をむにむに揉んでやると、めぇえと鳴きながら溶けていく。
ペパーは目を丸くしていた。
「こっちはサーフゴーのフーゴ。見ての通りお調子者だ」
『ヤーヤー! さっきぶりだネ!』
ハイテンションなフーゴに、ペパーも顔を綻ばせた。
「すごいな!
人間の言葉を話せるなんて、不思議ちゃんだ!」
「人と長く過ごしたり、めちゃくちゃ長生きする個体は人語を操ることもあるんだとさ」
「へえ……!」
ペパーにまじまじと見つめられ、フーゴは『いやぁん照れるゥ』と身をくねらせた。
「よふ」
「わ、この子はちっちゃいな」
「ほんとはめちゃくちゃデカいんだぜ。竹子ってんだ」
「たけこ」
「よふ」
ペパーの言葉に、
いまはペパーと同じくらいの背丈に縮んでもらっている。等身大を見せる時は多分来ないだろうが、見たら腰抜かすんだろうなあ。
「ほんで、彼女はクチートのヘリオドール。可愛い見た目だけど怒ると怖いから失礼のないようにな」
『ふん』
腕組みしたヘリオドールが鼻を鳴らす。
その影からサマヨールが躍りでた。
『やあやあお初にお目にかかりますぞ!
拙者はクチート様に永遠の忠誠を誓った下僕にござりまする! 以後お見知り置きを』
「お、おお。よ、よろしく」
呆気に取られるペパーの手をブンブンと握りしめてから、サマヨールはさっさと影に戻って行った。
いわく、『日光は闇の住人には眩しすぎますぞ〜!』ということらしい。自由な奴だ。
「ぽにおん!」
「おわっ! いきなり飛びつくなオーガポン! まだ紹介の途中だろ? …………ってなわけで新入りのオーガポンとガチグマだ。ニックネームは考え中」
「がう」
「ぽに〜」
俺に抱きつきながらオーガポンが愛想を振り撒き、ガチグマも一声吠えた。
そして、みんなの後ろに控えていた相棒を手招きする。
「そんで最後。こいつが俺のいちばん古い相棒だ。名前はカブルー。仲良くしてやってくれ」
「ぎしゅ」
オラチフは律儀に一体一体の匂いを吸いこみ、小さな舌で舐めていった。メルティだけは舐められるのを嫌がったが、まあ、この粘液はちょっと毒性があるし、むしろ舐めない方がよかろう。
全員の顔見せが終わると、ペパーは急ぎ足で屋敷に向かった。
「大急ぎでサンドイッチの準備してくる!
今日はいい天気だから庭で食べよう!」
「1人じゃ大変だろ、手伝うぞ」
「ありがとう! そしたら玄関横のクローゼットにシートと椅子があるから用意してくれ!」
「まかせろ! カブルー、俺がいない間の監督頼むぜ」
カブルーが頼もしく頷いた。
俺の見たところ、
さっきも抱きついてきたオーガポンをめちゃくちゃ睨みつけてたし。
またあいつらが本気で暴れたら、今度は冗談でなく死人が出る。
(仲良く……とまではいかずとも、せめて喧嘩のタネは減らしたいよなぁ)
その為には、ふたりに似合いのパートナーを見つけてやるのが手っ取り早いか。
さて、どんなポケモンなら眼鏡にかなうだろう。
「願わくばパルデアにいるポケモンでありますように。
そんで、あんまレアポケじゃありませんように」
独りごちつつ、ピクニックに必要な道具を運び出した。
○○○
ペパーの料理は想像以上に美味かった。
ぱりっと焼いたパンに、卵や塩漬け肉、アボカドなんかをふんだんに使った具だくさんのサンドイッチが数種。
コールスローとフルーツの盛り合わせ。なんとコンソメスープまで保温ジャーに入れてくるという、たった30分で仕上げたとは思えないボリュームに、俺は舌鼓を打ちつつ戦慄した。
とんでもない家事スキルの持ち主である。
「具を挟んだだけだし、スープはコンソメキューブ溶かしただけのインスタントだよ」
とペパーは言っていたが、断言しよう。
俺に同じもてなしは出来ない。絶対。
出前頼んじゃうよ、この人数なら。
盛りつけも味つけも、齢8歳の子供が作ったとはとても思えなかった。好き嫌いの多いメルティが3回もおかわりしたのだから、その凄さが知れよう。
だが俺がそれ以上に気になったのは、食事中にペパーが漏らした何気ない一言だった。
「誰かと食べるの、久々だな」
聞かせようとしたわけじゃない、つい口から出てしまった独り言という印象だったから聞こえないふりをしたけれど、強烈な違和感を覚えずにはいられなかった。
(久々……って、親御さんはこんな幼い子供を放ったらかしにしてんのか?)
俺の子供時分のように寮生活をしているならいざ知らず、普通なら毎日毎晩家族揃って食卓を囲むものなんじゃないのか。
一体、どんな仕事をしてる人たちなんだろう。
ペパーに聞いても、なにかの研究をしていることしか分からなかった。
(科学者か研究員か……いずれにせよ、親御さんが居るか訊いた時、ちっとばかしペパーの瞳が潤んだのは、あながち見間違いでもないようだな)
よそのご家庭の事情に軽々しく首を突っ込むものでないのは百も承知だ。
古今東西、対人関係の基本的なマナーだろう。
だけど、どうにも胸がモヤモヤする。
そこにポケギアが着信を告げた。
発信元は──オモダカさんだ。
ペパーに目顔で断りを入れ、通話ボタンを押す。
「はい、アシタバです」
『オモダカです。無事に到着されましたか?』
「ええ、何事もなく。待ち合わせは明日でしたよね?」
『はい。明日お昼の12時に、ハッコウシティまでお迎えにあがります。場所は後ほどメールします』
「わかりました」
それで通話は切れた。
傍らで、会話の邪魔にならないよう静かに待っていたペパーへ振り向く。
「…………なあ、ペパー」
「なに?」
「お前さんさえもし良かったら、今日ここに泊まっていってもいいか? ほんと、迷惑じゃなければさ」
「え…………」
きょとんとしていたペパーの顔が、みるみる生気を帯びた。
「とっ、泊まるの!? ここに!?」
「嫌か?」
「嫌じゃない!」
ブンブンブン、と首が千切れそうなほど横に振って、ペパーは喜色満面に飛び跳ねた。
「アシタバさんなら大歓迎だぜ! なあなあ、晩御飯は何食べたい!? オレが作れるものならなんでも作るよ!」
「いや今飯食ったばっかだから思いつかねって!」
そう制しても、興奮しきったペパーの耳には入らず、作れるメニューを片っ端から挙げはじめたのだった。
というわけで43話。
いまいちど、現アシタバパーティの説明も兼ねてのお話でした。アローラ編でグッと増えましたからね〜。
新米たちにはやくニックネームつけてあげたい……涙
次話からちょっと不穏な空気になるかも?
よければ感想高評価おなしゃす!