パルデアの大穴は禁足区域というだけあって、手つかずの自然が広がっている。
心なしか、空気の純度も高い。
しかし俺は、美しい風景を味わう間とてなく、大穴の洗礼を浴びていた。
というのも、多種多様なメンツが一斉に、群れを成して襲いかかってきたのだ。
一例を挙げよう。
モルフォンが猛毒の鱗粉を撒き散らし、ウルガモスが灼熱の炎を浴びせてくるかと思えば、鋼のボディのアーマーガアが殺人的鉤爪で俺を切り刻もうとする。
間一髪で躱したそばから、リキキリンに踏み潰されそうになるし、キョジオーンの塩漬けでリュックをダメにされかけた。
挙句の果てには、テラスタル化した陸鮫の王ガブリアスが参戦するというカオスっぷりである。
ところがそんな猛攻を、新参のガチグマはたった1体で凌いでみせた。
俺はもちろん他の手持ちも出すつもりでいたのだが、ガチグマ本人に目顔で制されたのだ。
『邪魔をするな』
あの隻眼は、確かにそう語っていた。
そして実際に、かすり傷ひとつ負うことなく、全ての群れを撃退したのである。
特に凄かったのがガブリアス戦だ。
ドラゴンの結晶を冠したガブリアスに何度斬られても、ガチグマの分厚い毛皮は小揺るぎもしなかった。
それどころか、砂漠の帝王と恐れられる竜族をたった2回の殴打で叩きのめしたのだから恐れ入った。
アローラで仲間に迎えてからこっち、バトルに出す機会がなかったが、よもやここまで強いとは。
ひょっとしたら、
(こんなんを従えてたオーガポンってどんだけ凄ぇんだ…………)
内心冷や汗をかきつつ、労いのポロックを差し出した。
「サンキュな。
まさかみんな倒しちまうとは思わなかった」
「げぅるる」
頭上の
ガチグマは、大したことないと言わんばかりに鼻を鳴らし、ポロックを咀嚼していた。
ポケギアで地図を開く。
目的地の第2研究所まではまだまだ遠い。
いっそ
ここはやっぱり、地道に歩いていった方がいいだろう。
「また敵が来たらよろしくな」
「がう」
野太い一声が、この上なく頼もしかった。
〇〇〇
第3研究所の近くでムクホークの背から降りたアオキは、ネクタイを緩めつつ、素早く辺りに視線を走らせた。
やけに静かだ。
野生のポケモンたちはみな、木や岩の陰から遠巻きにこちらを窺うばかりで襲ってこようとはしない。
好戦的な彼らにしては珍しい振る舞いだ。
動くものといえば、空中を浮遊するキラフロルぐらいのものだった。
キラフロル。
言わずと知れた、パルデアリーグの
当初、リーグ職員の中には、彼女を頭に据えることに反対する者も多かったという。
若すぎるというのが主な理由らしい。
けれども、彼女はそうした意見を真っ向から捩じ伏せるようにして、次々に改革を断行した。
まず手始めに、世界的な常識となっていたジムの順番制を廃止した。
トレーナー自身が己の力量や手持ちに合わせて、挑戦するジムを自由に選べるようにしたのだ。
パルデアが誇る学術機関・オレンジアカデミーにも、リーグを通して多額の出資をし、人的支援を行った。
なによりも彼女が注力したのは人材の登用だ。
優秀な人間であれば、出身年齢性別前歴を問わず、柔軟に、貪欲に掻き集めた。
かくいうアオキも、トップになったばかりのオモダカにスカウトされた人間の1人である。
昔、彼女に訊ねたことがある。
貴女は、チャンピオンという存在をどうあるべきだと考えているのか?
オモダカは答えた。
パルデアのトレーナーを、バトルを、もっともっとレベルアップさせていく、そのための礎にして後押しする存在になりたい……と。
『ヒトもポケモンも可能性に満ち溢れた存在です。
その上限は遥か見果てぬ先にある。
…………いえ、ひょっとしたら、限界なんてないのかもしれない。
私はね、アオキ。
自分を含めた人間がどこまでいけるのか、確かめてみたいのですよ』
────恐ろしいひとだ。
同時に、面白いとも感じた。
彼女が焦がれる景色を、自分も見てみたいと思った。
今回の件。
対応を誤れば、未だにオモダカに否定的な一派がここぞとばかりに責め立て、最悪、辞任を迫るだろう。
それは己の望むところではない。
早急に、テラスタルポケモンが溢れ出た原因を突き止め、対処しなければ。
研究所に向かって歩みかけた足はしかし、いくらも行かずに止まってしまった。
行く手に漂う強烈な殺気を嗅ぎとったのだ。
何者かが、研究所の裏に潜んでいる。
「…………どなたです」
身構えながら声をかけた。
横にいるムクホークが臨戦態勢に入る。
果たして。
「────!?」
のそりと現れたポケモンに、アオキは珍しく動揺を露わにした。
〇〇〇
「ありがとう、ドラパルト」
霊龍の顎を撫でてやりながら、オモダカは周囲を油断なく見回した。
第4研究所の近くまで来ると、辺りの様相はがらりと変わる。
上層階にあるような草も木も水もここにはない。
土が栄養を失い、黒く硬質化してしまうからだ。
代わりに、途方もなく大きなテラスタル結晶が無数に突き出た、天然の迷路が広がっている。
野生ポケモンたちの姿もまばらだ。
ここにいるのはもっぱら、黒土からも養分を摂取できるノコッチ族やキラーメ族ばかりである。
オモダカは手帳を広げ、自作の地図を確認しながらラボへの道を進んでいった。
────3手に別れたときから、オーリム博士たちが居るならきっとこの第4研究所だろうと思っていた。
彼らは研究を進めるほどに、下層へと拠点を移していた。最下層に構えた施設が最も広く、置いてある資料も豊富である。わざわざ上に運ぶとは考えにくい。
それにたしか、リーグ本部に提出された設計図によれば、第4研究所がいちばん堅牢な造りになっているはずだ。たとえテラスタルポケモンが跋扈していたとしても、その中なら身の安全は保証される。
だから、第4にいる可能性は高いと踏んだ。
テラスタル研究はまだまだ発展途上の分野、2人には是非、今後も仕事に精を出してもらわねば。
「無事を祈りましょう。訊ねたいこともありますし、ね」
ドラパルトが相槌を打つようにくるると喉を鳴らした。
オモダカもテラスタル研究部門の一員として、テラスタルに関する報告書には全て目を通している。
無論オーリム夫妻の論文も読破済みだ。
そのなかで、どうしても分からないことがあった。
すなわち、彼らが求めているものはなんなのか……ということである。
テラスタル結晶に秘められた膨大なエネルギーを抽出し、利用する手段を確立することはパルデアの研究者の悲願だ。みな、それが達成できた際の科学の
そのことがやけにひっかかる。
まるでうまく飲み下せない小骨のように。
「楽園……」
以前オーリム博士は言っていた。
我々はいつか、《楽園》を築くのだと。
楽園とはなんなのか、そこははぐらかされてしまったが…………
今回のテラスタルポケモン大量出現の件といい、息子のペパーが連絡をとれなくなった件といい、なんだかひどく嫌な予感がする。
「取り越し苦労ならいいのですが」
その時、ドラパルトの長い尾がそっとオモダカの腰に巻きついた。
止まれの合図である。
オモダカは逆らわず、その場に立ち止まった。
不意に、ドラパルトが上に向かってドラゴンアローを発射した。2匹一対のドラメシヤ達が高速で空中を駆け抜けていく。
オモダカたちの真上に位置する岩に激突し、爆発した。
「────っ」
爆発の直前、オモダカは確かに見た。
巨大な影がそこから飛び降りるのを。
影は周囲の柱石や岩を巧みに跳び移り、オモダカたちの面前に着地した。
まず目に入ったのは、棘のついた盾の如き頭の飾りだ。太く逞しい四肢を地につけ、恐ろしい唸り声を発している。毛色や顔立ちは、稀にジョウトで目撃されるエンテイに似ていなくもない。
ドラパルトの尾がオモダカから離れる。
射出されたドラメシヤが帰ってき、ドラパルトは低い前傾姿勢を取った。
本気で戦う時の構えだ。
オモダカは唇を引き結び、邪魔にならない位置まで後退した。
腰に下げたトランシーバーがひび割れた音声を鳴らす。
アオキの声だった。
『こちらアオキ。見慣れないポケモンと交戦中。
ライコウのような毛並みをしていますが恐ろしく長い首の持ち主です。タイプは恐らく電気系。どうぞ』
次に、アシタバから連絡が入った。
アオキよりも冷静さを欠いた声をしている。
『こっ、こちらアシタバっ!
なんか、毛がもじゃもじゃのスイクンみたいなやつが現れましたっ。とんでもない水流ぶっぱなしてきますっ。
おあーっ!』
「…………」
オモダカはとん、とこめかみに指を当て、速やかに思考を巡らせた。
三者三様、それぞれエンテイ、スイクン、ライコウに似て非なるポケモンと交戦している。
これは……偶然なのだろうか?
嫌な予感が加速度的に増していく。
オモダカはキラフロルを呼び出し、ドラパルトと共に
『こちらオモダカ。
私の前にもエンテイのようなポケモンが現れました。
ヘザーのスカーレットブックによれば、それぞれタケルライコ、ウネルミナモ、ウガツホムラと記載されていたと記憶しています。以降はこの名称を用いましょう。
ではこれより、ウガツホムラと交戦に入ります』
言葉が分かったはずもないだろうが、ウガツホムラが雄々しく咆哮した。
というわけで48話。
3人とも古代パラドックスと交戦します。
実はこれが書きたくてバラけさせました。
みなさんはこの古代3犬だれが好きですか?
アオキさんのオモダカさんに対する気持ちとか、オモダカさんの夢とかはガンガンに捏造です。作者のヘキ丸出し。
でもオモダカさんてこういうとこありそう。
ウマ娘で言うとアグネスタキオン的な。
よければ感想高評価おなしゃす!