ルギア、拾っちゃいました。2   作:じゅに

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第52話 最期の願い。

 

 

 

 

 ツバサノオウに総攻撃を仕掛け、巨大な暴龍が動かなくなってから、どれだけの時間(とき)が経っただろう。

 ヘドロの悪臭漂うなか、もしやまだ動くのではないかと怯えながら待つ時間は、たった十数秒であっても気が遠くなるほど長く感じた。

 

 ようやく、完全に気絶しているのだと確信した瞬間。

 

「…………っぶはぁ!」

 

 俺は、滝汗をかきながらその場にへたりこんだ。

 

「つっ、強すぎんだろマジで……!

 こんなん伝説級だろうが!」

 

 思い出すだに手が震える。

 チーム全員が力を合わせなきゃ、誇張なしに、俺たちみんなくたばってた筈だ。

 

 腕の中のヌメラ(メルティ)がめぇめぇ鳴いている。

 勝ったのだから喜べと言いたいらしい。

 楽観的というか図太いというか…………

 

「言っとくけどお前もけっこう今際の際だった(ヤバかった)んだからな? オウがヘドロに紛れたお前を踏み潰す可能性だってあったんだぞ」

「めぇん」

「でも生きてるし、じゃねーよ。結果論だっての。

 ……まあでも、頑張ってくれてありがとな。

 お前さんの力がなけりゃトドメを刺せなかった」

「ぬん!」

 

 そうだろうそうだろう敬え崇め奉れ、と言わんばかりに触手を擦りつけてくる。

 もにもにぐにぐに揉んでやりながら、集まってくるみんなを見回した。

 

「はは……ボロボロだな」

 

 先鋒を務めてくれたカブトプス(カブルー)クチート(ヘリオドール)、そしてウネルミナモは全員もれなく満身創痍だ。

 

 カブルーの甲鎧はそのほとんどが剥がれ落ちて、中の痩身が剥き出しになってしまっている。

 

 ヘリオドールは平気そうな顔をしているが、おもいっきり地面に叩きつけられた衝撃は決して軽くないらしい。

 背中を痛めたようで、歩く姿勢がぎこちなかった。

 

 ミナモは殴りつけられた片目が真っ赤に充血して、見るからに痛そうだ。

 

 リュックに入れていた薬をありったけ使って手当てする。オーリム博士たちを見つけたら、すぐにポケセンに連れていこう。

 

 小さく縮んだテッカグヤ(竹子)がおずおずと近づいてきた。

 臆病な竹子にとって、暴力の化身みたいなやつの傍を飛ぶのは心底恐ろしかったろう。そっと頭を撫でてやる。

 一緒に歩いてきたオーガポンのほうはあっけらかんとしたものだが、同じように撫でるとくすぐったそうに破顔した。

 

「んげる」

「お、戻ってきたな」

 

 ぺたぺたと音を立ててルギア(レヴィアタン)が歩いてくる。

 本当の姿で戦わせたのはいつぶりだろうか。

 実に満足げな表情をしていて思わず笑ってしまった。

 

「お前は薬いらなそうだな。なによりだ。

 ……えーと、サマヨールはいるか?」

『……お、おりますぞ』

 

 ヘリオドールの影から現れたサマヨールに、第4研究所へのルートを訊ねてみた。

 幸い、このすぐ近くらしい。

 みんなをボールに入れて立ち上がる。

 

「うし。道案内たのむわ」

『そ、それはよいですが……

 後ろの御仁は捕まえないので?』

「いい」

 

 もう充分すぎるほど仲間がいるし、これ以上手持ちを増やしてもいたずらに負担を抱えるだけだ。

 それに、きっとオウのほうも、群れることは望まないだろう。そう答えると、サマヨールは気まずげに視線を逸らした。

 

『……そう、でござるか』

「──? なんだよ、やけに元気ないじゃんか」

『いやあ……さすがに今回はアシタバ殿に愛想を尽かされたと思ってましたのでぇ……いつも通りのテンションでこられると逆に肩身が狭いと申しますか』

「んあ?」

 

 意味がわからず小首を傾げると、一つ目幽霊はぱたぱたと手を振った。

 

『あれだけのバトルに我輩だけ一切参加しませんでしたしおすし。さぞご立腹だろうなと』

「ああ、そんなことか。だってお前、バトル嫌いだろ?」

『へ……』

 

 サマヨールが目を丸くする。

 

「前にヘリオドールが戦いの腕はからっきしって言ってたけどさ、それってたぶん、弱いんじゃなくて、戦ったり争うこと自体が嫌なんだろ? 違うか?」

『お、お察しの通りでござる』

「なら、いくら仲間だからって当人が嫌がることはさせられねえよ。それに、こうして別のとこで力を貸してくれてんじゃん。だから引け目を感じる必要なんかねーかんな」

『…………』

 

 赤い瞳を潤ませるサマヨールの背中をぽんぽんと叩き、先を急ぐ。行く手に、第4研究所の屋根が見えていた。

 

 

 〇〇〇

 

 

 第4研究所はこれまで見てきたラボのなかで最も大きい建物だった。

 正面に設けられた短い階段の真横にコントロールパネルが設置されている。

 インターフォンがあるので押してみた。

 

 ピンポーン…………

 

 くぐもった呼出音が大穴に虚しく響いていく。

 反応はない。

 もう一度押してみようと指を伸ばしたところで、無機質な音声が返ってきた。

 

『誰だ?』

 

 女性の声だ。

 きっとこの人がペパーのお母さんだろう。

 

「突然すみません。俺、アシタバって言います。

 オモダカさんからテラスタルポケモンが暴れてるって聞いて調査の手伝いに来ました。

 それから、ペパーがご両親と連絡が取れなくて不安がってて……えと、中に入れてもらうことって出来ますか?」

『ペパーが…………承知した。いま開ける』

 

 扉がするすると開いていく。

 おじゃましますと言いながら1歩入った途端、漂う異臭に顔をしかめた。

 

(なんだ、ここ……すげぇ血なまぐさい……!)

 

 明らかに、ここでなにかが死んだようなにおいだ。

 遅れて気づく。

 例の四本爪による斬撃痕が、そこかしこに刻まれていることに。

 

「…………!」

 

 まさか、まさか、まさか。

 脳裏をよぎった最悪の想像に、吐き気を催しながら奥へと急ぐ。

 

 そうして辿り着いたのは、中央制御室というプレートが掲げられた部屋だった。

 

 円形の広々とした作りに、所狭しと機械や書類が並んでいる。これまで見てきた研究所と違うのは、埃が積もっておらず、紙も真新しいものが目立つところか。

 

 衝立の裏でパソコンを操作していた女性が振り向く。

 意志の強そうな眉と黄褐色の髪が、まさしくペパーにそっくりだった。

 

「お、オーリム博士ですか」

「……そうでもあるし、そうではないとも言えるな」

「へ?」

「私のことを語る前にまず確認したい。

 君はペパーの何だ?」

「……友達、です」

「友達」

 

 オーリム博士は二、三度瞬いて何事か呟いたあと、踵を返した。

 この部屋で1番大きな扉の前に立ち止まり、俺を見つめてくる。

 

「あの子の友人ならば、伝えて欲しいことがある。

 こちらへ」

「……はい」

 

 有無を言わせぬ圧力を感じ、俺は素直に従った。

 ドアが音もなく開く。

 中はドーム状になっていて、中央制御室の2倍はありそうな広さと高さがあった。

 

 その、部屋の真ん中に。

 誰かが仰向けに倒れていた。

 

 異臭がひときわ強くなる。

 

 俺は自分の見ているものが信じられず、絶句した。

()()は──その人は、ボロボロの白衣を纏った()()1()()()()()()()()()だった。

 

 後ろから、最初のオーリム博士が入ってき、扉を閉めた。

 

「改めて紹介しよう。

 私はオーリム博士の知識と記憶を引き継いだ生体ロボット。向こうにいるのがオリジナルのオーリムだ。

 

 オリジナルは4時間前に死んだ」

 

 彼女の声は、どこまでも恬淡としていた。

 

 

 〇〇〇

 

 

「…………は……? ろぼ、っと……?」

 

 後頭部を酷く殴られたような衝撃だった。

 考えが上手くまとまらない。

 目の前の現実が受け入れられない。

 

 死んだって、どうして。

 ペパーがあんなにも会いたがっていたのに。

 

「……っ、ふ、フトゥー博士は? ペパーの父さんは?」

 

 この答えも、無慈悲なものだった。

 

「彼は36時間前に亡くなった。

 ツバサノオウを呼び出した際に攻撃を受けたのだ。

 死骸は余すことなく喰われていた」

「そん、な」

 

 かく、と膝から力が抜ける。

 じゃああいつは、あんな小さいのに独りぼっちになっちゃったのか。もう二度と、親子そろって食事することすらできないのか。

 

「〜〜〜〜っ」

 

 胸を掻き毟る。

 声にならない声が喉を締めつけた。

 ロボットは呆然とする俺を素通りし、遺体のそばに跪くと、なんなく持ち上げた。

 がくん、と力なく垂れる首が恐ろしくて、どうしても直視できなかった。

 

「アシタバよ。埋めるのを手伝って欲しい」

 

 とんでもない頼みに、俺は必死で首を振った。

 

「ま、待ってくれよ。埋める?

 地上にはペパーが待ってんだぞ!

 連れて帰らせてくれ!」

 

 どんな姿であろうと、唯一の家族が待っている家にせめて骨だけでも届けてやりたい。

 

 けれど、オーリムロボットの返答は冷たかった。

 

「それは出来ない」

「どうして!」

「この地で朽ちるのが彼女の希望だからだ。

 いま、最期の言葉を再生しよう」

 

 ロボットは瞼を閉じ、キュルル、と何かを巻き取るような音をさせてから語りはじめた。

 これまでの静かな喋りとはまるで違う、息をするのも苦しげな音声が流れだす。

 

 ────生前の肉声だと気づいて、背筋が凍った。

 

 

 〇〇〇

 

 

 ……これを聞く者が誰で、いつ現れるのか、皆目見当もつかないが……誰かに届くことを願って(のこ)しておく……。

 

 ……私はオーリム……パルデアの学者だ……。

 夫のフトゥーと共に、何年にも渡ってこのゼロの大穴で研究してきた……。

 

 研究内容は……テラスタルエネルギーの活用法と……時空移動理論の確立だ……。

 

 調査の結果……。

 

 テラスタル結晶には莫大なエネルギーが眠っており、それを使えばどんなに遠い未来にも……過去にも……旅することが可能だとわかった……。

 

 そして……。

 

 細胞組織とテラスタル結晶を融合させれば……不老長寿の肉体になれることも判明した……。

 

 わたしは……私たちは……いきたかった……。

 

 なんとしても……タイムマシンを完成させたかったのだ……。

 

 息子と一緒に……家族3人で……様々な時代のポケモンを呼び寄せ…………。

 

 老いることも……病むこともない……完全な体で……いつまでも楽しく暮らしたかった……。

 

 それこそが……《楽園》だと……信じていた……。

 

 ────あぁ…………

 

 目が霞む……。

 

 まさかあんな化け物が来るなんて……。

 

 ……フトゥー……。

 

 すまない……。

 

 あなたは何度も……地上で暮らそうと言ってくれていたのに……。

 

 わたしは……わたしの研究が実るのをどうしても見届けたかった……。

 

 いま……わたしの胸には後悔しかない……。

 

 もっと……ペパーと……過ごせばよかった……。

 

 どうして……どうしてわたしは……。

 

 

 

 ……これを聞いている人へ……。

 

 …………わたしの最期の我儘だ……。

 

 恐らくわたしの死体は、死後数時間を経て完全な結晶になるだろう……。

 

 ペパーは賢い子だから、きっといつか……この大穴にも来てしまう……。

 

 あの子に……そんな姿は見せたくない……。

 

 だから……。

 

 これを聞いた人は……もしも人型の結晶を……わたしの成れの果てを見つけたら……。

 

 

 

 壊してくれ……。

 

 

 

 頼む…………頼む………………。

 

 

 

 ……ペパー…………。

 

 

 

 ……こんな母親で……。

 

 

 

 

 ……ご……め………………。

 

 

 

 

 〇〇〇

 

 

 ────遺言は、そこで終わった。

 オーリムロボットが後を継ぐ。

 

「地中に埋めてしまえば、人型の結晶であることは分かるまい。だから埋葬を提案した」

 

「…………」

 

「あと1時間ほどで、結晶化が完了する」

 

「…………」

 

「どうする」

 

「……どうする、って……」

 

 震える拳を握りしめる。

 もう自分が怒っているのか悲しんでいるのか、何も分からないぐらいぐちゃぐちゃだった。

 

 ペパーに、なんて言えばいい。

 お前の父ちゃんも母ちゃんも死んでいたが。

 その骨すら持って帰れなかったと伝えるのか。

 どの面下げて? 

 

 

「……っ! ……っ! ……っ!」

 

 

 固い床を何度も何度も殴りつける。

 すぐに皮膚が破けて、血に染った。

 けれど、みるみる治っていく。

 それが死ぬほど悔しくて、おぞましくて、殴り続けた。

 

 不老長寿の体になりたかった? 

 

 こんなもんの何がいい! 

 死ねない体の、老いることのできない人生の、何がそんなに欲しかったんだ! 

 

 

「馬鹿野郎……っ」

 

 

 

「馬鹿野郎ぉおおお!」

 

 

 

 オーリムロボットの足元で、俺は、声が枯れるまで慟哭した。

 

 

 そうすることしか、できなかった。

 

 

 

 

 

 




というわけで52話。
残念ながら、オーリム救出は叶いませんでした。

ゲーム本編では、オーリムたちが望んでいたものが何だったのか。楽園とは何を指すのか曖昧なままエンディングを迎えます。
DLCのてらす池イベントでその片鱗が伺えますが、作者はこんな風に味付けしてみました。

パルデア編も終わりが近づいています。
果たしてアシタバは父母の死をペパーにどう伝えるのか。
テラスタルオーブを完成させることはできるのか。

いましばらく、お付き合いください。
よければ感想高評価おなしゃす!
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