ひょんなことから出会った青年・アシタバと旅を続けて1週間。私たちはようやくヒャッコクシティに到着した。
「な、長かった……」
げんなりしながら吐息すると、
「流石にくたびれたな」
アシタバも、疲れの滲む声で頷いた。
当初の予定よりも時間がかかったのは、道行く人たちにしょっちゅうバトルを申し込まれたからだが、その原因は彼の手持ちにあった。
驚いたことに、彼は世にも珍しい色違いのアマルスを育てていた。どこからかその噂が漏れて、ひと目見ようとする物見高い近隣トレーナーを呼び寄せてしまったのだ。
珍しいポケモンと戦ってみたくなるのはトレーナーの性だ。アシタバにもその気持ちはわかるようで、時間と体力の許す限り試合に応じていた。
時には、私たちでタッグを組んで2vs2のバトルをすることもあった。
数多のバトルを通して新たに発見したことがある。
アシタバは──なんというか、消極的な戦い方をする人間だった。
アマルスが弱点属性の多い岩・氷タイプということもあるのだろうが、自分から攻めようとはせず、相手の攻撃を受け流し、体勢を崩したところを氷漬けにして行動不能にする、というのがおきまりのパターンだった。
それが悪いとは言わない。
けれど、もっと多彩な動きも出来るはずだ。
実際、アマルス本人もチラチラとアシタバを物言いたげに振り返っていたし、この戦法を気に入っていないのは誰の目にも明らかだった。
(虫タイプも苦手な対面が多い子達だから参考になるかと思ったんだけどな……)
ウネルミナモとかいう巨大なポケモンを従えるほどの腕前なのだと、買い被りすぎていたのかもしれない。
正直、落胆は拭えなかった。
それでも挑戦者はひっきりなしにやってくる。
結果、ズルズルと到着が延びたというわけだった。
ヒャッコクの石畳を歩きながら、隣を横目で見やる。
いつどこで、色違いの化石ポケモンやウネルミナモたちをゲットしたのだろうか。
きっとそこには、沢山のドラマがあったはずだ。
聞いてみたい。
根掘り葉掘り質問責めにしたい!
でも彼は過去の出来事を聞かれると酷く悲しそうな顔をする。どう切り出せば、彼を曇らせることなく話を引き出せるだろう?
そんなことをつらつら考えながら歩いていたせいで、角を曲がった途端、向こうから来た人とおもいっきりぶつかってしまった。
「おっと!」
「きゃっ、す、すみません、大丈夫ですか?」
「ああ、心配ない。そちらは?」
「わたしも大丈夫です」
答えながら、おもわず見蕩れてしまった。
相手は、どこか妖艶なかおりのする美女だった。
褐色の肌に藍色の髪をくくり、デニムジャケットを羽織っている。
歯切れのいい物言いが、ある種の威風を漂わせていた。
そんな彼女が、私の後ろに視線を送るや、きょとんと目を丸くした。
「──そこにいるのはもしや、アシタバか?」
「えっ」
おもわず振り返ると、アシタバもまた、驚きをあらわにしていた。
「れ、レホール先輩!?」
〇〇〇
立ち話もなんだからと近くにあったカフェに入り、人数分のココアを注文した。
実はアシタバは結構な甘党である。
コーヒーを飲むときも、ミルクは足さないくせに砂糖を3杯も入れるのだ。
いっそ甘いものを頼めばいいのにとずっと思っていた。
案の定、ココアが運ばれてきた時、ほんのり嬉しそうにマグを握ったので、
(分かりやすい……)
笑いを噛み殺しながらレホール女史に話しかけた。
「あらためて自己紹介を。わたしはビオラ。
ハクダンシティ出身です」
「レホールだ。いまはジョウトのキキョウシティで考古学を学んでいる」
「キキョウっていうと……
もしかして、キキョウアカデミーですか?」
「ほう、知ってるのか」
「もちろん! とっても有名な大学ですもの。
え、じゃあアシタバくんともそこで?」
「ああ、ゼミの後輩だ」
「すごい! アシタバくん頭いいんだ!」
私が賞賛すると、アシタバは「いや別にそんな」と何やらモゴモゴ言いながら目を逸らした。
レホールが後輩を見やる。
「なんだ貴様。自分の所属も話してなかったのか」
「……まあその……わざわざ言うことでもないかと思ったので」
「────ふむ」
レホールは、形のいい指で顎をさすってから唐突にこう言った。
「貴様ら、この後なにか予定はあるか?」
「え、あ、ヒャッコクの日時計でも見に行こうかと」
「後にしろ」
「えっ」
「可愛い後輩と久しぶりにバトルしたくなった」
「「えっ」」
私とアシタバの驚きが重なった。
「勘定を済ませておいてやる」
言うや伝票を引っ掴み、さっさとレジに向かってしまった。止める暇もあらばこそ。
私たちは慌ててココアを飲み干し、後を追った。
〇〇〇
ポケモンセンターの敷地内に設けられたバトルコートに、アシタバとレホールが向かい合った。
「ルールは3vs3のシングルバトルだ。いいな?」
「……はい!」
快活な返事だが、その
苦悩を無理やり押し殺している人特有の顔つきだった。
「ではビオラ。
「任せてください!」
親指を立てて快諾する。
アシタバが心配ではあるけれど、彼女がどんなポケモンを育てているのか興味が尽きない。
カメラを構えたくて両手がうずうずした。
必死に堪えて宣言を下す。
「それでは──バトル、スタートっ!」
「歴史を刻め、ネオラント」
「カブルー、頼んだ!」
レホールがネオラントを、アシタバはカブトプスを繰り出した。いずれも水タイプ、有効打に欠ける対面である。
しかしカブトプスには岩技もあるし、両手の鎌を使った斬撃も得手とする。てっきりカブトプスから仕掛けるかと思いきや、アシタバはやはり、攻めようとしなかった。
レホールも不審に感じたのだろう。
挑発まがいの声を浴びせる。
「どうした!
しばらく会わないうちに引っ込み思案になったか?
来ないならこちらから行くぞ!」
ネオラントが、後方から吹く風──追い風に乗って凄まじい速さで肉薄した。アシタバが指示を発する。
「カブルー、合わせて辻ぎ……っ」
ところが、言葉は最後まで声にならなかった。
さっと顔を青ざめさせ、口許を押さえたからだ。
その隙にネオラントがクイックターンを決め、レホールの元へと帰っていく。
続けて彼女が繰り出したのは尾に毒の刃を持つ蛇ポケモン・ハブネークだった。
「ワイドブレイカー!」
「……っ受け流せ!」
猛毒滴る凶悪な斬撃をカブトプスの鎌が叩き落とす。
反撃には絶好の機会だというのに、アシタバは何故か相棒を下がらせた。
代わりにアマルスを呼び、ハイパーボイスを炸裂させる。特性フリーズスキンによって凍てつく冷気を伴った喚声は、ハブネークを氷漬けにした。
道中幾度となく見た光景。
けれども、凡百のトレーナーと違い、レホールはまったく動揺しなかった。
ハブネークの顔まわりから氷がみるみる溶けていく。
アシタバが歯噛みした。
「炎の牙か……!」
「明察だ。もうその手は食わんぞ。ダストシュート!」
ハブネークの喉元がぶくりと膨れ、嫌なにおいのする塊を吐きつけた。
アマルスは岩石封じで盾をつくり、見事直撃を防いだが、結果から言うとそれは悪手だった。
なぜなら、自ら死角を作ってしまったからだ。
岩陰から“草分け“で回りこんできたハブネークが、長い首に噛みついた!
「りう!」
氷龍が苦しげな悲鳴をあげる。
今度は毒々の牙だ。傷口から猛毒が染み込んでいく。
交代させようにも、長い躰が巻きついて離れない。
振りほどこうと足掻けば足掻くだけ毒の巡りを早めてしまい、そのままあえなく気絶した。
アシタバが無言でボールに戻す。
ごめんな、と囁いたのが微かに聞こえた。
「…………」
「どうした。まだ一体倒れただけだぞ。
早く次のポケモンを出せ」
「……いえ。降参します。俺の負けです。
対戦ありがとうございました」
アシタバは伏し目がちに頭を下げ、ポケモンセンターに入っていった。
私とレホールが顔を見合わせる。
「奴はずっとあんな感じか?」
「え、ええ。少なくとも出逢ってからは……」
「ふん」
ハブネークの頭を撫でてやりながら、レホールはつまらなそうに鼻を鳴らした。
「顔も言動も策戦も、全て精彩を欠いている。
奴が初めてゼミに来たときとそっくりだ」
そうして、昔を思い出すように空を見上げた。
雲の流れが早い昼下がりだった。
というわけで55話。
大好きなレホール先輩と再会してもアシタバの気持ちは晴れませんでした。
おまけに戦法がまるっきり変わってしまっています。
というよりもバトルに怯えているような……?
どんよりした展開が続きますが、次話で少しは明るくなる──はず!
よければ感想高評価よろしくおなしゃす!