ビオラと合流できたのは、翌日の昼前だった。
なんと完徹したそうで、目の下にクマが浮いている。
「ううう、アシタバくぅん……」
「へろへろじゃねえか!」
ホテルのロビーのソファに座らせて、訳を聞いてみた。
「な、なにがあったんだ?」
「なんかね……今をときめく女優がお忍びでミアレに帰ってるらしくて、もしかしたらスキャンダルが撮れるかもってことで部署全員駆り出されたんだって……。
でも探しても探しても見つからないからお姉ちゃんが私にまで手伝わせてきて……あー疲れた……」
「……で、見つかったのか?」
「全っ然。影も形も。
そもそも帰ってきたってのもデマなんじゃないかなあ?
いまはイッシュのポケウッドで撮影してるはずだし」
つまり1晩かけて無駄骨を折ったわけか。
そりゃヘロヘロにもなろうというものだ。
「今日は寝てろよ。俺、ミアレ散策してくるからさ」
「え、でも、輝きの洞窟に行きたいんでしょう?」
俺はひょいと肩をすくめた。
「これだけの大都会を素通りするのは勿体ねぇだろ?
夜飯は一緒に食おうぜ。それまで自由行動ってことで」
「うう、ありがとう……」
ビオラは頼りない足取りで自室へと戻っていった。
横になるやいなや泥のように眠りこけることだろう。
「さあて、どこに行こうかね」
ガイドマップに目を通しながら思案する。
服とかファッション──はあんまり興味ないから、やっぱ食べ歩きだろうか。
「ミアレガレットでも食いに行こうかな」
ガレットとはすなわちクレープのことらしい。
通りがかったコンシェルジュが、穏やかな笑みとともに話しかけてきた。
「失礼いたします、アシタバさま。
それでしたら良いお店がございますよ。
ノースサイドにあるカフェ・バタイユのガレットは絶品でございます」
「まじすか! じゃあそこ行きます」
「タクシーをお呼びしましょうか?」
ミアレはあまりに広いため、徒歩よりもタクシーで移動するのが主流らしい。
そのタクシーも、車とゴーゴートの2種が選べると聞いて、俺は即座にゴーゴートタクシーをお願いした。
ライドポケモンの分類名が示すとおり、昔から人を乗せてきた種族だけに、乗り心地はとても良かった。
ふわふわの毛並みがちょっとくすぐったいけどな。
驚いたことに、ゴーゴートたちはミアレの道と店を完璧に記憶しているそうで、カフェ・バタイユの名を出すと目の前まで連れて行ってくれた。
「すげー! お前さん賢いなあ! ありがとな!」
ゴーゴートが首から下げたボックスに料金を支払い、心ばかりのオボンの実を差し出すと、賢い山羊は美味そうに咀嚼して帰っていった。
店内は昼時なのもあって結構ごった返している。
待ってる間に
豊かなバリトン声が降ってくる。
「────失礼」
影の正体は大柄な男だった。
アデクさんよりも更に濃い赤髪を生やしている。
精悍な目元とあいまって、赤毛の獅子を彷彿とさせた。
「中に友人がおりまして。先に通していただいても?」
「あ、ああ、どうぞ」
気圧されつつ順番を譲ると、彼は軽く頭を下げ、店内に入っていった。
……さすがにヒャッコクシティの巨人ほどじゃないが、今の人も相当デカい。
ひょっとしてカロスとは、世界一平均身長の高い地域なんだろうか。
「……ビオラが俺より小さくてよかった」
「んげ?」
情けない独り言に、レヴィは首を傾げた。
〇〇〇
コンシェルジュの言うとおり、バタイユのガレットは最高だった。
今回はアップルガレットを頼んでみたが、パリパリサクサクの生地と丁寧にコンポートされたりんごの相性は抜群で、生クリームを練りこんだバニラアイスと頬張ると幸せが口いっぱいに広がっていく。
あかん。
これはあかん。
手持ち全員に食べさせてやらな。
「あ、ついでにビオラへの土産も買ってくか」
持ち帰り用ガレット13枚を両手に店を出ると、さきほどの赤毛男が憤懣やるかたない様子でぶつぶつ呟いている場面に出くわした。
「嘆かわしい……全くもって嘆かわしい……!
……おや、あなたは先程の」
「ど、ども」
「……ずいぶんと大荷物ですね」
ガレットを見ながら言われ、俺は「大所帯なもんで」と苦笑した。
「大所帯……するとそれは、分け隔てなく全員で食すために買ったのですか?」
「ええまあ。仲間はずれは可哀想だし、みんなで食うほうが美味いでしょ」
「おお……!」
男は両目をつぶって感極まった声を上げた。
眦から涙が零れ落ちている。
あまりに劇的な反応に、むしろ居心地の悪さを覚えた。
あ、通りすがりの皆さん集まらなくて大丈夫です。
この人たぶん感動屋なだけなんで、はい。
「なんという博愛……!
そうです、人はかくあるべきなのです。
間違っても富や幸せを独占しようとしてはならない!」
「え」
なんだかめちゃくちゃ大袈裟なことを言いだしはじめた。買い被りすぎだって。
俺はただ、ガレットをみんなで食いたいだけだぞ。
「あ、あのー?」
「資源も時も有限ならば、せめて争うことなく分かちあうべきなのです!
しかしそれは叶わない!
なぜか!
人間が底なしの欲に溢れているからだ!
ああ、我々はどうしてこんなにも業が深いのか!」
「…………」
なんか演説始まっちゃったよ!
静かにしてくれと言っても聞かなそうだし、俺は小声で頭上のレヴィに呼びかけた。
「……レヴィ。頼む」
「げる」
足早にその場を離れた。
通りを曲がる直前、背後に視線を送ると、彼はカフェから出てきた客全員に熱弁を振るっていた。
ありがたいことに、彼らが反応しているおかげで、俺が去ったことには気づいていないらしい。
「あーびっくりした。世の中いろんな人がおるなあ」
「げるる」
「サンキュな、レヴィ。腹減ったろ。
公園でガレット食おうな」
「げる!」
ばさっ! と翼を広げる音がした。
こんな都会にも街のあちこちに結構な広さの公園が設けられているのがありがたい。
レヴィの神秘の布陣があれば、
〇〇〇
最初はミナモと、
ミナモには2枚食わせた。
この大きな体にたった1枚じゃあ不憫だからな。
食べ終わった後にマズルを撫でてやると、心地良さそうに目を閉じていた。
なんでかステラは不満気な顔をしていたが、膝に乗せ、手ずからガレットを食べさせてやるとすぐご機嫌になった。
「わがままな姫さんだよほんと」
「ぽにおん♡」
「てへぺろ、みたいなテンションで言うな。
ウルスラをみろ、めちゃくちゃお行儀いいぞ」
「ぽにぽに」
よそはよそ、うちはうちと言わんばかりに目を逸らしよった。ええいこの。
ウルスラは俺たちのやり取りを聞き、ふっと鼻を鳴らしていた。
お次は
メルティも機嫌が良くなかった。
そういえば昨日、ルネさんとお茶したあたりからボールが湿ってた気がする。
この軟体龍は気に食わないことがあると毒液を滲ませるのだ。手がかぶれるからやめてほしい。
ステラと同じよう膝に乗せ、あーんして、更にマッサージまでしてようやく機嫌がなおった。
『まるで忠実な下僕だな』
ヘリオドールの容赦ないツッコミにフーゴが慌ててフォローを入れる。
『だいじょブ! 板についてるよマスター』
「嬉しくねえよ」
俺はがっくりと項垂れた。
3番手は
カブルーが1口サイズに切ってやり、竹子の口元まで運ぶ。竹子はお淑やかに頬張って、飲み下すたびに「よふよふ!」と笑った。
このふたりは相性がいい。
もしも竹子がもう少しバトル慣れしてきたら、ダブルバトルに出してみるのもありかもしれない。
「ありがとな、カブルー」
「ぎしゅ」
ガレットを堪能したカブルーが、にっこり笑った。
最後はレヴィと
食いしん坊を最後に回したのは、食べながら神秘の布陣を維持することが難しいからである。
この2体だけなら誰に見られても構わないだろう。
術を解かせ、風を感じながらのんびり食べさせた。
「平和だなあ」
天気は快晴、風も微風。
実にピクニック日和である。
食べ終わったゴーシェが歌を歌い始めた。
雪解け水で作った氷のように清らかで優しい歌声が公園を流れていく。
ひとりの女性が足を止め、拍手を贈ってくれた。
「素敵ね」
「へへ、どうも……って、ルネさん!」
誰あろう、昨晩カフェ・ソレイユに案内してくれたルネさんだった。
今日はモスグリーンのブラウスに薄いグレーのロングスカートを纏っている。
サングラスの代わりに、つば広のハットを被っていた。
「とっても素晴らしい歌だったわ。あなたが教えたの?」
「いえ、元々音楽が好きみたいです」
「まあ……! それじゃイッシュのライモンホールはきっと気に入るわね」
「ああ、行ったことがあります。あれは圧巻でした」
イッシュにいた頃、舞台の脚本を書いているシキミが連れてってくれたのだ。
開幕から閉幕まで、ゴーシェがかぶりついて見てたっけ。あれ以降、歌のレベルがぐんと上がったんだよな。
ルネさんが瞳を輝かせて何か言いかけたが、ばたばたと近づいてくる足音にはっと顔を強ばらせた。
「どうしました?」
「あの人たち、こんなところまで……!
ごめんなさい、あたしもう行かなきゃ」
「──こっちへ」
「えっ?」
狼狽えるルネさんの手を引き寄せ、レヴィに再び神秘の布陣を展開させる。
それと前後して、数人の男たちが駆け込んできた。
全員黒いスーツを着用しており、物々しい雰囲気を撒き散らしている。
明らかに観光客や堅気の人間ではない。
奴らは何度も辺りを見回した。
当然、俺たちがいる方にも視線を向けてきたが、レヴィのおかげで見つかりっこない。
震えるルネさんの肩を抱き寄せ、大丈夫ですと囁いた。
「いたか!?」
「いや、居ない」
「くそ、どこに消えた……!」
「慌てるな。そう遠くへは行けないはずだ。
お前たちは向こうを探せ」
ばたばたと二手に分かれて走っていく。
すっかり足音が聞こえなくなってから、ルネさんから手を離した。
「すみません引っついちゃって」
「い、いえ、いいのよ。こちらこそお礼を言わせて。
本当に助かったわ。どうもありがとう」
眩しい笑顔を向けられて、俺は頬が緩むのを抑えるのに苦労した。
「それにしても、何をどうやったの?
まるで自分が透明人間になったみたいだったわ」
「神秘の布陣を使ったんですよ。
これを使うと存在感が極限まで薄まるんです。
……ところで、あいつらは……?」
ルネさんの眉尻が下がった。
「……気になるわよね。やっぱり。
正直言うと、あたしにも分からないの。
イッシュで仕事をしていたら突然付け狙われて……。
カロスに帰ってくれば大丈夫かと思ったんだけど、まさかここまで尾けてくるなんて」
「警察には?」
「ダメよ。カロスの警官は簡単に賄賂に靡いてしまうの。
目の前にお金を積まれたら、守ってくれるどころかあたしの居場所を嬉々として教えるでしょうね」
「腐ってんなぁ」
おもわず心の声が漏れてしまった。
ルネさんが噴き出す。
ポケギアを取りだし、時刻を確認した。
13時40分。日が暮れるまでまだまだ余裕がある。
気がつけば、ルネさんに突拍子もない提案をしていた。
「じゃあ、もうちょい逃げますか」
「え……っ?」
「俺、コウジンタウンに向かう予定なんですけど、ルネさんも一緒に行きませんか。
さすがにヤツらもそこまでは追ってこないでしょ」
「……いい、の?」
得体の知れない連中に追い回されている自分と行動できるのか、していいのか、という意味だろう。
俺はピースサインを作り、頷いた。
幸か不幸か、この程度のトラブルなら慣れっこだ。
「旅は道連れ世は情け、ってね」
「──ありがとう!」
ルネさんは、心から安堵したように破顔した。
ビオラには、訳あって先に向かうからコウジンタウンで待ち合わせよう、というメールを送った。
周囲を警戒しつつ、路地から路地へと移動する。
ちらっとでもスーツの男が見えたら、壁にピタッと張りついて難を逃れた。
ドキドキする、けど、ちょっと楽しい。
いつの間にか、どちらからともなく手を繋いでいた。
「ふふっ、まるで愛の逃避行みたいね」
「あ…………っ!」
あ、愛って!
ルネさんの言葉に、うなじがかあっと熱くなった。
というわけで59話。
逃避行の始まりです。
感想欄で「初めてのまともなラブコメが……!」と好評を博していたので調子に乗ってラブコメマシマシにしてみました。
気分はローマの休日(カルネさんのモデル的にも)
みなさんお察しの通り、既にヌメラのボールはぐちょぐちょです。
かぶれるだけじゃ済まないぞアシタバ。
カロスの章はなるべく人死にや大怪我がない展開にしていきたいなあ。
よければ感想高評価お願いします!