第6話 大きな声で、アローラ!
正体不明の空飛ぶクラゲに囲まれてあわや墜落の危機に瀕した俺たちだったが、
平静を取り戻したCAに出口まで案内される。
「アシタバ様、どうぞこちらへ」
「あ、どーもどーも……って、あっつ!?」
タラップに足をかけた瞬間、空気の暑さに面食らった。いまは11月も半ば、地方によっては雪が降り始める季節だというのに、まるで真夏のような日差しが降り注いでいるではないか。慌てて上着を脱ぎ、半袖1枚に着替えた。
「アローラ初めて来ましたけどこんな暑いんすか!」
「はい、ここは常夏の島ですから!
ようこそ、アローラへ!」
乗客を出迎えるスタッフに花飾りを渡され、俺は今回の功労者であるレヴィに被せた。レヴィはすでに機嫌をなおしていて、俺の頭の上で嬉しそうに喉を鳴らしている。
嬉しいか。よかったな。
できれば降りてもらえん?
首痛えんだわ。
あ、嫌すか。そっすか。
荷物も受け取り、ロビーに腰を落ち着けて、教授から渡された本を開いた。
分厚いハードカバーの表紙には、金の箔押しで《四柱の
アローラ地方の4つの島嶼に存在する守護神について綴った本だ。
読者諸君もご存知の通り、アローラ地方は他地方に比べて伝説ポケモンと人との距離がぐっと近い。
4つの島それぞれを守護する土地神──カプ神に捧げるための歌舞音曲が連綿と受け継がれており、アローラに住まう者ならば老若男女問わず歌い舞えるという、実に信心深い土地柄なのだ。
なぜそんなにも厚く信仰するか。
それはカプ神が
ふつう伝説ポケモンともなれば滅多に姿を現さない。
生まれ故郷であるジョウトでも、ホウオウの存在を信じているのは一部の老人と物好きな人間(たとえば俺の親友とか)くらいのもので、大多数は夢物語と捉えているレベルなのだ。
だがカプ神は折々に現れる。
中には彼らから直々に物を賜ったり、役割を授けられた人もいるのだそうだ。
神としては破格の気安さである。
ページを繰りながら、俺は思案に耽った。
始祖・アルセウスに逢うために手持ちを揃えろと教授は言った。さて、四柱の神に逢うだけなら、さして難しい話ではないだろう。しかしいったい誰が同行してくれるだろうか。というかそもそも、護るべき地を離れてまで俺の旅についてきてくれるのか?
「正直分が悪い賭けだよなぁ…………」
カプ神にしてみれば、俺の事情なぞ知ったこっちゃないわけだし。
勢いに任せてアローラまで来たが、なんだか無駄足を踏んだ気がしてきた。
くよくよする気分を振り払うようにページをぱらぱらとめくっていると、カプ神がそれぞれ象徴するものを表す図を見つけた。
4つの円環が重なり合うように配置され、これこそがアローラの根源を成すものだと締めくくられている。
「常磐、清水、慈愛、霹靂……ね」
このなかだと霹靂のカプ・コケコが有力な候補だ。
いかに始祖神といっても生物ならば、強力な電撃は有効なカード足りうるだろう。
────まあ、アルセウスが電気タイプでも特性・避雷針持ちでもないと仮定しての話だが。
「とりあえず出発だ。まずは腹ごしらえ、それから聞きこみにあたろう」
「げるるっ」
腹ごしらえと聞いてレヴィが勇ましい声を上げた。
まったく食いしん坊なやつめ。
ウラウラ島はマリエシティの商店街を物色していると、頭上のレヴィがばたばたと羽ばたき、1件の店を示した。
レストランのようなイートイン形式ではなく、持ち帰りオンリーの小さな店である。中年の夫婦がふたり、熟練の手つきで次々に客を捌いていた。
「げるっ、げるるっ」
「んー? まさらだ、違う、マラサダか。
マラサダってなんだ?」
購入客を眺めてみると、ドーナツのようなパンのようなものを買っている。ピリッとスパイシーな香りは、なるほど確かに食指が動くいい匂いだった。
「カレーパンみたいなもんかね?
よーしいっちょ並ぶか」
相当人気な店のようで長蛇の列だが、どんどん掃けていく。これなら大して待たずに済むだろう。
案の定、15分もしないうちに俺の番が来た。
「はいいらっしゃい、何にする?」
「すんません、さっきアローラについたばかりで、マラサダがなにかも知らないんすよ。
オススメはなんですかね?」
「ほほう?」
夫婦の目がキラリと光った。
「それでうちの店にくるたぁお目が高いね。マラサダってのは、まあ平たく言えば揚げパンさ。中にジャムだのソースだのが詰まってる。うちは辛味の強いカラサダと、大人の苦味が売りのニガサダがあるんだ、が」
「が?」
饒舌に語っていた親父が急に声を潜め、ググッと身を乗り出した。
「今日はな、あるんだよ…………
「まぼさだ?」
「しーっ! 声がデカい!」
親父に目を剥いて怒られ、俺は慌てて口を噤んだ。
「うちのマラサダはいつでも美味い……が!
たまーに出来ちまうことがあるのさ、めちゃくちゃ旨い絶品のマラサダが!」
「運良くそれを買えたお客さんの間で幻のマラサダって評判が生まれてね、略してマボサダって名前で売るようにしたのさ。といっても、それが並ぶのは月に1度あるかないかなんだけど」
奥さんが豪快に笑う。
「そのマボサダが残り4個……どうする、買うかい?」
「げるっげるっげるっ」
レヴィがばしばしと俺の頭を叩いてくる。
買えってか。買えってか!
わーかったから叩くな! 叩くなて!
「んじゃ、それを4つと……あとカラサダとニガサダも1つずつください」
「あいよっ!」
「まいどあり!」
夫婦2人は満面の笑みでマラサダを袋に詰めた。
マボサダねえ。
ほんとにそんな美味ぇのか?
ほんとにそんな美味かった。
商店街の端、公園なんだか広場なんだかよう分からん空き地のベンチで手持ちみんなを呼び出したあと、いただきますして一斉にかぶりついたんだが、1口目を頬張った瞬間絶句した。
生地はもちもちふわふわで、小麦の香ばしさが口いっぱいに広がってくる。
パンの表面にまぶした砂糖がいいアクセントになっていて、時々シャリっと音がするのも楽しい。
なにより中に入っているデミグラスソースが最高だった。肉がゴロッゴロ入ってて、噛めば噛むほどジューシィな肉汁が溢れ出す!
「う…………っめえぇ!」
「ぎしゅう!」
「げるっ!」
「りう!」
「めぅ〜!」
『これほんと最高だネ!』
俺が叫ぶと、みんなも口々に叫んだ。
ちなみに
カブルーとゴーシェにマボサダを齧らせる。代わりにカラサダとニガサダを食べさせて貰ったが、こっちもめちゃくちゃ美味かった。カラサダは爽やかな辛さが癖になるし、ニガサダはしゃきっとする苦みが食欲をそそる。
さて残りのマボサダを頬張ろうとしたとき、ヴイン! と妙な音がして、俺の手から重さが消えた。
「…………あれ!?」
ほんの一瞬目を離した隙に俺のマボサダがなくなっていた。急いで足元を見回す。
地べただろうがトイレの床だろうが3秒以内ならセーフだろ! …………いやごめん、流石にトイレの床に落としたやつは食えねえや。
不意に肌がピリッとした。
静電気に触れたような感覚だ。
警戒心の強い
「めうう!」
顔を上げると、1匹のポケモンが、俺たちからそう離れていないところでマボサダを貪っていた。
長くて丸っこい真っ黄色の耳。
ぽちゃぽちゃした焦げ茶のボディ。
幅広の尻尾に乗って、ゆらゆらと左右に揺れている。
俺は目を見開き、そいつの名を呟いた。
「あ、アローラの……ライチュウ……?!」
「ヂッ」
マボサダを食い終わったライチュウが、半目で俺を睨みつけた。
■マラサダ店
アローラのどこにでもあるお店。味のレベルはピンキリで、観光客向けにぼったくりの値段で売るところも多い。アローラではコンビニよりマラサダ店のほうが多い。
■マラサダ店の夫婦
マリエシティで20年店を切り盛りしているベテラン夫婦。ネッコアラの看板が目印。
キャッチコピーは「寝る子も起きる美味さ」。
夫婦喧嘩はいつも奥さんが圧勝する。
■カラサダ
カレーというより麻婆豆腐的な辛さのソースが入っている。かなり辛いのでお子様には不向き。
ちなみに作者はCoCo壱の1辛も食べられません。
■ニガサダ
ゴーヤ的野菜をメインに作られたソースが入っている。
お野菜系マラサダなので女性に人気。
苦味を中和するためのアボカドも入っている模様。
というわけで6話。
早速アローラで洗礼を受けている模様。
みなさんはマボサダ買えたことあります?
作者は1回もありません。あれホントに売ってる???
ありがたいことに日刊ランキング載りました!
みなさんのおかげです!
これからも、よければ感想高評価おなしゃす!