ルギア、拾っちゃいました。2   作:じゅに

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第60話 コウジン水族館。

 

 

 

 

 コウジンタウンへの道のりは、慌ただしいけれども思い出深いものになった。

 

 特に強く印象づけられたのが7番道路だ。

 ここにはカロス有数のきのみ畑がある。

 なんとルネさんは木の実を採集したことがないといって、道脇をびっしり埋め尽くすきのみ畑や、そこで働く人々を羨ましそうに眺めていた。

 

 だからつい、言ってしまった。

 

「やってみますか?」──と。

 

「できるの?」

 

 ルネさんが目を丸くする。

 俺の故郷のヒワダでは、季節になるとぼんぐり採集に大人も子供も総出で働いていた。

 旅人や山男が通りがかるたびに、あの手この手で引き止めて手伝わせたものだ。

 

「今時期はどこの農家も人手が足りないときでしょうから……むしろ喜ばれますよ」

 

 地主さんに声をかけてみると、案の定目も回るような忙しさだ、力を貸してくれるならありがたいと、トントン拍子に話が纏まった。

 

 麦わら帽子とオーバーオールを借りて、せっせときのみを集めていくルネさんは、汗まで輝いてみえた。

 

「みて、アシタバさん! こんなに集まったわ!」

 

 ヒメリの実で満杯の籠を両手に抱え、顔中で笑うルネさんに、俺も他の人たちも骨が蕩けるような心地がした。

 

「手伝ってくれた礼だ。コウジンまで送ってやるよ」

 

「本当ですか! ありがとうございます!」

 

「ありがとうございます!」

 

 ルネさんと一緒に頭を下げる。

 

 バンバドロが牽く荷車に乗せてもらうのは俺も初めての経験だった。

 轍に合わせてゴトゴト揺れるが、案外その揺れが趣深い。きのみを日光から守る幌が付いているおかげで、誰かに──例のスーツ男たちに見つかる心配もない。

 人目を気にする俺たちにとって、まさにうってつけだ。

 

 しばらくすると、慣れない肉体労働に疲れたのか、ルネさんが舟を漕ぎ始め、ついには俺の肩に寄りかかった。

 

「…………!」

 

 どうしよう。

 めちゃくちゃいい匂いがする。

 

 え、これ、肩とか抱き寄せても大丈夫だろうか。

 いやほら、やましい気持ちはなくて、寝づらそうな姿勢だから、ね。

 

 誰にともなく言い訳しつつそろそろと右腕を伸ばした途端、腰元のボールが信じられないくらい振動した。

 

 見なくても分かる。

 棍棒持った姫様と、ぬめぬめの姫様のボールだ。

 

「ハイ、ヤメトキマス」

 

 両手を膝の上に固定すると、振動はピタリと収まった。

 ただ、ルネさんと密着しているのが許せないようで、ホルスターがじわじわ濡れていくのが分かる。

 

 やめてくれヌメラ(メルティ)

 昨日ただでさえ腰周りぐっちゃぐちゃにされて洗濯が大変だったんだから。

 

(はやくこいつらのためのオスを見繕ってやろう……)

 

 俺は固く誓った。

 じゃないとそう遠くない未来、俺のズボンが全部死ぬ。

 

 

 〇〇〇

 

 

 そうして着いたコウジンタウンは、崖の上に立つ小ぢんまりとした町だった。

 

 ポケモンセンターのジョーイさん曰く、数年前までは水族館しか目玉のない寂しい土地だったらしい。

 それが、ここからほど近い《輝きの洞窟》で化石が発見されるようになり、急に人が来るようになったのだとか。

 

「あなたたちも化石を探しに来たの?」

 

「化石というか……ディアンシーというポケモンを見かけたって聞いて、逢いに来たんです」

 

「ディアンシー?」

 

 ジョーイさんは首を傾げた。

 

「初めて聞くわ。どんな子?」

 

「ピンク色の結晶で出来た岩タイプのポケモンなんですが……」

 

「うーん……ごめんなさい、私はこの町の生まれだけれど、聞いたことないわねえ」

 

「……そうですか。ありがとうございます」

 

 まあ、この返答は想定内だ。

 ホウエンの女王も、洞窟の奥深くにこもっていた。

 元々争いを嫌う性分らしいし、誰でも簡単に入れるところには居ないだろう。

 

 ────それにしても。

 

「寒いっすね!」

 

 両腕を交差し、我が身を抱きしめるようにしながら歯を食いしばった。

 海沿いの冬の町は吹き流れる風が恐ろしく冷たい。

 薄いジャケット1枚ではとても凌げない寒さだ。

 

(そーいや、ビオラがミアレで防寒具買おうって言ってたな……)

 

 すっかり忘れていた。

 横のルネさんも唇が青い。

 慌てて近くの服屋に駆けこんだ。

 

 目についた服を片っ端から掴んで試着する。

 さすが海辺の店は防寒のしっかりした素材が多い。

 上着はどれも、少々肩がこる重さだが、寒いよりは断然マシである。

 

 先に会計を済ませ、店の外で待つことしばし。

 

 頭の上ではなく懐に潜りたがるルギア(レヴィアタン)を入れてやっていると、不意に町の入口が騒がしくなった。

 

「あいつらは……!」

 

 ルネさんを追っかけ回してたスーツ集団が、写真を見せながら町民たちに聞きこみをして回っていた。

 

 まずい。ルネさんはとにかく目立つ人だ。

 すぐにこの店に辿り着くだろう。

 神秘(しんぴ)布陣(まもり)で店ごと隠すか? 

 いや、そんな一時しのぎじゃいずれバレる。

 

(やべぇこっちに来た!

 どうするどうするどうする……っ)

 

 いたずらに焦るばかりで妙案がちっとも浮かばない。

 おまけに最悪なのは、背後の扉が開いたことだ。

 いま出てこられたら万事休すである。

 

「ルネさん店のっ」

 

 中に戻ってと叫びかけて、俺は石のように固まってしまった。

 

 そこには、ハンチングを被り、マフラーで顔の下半分を隠した青年が立っていた。

 青年──いやルネさんは、唇の前に人差し指を当てて俺を黙らすと、近寄ってくる黒服に堂々と向き合った。

 どういう仕組みか瞳の色まで変わっている。

 

「失礼。君たち、こういう人を見なかったかね」

 

 ルネさんが写った写真を差し出してくる。

 

 俺たち2人とも、黙って首を振った。

 俺は驚きに声が出なかったからだが、ルネさんが喋らなかったのは男装がバレるのを防ぐためだろう。

 

 それがむしろ、田舎者らしい人見知りな態度に見えたらしく、黒服は「そうか」とだけ答えて行ってしまった。

 

 追い払えた。

 こんなにもあっさりと。

 

「…………る、ルネさん、すげえ……」

 

「仕事柄、変装は得意でね」

 

 呆然とする俺の耳元へ、やや低い声で囁いてくる。

 大人の男にしては少し高いが、大人びた少年としてなら充分に通ずる声色だ。

 

「どうだい、結構見事なもんだろう?」

 

「…………!」

 

 馬鹿みたいに頷く俺に、ルネさんは、得意げに微笑んだ。

 

 

 〇〇〇

 

 

 黒服たちはしばらくうろうろしていたが、さして大きくもない町だからめぼしいところはすぐに調べ尽くしてしまったらしく、ほどなくして全員引き上げていった。

 

「うおお、乗り切った……」

 

「ふふん」

 

 ルネさんが胸をそらす。

 

「すぐに戻ってくることはないだろうけど、念の為だ、ぼくはもうしばらくこの格好でいるよ」

 

「そのほうがいいっすね」

 

 一人称も口調も男っぽいものに変わっている。

 これなら、ハンチング帽を取られたりしないかぎり、ルネさんだってバレる心配はなさそうだ。

 

「けど何もしないのはつまらないな……。

 そうだ、水族館に行かないかい?」

 

「賛成!」

 

 実はさっきから気になっていた。

 もともと、ポケモンが沢山いる施設は好きなのだ。

 ヤマブキ学園にいたときも、修学旅行や遠足で知らないポケモンと出会うたびに心がときめいた。

 

 コウジン水族館のチケットを買い、中に入る。

 入口すぐのエリアに水のトンネルが設けられていた。

 マンタインやラブカスたちが頭上を悠々と泳いでいく。

 

「わあ……!」

 

 水面の光を浴びながら、ルネさんは陶然とした面持ちで目を細めた。

 

「もしかして、水族館も初めてっすか?」

 

「……うん」

 

 ルネさんが、寂しそうに頷く。

 

「幼い頃から芸能界で仕事をしていたからね」

 

「なるほど……」

 

 となると、普通の人より得がたい経験が多いぶん、普通の人が当たり前に通ってきた道はほぼ未知の領域なわけか……。

 

(そりゃきのみ採りもしたことないだろうなあ)

 

 あの時の彼女は本当に楽しそうだった。

 

 そんな話を聞かされたら、もっと色々な体験をさせたくなろうというもので。

 

 ウデッポウの水槽を覗き込んでいるルネさんの手を握り、ショウスペースへと案内した。

 

 折しも、ナミイルカのショウが始まるところだった。

 

 指導員の合図に合わせ、ナミイルカたちが一斉にジャンプしたり、ボールを飛ばしたり、リングをくぐったりするたび、ルネさんは喝采をあげた。

 

「凄い凄い! なんて可愛いんだろう!」

 

 客席まで飛んでくる水飛沫すら喜んで浴びている。

 

「あんまり濡れると風邪引きますよー」

 

 苦笑しつつ窘めたが、耳になんて入っちゃいない。

 

(まあ、ほんとに体調崩したら俺が看病すればいいか)

 

 子供より熱中している彼女に水を差すのも気が引けて、俺も楽しむことにした。

 

 ショウも終盤に差し掛かった頃、司会者が、

 

「どなたか参加してみませんかー?

 氷タイプのポケモンちゃんをお持ちの方がいたらステージまでどうぞ!」

 

 と呼びかけてきた。

 

 ルネさんがキラキラした瞳で振り向いてくる。

 断りきれず、アマルス(ゴーシェナイト)と一緒に壇上に上がった。

 

『おおっとぉ!? これは珍しい!

 色違いのアマルスですねぇ!』

 

 観客の間にどよめきが起こる。

 ゴーシェがきょとんとした表情で俺を見上げた。

 

「お前さんが綺麗で可愛いってさ」

 

「りう!」

 

 ゴーシェはヒレをパタパタさせて抗議してきた。

 勇敢なタチだからか、最近は可愛いというのを褒め言葉として認めなくなってきていた。

 

『でーはでは、プールに冷凍ビームをお願いしまぁす!』

 

「え? いいの?」

 

 プール全面凍っちゃうけど……と指導員に指摘したが、相手はにこにこ顔でゴーサインを出してきた。

 

 ……じゃあまあ、遠慮なく。

 

「ゴーシェ、冷凍ビームっ!」

 

 凍てつく光線が水上を走り、瞬時に氷のリンクを形成する。果たしてここからどうするのかと思ったら、指導員が笛を鋭く吹いた瞬間、ナミイルカの群れが氷をぶち破って特大ジャンプを披露した。

 

「う、おっ!」

 

 割れた氷と水飛沫を煌めかせながら、再びプールに沈んでいく。そのまま一糸乱れぬ優雅な泳ぎを魅せてくれた。

 

 観客の興奮が頂点に達する。

 もちろんルネさんも、力強い拍手を贈っていた。

 

「す、げぇ……」

 

 俺は、それだけ言うので精一杯だった。

 間違いなく、このステージで最も美しいパフォーマンスだった。

 

 

 

 

 




というわけで60話。
とうとう第2部も60話、感無量です。
いつも感想くださる皆さんのおかげです。
ほんまにありがとうございます!

今回はデートに全振りしました。
アローラやパルデア編と比べると結構まったりなストーリー展開ですが、楽しんでいただけてたら幸いです。

黒服たちの正体と目的はなんなのか。
次回あたりで明かせるかな?

よければ感想高評価おなしゃす!
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