ルギア、拾っちゃいました。2   作:じゅに

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第61話 記者会見。

 

 

 

 

 ナミイルカのショウが終わり、水族館を出た俺たちは、そのまま吸いこまれるように隣のカフェに入っていった。

 

「凄かった! 凄かったなあのパフォーマンス!

 ほんとうに素晴らしかった!」

 

 頬が赤くなるほど興奮していても男口調を崩さないのは流石である。

 俺はうんうんと頷きながら、まくし立てるルネさんをなるべく人目を避けられる奥の席へ誘導した。

 

「特に最後の、氷を突き破る姿は圧巻だった……!

 あそこのトレーナーたちは凄腕だな!」

 

「確かに」

 

 ただの泳ぎやジャンプをショウとして魅せられるレベルにまで昇華するのは、並大抵の苦労じゃないだろう。

 戦わせるのとはまた別の鍛え方が求められたはずだ。

 

 それは一体どんなやり方なのか。

 俺たちのポケモンの育成にも応用できないか。

 

 議論は白熱し────気がつけば、窓の外が暮れなずんでいた。

 

「……っと。もうこんな時間か」

 

「…………ほんとうだ」

 

 それまで楽しそうに喋っていたルネさんの顔がみるみる曇る。俺も、思わず口を噤んだ。

 

 ────別れの時が近づいている。

 

 互いにそれを分かっているから、迂闊なことは言い出せなかった。

 

 彼女は、これからどうするんだろう。

 芸能関係にはとんと疎いが、そういつまでも休める仕事じゃないはずだ。

 

 あの黒服連中の居場所や目的だって判然としない。

 

 せめて、家の近くまで送るべきか? 

 いや、それは気の回しすぎだろうか。

 

 出口のない問いが頭の中で渦巻いたまま、ぬるいミルクティーを啜った。

 

 

 〇〇〇

 

 

 ミアレホテル。

 ミアレシティにおいて最も格式高く、最も値の張るホテルである。

 泊まれる客はもっぱら富裕層に限られ、一般人は外観を眺めるだけで精一杯の代物だ。

 

 コウジンタウンまで人探しに出向いていた黒服たちがエントランスに立つと、ドアマンは完璧な微笑みを浮かべ、扉を開けた。

 

 ご苦労なことだ。

 日がな一日、朝から晩まで突っ立って、にこにこしながら荷物を運び、ドアを開け閉めする。

 実にやり甲斐のない、くたびれる仕事ではないか。

 

(……こっちも似たようなものか)

 

 リーダー格のアルファが自嘲の笑みを零すと、部下のベータが目敏く指摘してきた。

 

「なーに笑ってんです」

 

「あぁ?」

 

「いま、笑ってたでしょ」

 

 アルファは小さく舌打ちした。

 このベータ、腕はいいし仕事も早いが、とにかく余計な口を聞くのが難点だ。

 脇腹を肘で小突いて黙らせた。

 

 エレベーターに乗りこみ、最上階のボタンを押す。

 するすると音もなく上がっていく箱と、数字が増えていくパネルが恨めしい。

 

「あーぁ、着かなきゃいいのに」

 

 ベータのぼやきにチャーリーが噴き出す。

 アルファも全く同感だった。

 

 だが現実は無情で、機械は正確だ。

 ぽん、と到着を告げるベルを鳴らし、5人の黒服を吐き出して、静かに降りていった。

 

 最上階はワンフロアがまるまるひとつの部屋になっている。バカバカしいほどデカいリビングの中央で、ソファに寝そべっていた男が身を起こした。

 

「やぁ諸君。遅かったじゃないか」

 

 顔の作りは悪くない。

 10人いたら7人は美形だと褒めそやすだろう。

 けれども、カロスいちの御曹司として何不自由なく育てられた結果、限界まで肥大化した自己愛と虚栄心を持つおぞましい化け物に成り果てた。

 

 それがこの男だ。

 名を、ナルキスという。

 

 耳元まで伸ばした金髪にしまりのない目元。

 鉄板を釘で引っ掻くような耳障りな声。

 そんな声色でキザったらしく喋るものだから、最早苛立ちを通り越して不快ですらある。

 

 口の悪いベータなどは顔合わせの瞬間から毛嫌いしていたほどだ。

 その気持ちは、己とて察するに余りある。

 しかし()()でも依頼主なのだ。

 アルファは努めて平静を装いながら、現状を報告した。

 

「カルネ様の捜索に全力を尽くしてはおりますが、ミアレで見失ったきり足取りが掴めておりません。

 よく似た人物の目撃情報が7番道路であったので、コウジンタウンまで足を伸ばしたのですが、生憎それらしき女性は……」

 

「見つからなかった、って?

 おいおいおい、何やってんだよ君たちはさぁ。

 そんだけ居て人探しも出来ない訳ぇ?」

 

「……申し訳ありません」

 

 深々と頭を下げる。

 言いようは腹が立つが、結果を出せていないのもまた事実だ。反駁のしようもない。

 

 ナルキスは大袈裟なため息をつくと、またソファに身を投げ出した。

 

「どーこ行っちゃったんだろうねえボクの婚約者(フィアンセ)は。

 そんなにボクと結婚するのが怖いのかな。

 いじらしさもここまでいくとちょっと面倒だよ」

 

「…………」

 

 アルファ達は答えない。

 ナルキスが独り言に反応されることを酷く嫌うと知っているからだ。

 

(フィアンセ、ね)

 

 死んだ目で床を眺めながら、ベータは内心で毒づいた。

 

(アンタただのスポンサーの息子だろ?

 あの女優とだってせいぜいパーティーで一言二言会話した程度じゃねーの? 

 顔も名前も覚えられてねーよ。

 婚約者どころか赤の他人以下だっつーの。

 そんなんでプロポーズを受けてもらえるって本気でのぼせてんだから呆れるワ)

 

 欲しいものは欲しい時になんでも手に入れてきた経験が、こうまで人格を歪ませるものか。

 

 せめて惚れた腫れたの()()()()ならまだ可愛げもあるが、この男はただ、人より珍しいモノが欲しいだけだ。

 今をときめく女優を妻にすることに情熱を燃やしているに過ぎない。よしんば結婚できたとしても、半日と経たず飽きるだろうことは目に見えている。

 

(こんなんに惚れられて、カルネ嬢も気の毒に……)

 

 横目で仲間たちを見ると、チャーリーもエコーもデルタもみんな似たりよったりの表情をしていた。1歩前に立っているアルファも同じだろう。

 

(あーぁ……くだらねーくだらねー)

 

 ベータはそっとあくびを噛み殺した。

 

 

 〇〇〇

 

 

「まっ、仕方ない。プランBにするかあ」

 

 わざとらしく伸びをして、ナルキスが流し目を寄越してくる。いかにも質問してほしそうな態度に、アルファは渋々口を開いた。

 

「……プランBとはなんですか?」

 

「えぇー? 知りたい? そんな知りたい?

 しょーがないなあ教えてあげるよ」

 

 知りたくもない、と吐き捨てたくなるのをすんでのところで堪えて、話の先を促した。

 

「まずさあ。この広い広いカロスを君たちだけで探すってのも非現実的じゃん?

 かといってパパにスタッフを増やしてもらうのも気が引けるわけ。ほらボクって気遣いの塊だから」

 

「はあ」

 

「そこでさあ、閃いちゃったのよ。

 カロス中の人に手伝ってもらえばいいんだ、ってね」

 

「……どうするんです?」

 

 まさかカルネの指名手配でもするつもりだろうか。

 この阿呆ならやりかねない。

 

 最悪なことに、この予想は半分当たった。

 ただし、ナルキスの計画はもう一歩悪どかった。

 

「マスコミ各社呼んどいて。いまから会見を開くんだ」

 

「会見……ですか?」

 

「そっ」

 

 ナルキスの薄い唇が、三日月形に吊りあがった。

 

「女優カルネ、マリッジブルーで失踪。

 未来の旦那が涙の記者会見……ってね」

 

「な……っ」

 

 アルファは絶句した。

 ベータ達も二の句が継げないでいる。

 

 よもやこの男、本気で彼女と婚約している気でいるのか。あまつさえそれを公表するという暴挙──いや、愚挙を犯そうとしている。

 

 さすがに止めようとしたアルファだったが、ナルキスの言葉にいよいよ硬直した。

 

「ほんとは婚約会見でボクとカルネのツーショットをお披露目したかったけど……ま、こういうのも一興だよねぇ。

 そうと決まればスタイリストも呼びつけとこう。

 髪型をびしっとキメていかなきゃ」

 

 楽しそうにあちこちに電話をかけはじめたナルキスを、アルファたちはただ呆然と眺めることしかできなかった。

 

 

 〇〇〇

 

 

「……はっ! いま何時!?」

 

 安ホテルのベッドで跳ね起きたビオラは、枕元の時計を認めた途端呻き声を漏らした。

 

「7時回ってるぅううう。寝過ごしたァ」

 

 ちょっと昼寝のつもりが10時間近く爆睡していた。

 アシタバはさぞお怒りだろう。

 

 おそるおそるポケギアの電源を入れると、恐ろしいことにメールが100件近く溜まっていた。

 

「ひえ」

 

 見なかったことにしたい。

 あわよくば二度寝したい。

 

 けれど、けたたましい着信音がそんな甘えを切り裂いた。発信者は姉のパンジーである。

 

 出なくともわかる。

 おそらく彼女は、怒り狂っているはずだ。

 なぜなら先のメールの大半が、パンジーからのものだったから。

 

(お姉ちゃん返信が遅いと機嫌悪くなるんだよなぁ……)

 

 涙をこらえて通話ボタンを押した。

 

「も、もしもぉし」

 

『やっっっと繋がった! アンタいまどこにいんの!?』

 

 案の定の怒声に、ビオラは限界までポケギアを遠ざけながら答えた。

 

「み、ミアレのホテル……」

 

『あら』

 

 すると、姉のトーンがすっと落ち着いた。

 

『なんだ、現地にいるの。

 ならはやくミアレホテルに来てちょうだい』

 

「……現地?」

 

 なんのことだろう。

 困惑を聞き取ったパンジーが息を飲んだ。

 

『なにあんた、テレビ見てないの?』

 

「い、今の今まで寝てたんだもん」

 

『呆れた。それでもジャーナリスト志望?

 アンテナは常に張ってなきゃ』

 

「お姉ちゃん、何度も言うけどあたしはカメラマン志望なんだってば」

 

『はいはい、いいからテレビつける!』

 

「…………」

 

 姉はいつもこうだ。

 こっちの話など聞きゃしない。

 

 ぶすくれながらテレビのスイッチを入れると、仕立てのいい青いスーツに身を包んだ青年が映し出された。

 どうやらこれから記者会見を開くらしい。

 

「誰これ」

 

『ナリキン・ボールカンパニーの社長のご子息よ。

 見ての通りの放蕩(バカ)息子』

 

「あぁ」

 

 カロスのボール製造と流通を一手に担う大会社である。

 何の会見、と問いかけて、画面下のテロップに目が釘付けになった。

 

《女優カルネの婚約者、彼女の失踪について語る》

 

「えっ、かっ、カルネさんの婚約者!? これが!?」

 

『そうよ。

 どー見ても不釣り合いだけど、金の力のなせる技ね』

 

 パンジーの言葉には隠しきれないトゲが生えている。

 無理もない。

 姉妹そろってカルネの大ファンなのだ。

 彼女のデビュー作《マイ・フェア・レディ》でハートを撃ち抜かれて以来、彼女が出演する作品は全て追ってきた。パンフやグッズやブロマイドで、部屋も棚も埋め尽くされている。

 

 そういう熱烈なファンの習性として、ハンパな人間が推しに近づくことにこの上ない反発を感じるものだ。

 それにしてもパンジーの嫌悪は強烈である。

 

『こいつ、いい噂を聞かないのよね〜。次から次へと女の子を食い散らかしてるとか、妊娠させた挙句金を掴ませて堕ろさせたとか、まード最低のクズよ』

 

「うぅわ。女の敵」

 

『全くよ』

 

 そうこうしているうちに会見が始まった。

 男──ナルキスは時折涙を拭きながら、カルネをどれだけ愛しているか、連絡がつかなくなっていかに心配しているかを滔々と語っている。

 

 そのどれもが嘘くさい。

 白けた気持ちで眺めていると。

 

『…………確かな情報筋によると、彼女は自分の意思で出かけたのではなく、誘拐された可能性があるようです』

 

 などと言い出し、空気が変わった。

 現場の記者たちがざわつき始める。

 ナルキスはここぞとばかりに声を張りあげた。

 

『そこで、カロスのみなさんにご協力いただきたい!

 ボクのフィアンセの情報を知っている方はぜひ連絡を!

 どこで見かけたか、写真または動画で教えてくれた方には謝礼もございます!』

 

 ナルキスが片手に札束を掲げた。

 フラッシュが盛大に焚かれる。

 

 ナルキスは充分に撮られた頃を見計らい、背後のスクリーンを指さした。

 

『最後に目撃されたのは7番道路!

()()()()()()()()()()()()()()()と行動していたそうです! こいつが誘拐犯に違いありません!』

 

 そうして大写しにされた画像に、ビオラはポケギアを取り落とした。

 

 見間違うはずもない。

 

 彼は……彼は……! 

 

 

「あっあっアシタバくぅうん!?」

 

 

 絶叫し、頭を掻き毟った。

 

 

 

 

 

 

 




というわけで61話。
黒服たちの正体と目的が明かされました。
黒服の名前はもちろんコードネームです。本名ではありません。
気が向いたら名前考えようかな。

さあいきなし誘拐犯にしたてあげられたアシタバくん。
大丈夫か。
まだ輝きの洞窟に行けてすらないぞ。

更新遅くなって申し訳ない。
ロマサガ2のリメイクがおもろすぎて時間溶けてました。

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