ルギア、拾っちゃいました。2   作:じゅに

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第62話 誘拐犯の逃亡劇。

 

 

 

 

 妙な音に眠りを破られた。

 木の板を小刻みに叩くような音である。

 ほんの些細な響きではあるけれども、とんとん、とんとんとん、といつまでも続いて薄気味悪い。

 

(なんだ……?)

 

 寝ぼけまなこを擦りながらポケギアを手に取ると、充電が切れていた。

 舌打ちし、壁の時計に目を転じる。

 3時を回ったところだった。

 深夜というべきか早朝というべきか、空にはまだ濃藍の帳が降りている。

 

 とんとん、とんとんとん。

 

 依然、怪音は止まない。

 少しずつ頭が冴えてくるに従って、不意に、ノックの音だと気がついた。

 

 誰かが、飽くことなくドアを叩いているらしい。

 

(誰だよこんな時間に)

 

 もしや寝てる間に地震でも起きたのか? 

 いやそれにしては町が静かだ。

 非常識な来訪に軽い苛立ちを覚えつつ起き上がった瞬間、切羽詰まったルネさんの囁きが耳に飛び込んできた。

 

「アシタバさん、ごめんなさい、開けてください。

 とんでもないことが起きたんです」

 

 押し殺してはいるが、声に極度の焦燥が滲んでいる。

 俺は一気に目が覚めて、飛びつくようにドアを開けた。

 

 僅かな隙間を掻い潜るように華奢な躰が滑りこんでくる。間髪入れず、彼女みずから後ろ手で鍵を閉めた。

 

「ル……」

 

 何があったか問おうとして、俺ははたと口を閉じた。

 ルネさんの肌から、すっかり血の気が失せていた。

 零れ落ちそうなほど大きな瞳がわななき、涙の膜も張っている。

 唇が震えているのは寒さのせいばかりではないだろう。

 

「アシタバさん……!」

 

 ルネさんはそれだけ言うと、俺の胸に縋りつき、膝から崩れ落ちた。

 

 

 〇〇〇

 

 

 ややあって、落ち着きを取り戻した彼女が語ってくれた話は、およそ正気の沙汰とは思えない内容だった。

 

「お、俺が……誘拐犯……?」

 

 ルネさんがこくりと頷く。

 

 昨日は気まずい空気のままカフェを出て、どちらからともなく宿に引き上げてしまった。

 新作ボールを作っているうちに眠くなり、シャワーもそこそこにベッドに潜りこんだのが夜の8時ごろのこと。

 

 その間、ポケギアもテレビも一切触らなかったから、世間を賑わせている事柄について知る由もなかったのだ。

 

 テレビをつけてみると、早朝3時だというのにどの局もルネさん──いや、カルネさんの()()で持ちきりだった。

 

《人気女優誘拐!?》

 

《ミアレシティで白昼堂々の犯行か!》

 

 どれだけチャンネルを変えても、センセーショナルな文字が追いかけてくる。

 なかでも俺を動揺せしめたのは、カロス最大手のテレビ局・ミアレTVの特別番組だった。

 

 こんな時間に誰が見るというのか、7番道路できのみ取りに興じている俺の写真を背景に、いかに危険な人物かアナウンサーが熱弁している。

 

(そういや、きのみ畑のじっちゃんが俺たちを撮ってくれてたな……)

 

 俺の記憶が確かなら、隣には笑顔で汗を流すカルネさんも写っていたはずだけれども、綺麗に切り取られて(トリミングされて)いた。

 

 これだけならば畑仕事にいそしむ青年に見えなくもないが、厄介なのはアマルス(ゴーシェナイト)を戦わせている時の写真も横に並べられている点だ。

 対戦相手の誰かがテレビ局に提供したんだろう。

 この時はパルデアの事件が尾を引いて、我ながら酷い面構えをしているもんだから、極悪誘拐犯という濡れ衣が真実味を帯びてしまっている。事情を知らない人が見れば、こっちのやつれた顔こそ本性だと勘繰るだろう。

 

 実際、コメンテーターもそういう含みを持たせて発言していた。

 

 呆然とする間に場面が切り替わり、ナルキスとかいう男の記者会見が流れはじめた。

 カルネさんと婚約しているという自己紹介に度肝を抜かれる。

 

「こ、婚約者っ!?」

 

 しかし、カルネさんは眉をつりあげ、強い語気で否定した。

 

「そのひとが1番不可解です。会ったこともありません」

 

「えっ」

 

 意味がわからず振り向けば、カルネさんはもう一度同じことを言った。

 

「…………じゃ、こいつは自分のことをルネ……カルネさんの婚約者だと思いこんでる異常者……ってこと?」

 

「……そう、なりますね」

 

 そんなことある? 

 そんなことある!? 

 

 えっなんなの。何が起きてるの。

 

 どうして俺は一夜にして誘拐犯にされてるの。

 

 わからない。

 訳が分からない。

 

 カルネさんがいま最も人気の女優だとか、教わった名前が偽名だったとか、他にも気になるポイントはあるはずなのに、全然頭が働かない! 

 

 半泣きになりながらうずくまりかけた俺を、カルネさんが引っ張りあげた。

 

「ショックでしょうけれど、もうここには居れません。

 あたしはともかく、アシタバさんは顔が割れています。

 逃げなければ!」

 

 ……確かに彼女の言うとおりだ。

 

 カルネさんは町に入ってすぐ男装したからいいものの、俺は帽子を被っただけで顔を隠してないし、なにより昨日水族館のステージに上がってしまっている。

 しかも、超稀少な色違いのアマルスと共に。

 

 昨日のステージを見、このニュースに触れた人間が俺たちに辿り着くのは時間の問題だろう。

 むしろ、よくもまあ一晩大過なく過ごせたものである。

 

 慌ただしく服を着こむ。

 フロントでチェックアウトを済ませることも出来ないので、部屋に料金を置いて窓から逃げた。

 

「レヴィ。クソ寒いけど頼む」

 

「……げる……」

 

 めちゃくちゃ眠そうなルギア(レヴィアタン)に神秘の布陣(まもり)を展開してもらい、寝静まった町を2人で駆けた。

 

 静謐な夜空に曙光が差していく。

 かつて味わったことのない、胸騒ぎのする朝だった。

 

 

 〇〇〇

 

 

 ────会見の反響は大きかった。

 

 ひとたびテレビで報道されるや、あちらこちらから誘拐犯に関する情報が寄せられ、いまではコウジンタウンの水族館にいたことまで判明している。

 

 雇い主のナルキスは即座にコウジンタウンに引き返すよう命じてきた。

 

「今度こそ逃がすんじゃないぞ」という念押しつきで。

 

 だからいま、黒のワンボックスカーで移動している。

 休憩など与えられるはずもない。

 徹夜の強行軍だ。

 

 各地の有志から送られてきた写真を眺めながら、アルファは短い溜息をついた。

 

 気の良さそうな若者だ。

 やや焦点のブレた画像でも、ポケモンを見る眼差しに慈愛がこもっているのが伝わってくる。

 

 それがたった一晩で、拐かしの犯人にされてしまった。

 

 やってもいない大罪を背負わされ、カロス中が敵になる。なんという不幸で、悲劇だろうか。

 

 今後はアルファたちのみならず、義憤に駆られた連中が飢えたヘルガーのごとく追い回すだろう。

 冤罪かもしれないなんて、彼らの頭には露ほども浮かぶまい。

 

「気が進まんな……」

 

 助手席でボヤくアルファに、運転していたエコーが遠慮がちに口を開いた。

 

「……あまり、手荒なことはしたくありませんね」

 

 チームの紅一点である彼女は、普段なら男に負けないぐらい精力的に任務にあたる辣腕家だが、今回ばかりは様子が違った。

 無理もない。リーダーのアルファからして()()なのだ。

 畢竟、チームの士気は著しく低かった。

 

 お喋り好きのベータすらむっつりと黙り込んでいるので、車内はまるでお通夜である。

 

 誰も彼も黙したまま、エンジンだけが低い唸りを上げていた。

 

 

 〇〇〇

 

 

 ミアレシティはノースサイドの一角に、カフェ・カンコドールがある。

 いつ行っても客がおらず、マスターが独りぼっちでコーヒーを淹れているような寂しい店だ。

 よくもまあこのカフェ激戦街で生き残っているものだと呆れる一方、人目を憚る話がしやすいので、ビオラは結構重宝していた。

 

 開店直後にパンジーを呼びだした。

 ジャーナリストとして駆け出しの姉はいま最もホットなヤマである《カルネ誘拐事件》を追いかけたくてうずうずしていたが、犯人について知っていると言うとタクシーを飛ばして登場した。

 

「で、どんなネタなの? 既出だったらビンタだからね」

 

「安心して。誰も知らないネタだから」

 

 ビオラは強ばった顔で請けあうと、コーヒーに口をつけるより先に、アシタバという青年について知っていることを洗いざらいぶちまけた。

 

 さすがに彼のトラウマであるパルデアでのことには触れなかったが、充分に人柄は伝わったと見え、パンジーが血相を変えた。

 

「ちょ、ちょっと待ってよ。

 じゃあ、アンタが爆睡かましたたった半日のあいだに、誘拐犯扱いされてたってわけ?」

 

「そうなるわね」

 

「なんてこと……!

 どおりでコウジン水族館で遊ぶわけだわ。

 ね、電話は? 釈明の場が必要でしょ」

 

「何度もかけてるけど繋がらないの」

 

「なんでよ!」

 

 パンジーが天を仰いだ。

 ビオラも全く同じ気持ちである。

 

 しかし考えてみれば無理もない。

 件の人物はつい最近まで、洞窟で夜を過ごしていたのだ。ポケギアの電池が切れていたとしても不思議はないのである。

 となれば本人を捕まえるしかないわけだが、同じことを考えているにわかハンターがウヨウヨしている今、必死に身を隠しているはずだ。

 

 周り全員が敵。

 そんな状況で、一体どこに行くというのだろう。

 

 下唇を噛み締めたその時、はっと閃くものがあった。

 

 コウジン水族館はコウジンタウンにある。

 その町の近くには────《輝きの洞窟》があるのじゃなかったか。

 彼は……アシタバは、そこに行くと言っていた! 

 

「お姉ちゃん。

 あの人のいる所、わかったかもしれない!」

 

「ほんと!?」

 

「たぶん、ううん、きっとそこよ!

 行こう、輝きの洞窟に!」

 

 2人揃って立ち上がり、脱兎のごとく走りだす。

 後には、また客の居なくなった店だけが残された。

 

「…………」

 

 マスターはちろりと視線を巡らせた。

 店の前を行く人々が中に入ってくることはない。

 いつものことだ。

 

 静かに固定電話の受話器を取り、ダイアルを回した。

 古式ゆかしい回転音が店内に響く。

 

「……ああ、すみません。

 カルネさん誘拐事件についてお話があるのですが」

 

 マスターはあくまで淡々と、たったいま手に入れた情報を語った。

 

 誰にも聞かれてやしないと、大事な話を大声で話す客も────いつものことなのだ。

 

 

 

 

 

 

 




というわけで62話。
さーぁきな臭くなってきましたよっと。

でも大丈夫!
人死にはでません!
ポケモンも死にません!
アシタバは傷つきます!

ここからどう転がそうかなぁ。わくわく。

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