ルギア、拾っちゃいました。2   作:じゅに

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第63話 思わぬ居候。

 

 

 

 

 読者諸君はカロスマップを開いたことがあるだろうか。

 よければぜひ見てみてほしい。

 コウジンタウンから東に延びる街道は、9番道路1つきりなのが分かるはずだ。

 

 この道こそが、《輝きの洞窟》への唯一のルートである。地図の上からでも分かる単純な道のりなのに、遭難者が続出する恐ろしい場所と聞いて俺は首を傾げた。

 

 いや……まっすぐ歩けばいいだけじゃねえの? 

 どこをどうしたら迷うんだ。

 

 そんな疑問は、現地に着いた瞬間氷解した。

 

 9番道路は、目の前に掲げた自分の指すら判然としないほどの猛吹雪が支配する、魔の雪道だったのだ。

 

 カルネさんいわく、地形によるものか、ここは常に豪雪が吹き荒んで止むことがないらしい。

 

 横殴りの風が霙を叩きつけてくる中、試しに1歩踏み出してみたものの、一瞬にして膝まで埋まってしまった。

 どう頑張っても人間が歩いていける場所ではない。

 強行突破しようものなら、数メートルも進めずに行き倒れること請け合いだ。

 

「普段は関所が管理しているマンムーに乗せてもらうそうですが、どうも2、3日前から体調が思わしくないみたいで……」

 

「なるほど……」

 

 睫毛も凍る寒さのなかで、俺は小さく呻いた。

 

 手持ち全員の顔を思い浮かべても、マンムーの代わりになりそうなポケモンはいない。

 ガチグマ(ウルスラ)ウネルミナモ(ミナモ)も寒さに弱いし、テッカグヤ(竹子)とてこんな悪天候じゃあ上手く飛べやしないだろう。

 

 まったく世間の風は冷たいなぁ。

 なんだって俺ばっかりこんな目に遭うんだ!? 

 泣いちゃうぞ! 流石に! 

 

 引き返して別の場所に向かおうにも、コウジンタウンを突っ切らねばどこにも行けないし、すでに街の人々が起き出している頃合だ。見つかるリスクが高すぎる。

 常に神秘の布陣(まもり)を展開していければいいのだが、ルギア(レヴィアタン)にかかる負担が大きすぎて現実的ではない。

 

 絵に描いたような“詰み”盤面。

 ああもう、どーしよっかなあ。

 

 容赦を知らない白銀世界をぼーっと眺めていると、後ろから袖を引かれた。

 

「アシタバさん。兎にも角にも、行ってみましょう」

 

「い、行ってみましょうたって……進みたいのは山々ですけどマンムーが居ないんじゃあ……」

 

「この子に乗せてもらいます」

 

 いうや、カルネさんがボールを放る。

 中から現れたポケモンに、俺は目を丸くした。

 

「が、ガチゴラス……!」

 

 雪原を踏みしめ君臨したのは、太古の岩顎龍ガチゴラスだった。逞しい顎をがちりと噛み合わせ、遥か彼方を──輝きの洞窟があると思しき方角を、じっと見据えている。

 

「駆け出しの頃、ファンの方がチゴラスを譲ってくださったの。この子なら、きっと吹雪にも耐えてくれるわ」

 

「…………!」

 

 俺は目の前がぱあっと明るくなるのを感じた。

 

 それなら、輝きの洞窟に辿り着ける! 

 

 現金なもので、希望が芽生えた途端いまの状況も悪いことばかりではないと思えてきた。

 

 だって考えてみてほしい。マンムーが居ないということは即ち、追っ手もついてこれないということじゃないか。

 誰にも邪魔されずに休息を取れる貴重な機会を得たと言えなくもないだろう? 

 

 もちろん、問題はまだまだあるが、先のことは落ち着いてから頭を廻らせればいい。とにかくいまの俺達には、安心できる場所と時間がなにより必要なのだ。

 

「……わかりました! 行きましょう!」

 

 2人でゴツゴツした背に跨る。

 指示を出す都合上、カルネさんが前に乗り、俺は背後から手を回す格好となった。

 

「し、失礼します」

 

 何重にも重ねた防寒着の上からとはいえ、絶世の美女に抱きつく体勢はなんというかこう、めちゃくちゃ緊張する。あと、興奮する。

 

 おもわずへっぴり腰になる俺を、カルネさんが鋭く叱咤した。

 

「落ちたら死んじゃうのよ! しっかり掴まって!」

 

「…………!」

 

 そうしてぐっと両手を握られ、彼女の腹に回された時。

 俺はここが天国だと確信し、感謝の念を神に捧げた。

 

神さま(アルセウスさま)ありがとう……いつか殴りに行くけど……)

 

 

 〇〇〇

 

 

「…………おや」

 

 寝息を立てていた友人が、ふと頭を擡げた。

 口辺が薄く綻んでいる。

 

「どうやら客人(まろうど)が来るようだ」

 

「素敵。どんなポケモンさんですの?」

 

「ポケモンじゃあない。ヒトさ」

 

「まあ」

 

 思いがけない言葉に、私はほんの少し驚いた。

 この洞窟を訪れるヒトは近頃珍しくなくなったけれど、彼がそうした者たちを「客」と呼んだ試しはない。

 

 であるならば、いまから来るヒトは、いつものヒトとは違うのだろうか。

 無闇に地面や壁を掘っては、長い年月で石と化した眷属を意気揚々と攫っていく連中ではないと? 

 

「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない」

 

 曖昧な言い方で私の疑問を躱すや、友の小さな躰が空中にふわりと浮かび上がった。

 

「真実というものは、自分の目で確かめるその時まで、霞よりも朧で儚いものなのだよ」

 

 いわくありげだけれど、その実なにも言っていない台詞。友の常套句だ。

 

 私はいつもの戯言だとはなから聞き流した。

 

「そうかもしれないわね」

 

「だろう? 

 ────でもねお(ひい)さま。

 これだけは言えるよ」

 

 友人は私と同じ目線にまで下がってくると、僅かに笑みを深くした。

 

「今日はとても忘れ難い1日になるだろう」

 

「楽しみだわ」

 

 私も微笑んだ。

 友がたまに発する予言は、驚くほどよく当たるのだ。

 

 

 〇〇〇

 

 

 信じられないほど積もった雪を掻き分け踏み越え、ようやく《輝きの洞窟》に到着した瞬間、俺もカルネさんも胸の底から深い息を吐いた。

 

 ガチゴラスに乗っているだけとはいえ、恐ろしく辛い行程だった。

 極寒の風に晒され続けた体は末端まで強ばり、もはや寒いを通り越して痛い。

 はやく火にあたらなければ、冗談ぬきにカルネさんが死んでしまう。

 

 入口からほどよく進み、吹雪が音だけの存在になったあたりで腰を下ろした。

 

「雪が当たらないって……幸せっすね」

 

「ほんとうにね」

 

「休んでてください。いま火を起こします」

 

「ありがとう……」

 

 ぐったりするカルネさんを尻目に、リュックからライターと固形燃料を取り出した。

 

『それはなんだい?』

 

「ん? 焚き火用の道具だよ」

 

『へえ。便利なものがあるものだね』

 

「知らねぇの? 旅の必需品だぜ」

 

「……アシタバさん? どなたと話してらっしゃるの?」

 

「へ?」

 

 問われて面を上げると、戸惑い顔のカルネさんと目が合った。

 

「誰って……あ、あれ?」

 

 そういえば、今の声────誰だ? 

 それに、なんでおれはなんの疑問もなく応えた? 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 血の気が引いた。

 認識を歪める攻撃を喰らっているかもしれないことに気づいたからだ。

 

 慌ててボールホルスターからボールを引き抜いた。

 

クチート(ヘリオドール)サマヨール(ヨモツザカ)を呼んでくれ!」

 

 ヘリオドールの影から赤い一つ目幽霊が躍り出る。

 なにか言いかけるヨモを制して、周囲の索敵を命じた。

 ヨモは特性《おみとおし》を用いて、遥か彼方まで見透かす千里眼の持ち主なのだ。

 

『んも〜せっかちでござるなあ。

 我輩何十話ぶりの登場だとお思いで?

 やっと喋れるとウキウキしてたのにしょんぼり沈殿丸ですぞ〜ポケ使いが荒いんだからまったくもう! 

 ……ん? んんん?』

 

 紅の瞳が忙しなく揺れ動く。

 いつも飄々としているヨモが、尋常でなく焦りはじめた。

 

 やがて、油を差していないサビサビの自転車よろしく、ギギギっと振り向いてきた。

 

『あ、アシタバ殿……そなたなんちゅう星の下に生まれたんでござるか……』

 

「な、なに? なんだよ、何が居たんだよ」

 

『おや、もう見つかっちゃったか』

 

 今度の声は、脳内でなく、鼓膜を揺さぶってきた。

 その証拠にカルネさんにも聞こえたらしく、辺りを見回している。

 すると、なにもない空中からオーロラに似たヴェールが剥がれ落ち、1匹のポケモンが姿を現した。

 誰かが神秘の布陣を解除したのだ。

 

 大きさはヘリオドールと同じくらい。

 2本の長い尾と、額の赤い宝珠が目を引いた。

 どういうわけか、双眼をぴったり閉じている。

 そいつは、黄色く盛り上がった頭部をころんと傾け、俺とカルネさんをじいっと見据えた。

 

 俺は驚きすぎて声も出なかった。

 

 おいまじかよ。

 なんでこのポケモンがここにいる!? 

 シンオウ神話の1柱だぞ! 

 

『自己紹介でもしようか。僕はユクシー。ここの居候さ』

 

 そうして、知識の神・ユクシーは薄く微笑んだ。

 

 

 〇〇〇

 

 

「ゆ、ユクシー……本物……?」

 

 なんとか気を落ち着かせようと生唾を飲み込む。

 喉がカラカラに乾いているせいで酷く難儀した。

 

『本物だよ。といっても僕は分身体だけれど』

 

「分身────ということは、本体はシンオウのどこかにいらっしゃるのかしら」

 

『鋭いね』

 

 カルネさんの言葉に、ユクシーはゆっくり頷いた。

 おっとりした面差しとは裏腹に、立て板に水のごとく喋りだす。

 

『ご明察だよ。

 僕の安眠に関わるから、どこにいるかは内緒だけどね。

 だけど君たちも大変だねえ。

 色んなヤツらに追い回されて、とうとうこんなとこまで逃げてきたんだろう。世知辛いものだ』

 

「「……っ!」」

 

 俺もカルネさんも、はっと息を飲んだ。

 

 なぜ知っている? 

 まさか、追っ手の中にユクシーを使役できるレベルのトレーナーがいるってのか……? 

 

 カルネさんも同じ恐れを抱いたらしい。

 問いかける声が硬い響きを帯びていた。

 

「……どうやって、それをお知りになったの」

 

『うん? そりゃあ僕の分身体は世界中に数え切れないぐらい居るからね。たまたまミアレの近くを飛んでいた個体が君たちを見つけて、こまめに情報を送ってくれたのさ。君たちが考えてるようなことはないから安心したまえ。

 僕はあくまで傍観者の立場だよ。

 ……それよりも、だ』

 

 ぴゅるり、とユクシーが空を滑るように飛翔し、洞窟の奥へと視線を向けた。

 

『僕を問い詰めるよりも、まずはアシタバ、君の目的を叶えるほうが先じゃないか? 

 ここに何をしに来たのか、よもやお忘れではないだろうね? ()()が待ちくたびれてしまうよ』

 

「…………!」

 

 心臓が高鳴る。

 その口ぶり。

 じゃあやっぱり、いるのか、ここに! 

 

『いるとも』

 

 またもや俺の思考を読み取って、ユクシーがくすりと笑った。

 

『勿論いるよ。いないわけがない。

 ちょうど手も空いていることだし、案内してあげてもいいんだが……』

 

 言いつつ、糸のように細い目がカルネさんを捉えた。

 と、みるみるカルネさんの体から力が抜けていき、深い寝息を立て始める。

 

「催眠術か」

 

『ああ。彼女は悪い人ではないけれどね。

 無闇にヒトを寄せつけたくないのだよ』

 

 その気持ちはわからんでもない。

 もしも本当にここにディアンシーがいて、俺がユクシーの立場なら、同じことをしただろう。

 

 俺は黙って上着を被せ、ウルスラに護衛兼火の番兼湯たんぽを頼んだ。

 

『そらこっちだ。迷うなよ』

 

 ぴゅるる、と飛んでいくユクシーの後を、小走りで追いかけた。

 

 

 

 

 

 




というわけで63話。
またもや期間が空いて申し訳ないです。

洞窟に着いたあとどんな展開にしようか悩んでいたとき、ふとユクシーのポケカを目にして今回の話を思いつきました。
知識を司るポケモンがいかにしてその知識を獲得しているのか、自分なりの解釈を混ぜてみました。

よければ感想高評価おねしゃす!

追記
9番道路のライドポケモンはサイホーンでした……
完全に思い違いしてた(滝汗)
すみません本編までの10年でめっちゃ気候変動があったということでどうかよしなに(土下座)
教えてくださった方ありがとうございます!
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