ディアンシーの元へと向かう道中は、張り詰めた沈黙が漂っていた。
共に歩くのは
お喋り好きなサマヨールがあれやこれやと話しかけてみるのだが、クチートはおざなりな相槌をうつばかりで、いっかな会話が弾まない。
流石の一ツ目幽霊も自然と口数が減っていき、いつしか俺たちの
クチートを一瞥する。
平静を装ってはいるものの、いつもより両肩が強ばっているし、頻繁に手を握ったり開いたりしているのが見て取れた。極度の緊張と興奮を覚えている証だ。
(落ち着かない……よな)
さもあらん。
今から
侍女頭として長年仕え続けた彼女にとって、どれだけ大切で特別な存在であることか。
せめて謁見の邪魔にならないよう、ひたすら影に徹するとしよう。
大丈夫。
俺さえじっとしてれば、トラブルは起きない……と思う。たぶん。
(何事もなく終わりますように……)
先導を務めるユクシーに視線を戻しながら、心の底でそっと祈りを捧げた。
〇〇〇
『着いたよ』
そう言ってユクシーが静止したのは、歩き出してからわずか5分後のことだった。
「え、こんな浅い層にいるのか?」
おもわず眉を顰める。
あの猛吹雪ロードがあるとはいえ、さすがに不用心じゃなかろうか。
ディアンシーはレア中のレアポケモン、こんな近場に居ることがバレたら有象無象が押し寄せてしまう。
かの女王も、それを見越して並の手段では辿り着けない深層に坐していた。
けれど知識の神は『心配いらないよ』と胸を反らした。
『ここは至るところに結界を設けてあるからね。
僕が解除しなけりゃ、ずーっと同じところをグルグル巡って最後には遭難するのさ。
ヒトが自力で突破するのは、まあ無理だね』
「あ、なるほど」
『ちなみにいまは最後の結界の中にいるよ』
「え」
笑い含みに言われ、俺は目を瞬いた。
『これだけは少々特殊でね、君たちの言葉でいうマジックミラーのようなものにしてあるのさ。
『……! では、もういらっしゃるのか、ここに』
クチートの問いに、ユクシーは無言の笑みで応じ。
『そら』
ふう、と小さな手が虚空を滑るや、なにも無かったはずの空間に、メレシーとアマルスたちがびっしりと並ぶ光景に出くわした。
そして、その中央には────
『おお……!』
クチートが身も声も震わせながらその場に膝を着く。
慌てて横に倣った。
『ようこそ。ここにお客様を招くのはいつぶりかしら。
ニンゲンのお客様はあなたで2人目でしてよ』
鈴を転がすような可愛らしい声で、ディアンシーがにっこりと笑った。
〇〇〇
高貴にして光輝。
優雅にして可憐。
最高級のピンクダイヤを凌ぐ煌めきを纏った宝石の姫が、俺たちのすぐ前まで近づいてきた。
近衛兵が慌てるかと思いきや、壁際に並んだメレシーたちは興味津々の眼差しで見てくるばかり、警戒する素振りもない。
俺はどぎまぎしながらも、失礼にならない程度にディアンシーを見上げた。
似ている。
瓜二つだ、ホウエンの女王に。
けれど、母が宿していた威厳は見られない。
代わりに、無償の愛を注がれた者特有の、無邪気な愛らしさに溢れていた。
『あなたたちのお名前を教えてちょうだいな』
『はっ』
すかさずクチートが返答した。
『私はヘリオドールと申します。
畏れ多くも貴女様のお母君よりお名前を賜りました』
『まあ!』
ディアンシーが歓喜の声を上げた。
『わたくしの母をご存知なのね?』
『はい。侍女頭を拝命しておりました』
『侍女……ならば、わたくしの母の傍にいらしたのね』
『……はい』
この返事は、ほんの少し間があった。
いま、クチートの心中には、複雑な想いが渦巻いているに違いない。
俺は何も言えず、そっと目を伏せた。
目の前の姫様は、生まれてすぐに母と離れ離れになってしまった過去を持つ。
他ならぬディアンシー女王自らが、安住の地を求める先々代アマルルガ王に娘を託したからだ。
平和な世界で生きられるようにとの願いはしかし、娘にこの上ない寂しさを味わわせたことだろう。
そこから何万年の時が流れ、遂に一度も再会できないまま、ディアンシー女王は旅立ってしまった…………。
そんな彼女に、何を語ればよいものか。
クチートが必死に頭を巡らせているのが伝わってくる。
せめて時を稼ごう。
俺とサマヨールも名乗りを上げた。
『拙者はヨモツザカと申す者。以後お見知り置きを〜』
「アシタバといいます。ふたりのトレーナーです」
『ご機嫌よう、ヨモツザカさん、アシタバさん』
『おほっ』
サマヨールが気恥しそうに身をよじった。
『麗しき姫君にお声をかけられて拙者限界突破しそうでござる! お熱が急上昇でござりますぞ〜!』
道中喋れなかった反動だろう、サマヨールが手をパタパタさせながらきゃあきゃあ騒ぐ。
その賑やかさに、場の空気がやや和んだ。
『いやあこれはちょいとばかし頭を冷やしたいですなあ。
マスター、氷などお持ちではござらんか?』
赤い一ツ目に目配せされて、俺はあっと小さな声を漏らした。
そうだ。
雰囲気に飲まれてすっかり忘れていたが、俺達には絶対会わせなきゃいけないポケモンが居るじゃないか。
姫様に向き直り、頭を垂れた。
「……その、ディアンシーさま。
もうひとり、お目通りいただきたいポケモンがいるのですが、よろしいでしょうか」
『あら、どなたですの?』
俺は静かにホルスターから白いボール──スノウボールを取り出した。
彼女の母、ディアンシー女王から頼まれた、太古の幼き白雪龍。その系譜に連なるであろうアマルスたちが、なんだなんだと長い首を擡げている。
「来いっ、ゴーシェナイト!」
高々と放ったボールから光が零れ、1頭のアマルスを顕現させる。
雪より白い膚に、同族たちがどよめいた。
ディアンシーも、目を大きく見開いている。
『そ、そのポケモンは……!』
『────遥か昔、女王陛下と友誼を結ばれし先代アマルルガ王のご嫡男にあらせられます。
先々代のお孫様、ということになりますね』
落ち着きを取り戻したクチートが淡々と語る。
数千年前。
ホウエンに隕石が降り注いだ厄災の年。
洞窟周辺のポケモンたちが避難してきた折に、せめて息子だけでも匿って欲しいと、先代アマルルガが預けていった個体なのだ。
すなわち、ディアンシー一族とアマルルガ一族には、互いの血族を護りあったという、血よりも濃い繋がりが築かれているのである。
その時、群れの奥から、1頭のアマルルガが現れた。
口元にも目元にも、無数の罅割れが浮いている。
かなりの高齢であるらしい。
年老いたアマルルガは、懐かしそうに目を細めた。
『…………なれば、わたしの
「…………!」
『…………!』
俺もクチートも、咄嗟に声がでなかった。
「従兄……ってことは……」
『はい。わたしも、先々代の直孫にござります。
────はじめまして、
言って、白いアマルスにそっと頬ずりする。
血を分けた家族というのがわかるのか、アマルスも嬉しげに鳴いた。
『あぁ……お祖父さまのお顔にそっくりだ……。
懐かしや……懐かしや……よもやこの歳で兄弟に逢えるとは……』
アマルルガの目尻から透明な雫が滴り落ちる。
『長い……長い年月が過ぎていきました……。
もはや兄弟はいないものと、わたしだけが生き残ったのだと、そう思いきわめておりましたが……。
そうですか……生きていてくださったのですね……』
泣き止まぬ老翁に、アマルスは優しく寄り添い、歌を歌った。
まだ化石だった時分、ディアンシー女王が幾度となく歌い聞かせた、あの歌を。
──こわがらないで いとしいあなた
いつかまた あえるときまで
それまですこし ねむるだけ
だからどうぞ おやすみなさい
わたしは ここに いますから
わたしは ここに いますから……
誰も、物音ひとつ立てなかった。
ただ静かに、耳を傾けた。
そうして、歌い終わった頃。
アマルスの全身が眩く輝きはじめた。
光はみるみる大きく膨らみ、唐突に弾ける。
弾けた後には────
「おぉ……!」
『ゴーシェ様……!』
雄々しきアマルルガが、君臨していた。
〇〇〇
ポケモンの進化というものは、いつでも新鮮な感動を与えてくれる。
ましてアマルスは出会いからして波乱万丈だったから、喜びもひとしおだった。
その気持ちが伝播したのだろう、俺たちとディアンシー王女たちの間にあったわずかな緊張は一気に霧散した。
せっかくだからと、他のポケモンたちもボールから呼び出し、メレシーたちと触れ合わせる。
見たこともないポケモンに最初こそ驚いているようだったが、すぐに打ち解け、いまではいくつかのグループにバラけておしゃべりに興じていた。
とくにサーフゴーとサマヨールのグループは賑やかだった。どっと笑いが起こるのも一度や二度じゃない。
クチートは熱心にディアンシーと話しこんでいた。
きっと、女王について語っているのだろう。
俺はカブトプスのカブルーとふたり、そうした景色を眺めていたが、ふと視線を感じ、振り向いた。
年振りたアマルルガが、穏やかな眼差しで俺を見つめている。
『よろしいですかな』
「勿論」
俺は淡く微笑んで、彼に向き直った。
なんの用か、薄々察しはついていた。
『素晴らしい仲間をお連れだ。
みなさんとてもお強くていらっしゃる。
あんなに楽しそうにしているサーフゴー殿ですら、まったく隙がありません。……そして、あなたも』
アマルルガの瞳が、俺の腰のあたりに注がれる。
『随分多くの供を連れておいでだが、手の内を全て晒した訳ではありますまい。
そちらにもう御一方、いらっしゃるのでは?』
「……鋭いですね。お察しの通りですよ」
俺はぽん、とホルスターに手を添えた。
この空洞はかなりの広さだが、さすがに天井が低くてウネルミナモを出す余裕がなかったのだ。
隠した訳ではないのだが……さりとて気づかなければ明かすつもりがなかったのも事実である。
アマルルガが二度、三度頷く。
『用心は当然のことでございます。
まして昨今はなにかと物騒ですからな』
「……ここも、物騒なんですか?」
誘導されているとわかっていながら質問を投げかけると、アマルルガは痛ましげに俯いた。
『ええ……近頃頻繁にニンゲンが訪れては、出入口近くの壁や地面を掘り返して我ら同胞の化石を奪っていくのです……弱肉強食は世の習い、それに文句はございませんが、そうした手合いがもしもここまで攻め寄せたらと、不安の種は尽きないのですよ』
「…………」
『ありがたいことに、ユクシー殿が結界を張ってくださってますが、いつまでもご温情にお縋りするわけには参りません。王たるもの、同胞の身は己が守らねば。
ですが、わたしはもう、だいぶ老いてしまいました』
そこでアマルルガは言葉を区切り、遠い目でアマルスたちを──正確には、アマルスたちに慕われる白いアマルルガを見やった。
…………気づいては、いたのだ。
アマルルガはこの老いた1頭をおいて居ない。
ほかの眷族たちはまだ幼いか、未熟すぎて、進化できるレベルに達していないのだろう。
そこへ俺たちが現れた。
おあつらえ向きに王たる力量を携えて。
しばし、無言の時が流れ。
アマルルガが、低い声で囁いた。
『アシタバ殿』
「…………はい」
『ゴーシェ殿を、次代の王にさせてくださらんか』
「…………」
それはすなわち、ここへ置いていくことを意味する。
俺は黙って、スノウボールを握りしめた。
というわけで64話。
アシタバは、どうするんでしょうか。
作中に出てきた年寄りアマルルガは、先々代がカロスに辿り着いたあと授かった孫で、兄弟のなかでは最も晩年に生まれた個体だそうです。
悠久の時の中で多くの身内を看取りました。
叶うことならば、次のお迎えは自分であって欲しいと密かに祈っていたとかいないとか。
よければ感想高評価おねがいします。
追記
本作のタイトル名を変更しました。
ぶっちゃけずっとしっくり来てなくて……(汗)
続編ものならそれがひと目でわかる仕様にすべきだよなあとも考えてこちらに。
いまさらですがどうぞよしなに!