ルギア、拾っちゃいました。2   作:じゅに

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第65話 ゴーシェの選択。

 

 

 

 

 アマルルガ(ゴーシェナイト)殿を、置いていってはくださらんか……。

 

 長老の、その哀訴の如き懇願に、俺はぐっと口を噤んだ。返す言葉がなにも思いつかなかったからだ。

 

 ディアンシーたちの賑やかな声が一気に遠のいていく。

 物理的な距離は何も変わっていないはずなのに。

 

 心が轟々と渦巻いて、ちっとも落ち着いてはくれない。

 

「…………」

 

 なにか言おうとしてなにも言えず、視線を彷徨わせる。

 それを幾度も繰り返した。

 老いたアマルルガは、急かすこともなく、ただ静かに俺の返答を待ってくれた。

 こっちの混乱も、戸惑いも、すべて見透かしているような穏やかな眼差しだった。

 

(ゴーシェ…………)

 

 渦中のポケモンに目を向ける。

 

 たったいま進化した俺のアマルルガ。

 体格が格段に良くなったからか、色違いの白い膚が殊更目立った。

 

 ゴーシェは、やけに大人びた顔つきで、この洞窟に棲まうアマルスたちと会話している。

 歌が大好きだったちびの頃の面影は、早くもなくなり始めているようだ。

 アマルスたちも喜色を満面に湛えながら、口々に進化を寿ぐ言葉をかけている。

 

 その光景は、なんというか、とても()()だった。

 あれこそが、この場所こそが、ゴーシェの生きる道なのじゃないかと思えるほどに。

 

(そうかもしれない……けどよ……!)

 

 手にしたスノウボールを見やる。

 

 ゴーシェとの思い出が、次から次に甦った。

 

 賢く勇敢なくせに喧嘩っ早くて、ルギアやヌメラとすぐに喧嘩していたこと。

 誰よりも寝つきがいいこと。

 ラブソングからバラード、メタルまで音楽と名のつくものはなんでも聴くが、いちばん好きなのはイッシュで聞いたミュージカルなこと。

 毎晩クチートと一緒にバトルの訓練をしていたこと。

 強くなるたび、誇らしげに歌っていたこと……。

 

「なんだかんだ、古参だもんなぁ」

 

 我知らず、独りごちる。

 あいつがチームに加入したのは、相棒のカブトプス(カブルー)、ルギアのレヴィアタンに次いで3番目。

 まだ夏真っ盛りの時期だったから、およそ5ヶ月以上も共に過ごしている計算になる。

 折々に写真を撮っていれば、数百枚はくだるまい。

 

 短いようで、長い年月。

 情がわくなんてもんじゃない。

 ここに置いていくと考えるだけで、身を裂かれるような痛みが胸の真ん中を貫いた。

 

『────アシタバ殿』

 

 そっと声をかけられて、俺は慌てて目元を拭った。

 

『申し訳ない。

 あなたにとって、あまりに急なお話でしたな。

 年寄りはどうも気が急いていけない。

 ご無礼をお許しくだされ』

 

「い、いえ……」

 

 長老の瞳が、俺の潤む眼を捉えた。

 

『我ら鉱石(いし)眷族(たみ)からすれば、人の一生はあまりに儚く脆いもの……それだけに、ゴーシェ殿にかけた愛も深かろうと存じます』

 

「…………わかり、ますか」

 

『無論です』

 

 長老は、寂しげに微笑んだ。

 

『何故か、この地で生まれたアマルスたちは虚弱な子が多うございましてな……進化はおろか、戦いも覚束無い者たちばかりにて、なかなかに骨を折る日々でございますが……姫君も私も、皆を心から愛しておるのですよ。

 慈愛深き同志は、すぐに分かりますとも』

 

「長老……」

 

 ────かつて、ディアンシー女王が言っていた。

 アマルルガ族は生来、戦いを厭う種族だということを。争うぐらいならば、相手の望むものを差し出し、己は下がる、そんな謙虚で慎ましやかな善性を生まれつき宿しているのだ、と。

 

 先々代が遥か古の時代にカロスまで旅立ったのも、無用な争いを避けるためらしい。

 

 そんな彼らにとって、群れを率いるリーダーたりうるゴーシェは、喉から手が出るほど欲しかろう。

 それでも長老は、あくまでこちらの意思を尊重する姿勢を崩さなかった。

 けっして無理強いせず、いまなお俺の判断に委ねてくれている…………。

 

(ほんとうに、優しいポケモンなんだな)

 

 翻って俺はどうだ。

 寂しいという感情に拘って、手離したくないと駄々をこねている。

 

(なんて、醜い)

 

 自己嫌悪に似た感情が、じわじわ染み出てきた。

 

 不意に、横から寄りかかる重みがあった。

 最愛の相棒、カブトプス(カブルー)だった。

 

「カブルー…………」

 

「ぎしゅ」

 

 カブトプスは、こっちを見、ゴーシェを見て、また俺を見つめた。

 

「……話してこい、ってことか?」

 

「ぎしゅ」

 

 細い首を縦に振る。

 

 …………たしかに、相棒の言うとおりだ。

 別れるにしろ旅を続けるにしろ、俺の一存で決めていい話じゃない。

 ゴーシェの想いや気持ちもきっちり聞いてみなきゃいけないんだ。

 独りでぐるぐる考えたって、しようがないよな。

 

 すこし、肩の力が抜けた。

 いつの間にか酷く力んでいたらしい。

 

「ありがとう。話してくるよ」

 

 カブトプスは、微笑みを浮かべ、また頷いた。

 

 

 〇〇〇

 

 

「やあ」

 

 ユクシーの声に、ガチグマはのそりと面を上げた。

 

「君のご主人様は無事にお(ひい)さまと出逢えたよ」

 

「……そうか」

 

 ガチグマは言葉少なに相槌を打った。

 お姫さまとやらが誰かは知らないし、興味もない。

 

 目下の関心はこのニンゲンだ。

 横腹に覆い被さるように寝ている人物を一瞥する。

 

 アシタバがカルネさんと呼んでいた女は、催眠術で眠らされてからずっと深い寝息を立てていた。

 ちょっとやそっとじゃ起きそうにない。

 

 焚き火もまだ燃えているし、毛皮にひっついているからまさか凍え死にはしないだろうが、万が一ということもある。アシタバにはなるべく早く戻ってきてほしいものだ。

 

 するとユクシーが、

 

「その辺は大丈夫だよ。

 あまり長居するようなら、僕がテレポートさせるから」

 

 とのたまった。

 ガチグマの隻眼が剣呑な光を帯びる。

 

「……勝手に心を読まないでもらいてぇな」

 

 苦々しく吐き捨てると、ユクシーは「おや失礼」と空中で反転した。

 

「なにせ勝手に頭のなかに流れてくるものだからつい、ね。許しておくれよ。他意はないんだ」

 

「……」

 

 超能力、というやつか。

 全く度し難い。

 こいつの態度も相まって虫唾が走る。

 

「不遜だぞ」

 

 笑いながら指摘されるも、ガチグマは知ったことかと言わんばかりに、ふんと鼻を鳴らした。

 

 

 〇〇〇

 

 

「ヘリオドール。すこし、いいか」

 

 呼びかけに、ディアンシーと話していたクチートが振り向いた。

 俺の顔色を見て用件を察したらしく、姫様に向かってしゃなりとお辞儀をしてから、足早に近づいてきた。

 

『ゴーシェナイト様のことだな』

 

「うん。通訳をお願いできるか?」

 

『当たり前だ』

 

 クチートの首元には、女王から賜った宝玉がさがっている。この石のおかげで、人語でのやりとりが叶うのだ。

 今回の話は、互いの気持ちをしっかり確かめることが肝心だ。快く引き受けてくれたことに安堵しつつ、アマルスに囲まれていたゴーシェにも声をかけた。

 

 誰にも話を聞かれない場所まで足を運ぶ。

 

「ここでいいかな」

 

「りう」

 

 ゴーシェが顔を寄せ、すりすりと頬ずりしてくる。

 それをひとしきり撫でてから、話を切り出した。

 

「……あのな、ゴーシェ。

 俺、アマルルガの長老から頼まれたことがあるんだ」

 

「りう?」

 

 一度話を区切り、呼吸する。

 声が震えないよう、丹田に力をこめた。

 

「ゴーシェにな、アマルスたちの王になってほしいそうなんだ。……お前さんは、どう思う?」

 

 ゴーシェははっと目を瞠ったが、すぐに落ち着きを取り戻した。

 

 俺は瞑目した。

 その反応で、答えがわかってしまったからだ。

 

 そうだよな。

 賢いお前のことだ。

 群れのリーダーが余命幾ばくもないことに、気づいていたんだろう? 

 

 ゴーシェはしばらく俺の顔を見つめたあと、一言、

 りう、と鳴いた。

 

 クチートが静かに言う。

 

『引き受けよう、と仰せだ』

 

「……そうか」

 

 無理やり笑顔を作ろうとして、頬が引き攣るだけに終わった。

 

 断ってくれやしないだろうか。

 心のどこかでそう望んでいた自分を深く恥じる。

 

「それじゃ、長老のところに行こう」

 

 言いさして、ゴーシェの表情に引っかかった。

 物言いたげ、というか、まだ話は終わっていないという顔をしていたのだ。

 

 ゴーシェはりうりうと長いこと鳴いた。

 黙って耳を傾けていたクチートが俺を見上げる。

 

『ひとつ条件がある、と仰っている。

 それを認めてもらえるなら、喜んで、と』

 

「条件……どんな内容なんだ?」

 

 すべて聞き終えた時、今度は俺が瞠目した。

 

 

 〇〇〇

 

 

 長老は、なにやらディアンシーと密談を交わしていたが、俺たちが近づいてくるのに気づくと会釈した。

 

『アシタバ殿。

 そのご様子は……もしや、今日お返事をいただけるのですかな?』

 

「はい」

 

 端的に、だが明瞭に肯定する。

 

『それはそれは……何日か話し合われるものと思っておりましたが……』

 

 長老の声には、喜びよりもむしろ戸惑いの色が滲んでいた。断るにしろ受けるにしろ、相当悩むと思っていたのだろう。

 

 俺はあえて返事をせず、ゴーシェに道を譲った。

 

 ゴーシェが一声吠えた。

 全員の目が一斉に集中する。

 幼いアマルスたちも、これから何事か始まると悟り、空気がぴりりと引き締まった。

 

『実はさきほど、長老殿より群れの長を継いでくれぬかと話があった』

 

 ゴーシェは朗々と語りだした。

 俺の耳にも言葉が理解できるのは、クチートが持つ宝玉をいまだけ貸してやってくれと頼んだからだ。

 尾の先に宝玉を煌めかせながら、話を紡ぐ。

 

『──わたしでよければ、謹んでお受けしようと思う』

 

 アマルスたちが歓喜に沸いた。

 少し喋っただけなのに、もう心底慕われているらしい。

 

『ただし、条件がある』

 

 ひときわ強い声に、あれほど喜んでいたアマルスたちが困惑しだす。

 ざわめきが落ち着く頃を見計らい、ゴーシェがいよいよその()()を口にした。

 

 

『わたしが長となるのは、誰かが進化するまでだ』

 

 

 長老が小さく息を飲む音が聞こえた。

 

『長老から聞いた。

 そなたたちは生まれつき身体が弱く、戦いに耐えられないものばかりだと。

 だが、わたしはそうは思わない。

 なぜなら、生まれた地こそ違えども、そなた達とわたしには同じ血が流れているからだ。

 だからそなた達も、きっと強くなれる』

 

 ゴーシェは、ひとりひとりの顔を見渡し、優しく言い含めた。

 

『わたしはまだ旅の途中だ。

 学びたいことはまだまだある。

 我が主・アシタバ殿と別れるのも耐え難い。

 そなた達が立派に進化できるまで、わたしとヘリオドールで鍛えよう。

 どうか、ついてきておくれ』

 

 数秒、沈黙が降りた。

 やがて、誰か1人が呼応すると、他のアマルスたちも口々に鳴き始め、喝采が場を満たした。

 呆気にとられていた長老も、アマルスたちと声を合わせてゴーシェを讃えている。

 

 条件は、聞き届けられたのだ。

 

 ゴーシェが俺に向かって笑みを送る。

 俺も笑い返そうとしたが、涙が溢れて笑えやしなかった。

 

 目頭を抑える俺に、カブトプスがそっと寄り添う。

 

 百戦錬磨のクチートと聡明なゴーシェが力を合わせれば、きっとこの群れも強く育つことだろう。

 

 

「頑張れよ、ゴーシェ」

 

 

 ゴーシェは、力強い雄叫びをあげた。

 

 

 

 

 

 




というわけで65話。
ゴーシェが選んだのはクチートを伴っての一時離脱でした。
暫定的な王位継承という中途半端な立ち位置をアマルスたちが許してくれるか不安でしたが、ゴーシェのカリスマ性で受け入れてもらえたようです。

さあ、これで残す問題はアシタバの指名手配だけになりましたね。
まあそっちはなんとかなるやろ。

ここカロスで修行編も挟みたいと思ってるので、カルネさんに横恋慕してるボンボンはサクッと片していきたいと思います。

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