────30分前。
ダイゴとのバトルを終え、意気揚々と塔に入った俺たちは、まずその薄暗さに驚いた。
なぜか、陽当たりのいい窓にはすべて覆いが掛けられ、わざわざ蝋燭が用いられていたのだ。
直前まで爽やかな晴天の下に居たおかげで、目を慣らすのに難儀した。
ようやく焦点が合うようになった頃、フロアの中央にぽつねんと立っている人物に気がついた。
「あ、あのぅ、すみません」
ビオラの声に、相手の肩がぴくりと揺れる。
ゆっくり、ゆっくりと面を上げたその人が、メガシンカの伝承者……コンコンブル氏らしかった。
髪の毛と見紛うほど太く長く伸びた眉。
躰はマッチ棒のように細いが、強い眼力の持ち主だ。
明らかに只者ではない風情に、ビオラも俺も、背筋がしゃんと伸びた。
「メガ進化を教わりに来たんじゃな?」
錆びた声で訊ねられ、小さく頷く。
途端、コンコンブル氏が相好を崩した。
「そうかそうか!
いやあよく来た。こっちに来るがよい」
優しく手招いてくる。
(あ、なんだ。優しそうな人じゃん)
あまりに物々しい雰囲気だったから、てっきりうちの爺ちゃんよろしく頑固一徹な人かと身構えてしまった。
安堵しながら近づいていくと、
「おうおう。元気溌剌とした娘さんじゃの。
わしの孫そっくりじゃて。
お前さんならきっとメガ進化を会得できるじゃろう」
そう、ビオラに太鼓判を押した。
「……ん?」
俺達で顔を見合わせる。
あれ。
もしかして、修行に来たのビオラの方だと思ってる?
俺は苦笑しつつ自分を指さし、
「すみません、会得したいの彼女じゃなくてこっち……」
と言った途端、コンコンブル氏の形相が変わった。
「あぁ!? お前さんじゃとお!?
なんで3連続で男を指導せにゃならんのじゃあ!
「ひょ?」
予想だにしない言葉に目が点になる。
いや、えっ、…………えぇ!?
「だ、だって貴方メガ進化の伝道師じゃあ……」
「ああそうじゃ!
人呼んでメガシンカおやじたぁわしのことよ!
その昔、世界で初めてメガ進化を遂げたルカリオのトレーナーの子孫じゃ!
それゆえ代々メガ進化の技術を伝えとる!
だがな!」
ギラリ、と凄みを帯びた眼が、俺を貫いた。
「来る日も来る日もやってくるのは野郎ばかり!
こないだもな、ヘルガー使いのいけ好かん若者に石の話しかせんメタグロス使いの坊主が来おったわ!
やっと終わったと思ったら今度はおぬしじゃと!?
嫌じゃっ! もう男は飽きたんじゃっ!
たまにはこっちのお嬢ちゃんみたいにプリプリな
「嘘ぉおおおおん!?」
そ、そげなこと言われましても…………
あんまりといえばあんまりな物言いだ。
だけど、何を言っても受け入れてもらえそうにない。
俺は途方に暮れ、己の下半身をじっと見つめた。
「取ってもまた生えてくるかな……」
「落ち着いてアシタバ。
取れないし生えてこないから。
……あの、コンコンブルさん?」
ビオラはすっと右手を挙げ、発言の許可を求めた。
「おう、どしたいお嬢ちゃん」
「あなたのお気持ちは分かりました。
ならせめて、彼が私の修行に同席することだけでも許していただけないでしょうか」
「────ほう」
コンコンブル氏は考えこむような表情を覗かせた。
「あなたは彼に何も教えなくて結構です。
壁か空気とでも思ってください。
ただそこにいるだけの存在です。
それなら、“教えた”うちには入りませんよね?」
「…………なるほど、考えたのぅ」
コンコンブル氏が呵々と笑った。
「文字通り、見て学べということじゃな。
それなら確かに、わしの意見もそやつの望みも同時に叶う。見事な折衷案じゃ」
「お褒め頂き恐縮です」
ビオラが優雅に頭を下げる。
「ふぅむ」
しばしの沈黙。
やがて、皺だらけの手がぱん、と己の腹を叩いた。
「そこまで言われちゃ断る道理も思い浮かばん。
よかろう、小僧の見学を許可する!
嬢ちゃん、駆け引きが上手いの」
「いえいえ」
ビオラも不敵に微笑み返す。
「で、おぬしらの名前はなんじゃ?」
「ビオラです」「アシタバです」
「うむ。では2人とも、今日のところは外で遊んでくるといい。明日からみっちりしごいてやる」
「あ、ありがとうございます!」
「よろしくお願いします!」
俺はほっと胸を撫で下ろしながら、塔を後にした。
〇〇〇
「……ふぅ! まずは第一関門突破ね!」
親指を立てて朗らかに笑うビオラを、俺はまじまじと見つめた。
「すごいな、ビオラは」
「ん?」
「あんなアイディア、俺じゃ絶対思いつかなかった」
教えたくないと突っぱねられた時、俺は何とかして翻意させられないかとそればかり考えていた。
けれど、俺が頼めば頼むほどコンコンブル氏は態度を硬化させたろう。なぜならそれは、ひたすら自分の要求のみを押しつける我儘に他ならないからだ。
それじゃ、どんなに下手に出たって相手が納得するはずもない。
ビオラは違った。
彼女はまず、相手の話を柔らかく受け止め、寄り添ってから、両者が得する道を探ったのだ。
その柔軟さ、強かさは、俺の脳みそを逆さに振っても出てこないものだった。
なんの蟠りもなく、素直に敬意を覚えた。
腰を曲げ、深々と頭を下げる。
「ありがとう、ビオラ。
お前さんのおかげで、修行させてもらえる。
本当にありがとう」
ビオラは、
「やだなー、大袈裟だよ」
とパタパタ手を振った。
「どうやってそのしなやかさを身につけたんだ?」
街へと向かう砂道を歩きながら訊ねると、ビオラは照れくさそうに頬を掻いた。
「そんな大したものじゃないって。
けど、そうだなぁ……
やっぱ、虫ポケ使いだからかなあ」
「?」
戸惑う俺に、ビオラはぴっと指を立てた。
「ほら、虫ってさ、とにかく弱点が多いから、力押しだけじゃどうしても負けちゃうじゃない?」
「うん」
「だから、毒とか麻痺を駆使したり、相手の攻撃力や素早さを下げたり、色々手を尽くす必要があるわけ」
「うんうん」
「そういうことしてるとさ、だんだん相手がやりたいこととか、逆にしてほしくないことが見えてくるんだよね。
そこを利用する! って感じかな」
「なるほど……」
確かに虫タイプは、弱点が多いくせに抜群を取れる相手が少ないため、勝ちにくい種族だと言われている。
誰しも子供の頃には虫取りをして遊んだろうに、プロを目指していくと自然とパーティから抜いてしまうのはそうしたところに因るものだ。
ビオラのように、虫をこよなく愛し、虫だけで手持ちを固めるトレーナーは存外少ないのである。
俺の知る限り、虫専門のジムリーダーはまだどこの地方にもいないはずだ。
「弱さゆえの工夫……か」
俺の好きな岩タイプも弱点が多い。
今までは相手より速く攻めるか、ダメージ覚悟で物量を押しつけて勝ってきたが、神相手にはもっと多彩な戦術が必要になるだろう。
(ビオラの修行見学……学ぶところはきっと多い)
身につけてやる。
ひとつでも多くの武器を増やすんだ。
ビオラと反対の方の拳をぎゅっと握りしめた。
〇〇〇
シャラシティのポケモンセンターに、1人の男が居た。
滑らかな肌に均整の取れた目鼻立ち。
黒いタートルネックに質のいいジャケットを羽織り、嫌味でない程度に香水を振っている。
浅葱色の髪は丁寧に
彼は、容姿のみならず、人当たりもよかった。
常に微笑みを浮かべ、慇懃かつ穏やかな口調を崩さない。彼と言葉を交わした女性は、例外なく頬を赤らめた。
「お待たせしました!
ヘルガーちゃんはすっかり元気になりましたよ」
ジョーイがハイパーボールを差し出すと、男はにこやかに受け取った。
「ありがとうございます」
「い、いえ……」
何万回と繰り返してきたやり取りだろうに、ジョーイの瞳が熱っぽく潤んでいる。
男は素知らぬ顔で会釈して、PCコーナーに向かった。
淀みない手つきでキーを叩き、とある人物にビデオチャットを送る。
きっかり3コール目で相手が出た。
『はぁいアポロ。首尾はどう?』
真っ赤なルージュを引いた女が蠱惑的な声で問えば、アポロと呼ばれた男はひょいと肩を竦めた。
「修行前に、会得できる者はごく僅かだとか散々脅されましたが……この通りです」
ジャケットの内側を開き、ポケットに収めたキーストーンを見せる。
メガ進化を会得し、コンコンブルに認められた者のみが持てる奇跡の石。
女が『流石ね』と目を細めた。
『あなたのことだもの、クリアするとは思ってたけど』
「あぁ、貴女の期待を裏切らずに済んでよかった」
2人は低く忍び笑った。
先程のジョーイが傍にいたら、笑い声の底に潜む冷たさに戦慄したことだろう。
アポロ。
2年前にロケット団に入るや、みるみる出世を重ね、とうとう最高幹部候補にまで上り詰めた敏腕家。
必要とあらばどんな残虐な悪事にも手を染める冷酷さは、部下たちからも恐れられていた。
「メガ進化の習得は
これで大手を振って帰れますよ」
『こっちに着くのはいつ頃になりそうかしら?』
「早ければ明日の夕方には────」
不意にアポロの声が途切れた。
ポケモンセンターの出入口を食い入るように見つめている。女が不審げに片眉を上げた。
『アポロ?』
「…………アテナ。
以前、貴女が担当したデボン策戦を覚えてますか?」
『え? えぇ、覚えてるわよ。
ポリゴンの進化方法の研究データ盗んだやつでしょ?』
「そのときに乱入してきた子供の顔、出せますか?」
『ちょっと待ってね』
パソコンを操作する音がしばらく続く。
その間も、アポロの目は今しがた入ってきた青年に注がれていた。
『出すわよ』
画面が切り替わる。
それを見た瞬間、アポロは口元が緩むのを感じた。
「ふふ……まさかこんなところで見かけるとは……」
『まさか……居るの? そこに』
アテナの声が僅かに上擦る。
アポロは黙って首肯した。
映し出されているのは、1枚の似顔絵だった。
デボン策戦当時、アテナと共に任務に当たっていたシードラ使いの部下が描いたモンタージュで、実によく特徴を捉えている。
一見どこにでも居る普通の青年なのだが、ロケット団にとって、因縁浅からぬ相手なのだった。
というのも、こいつはなぜか行く先々でロケット団の策戦を妨害してくるからである。
ガラル地方でガルーラ捕獲策戦に携わっていたラムダなぞは、あと少しで死ぬとこだったと今でもぼやくほどだ。
この男のせいで潰れた計画も一つや二つではない。
目下最大のプロジェクト《M計画》の統括を任されているアポロは、進捗が遅れるたび、苛立ちと抹殺衝動に駆られたものである。
その憎き相手が、目と鼻の先にいる。
ならば、やるべき事は1つ。
「アテナ。貴女の部下を何人か送っていただけますか」
『任せて』
アテナはすぐに応諾した。
何のために、などという無駄な質問はしない。
アポロがどういう人間で、こういう時に何を考えるか、彼女は知り尽くしているからだ。
『腕利きを送るわ。
「心強い。頼みましたよ」
『そっちもね』
アテナのウィンクを最後に通話が切れた。
対象は見慣れないボールをジョーイに差し出し、回復を頼むところだった。
後ろを通り過ぎる瞬間、羽虫サイズの発信機を親指で弾き、リュックに取りつける。
これで、いちいち尾け回さずとも居場所が一目瞭然というわけだ。
「神なんて信じちゃいませんが…………」
悠々とポケモンセンターを出ていきながら、アポロは口の端を吊り上げた。
「ここで出逢えたのも何かの縁。あなたを始末する機会を得られたことに、心から感謝を。せいぜい残り少ない人生を楽しんでください────アシタバさん」
というわけで69話。
なんとか修行に参加させてもらえることになりました。
よかったのうアシタバくん。
たまにはね、こういうわがままジジイがいてもいいかなって。
本作の時系列ではまだ、虫のジムリーダーも四天王もいません。
カエデさんやアーティくんがジムリになるのはもうしばらく後かな。
ちなみに作者は剣盾時代、虫縛りでランクマ潜ってました。
そして不穏な影。
ロケット団久々の登場ですねえ。
「いけ好かないヘルガー使いの若者」で即アポロさんが思い浮かんでた人がいたら凄い!
さあここからどんな展開にしよーかな〜
よければ感想高評価おなしゃす!