翌日。
朝食を済ませた俺たちは、さっそくマスタータワーを再訪した。
今回はサングラスを掛けていったので、中の暗さに惑わされることもない。
コンコンブル氏──いや、コンコンブル師匠は既に待ち構えていた。
「来たの」
「はい。本日より、ご指導よろしくお願いします」
ビオラがお辞儀をし、俺もそれに倣った。
「うむ。
ではまず、メガ進化を学ばせたいポケモンを一体、
「分かりました。えっと……どの子でもいいんですか?」
「構わんよ。大事なのはタイプではなく、どれだけトレーナーとポケモンが心を通わせておるか、じゃ」
心を通わせる──か。
なら、お前以上にこの修行に相応しいポケモンはいないよな。
俺は
道中ではアブリボンかメラルバしか見たことがなかったので、少し驚いた。
「カイロスなんて連れてたのか」
囁きかけると、ビオラは苦笑した。
「そうなの。すごく血気盛んな子で、すぐ色んな人にバトルを挑んじゃうから普段はあんまり出せなくて」
「あー、そういうことか」
ポケモンの性格は人と一緒で千差万別、十人十色だ。
カイロスは虫の中でも好戦的な部類だが、ビオラのパートナーはとりわけその傾向が強いという。
なるほど確かに、ボールを出た直後から、がしゃがしゃ喧しい音を立てて頭頂部の鋏を開閉していた。
威嚇行為か挑発か、いずれにせよ
「ふふん。活きがいいのぅ。よろしい。
では2人とも、他の手持ちを預かろう。
そやつらを入れていたボールもわしに寄越すんじゃ」
大人しく、ボールホルスターごと差し出した。
頭の上にちょこなんと座っていたルギア(ヤヤコマの姿)が俺と離れるのを嫌がったけれども、なんとか宥めすかしてボールに押し込む。
「それではビオラや。陣の線上に立つがよい」
師匠が床の円陣を指し示す。
昨日来た時は気づかなかったが、フロアには相撲の土俵によく似た円形の紋様が刻まれていた。
ビオラが線の上に立つと、カイロスは正反対の位置に立つよう指示された。
「向かい合うな。背中を向けるんじゃ」
「あ、はい」
これから何が起こるのか、不思議そうな面持ちで成り行きを見守っていたビオラがくるりと反転する。
背中合わせの2人の距離は、およそ5メートルほどか。
「うむ。それで良い。
それでは、2人同時に片手を挙げてみぃ」
言われるがまま手を上げる。
ビオラは右手、カイロスは左手だった。
「下ろせ。次、片足を上げよ」
これは2人とも左足を浮かす。
「1歩前に踏みこめ」
ビオラは上げたままの左足を前に出したのに対し、カイロスは一旦下ろしてから右足で踏みこんだ。
「ふむ」
師匠は頬を掻き、にんまりと笑った。
「こりゃ鍛え甲斐がありそうじゃのお。
ビオラや、こっちにおいで」
ビオラが駆け寄ってくる。
いまの一連の動きがなんなのか、訳が分からないという顔をしていた。
俺も全く同感である。
師匠はなにを見たかったんだろうか?
「ふふん。頭の上にハテナが浮かんでおるのう。
これはな、単純なテストじゃよ。
おぬしたちの絆がどんなものかという、な」
「きずな……ですか?」
「左様」
師匠の目が、鋭く光った。
「ポケモンバトルというのは、ポケモンだけが戦うのじゃあない。トレーナーが戦場の隅々にまで気を配りつつ、相棒の第3の目となり耳となって初めて勝利を掴むことができるのじゃ。その為には────」
どん、と胸を強く叩き、厳かに告げる。
「本当の意味で、繋がらねばならんのよ」
「繋がる……」
ビオラは眉間に皺を寄せ、一生懸命師匠の言わんとすることを読み取ろうとした。
俺も必死に考えをめぐらせる。
いまの動きと絆という言葉に、どんな意味があるのか。
(…………あ)
俺もビオラも、ほとんど同時に面をあげた。
「……一心同体となれ、ということでしょうか」
「察しがいいのう」
師匠は破顔した。
「その通りじゃ。
真に心が通じておれば、たとえ背中合わせであっても全く同じように動けるもの。
さっきのおぬしたちはてんでバラバラ、まだまだ絆が出来ておらん」
言うや、師匠がモンスターボールを放り投げ、ルカリオを繰り出した。
「見とれよ」
先程のビオラと同じように、ルカリオと背中合わせで立つ。「何か指示を出してみぃ」と言われ、ビオラが声を張上げた。
「手を挙げて!」
師匠とルカリオが同時に右手を掲げる。
「前蹴り!」
両者、左脚を鋭く蹴りだす。
「片手倒立!」
重力を感じさせない軽やかさで、2人が倒立した。
驚くべきことに、使った腕は無論のこと、着地の脚とタイミングすら完璧に揃っていたのだ。
「……とまぁ、こんなもんじゃの」
手を払いながら事もなげに言われ、俺もビオラも、ただただ呆然とするほかなかった。
「今日から1週間、とにかくパートナーと同じことをして過ごせ。来週同じ曜日にテストする。
5回連続シンクロ出来なかったらもう1週間じゃ。
合格するまで延々と続くから、覚悟せいよ」
ファーッファッファ、と高笑いをして、師匠は塔の奥に姿を消した。
〇〇〇
表に出ると、空が茜色に染まっていた。
朝から詰めていたから、およそ10時間も訓練していたことになる。
「もうこんな経ってたのか」
「ほんと。全然気づかなかったわね……」
思わず目を見交わす。
お互いの顔には、疲れがありありと滲んでいた。
…………あれから代わる代わるシンクロテストをやってみたが、何度繰り返しても芳しい成果は得られなかった。
1回目や2回目までなら動作が合致することもあるものの、3回目まで合わせられたのはたった1度きり。
5回連続となるとまるで出来る気がしない。
最後の方はカイロスが癇癪を起こし、床を転げ回って暴れたので慌てて切り上げる始末だった。
(本当に、クリアできるんだろうか)
暗澹たる気持ちを振り払おうと、努めて明るい声を上げた。
「と、とりあえず飯食おうぜ!」
「さ、賛成〜! お腹ぺこぺこ!」
ビオラも無理やりはしゃいでいる。
いまは、空元気でもいいから明るく振る舞うことが大切だ。でなきゃ、手応えの無さに心が折れそうだった。
シャラシティで唯一、ポケモンと一緒に食事ができるレストランに飛びこんだ。
俺は卵丼を、カブルーには苦味が強めのサンドイッチを注文した。
ビオラは案外辛いのもイケる口らしく、カイロスと一緒に激辛カレーを頼んでいた。
夕飯時には少し早いからか、店内の人はまばらで、食事はすぐに届いた。
いただきますとスプーンを持ち上げ、ふと恐ろしいことに気づく。
「ひょっとして、食べるものも揃えたほうがいいのか……?」
「ええ? そこまでする必要は……アレ、どうだろ……」
互いの眉間に皺が寄る。
師匠は『パートナーと同じことをして過ごせ』と言った。その『同じこと』とはどこまでを指すのだろう?
俺はてっきり、起きてから寝るまで四六時中一緒に居ろという意味だと解釈したのだが……
「…………じゃあもし、ポケモンフードを食べさせたら私たちも……ってこと?」
「……そう、なる、よな」
頬が引き攣るのが自分でも分かった。
実は昔、ヤマブキ学院に入学する前。
カブルーの飯をつまみ食いしたことがある。
四角く茶色いキューブがキャラメルみたいで美味そうに見えたのだ。
不味かった。
とにかく不味かった。
えぐみというか苦味というか、5歳の舌では到底許容できない味が口いっぱいにこびりつき、その後半日くらいは何を食べても吐くほど衝撃的な不味さだった。
今思い出しても胃の腑が痙攣する。
あの地獄をもう一度味わうぐらいなら一生メガ進化なんてできなくていい。
…………え、ダイゴに切った啖呵?
ハテ、記憶ニゴザイマセン。
「…………飯は、別々でもいいことにしよう」
「う、うん」
俺の気迫に気圧されて、ビオラはこくこく頷いた。
〇〇〇
「さぁて、今ごろひよっこ共は青ざめとる頃じゃろなあ」
マスタータワーの奥にある部屋で、ブランデーをちびりちびりと舐めながら、コンコンブルはほくそ笑んだ。
メガ進化の真髄は、ポケモンと人間の心をすっかり同調させることにある。
そうすることで、独りでは越えられない限界を超え、新たなステージへ到達することが能うのだ。
この同調に、個体の力量やトレーナーの成績は全く関係ない。
極端な話、ジムバッジを1つも持っていない駆け出しであっても、シンクロさえ出来ればメガ進化を修得できる。
愛しい孫娘のように。
面白いもので、順調にバッジを集めてきた連中ほどこのシンクロ試験に苦労するのだ。
タイプ相性や技の組み合わせなど、机上の計算で勝利を掴んできたトレーナーは、自分のパートナーの考えや気持ちを考慮する姿勢に欠けるからだろう。
では、ビオラやアシタバがそういう類の人間なのかというと、決してそうではない。
むしろあの2人は、常にパートナーに寄り添い、慮ることの出来る若者だ。
トレーナーとして理想的ですらある。
「だが、寄り添いすぎるのもよくない……」
あくまで己の
「さてさて、あの2人はいつそれに気づくじゃろうのぉ」
修行者のおよそ6割がこの試験で脱落する。
諦めるか、踏ん張るか。
「見ものじゃなあ」
グラスの氷が、からんと揺れた。
というわけで70話。
メガ進化に至る修行の過程はアニポケやポケスペを参考にしつつ捏造てんこもりでございます。
誰しも修得しうるわけではない、というのが公式設定なあたり、わりと尖ったシステムだなあと思います。
確かゲーム内でもメガ進化覚えられなくて落ち込んでるモブトレーナーいましたよね。
さて、久々にカブルーと2人きりになったアシタバくん。
どんな風に修行していくでしょうか。
レジェンズZA発売までにカロス編を駆け抜けたいなあ。
新設定きたら盛り込まずにいられない性分なので……
よければ感想高評価おなしゃす!