ルギア、拾っちゃいました。2   作:じゅに

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第72話 見覚えのある現象。

 

 

 

 

 時は矢のように過ぎて、2回目の同化試練(シンクロテスト)の日を迎えた。薄暗い塔の中に入ると、中央で待っていたコンコンブル師匠が微かに目を見開くのが分かった。

 

「……ほう。ポケモンとの同化(シンクロ)について、なにかコツでも掴んだようだの」

 

「そうだといいんですが」

 

 ビオラは苦笑し、傍らのカイロスの背を撫でた。

 カイロスは、数日前不貞腐れていたのがウソのようにやる気に満ちた顔をしている。

 たぶん、俺たち全員がそうだ。

 

 親友のマツバが与えてくれた助言は、修行の密度を格段に引きあげてくれた。

 今なら何度でも相棒と同じように動ける自信がある。

 

 師匠がちょいちょいと手招きし、例の円陣の上に立つよう指示した。

 

「そンなら、始めようかい」

 

「はい」

 

 ビオラが頷き、カイロスと背中合わせに立つと、師匠の目が俺に向けられた。

 

「お前さんもじゃ」

 

「えっ」

 

「4人同時に動いてみせぃ。楽勝じゃろ?」

 

 ふふん、と小馬鹿にしたように笑われて、怒ったカイロスがガシャガシャと鋏を鳴らした。

 

「やめろカイロス。

 簡単に挑発に乗るのはカッコ悪いぞ?」

 

 そう諌めると、カイロスは素直に怒りを引っ込めてくれた。2週間の修行で、随分心を開いてくれたらしい。

 

 俺とカブトプス(カブルー)は、ビオラたちと十字に交わるように立った。俺たち全員を線で繋いだら、円を四分割するような按配である。

 

 静かに目を瞑る。

 きん、と集中が研ぎ澄まされていった。

 

 息を吸って吐く、たったそれだけのささやかな音が場を支配した。

 

 その静寂を裂くように師匠の声が響き渡る。

 

「────しゃがめ!」

 

 右膝を折り、左脚を後ろに引いてしゃがみこむ。

 

「2人は立て! 残る2人はそのまま!」

 

 俺は立たなかった。

 

「片手を挙げよ!」

 

 右手を挙げる。

 

「首を倒せ!」

 

 左側に倒した。景色が傾く。

 

「気合いを溜めよ!」

 

 即座に立ち上がり、両拳を脇腹に据え、ハッ! と声を張上げた。

 言葉こそ違えども、その気合声のタイミングかぴたりとあったのが肌で感じられた。

 

(…………!)

 

 背筋がぞくっと粟立つ。

 全員の一体感がこんなにも高まったのは、修行中にもなかったことだ。

 

 ビオラが頬を赤くしているのが、

 カイロスが小さな手を握ったのが、

 カブルーが瞳を輝かせているのが見なくとも分かる! 

 

 魂が、重なっている────! 

 

「……ふん、よかろう。合格じゃ」

 

 ビオラは歓声をあげてカイロスに抱きついた。

 2人がくるくると踊り回る。

 

「前の試練からわずか7日……。

 ここまで仕上げてくるとはのぉ」

 

 つまらなそうな口調とは裏腹に、師匠の皺深い口許が緩んでいる。

 

「アシタバ。特にお前さんの成長が著しい。何をした?」

 

「……先にメガ進化を手に入れた親友(ダチ)から、助言を」

 

「誰じゃ?」

 

「エンジュのマツバです」

 

「あぁ、ゲンガーの小僧か」

 

 にわかに師匠が渋面を作る。

 

「奴はのぉ、歴代の修行者のなかでも一等可愛げのないやつでな。3つの試練をさっさとクリアしていきおったわ」

 

(だろうなあ……)

 

 学生時代もあらゆるテストを卒なくこなしていた男だ。

 魂の扱いも熟知しているし、簡単に突破しただろうことは想像に難くない。

 

「んで? その小僧からどんなヒントを貰ったんじゃい」

 

「────石と遊べ、って言われました」

 

 

 〇〇〇

 

 

 俺は自分の耳が信じられず、間抜けな声を上げた。

 

「……なんだって?」

 

「いま言った通りだよ。君はもっと、石に触れるべきだ」

 

 マツバは、PC画面の向こうでいたく真剣な顔をしている。俺をからかっている訳ではないらしい。

 

「石……って、なんで?」

 

「そりゃ、君のパートナーは岩タイプだからだよ」

 

 そしてマツバはつらつらと語った。

 

 人とポケモンの生物学的境界は曖昧だ。

 ポケモンのなかには、元々人間だったと謳われている種族も多い。

 世界最古の民話といわれるシンオウ民話には、人とポケモンが契りを結んだり、互いの姿に変化したりといった伝承がまことしやかに残されているほどである。

 

 だからカブルーも、かつて人間と交わった可能性や、そもそも人間の祖先たる可能性するあると言われ、俺は一理あると唸った。

 

「では、カブルーと君とを明確に分つものは何なのか。

 それこそが石だとオレは思うね」

 

「石……」

 

 河原なんかで石集めをしたことがある人は分かるだろう。どれもみんな同じに見えて、その実、大きさも形も固さも1つとして同じものは無い。

 全ての石は、その石だけの歴史と魅力を宿している。

 

 当然、俺のカブルーにも。

 

 それなのに、俺はカブルーの肉体……厳密に言えば肉体を構成する(要素)にまで意識が向いていないのだと指摘され、はっと瞠目した。

 

「魂を重ねるというのはね、よくよく相手を識らなくちゃいけない。

 髪の毛から爪先に至るまで、入念な観察と理解が不可欠なんだ。

 そうでなきゃ、同化なんて夢のまた夢だよ」

 

「…………まだ、カブルーには俺の知らない部分があるってことか」

 

 半歩後ろで俺とマツバのやり取りを聞いていたカブルーが、「ぎしゅ」と呟いた。

 

 マツバが微笑む。

 こいつは、ポケモンの鳴き声が人の言葉と同じように聞こえるという特技があった。

 

「アシタバについて知らない部分があるのか……って驚いてるよ。13年の付き合いだもんなあ、君ら」

 

「考えてることは一緒か」

 

 俺は笑みを漏らし、カブルーの胸のあたりをとんと小突いた。

 

「これからは、アシタバは石を、カブルーはアシタバを観察してごらん。四六時中ずっとね。

 そうすれば、きっと合格できる筈さ」

 

 俺は言われたとおり、湖岸で石を探しては遊んでみた。

 単純に高く積んだり、囲いを作ってみたり。

 石と石をぶつけて割ったり、疲れるまでリフティングしたり。ああ、水切りもやったな。

 

 そうする内に、だんだん触るだけで重さや脆さを把握出るようになった。

 久しぶりに相棒の躰をなぞってみると、驚くほど頑丈で、しなやかで、美しいことに改めて気づかされた。

 

 ダイゴが鉱石にのめりこむのも頷ける。

 

「────で、今に至る。って感じすね」

 

 ちなみに、俺だけ助言を貰うのはフェアじゃないのでビオラはどうすればいいか聞いてみたところ、カイロスが最も活き活きする環境で一緒に遊んでみろ、との事だった。

 

 そっくりそのまま伝えたら、ビオラは日がな1日、シャラシティ近くの森でカイロスと過ごすようになった。

 

「不思議なのよねえ。ただシンクロテストの復習をしていた時よりも、森で木登りしてる方がカイロスの動きが読める気がしたの。

 ああ、次はあの枝を掴みたいんだなとか、少しお腹が空いたんだなとか、手に取るように分かるのよ」

 

「それこそが同化の極意よ」

 

 立派な眉をしごきながら、師匠がうんうんと首肯した。

 

「ポケモンの欲しいもの、したいこと。

 反対に、欲しくないものや、やりたくない事は、ただ一緒に居るだけでは見えてこん。

 同じものを見、同じ匂いを嗅ぎ、同じ音を聴き、同じことを感じてようやく魂が重なるのよ」

 

 だが、とコンコンブル師匠がほくそ笑む。

 

「これはまだ序も序、ほんの始まりにすぎん。

 ここからが本番じゃ。ほれ、こいつを持てぃ」

 

 透明なガラス玉のようなものを投げ渡された。

 色味も模様もついていない。

 

 ビオラが訝しむ。

 

「……これはなんですか?」

 

「メガストーンじゃ。といっても、まだ()()()だがのう」

 

 言葉の意味がわからず、俺は首を捻った。

 

「卵の石ってことすか?」

 

「惜しいな。それを言うなら()()()じゃ。

 お前たち、メガ進化に必要な道具は覚えとるか?」

 

「えと、トレーナーが持つキーストーンと……」

 

 ビオラが後を引き取る。

 

「ポケモンに持たせるメガストーンですね」

 

「さよう。ほれ、ヒャッコクシティの日時計あるじゃろ。

 石材そのものはあの時計と同じじゃ。

 しかし、そのままではタダのビー玉に過ぎん。

 どうやってメガストーンに変化させるか分かるか?」

 

 2人とも首を振る。

 

「さもあろう。百聞は一見にしかず。

 ビオラや、カイロスにメガストーンを持たせ、先のように魂を重ねてみせい」

 

「は、はい!」

 

 ビオラは、言われるがままカイロスに《メガストーンの卵》を握らせ、呼吸を整えた。

 少しずつビオラとカイロスの息が合っていく。

 

 すると突然、カイロスの躰が輝きだした! 

 輝きは光の繭となり、カイロスをすっかり包み込む。

 

「…………っ!」

 

 俺は息を飲み、食い入るように繭を見つめる。

 繭はどんどん膨らみ、内側から弾け飛んだ。

 

 中から現れた相棒の姿に、ビオラが呆然と呟く。

 

「か、カイロス、なの?」

 

 そこには、全く違うカイロスが立っていた。

 雄々しく逞しい両角に、力強く羽ばたく翅。

 最初こそ本人も戸惑っていたが、その翅で空中を飛べると知るや、喜び勇んで塔の中を飛翔し始めた。

 

「す、凄いすごい!

 これがメガ進化なんですね、師匠!」

 

「おうとも。名付けてメガカイロスじゃ!

 パワースピード技の威力、全てが桁違いに跳ね上がっとるぞ!」

 

「メガ……カイロス……」

 

 口の中がカラカラに乾く。

 いまの現象に、俺は見覚えがあった。

 

 アローラ地方で、腹を貫かれたカブルーが突如変身した時と全く一緒だったのだ。

 

 当時は訳が分からなかったが、あれがもしメガ進化だったとするならば、カブルーの変身や瞬間的なパワーアップにも説明がつく。

 

(けど……大丈夫なのか? 

 あンときのカブルーは明らかに暴走状態だった。

 もしまたああなったら……)

 

 手持ちを預けている今、取り押さえるのは至難の業だろう。万が一ビオラや師匠を傷つけてしまったら、2人にもカブルーにも申し訳が立たない。

 

 懸念が不安を呼び、思考を圧迫していく。

 

 じっとりと汗の滲む手に、カブルーがそっと触れた。

 

「ぎしゅ」

 

「カブルー…………」

 

 カブルーの瞳は、どこまでも穏やかで、落ち着いていた。膨らみかけていた焦燥がみるみる萎んでいく。

 

 そうだ。

 わかんない事だらけなら、あれこれ悩んだって仕方ない。時には、歩くより先に走ることも大事なんだ。

 

「次、俺もいいですか」

 

「見せてみい」

 

 師匠に促され、メガストーンをカブルーに渡す。

 深く息を吸って、肺の底から吐き出した。

 

 3回目に息を吐いた直後、カブルーの全身が眩い光に包まれた。

 

 

 〇〇〇

 

 

「……ふむ。彼の人となりは大体読めました」

 

 カフェでの一角。

 出入口から見えにくい位置にある席に、アポロは座っていた。シャラシティ(現地)で雇ったバイトによる報告書を読みつつ、眼鏡のレンズを拭っている。

 

 彼の視力は悪くない。

 変装用の伊達メガネである。

 

 対面には、今回の任務のために呼び寄せたアテネの部下が座っていた。

 

 アポロは静かな声で、報告書の概要を喋りだした。

 これは部下に聞かせるためというより、己の考えを纏めるための、彼独自の手法なのだった。

 

「……直近4日間の石遊びとやらは恐らく同化のための行動でしょう。集中が深い分、まわりへの注意力は希薄になるタイプのようですね」

 

「手持ちはカブトプス一体のみ、ただし力量は低くないと思われる……ですか。

 まあアテネやラムダを(しりぞ)けたトレーナーならば弱い訳がありませんね」

 

 報告書をたっぷり3回読んだ後、テーブルに置き、瞼を閉じる。

 こめかみを一定のリズムで叩きだした。

 アテネ曰く、アポロが戦略を練るときに現れる癖で、敵が手強いほどリズムが早くなるらしい。

 

 とん、とん、とん────

 

 部下は黙したまま、アポロの言葉を待っている。

 

 やがて、アポロの瞼が薄く開かれた。

 

「……もしも今日同化試練を突破されたら、猶予は幾許もありません。メガ進化を修得される前に叩き潰すべきです。────よって」

 

 音もなく立ち上がり、会計カウンターに向かいざま、恐ろしく低い声で囁いた。

 

「本日、アシタバ暗殺作戦を実行します」

 

 部下は小さく頷き、するりと店を抜け出した。

 

 

 

 




というわけで72話。
いよいよメガ進化の修得に入ります。
メガストーンのタマゴに関しては次話で説明したいですねえ。

しかし暗躍しだすアポロ一行。
アシタバは無事に明日の朝日を迎えることができるのか。

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