眩い光が繭を成し、数瞬後に弾け飛ぶと。
案の定、アローラで発現したのとおなじ、六本腕のカブトプスがそこに居た。
あの時と違うのは、
胸を撫で下ろす俺の横で、ビオラが我が事のように喜んでいた。
「やったやった! アシタバも成功ね!
凄いわ、なんていうかとっても神秘的!
いいんじゃない、いいんじゃないの!」
叫びつつも、しっかりカメラを構えているあたりは流石である。
俺は苦笑しながら場を譲り、コンコンブル師匠の批評を待った。
師匠は、ビオラがメガ進化を成功させた時とは打って変わって、厳しい眼差しでカブルーを眺めやっていた。
「あれはもしや…………いや、しかし……」
と、なにやらぶつぶつ呟いている。
ただならぬ様子に、心臓がどきんと跳ねた。
前にカブルーがああなった時は、なにもかもが
なにしろ腹に大穴が空いて死にかけていたし、俺の血を大量に浴びてもいる。
ひょっとすると、それがカブルーのメガ進化に良くない影響を及ぼしているんじゃないだろうか?
「……師匠?」
遠慮がちに声をかけると、師匠ははっと我に返り、大きく咳払いした。
「2人とも、気を抜くな。そろそろじゃぞ」
「そろそろ?」
ビオラが首を傾げた瞬間。
塔の中を気持ちよさそうに飛んでいたカイロスのメガ進化が、いきなり解けた。
「ギュエェエ?!」
「か、カイロスーッ!?」
けたたましい音を立ててカイロスが墜落する。
ビオラが血相を変えて駆け寄った。
ふと視線を戻すと、カブルーの方もいつの間にか元の姿に戻っていた。
「え、あれっ?」
「メガ進化はの、躰に凄まじい負荷がかかるんじゃ。
だから慣れていない個体ほど脳が勝手にブレーキをかけて、元の肉体に戻ってしまうんじゃよ」
「な、なるほど……」
いわゆる防衛本能というやつか。
思い返せば、ダイゴのボスゴドラも、攻撃力と防御力が飛躍的に上昇した反面、重量も倍加していて動くのが億劫そうだった。
ダイゴがすぐにメガ進化を使わなかったのは、愛するポケモンになるべく負担をかけたくなかったんだろう。
「お前さんたちに渡したのはメガストーンのタマゴと言うたろう? まだ未成熟、未完成の石なんじゃわ。
訓練を繰り返すうちに石とポケモンが成長していき、やがてそのポケモン専用の完璧なメガストーンになる……という寸法よ。
……まあ、そこまでいっても負担を完全にゼロにできるわけじゃないがのぉ。
さあそこで、じゃ」
師匠がやにわに指を3本立てた。
「お前たちは、メガ進化を10分維持できるようにせい。
それが第2の試練じゃ」
「10分……」
ビオラたちを横目で見やる。
ビオラも俺を見返してきた。
その顔色がちょっと青ざめているのは気のせいではないだろう。
正確に測ったわけではないが、カイロスが飛んでいたのは1分ちょっと、カブルーに至ってはメガ進化して30秒も経っていなかったように思う。
つまりはそれが、現時点での活動限界というわけで。
(それを10分に延ばせってか)
これまたとんでもない難題である。
俺は、冷たい汗が背を濡らすのを感じた。
〇〇〇
「どーすっか」
「どーしようね」
キッチンカーで買ったホットドッグをぱくつきながら、俺とビオラは唸った。
コンコンブル師匠は、俺にも稽古をつけてくれる気になったらしく、メガ進化継続訓練について3つの決まり事を伝えてきた。
決まりというのはこうだ。
ひとつ、メガ進化は1日3回までとすること。
ひとつ、最低でも5時間以上間隔を空けること。
ひとつ、期日は設けないから、10分維持できるようになったら見せに来ること。
「言わでものことだがの。
優先すべきはメガ進化の会得ではなく相棒の無事ぞ。
あまり無理をさせるな。
させていると判ったら即破門じゃ。心せい」
「「はい!」」
俺もビオラも揃って頭を下げた。
それからマスタータワーを出て、特に理由もなく公園のベンチに座り、ホットドッグを堪能している────という訳である。
今日は年の瀬が近いとは思えないほど暖かい陽気で、道行く人々の顔も晴れやかだ。
ビオラなどは、「撮影日和ねぇ」と頬を綻ばせていたのだが、さて試練のことを考えてしまうと気が重い。
「
「そんだけ手こずるってことだろうしな……」
ポケギアで時間を確かめる。
現在の時刻は昼の一時過ぎ。
もう一度メガ進化を試すまで、最低でもあと4時間は待たねばならない。
「問題は、こいつがいつ起きるかだな」
腰に吊るしたフレンドボールに視線を落とす。
やけに眠そうだったのでボールに入れてみたら、入るやいなや寝入ってしまったのだ。
規則正しい生活リズムを送る相棒が、こんな昼日中に眠ることなど滅多にない。
どうやら、たった30秒の変身でもかなりの疲労が溜まるらしかった。
ビオラのカイロスも同様で、こっちに至っては立ったまま寝る始末である。
翅が生えたのが嬉しくてブンブン飛び回ってたのも原因だろうが……いずれにせよ、2人の様子は俺たちに重要な事実を示唆していた。
つまり、メガ進化は想像以上にエネルギーを消費する技────ということだ。
師匠はメガ進化の間隔を5時間以上空けろと言っていたが、これはあくまで目安にすぎない。
ポケモンによってはもっと──例えば10時間以上インターバルを取らねばならないかもしれないのだ。
そうなると必然的に試行回数も減り、ますます第2試練突破への道のりが遠退くわけで。
いやもう、まるでクリアできる気がしなかった。
重い息を吐きながらおもわず呟く。
「……釣りしてぇ」
そんな場合じゃないでしょ、とツッコまれるかと思いきや、意外にもビオラは賛意を示した。
「あら、いいじゃない! 気分転換は大事よ。
そうね、私もこの街の写真撮ってこようかしら。
しばらくカメラいじれてないでしょ?
指がウズウズしてるのよねー!」
言いつつ、すでにその手はカメラをしっかり握りしめている。俺は笑って立ち上がった。
「んじゃ、お互い気分転換タイムってことで。
夜に昨日の飯屋集合な」
「オッケー!」
ビッ! と親指を立てたあと、ビオラは軽やかに駆け出していった。
〇〇〇
マスタータワーの一室、コンコンブルの部屋で坐禅を組んでいたルカリオが、片耳を震わせた。
主の方を振り返り、くわんぬと警告じみた鳴き声を発する。昼間から酒を嗜もうとしていたコンコンブルが、恨めしげな目を向けた。
「なんじゃい。ちょっとぐらいええじゃろ」
「くわんぬ!」
ルカリオは頑として譲らない。
コンコンブルは溜息をつきつき、名残惜しげに酒瓶から手を離した。
幼い頃から苦楽を共にしてきたこのポケモンには、隠し事も誤魔化しもまるで通じない。
先日医者から酒を控えるよう窘められたことさえ波導の力でばっちり聞かれてしまっているのだから、素直に従うほかなかった。
「ほれ、これでええじゃろ!」
揺り椅子にどっかと腰を下ろし、ぱっと両手を広げる。
もう酒は諦めたのサインだ。
ルカリオはひとつ頷き、坐禅を再開した。
ぎぃこぎぃこと前後に揺れながら、コンコンブルはアシタバとビオラに思いを馳せた。
第2試練は、いかにもクリアに時間がかかりそうだと思われがちだが、実はそうでもない。
……いや、そうでもないトレーナーが居る、と言った方が適切か。
例えばエンジュのマツバや、先月メガ進化を会得したヘルガー使いなどは、この試練をものの2日で終えた。
一方で、ガブリアスを連れてきたシンオウの金髪美少女のように、クリアまでたっぷり半年以上かかるコンビもいるので、まさしく「人による」試練なのである。
では、アシタバ達はどうだろう。
意外な早さで10分の領域に到達するか、それとも手こずるか。
現時点では、なんとも言えない。
それよりも、どうしても気になることがあった。
「そもそも、アレは本当にメガ進化なのか……?」
メガ進化をすると、凄まじいエネルギーが細胞ひとつひとつに影響を及ぼし、容姿を劇的に変化せしめる。
中には、全く別種の生き物かと思うほど様変わりするケースもあるくらいだ。
そういう意味では、カブトプスの変身は順当な変化と言えよう。
が、長年メガ進化を伝承してきたコンコンブルの観察眼は、拭いきれない違和感を覚えていた。
「あれはむしろ…………」
太古の昔、ホウエンで暴れ回った
現代では、
────もしも。
カブトプスが生きた時代が、かの神々が世界を荒らした頃と合致するならば。
「……ゲンシカイキ、なのではないか……?」
思い過ごしであればいい。
けれど、この推理が当たっていたとしたら。
恐ろしい事態を招いてしまうかもしれない。
コンコンブルの眉間に、深い皺が寄せられた。
〇〇〇
「今日はやたら捗るなあ」
バケツいっぱいに釣れたバスラオたちと目を合わせる。
赤筋、青筋、たまに白筋でよりどりみどり。
みんな腹が減っているみたいで、ひっきりなしに歯を鳴らしていた。
ちょっと怖い。
「肉食なんだよな君ら。お家へおかえり」
バケツを傾け全員湖にリリースする。
空には茜色が差し始めたが、カブルーはまだ起きそうになかった。かなり深く眠っている。
(ひょっとしたら夜まで起きねえかも……)
そうならかなり最悪だ。
1日のうちに練習できる
カブルーに無理させたいわけではないし、急いで修得する理由もないからいいっちゃいいんだが…………
「ツワブキさんたちにお礼に行けないンだよなぁ」
誘拐犯の濡れ衣を着せられたとき、俺の為に声を上げてくれた恩人たち。
輝きの洞窟からミアレシティに戻ってすぐに手紙を送り、テレビ電話でも礼を述べたが、彼らから受けた恩義は計り知れない。
なんとしても直接会って頭を下げたかった。
それが遅れてしまうのが、心苦しいのである。
「明日は明日の風が吹くっていうけど、そろそろ優しい風が吹いてくれませんかね〜」
益体もないことをぼやきつつ腰を浮かしかけた俺は、湖面から視線を感じ、面を上げた。
いつの間に居たのか、キングドラが水面に顔を出し、俺を見つめていた。
水・ドラゴンというレアな複合タイプに胸が躍る。
「へぇ、めずら」
しい、の声が言葉になるより早く。
激痛が、心臓を貫いた。
〇〇〇
マスタータワーへと続く砂浜を一望できるホテルの一室。窓辺で双眼鏡を覗いていた部下が告げた。
「奇襲成功」
「そのようですね」
隣に立っていたアポロにも、標的──アシタバが崩れ落ちるのが確認できた。
あれほどの至近距離で急所に水鉄砲を喰らえば、ひとたまりもあるまい。
あの辺りには、あらかじめ飢えた
血の匂いを嗅ぎつけて、跡形もなく処理してくれることだろう。
たとえ目撃者がいたとしても、作為的な事件とは誰も思うまい。
釣り人が水棲ポケモンに襲われるのは、
ダイバーの格好で潜らせた部下たちからの完了報告が待ち遠しい。
「アテネの配下に“スナイパー”のシードラが居て助かりましたよ」
部下が感心しきりな表情で振り向いた。
「それにしても、よく龍の鱗をお持ちでしたね。
あれは相当稀少な代物では?」
「うん? ……ふふ、たまたまですよ」
アポロはお粗末な質問にくすりと微笑んだ。
たまたまなものか。
有用な団員の手持ちや進化条件を全て把握し、いざという時のために用意していただけだ。
その程度の気働きもできずにあの方の右腕になれるわけがないだろう。
(まあ、わざわざ教えてやる義理はありませんが)
「私はシャワーを浴びてきます。
何かあったらすぐに報告を」
「かしこまりました」
アポロは音もなく部屋を後にした。
というわけで73話。
メガ進化修得かと思いきやまだまだ試練は続く模様。
そしてアシタバ大ピーンチ。
撃たれて喰われて人の形を保てなくなっても復活できるのか!?
今年1年お世話になりました。
みなさんのおかげで今日まで連載やっていけてます!
来年もどうぞよろしくお願いします!
それでは皆様、良いお年を♡
お手隙の時に感想高評価お待ちしてます♡