びっしょびしょに濡れそぼったままポケモンセンターに現れた俺を、ジョーイさんは目を丸くしつつも出迎えてくれた。
「いや〜釣りしてたら野生ポケモンに襲われましてねえ」
「まあ、災難だったわねぇ」
微笑みながら渡されたタオルの有り難さたるや。
優しい。好き。
荷物から適当に替えのシャツだのパンツだのを引っ張り出し、手っ取り早くシャワーを浴びる。
洗濯はしているが手入れが悪いのでくたくたのヨレヨレだ。ビオラとの夕食もあるし、やっぱり服は新調したほうがいいだろう。
「…………」
センターを出る間際、相棒の入ったフレンドボールを見透かしてみる。
起きるのは深夜か早朝か。
いずれにせよ、修行を再開できる余裕はあるまい。
隣から覗きこんできたサマヨールが、赤い一ツ目をぱちくりさせた。
『おんやあ? カブルー殿は随分お疲れのようですな』
「メガ進化の修行がけっこーしんどいみたいでさ。
昼間から眠りっぱなしだよ」
『あららら……』
サマヨールが心配そうにそっと手を添えてくる。
思ったよりもちもちしていた。
幽霊なのに。
『よろしければ我輩の痛み分け使ってみてはいかがですかな? せっかくこれからご飯ですのに、一緒に食べれないのは寂しいですぞ』
「そしたらお前もめちゃくちゃ疲れちゃうぞ?」
痛み分けはその名の如く、対象が負ったダメージを分かち合う技だ。
メガ進化で削られた体力がどれほどのものか、正確に数値に起こせるわけじゃないが、決して些少なものではないはずである。
しかしサマヨールはニコニコしたまま、頑として譲らなかった。
『いえいえ! 我輩洞窟でもお子ちゃまたちの話し相手になってたぐらいで元気有り余ってますしおすし。
普段バトルにも参加できませんからこのぐらい任せてほしいですぞ!』
「それは気にしなくていいってのに……。
ま、必要になったら頼むわ」
『御意!』
ぴし! と敬礼するサマヨールに苦笑し、自動ドアをくぐる。
年明けの冷たい空気が頬を嬲った。
時刻は夕方6時を回ろうとしている。
ビオラとの約束の時間を考えたら、あまりのんびりしている余裕は無い。
値段的にも距離的にも手近な店はどこかと視線を巡らせた刹那、名状しがたい気配に総毛立ち、考えるより先に横に飛んだ。
ついさっきまで俺が立っていた所を、鋭い光線が貫いていく。
鈍色の光と、直撃を受けたセンターの壁が綺麗に穿たれているところから察するに、これは────
(ラスターカノン!? なんで、誰が?)
いや、詮索は後だ。
今やるべきことをやる!
何事かと外に出てこようとするジョーイさんに、危険だから中に居てと叫び、サマヨールに命じた。
「ヨモツ! 俺の影に!」
『はっ、はわわっ、はいですぞ!』
サマヨールが影に入るか入らないかのうちに、弾かれたように走りだす。
背後からの狙撃は止むことを知らない。
ルートを限定しないジグザグ走りが功を奏し、当たることはないが、時々ぢりっ、と顔の産毛が逆立つ瞬間がある。その時だけ地に伏せると、必ず頭上をラスターカノンが通過していった。
息をつき、再び地を駆け抜ける。
(さっき撃たれた時といい、やけに勘が冴えてんな……。
特性《危険予知》でも目覚めたか?)
吹き出しかけ、おもわず真顔になった。
────有り得ない話じゃない。
キングドラにやられたシャツをよく見てみたら、あの穴は胸から背中まで貫通していた。
試しに体に当ててみると、どうやら心臓ド真ん中を撃たれていたらしい。
つまりあの一瞬、俺は死んでたわけだ。
前に死にかけた時はルギアの神通力で助けてもらった。
そのせいで半神半人になっちまったわけだが……
もし仮に、死の淵から甦るごとに人間離れしていくというのなら、ポケモンじみた特性を会得しても不思議ではないだろう。
「……っと、着いた」
目的地に着き、足を弛める。
影から飛び出したサマヨールがはわはわと訴えてきた。
『あ、あ、アシタバ殿っ?
こんな何もないとこで止まってどうするつもりでござるか? 当ててくれって言ってるようなもんでござる!』
「当てて欲しいのさ」
『ほわっ!?』
俺は不敵に笑いながら彼方を見やった。
相手も俺の思惑に気づいているんだろう、さきほどから狙撃が止んでいる。
俺たちが立っているのはつい1時間前まで釣り糸を垂らしていた、シャラ湖の砂浜だった。
ここなら、身を隠す場所なんかない。
卑怯卑劣なスナイパー野郎を拝むことが出来る。
「どうした? 来ないのか!」
虚空に向かって吠えると、岩陰から男が歩み出てきた。
黒い帽子を被り、コートの襟を立てているせいで容貌が判然としないが、そんなに歳は離れていなさそうだ。
「…………」
男は物も言わず、無造作にボールを放った。
大型の四足獣・ヘルガーが降臨する。
その姿を認めた途端、俺の本能が最大級の警戒信号を発令した。
(こいつ……やばい!)
人を人とも思わない、冷酷さ。
必要とあらば赤子でも殺す残虐性が滲み出ている。
何メートルも離れているのに、ここまで血の匂いが漂ってきそうだ。
俺は首筋に浮かぶじっとりした汗を拭いもせず、傍らの幽霊に囁いた。
「ヨモツ。すまん。やっぱ頼むわ」
後ろ手にカブルーの入ったボールを差し出す。
ボールを覆うサマヨールの手が、恐ろしく震えていた。
〇〇〇
(やはり……生きている)
油断なく相手を見据えながら、アポロは双眸を細めた。
アテネの部下のキングドラ使いと合流し、話を聞いてみたが、間違いなく胸元にヒットしたという。たとえ心臓を外していたとしても、致命傷だったのは間違いないと。
だが実際はどうだ。
標的は撃たれる前と変わらずピンピンしている。
追跡の途中、試しに背後から狙撃させてみたが、その全てを避けられてしまった。
特性《スナイパー》に加え、ピントレンズを持たせたにも関わらず、だ。
アポロは確信した。
運がいいだけでは済まされない。
甦り、こちらの攻撃を躱すだけの特別な
(いまここで始末出来ればよし。
たとえ逃したとしても、それだけは突き止めねば)
仕留め損なったと聞いた時から、嫌な予感がしていた。
こいつはいつかきっと、
「許しませんよ、そんな事は……」
自身にも聞こえないほど低く呟き、ヘルガーに命じた。
「火焔放射!」
灼熱の業火がアシタバに迫る!
骨も残さず焼き尽くすかと思われたその時、突如発生した砂嵐が焔を巻き取り、瞬く間に消滅させた!
アポロの眉間が険しくなる。
「カブトプス……」
両手の鎌を広げた古代生物が、アシタバを庇うように立ちながら、勇ましい雄叫びを上げた。
〇〇〇
見慣れた背中。
見慣れた技の展開。
「カブルー……!」
「ぎしゅ!」
俺の呼び掛けに、カブルーが力強い声で返事をする。
けれど俺は、相棒が万全とは程遠いことに、気づかない訳にはいかなかった。
カブルーの生み出す砂嵐は、普段もっと密度が高いし勢いもある。
焔を消すだけでなく、ヘルガー本体まで襲えたはずだ。
それが消火だけで精一杯だった。
威力はいつもの1/3程度、というところか。
(……痛み分けは回復技じゃねえ……。
体力の多寡を比べて同じぐらいに均すだけだ)
目覚めたとて、安静が必要な状態なのには変わりない。
長くは戦えないだろう。
(タイプ相性の有利を押しつけていくしかねぇな)
「気張るぞカブルー! ストーンエッジ!」
「ぎしゅ!」
カブルーが砂浜に鎌を突き立てる。
荒々しく尖った
だが鍛え抜かれた黒狗は、地中からの攻撃も悠々回避してみせた。それどころか、突き出たエッジを足場にしてこちらに跳躍してくる始末である。
「近寄らせるな! ロックブラスト!」
「悪の波動!」
漆黒のエネルギー波が礫を消し飛ばし、カブルーの全身を打ち据えた。嫌な音を立てて甲殻が罅割れる。
「噛み砕け!」
「っ、アクアジェット!」
背中の排出口から水を噴き出し、すんでのところで凶悪な牙から逃れた。
獲物を捕らえ損なったヘルガーが、恐ろしい唸り声をあげながら俺を睨め据える。
俺ははっと息を飲んだ。
こういう顔つきのポケモンを、俺は度々目にしてきた。
なぜもっと早く気づかなかったんだろう。
(この血腥い雰囲気……。
平気でトレーナーを狙う戦い方……。
まさか…………!)
「────お前、ロケット団だな!」
男は、口元を歪めた。
「さあ、どうでしょうね?」
「そりゃイエスと答えたも同じだろうが……っ」
拳を強く握りしめた。
腹立つなんてもんじゃない。
怒りすぎて内臓が沸騰しそうだった。
こいつらは何度俺を襲えば気が済む?
何回俺の仲間を酷い目に遭わすつもりだ!
「絶対、絶対許さねえかんな!」
掌のなかのキーストーンが輝きだす。
「それはこっちの台詞ですよ!」
男もまた、右手に嵌めた指輪を光らせた。
瞬きほどの睨み合い。
そして俺たちは、同時にその名を口にした。
「「メガシンカ!!」」
互いのポケモンが、光の繭に包まれた────!
というわけで75話。
やっとカブルー小復活。
バトル書くのは楽しいなあ!
痛み分けでむりやり体力戻してからのメガ進化ですが、反動はキツそうですねえ。
ここで勝たんとまじ死ぬど、アシタバ。
よければ感想高評価おなしゃす!