(メガヘルガー、か)
六本腕に変化した
大きく変わったのは頭頂部に生えた角の大きさと、胸全体を覆うように広がる骨の鎧だろうか。
もともとヘルガーという種族は機動力と特攻力に優れる反面打たれ弱い。
防御力に欠ける躰を補うための鎧だとすれば、かなりの強度を誇るはず。
それに、メガ進化せずとも火焔放射や悪の波動の破壊力が著しく高かったことを鑑みれば、正面突破は無謀か。
であるならば。
死角に回り込んでの早期決着。
これしかない。
「いけそうか、カブルー」
囁きに、相棒は無言の首肯を返した。
俺も頷き、片手を突き出す。
「砂嵐!」
ヘルガーの焔を消した時より何倍も大きく、威力の強い塵旋風が吹き荒れる。
カブルーはそのただ中に飛びこみ、姿を消した。
岩タイプは砂嵐の中にいると耐久力が格段に上がると言われている。
それを嫌った男が押し潰そうと炎上を広げても、カブルーなら余裕で耐えられるだろう。
────それが甘い見通しだったと、分からされたのはこの直後だ。
それまで微動だにしなかったヘルガーが、やおら四肢を曲げたと思った瞬間、凄まじい速さで砂嵐に突っ込み、砂の陰に隠れていたカブルーの首根っこを咥えて引きずり出したのである。
そのまま砂嵐の外に飛び出すや、大地にカブルーを叩きつけた!
すかさず止めを刺そうとする黒狗に、カブルーは鎌を振り上げ牽制し、なんとか距離をとる。
「…………!!」
俺は、驚きに声もなかった。
嵐の中に潜ってしまえば、トレーナーの俺ですら相棒の位置は判然としない。
しかもカブルーはひとつ所に留まらず、敵の隙を突こうと走り回っていたはずなのに、どうしてヘルガーはあんなにも容易く居場所を看破できたのか?
「おや? 私のヘルガーがカブトプスを捕捉できた理由が分からないようですね?」
男は嬲るように嗤った。
安い挑発だ。
取り合わず、カブルーの全身を注視する。
あれほど強烈に叩きつけられても、甲殻が割れた様子は無い。
甲殻の強度が上がっているのか、それとも……
その場合、新たな特性は何だろう。
(くそっ。疑問が片付く前に新しい疑問が生まれちまう)
一つ一つ検証しているゆとりはない。
なにしろこっちのメガ進化は不完全なのだ。
カブルーがこの姿を保っていられるのは、もってあと10秒ほど。
焦りで手汗が滲んだ。
(畜生、時間が、時間が欲しい……!)
そこへ、カブルーの影から灰色の手がにゅっと現れ、骨ばった脚を摩り、消えた。
疲労しきっていたカブルーに闘気がみなぎる。
男からは死角だったようで、なにも反応しなかった。
おもわず、ぽかんと口を開けてしまう。
(いまの、って…………?
……………………!
心を読んだかのように、俺の影に移ったサマヨールが語りかけてきた。
『我輩、これしかできませんが……。
何度でもカブルー殿の痛みを肩代わりしてみせますぞ!
体力が戻ればメガ進化の時間も延びるやも!
粘りますぞ、アシタバ殿!』
「そうか……そうか!」
頬が緩んだ。
なんだよ
おまえ、戦えないって言っときながら、めちゃくちゃ戦ってくれるじゃんか。
こんなに心強いサポートないぞ。
リュックからオボンの実を取り出し、後ろ手で影に落とした。
痛み分けは無限に使える技じゃない。
サマヨールの体力が尽きたらおしまいだ。
その前に、なんとしてもあいつらをぶち倒す!
「カブルー、ストーンエッジ!」
巌の槍が、砂浜に屹立した!
〇〇〇
「悪の波動!」
「岩石封じ!」
「アイアンテール!」
「辻斬り!」
「火焔放射!」
「ロックブラスト!」
絶え間ない技の応酬。
砂浜に爆炎が、大岩が、牙と鎌による斬撃が幾度となく翻る。
数分程のバトルなのに、俺も相手も滝のような汗をかいていた。
一進一退の攻防、しかし形勢は少しずつ、俺たちに有利になりはじめている。
やはりメガ進化といえど、タイプ相性の圧倒的不利は覆しがたいようだ。
強引に攻め立てた甲斐もあり、明らかにヘルガーの動きから精彩さが失われてきていた。
(このまま押し切れば……いける!)
同じことを思ったらしいカブルーが、砂浜中に
6本の鎌が白く光る。
「燕返し!」
刹那。
目の端に、ヘルガーがほくそ笑むのが映った。
「バークアウト」
漆黒の咆哮が、空中で身動きの取れないカブルーを吹き飛ばす!
その威力は絶大で、いましもカブルーを回復しようと影に潜んでいたサマヨールまで打ちのめされてしまった。
サマヨールはもはや隠形する余力もなく、砂上に倒れて動かない。
カブルーも、よろよろと立ち上がりかけたところでメガ進化が解け、どうと倒れ伏してしまった。
「……嘘、だろ」
(2体、同時に……!?)
戦える手持ちがもう居ない。
絶望に、目の前が暗くなる。
「チェックメイト、ですかね」
気障ったらしい煽り文句。
反論したくとも、口が震えるばかりだった。
あれほど弱らせたと思ったヘルガーは、ダメージなどどこ吹く風で、俺を睥睨している。
全然通じてなかったっていうのか。
カブルーが、あんなに頑張ってくれたのに。
男が、優越と嘲りを混ぜた声音で命じた。
「塵も残しませんよ。ヘルガー、煉獄」
大規模な獄炎が周囲を灼き尽くす技だ。
俺は為す術もなく、咄嗟に目を瞑った。
だが、いつまでたっても焔を感じない。
おそるおそる瞼を開くと、なぜかヘルガーが悶絶しており、男が憤怒も露わに天を仰いでいた。
つられて同じ方を見やる。
そこには───
「なんかよくわかんないけど!
無抵抗のトレーナーに仕掛けるのは違うでしょ!」
「ビオラ…………!」
アブリボンに抱えられたビオラが、空を飛んでいた。
〇〇〇
男が憎々しげに吐き捨てる。
「粉塵、ですか。鬱陶しいですね」
粉塵。
炎を放つポケモンに振りかけることで、火花が散った瞬間体内あるいは体の表面で連鎖的に爆発を起こさせる技……だったか。
使えるポケモンはほとんど居ない。
使えるのはビビヨンとアブリボンくらいのものである。
これを纏うと、使う炎技の威力に応じて自身に跳ね返るダメージも大きくなる。煉獄ほどの技ならば、なるほど炎タイプといえどもタダでは済むまい。
実際、ヘルガーの骨の鎧は粉々に砕け、躰のあちこちに火傷ができていた。
とても戦える状態ではないだろう。
空中から降りてきたビオラが、ボールを突きつけた。
「どうするの? まだやる?」
「…………いいえ」
男は氷のように冷たい
瞳に凝る闇の深さに、背筋が凍る。
「今日のところは退散いたします。
いずれまた、どこかで」
男は小さく微笑み、悠々と去っていった。
男がすっかり見えなくなってから、ビオラがへなへなと崩れ落ちた。
「な、なんなの、あの人……。
あんな怖い顔見たことない……」
「……たぶん、ロケット団だ」
ビオラが勢いよく振り返る。
「ロケ……それって、あのマフィアの……?
な、なんだってそんな人とバトルしてんのぉ!?」
俺は苦虫を噛み潰したように顔を顰めてしまった。
戦いたくて戦っていた訳じゃないし、そもそもロケット団との最初の因縁からして交通事故みたいなもんだ。
だけどそれを全部話すエネルギーは流石に残っていなかったから、俺は短く答えた。
「……色々あるんだよ」
〇〇〇
シャラシティの道を、パトカーがひっきりなしに駆け抜けていく。
街中に刻まれた射撃痕の犯人を追っているのだろう。
ご苦労な事だ。
とっくの昔に逃げたというのに。
ホテルに待機させていた部下にも逃げるようメールを送る。黒いコートの襟を立て、アポロは足を早めた。
胸中には、怒りと憎しみが渾然一体となり、激しく渦巻いていた。
結局、アシタバを始末することも、死の淵から生還したカラクリを突き止めることもできなかった。
相棒を倒すことに拘りすぎた。
しかし、ああでもしなければ、とてもあのカブトプスを下すことは叶わなかったのも事実である。
コートのポケットに目を落とす。
ボールの中で、我が相棒のヘルガーは何を考えているだろうか。
意地っ張りのこいつらしく、さも効いていない風を装っていたが、あの鎌も岩による攻撃も、一撃喰らっただけで気絶は免れなかったろう。
回避し続けられたのは僥倖だった。
早く倒れろ、いま倒れろと、どれだけ願ったか知れない。影に潜むサマヨールに気づかなければ、地に伏していたのはこちらのほうだった。
アポロの爪が掌に食いこむ。
任務失敗。
ロケット団に入って初めての醜態だ。
このままでは終わらせない。絶対に。
なんとしても、あの男をあの世に送ってやる。
「それまで精々生きるがいい…………」
霙まじりの冬風が、アポロの声を攫っていった。
というわけで76話。
ロケット団員と正面から戦ってはじめての敗北かな?
カブルーが疲労困憊だったとはいえ、2対1で負けてしまいました。
これはアシタバ悔しいだろうなあ。
途中、コンコンブルさんに乱入してもらおうかと思ってましたが、数少ない「ふんじん」使いがいることを思い出し、彼女に来て貰いました。
次話は久々に他の手持ちたちも出してあげたい所存。
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