ひとしきり奇声をあげた後、一瞬の間を置いて、ラッキーがしゅばっ! と跳躍した。
キレッキレの回転をしながら華麗に着地する。
まわりのポケモンたちが拍手喝采を贈った。
俺もクルミもただただ圧倒された。
ラッキーといえば、臆病だけれども困っているひとは決して見捨てない、慈愛の塊のようなポケモンとして名を馳せている。
稀代の天才・オーキド博士も、かつてトレーナーだった時分に、ケガで動けなくなっていたところを甲斐甲斐しく世話してもらったという。
その時に貰ったたまごが絶品だったことから、《たまごポケモン》と分類したのだとか。
本当によかった。
そのとき出会ったのがこの個体じゃなくて。
もしそうだったら分類名が《ぜっきょうピンク》とかになってただろう。
他のラッキーからすれば風評被害もいいところである。
いまだ鳴り止まぬ拍手を全身に浴びているラッキーを尻目に、クルミに訊ねてみた。
「あのラッキーでもいい?」
クルミは静かに首を振った。
「さけばないラッキーがいい」
ごもっともである。
俺たちは何も見なかったことにして、ウェルカムエリアまで戻った。
幸い、ラッキーも取り巻き軍団も追いかけてこなかったので、良かったなと思いました(作文)。
〇〇〇
それから3時間。
結局、
サファリゾーンのロビーでラジカセを抱えて座っていたジョウさんが、俺たちに気づいて駆け寄ってきた。
「どうだったクルミ? 楽しめたか?」
「とっても楽しかったよ! お父さんは? ケガ大丈夫?」
「ああ! もうどうってことないよ。
病院のラッキーが癒しの波動って技をかけてくれてね、みるみる治ったんだ!」
途端、クルミが顔を曇らせた。
「そのラッキー、叫ばなかった?」
ジョウさんは快活に笑った。
「どうしたんだいクルミ。
ラッキーは叫ぶようなポケモンじゃないだろう?」
「……そうだよね」
クルミの肩からほっと力が抜ける。
安心してくれお嬢ちゃん。
あんなんはイレギュラーもイレギュラーだから。
ジョウさんは俺に向き直ると、深く頭を下げた。
「アシタバさん。本当にありがとうございました」
「ありがとうございました!
おにいちゃんこれ、プレゼント!」
クルミから手渡されたのは、エリア2で見かけたグラシデアの花だった。
いちおう、サファリゾーンの花は取りすぎなければ摘んでいいことになっている。
俺は頬が熱くなるのを感じながら「あ、ありがとな」と口をもごもごさせた。
まさか女の子から花を貰うなんて。
照れ臭い……が、嬉しい。
「ジョウさんも、作曲が上手くいくよう祈ってます。
それじゃまたな、クルミちゃん」
「うん! ばいばーい! ポッポちゃんもまたね!」
「げるるる」
お互い何度も手を振りあって、サファリゾーンを後にする。黄昏時のセキチクは、どこかセンチメンタルな空気が流れていた。
〇〇〇
「これからどうすっかなあ」
セキチク湾に沈む夕陽を眺めながら独りごちる。
今回カントーに来たのはほんの気まぐれで、なんの予定も立てていない。
いや、
対アルセウス戦を見据えて各国を駆けずり回った疲れがでているのか、どうにも頑張る気力が湧いてこないのだ。
傍のベンチに腰を下ろし、うーんと首を捻る。
すると突然、横あいから声をかけられた。
「どうした少年。若いくせに浮かない顔だな」
振り向くと、はち切れんばかりの筋肉を道着に包んだ男が、爽やかな笑みを浮かべて立っていた。
「私は空手王のケンだ。
なにか悩みがあるなら力になるぞ?」
「アシタバっす。
……悩み、なのかな。なんか、疲れちゃって」
「ほう?」
ケンさんは暑苦しい筋肉とは裏腹に、丁寧に話を聞いてくれた。
俺の、言えないことが多すぎて端折りに端折った話でも、うんうんと頷いてくれる。
そして最後には、こんなアドバイスをくれた。
「そういうときはな、アシタバ少年!
無理に頑張るんじゃなくて、思い切って休むんだ!
頭を空っぽにする時間は大事だぞ!」
ケンさんが膝を叩いて立ち上がる。
彼が指さした先には、老舗の銭湯が長い煙突から湯気を立てていた。
〇〇〇
でかい風呂は最高で、サウナは輪をかけて至高だった。
たっぷり汗をかき、露天に設えられた檜の床に寝転ぶ。
冬の夜風が火照った体を冷ましてくれた。
ああ、外気浴バンザイ。
脳髄から溶けるような、極上の快楽に身を委ねると、失いかけていた気力が爆速で戻ってくるのを感じた。
風呂上がりに飲むコーヒー牛乳の美味いこと美味いこと。ちなみに連れてきてくれたケンさんは、CMに出れそうな笑顔でフルーツ牛乳を飲み干していた。
「少年。すっきりした顔になったな!
風呂はいいだろう!」
「最高でした!」
実際効果は覿面で、ようやく思考の輪郭が掴めてきた。
今まで俺は、戦力増強=仲間の増員と捉えてきた。
けどその方針は、いまや既存メンバーの底上げに注力すべき段階に変わったと感じる。
カブトプスのメガ進化訓練で、俺はつくづく思い知らされた。こんなにも長い時間を過ごした
カブトプスでこれなら、新参のオーガポンやガチグマは何をかいわんや、だ。
……エリアゼロでツバサノオウと死闘を繰り広げた時のように、きっと、アルセウスとの戦いも総力戦になる。
ただ頭数を揃えるんじゃダメだ。
パーティ全員を精鋭にしていかなければ。
もう二度と、ロケット団なんかに敗けないためにも。
「……とりあえず、走り込みから始めっか」
独り言のつもりだったが、ケンさんがすかさず反応した。
「おっ! 鍛錬なら最適なところがあるぞ!
明日そこに行くつもりなんだ! 君も来ないか?」
「どこにあるんです?」
ケンさんがぐっと拳を握った。
「空手の聖地! ヤマブキシティのヤマブキジムだ!」
〇〇〇
ポケモンと人の歴史は長く、複雑だ。
最初に人と触れ合ったポケモンは、ガーディ、ポチエナ、ワンパチなどの犬型ポケモンではないかといわれている。犬達は鼻と牙を、人間はあたたかい寝床を提供することで狩猟を安定させ、共生関係を築いたらしい。
次第に、馬型ポケモンのギャロップやバンバドロを曳いて開拓を進め、牛型ポケモンのミルタンクやケンタロスで牧畜を、羊型ポケモンのメリープやウールーで快適な衣服の製作を、ラプラスに乗って漁業を営むようになり、人類の生活の質は格段に向上した。
ちなみに、シンオウ神話などで見られる、人間とポケモンが当たり前のように結婚する異類婚姻譚は、この時代の風習とする説が有力である。
利便性があがるにつれて人口が増えると、土地や食べ物が少なくなり、争いが頻発するようになった。
争いを厭う者、戦いに敗れた者は木を伐り、山を開いて新たな住処を造った。
だがそれは、ポケモンたちの棲み家を奪う行為に他ならなかった。
次第に人とポケモンの仲は険悪になっていき、《ポケモンは怖い生き物》という
少数の有志の尽力とモンスターボール*1の普及でそうした常識も薄れていったが、今度はポケモンを道具のように扱う悪質なトレーナーが増え始めた。
そんな状況を憂い、打開せんとして、ヤマブキの青年が立ち上がる。
青年の名を、タマランゼといった。
『ポケモンも人も等しく尊い。
互いに敬意を持って接するべきである』
『トレーナーとしてあるべき姿、歩むべき道を指導し、監督する組織が必要である』
『ポケモンは道具にあらず』
『人間はポケモンの神にあらず』
『ポケモンは、人類のかけがえのない片割れである』
────この演説に多くの賛同が集まり、彼は、彼の理想を体現する組織として《ポケモンリーグ》を設立した。
「……で、世界初のポケモンジムがここ!
ヤマブキジムってわけだ!」
「へぇ……」
ケンさんが指し示すジムを、俺はできるだけ初見の振りをして見上げた。
威容を誇るヤマブキジムの中から、雄々しい掛け声が聞こえてくる。乱取りの稽古をしているらしい。
…………正直、ケンさんが道中語ってくれた上の歴史はヤマブキ学院で散々習った内容だったが、気持ちよさそうに喋る彼に水を差すのも憚られて、ついつい知らないふりをしてしまった。
「さあ行こう!」
意気揚々とケンさんが門戸を潜り、俺も後に続いた。
扉を開いてすぐそこがだだっ広い稽古場になっていて、門下生らしき数十人の男たちが取っ組みあっている。
そこに、ケンさんの朗々たる声が響き渡った。
「お
高名なる空手大王に一手ご指南頂きたく、南のグレン島より
男たちが一斉に稽古をやめる。
道場の上座、一段高くなったところに正座し、乱取りを見守っていた男が、滑らかな足取りで近づいてきた。
若く、そして優雅な容姿に俺は息を飲んだ。
道着を着た人は誰も彼も筋肉モリモリマッチョマンだと思いこんでいたが、男は柔和な笑みといい、静かな所作といい、格闘家というより舞踏家というほうが相応しい。
男は一礼し、口上を述べた。
「ケン殿。当方の師範を慕って遠方より参られた由、本人に代わって
しかしながら、師範は今朝がた武者修行の旅に出てしまい、帰りがいつになるか全く予想がつかないのです」
「なんと!」
ケンさんががっくりと肩を落とした。
いわく、ここの師範は実に気分屋で、一度修行に出てしまうと気が済むまで何日も何ヶ月も帰らないことがザラにあるという。
今朝まで居たというから、昨日のうちに訪れていれば会えたと思うと、悔しさもひとしおだろう。
「すみません、俺を慰めてくれたばっかりに……」
「そんなことはないさ」
ケンさんは落胆しつつも、きっぱり否定した。
「君の話を聞こうと決めたのは私の意思だ。
その結果は私が負うものであって、君に
「ケンさん……」
この人、かっけぇ。
やりとりを聞いていた男が、ついと半身を開き、手を差し伸べた。
「あいにく師範はいませんが、いかがでしょう。
当ジムの稽古に参加していかれては?」
「おお、それは有難い!」
ケンさんが破顔した。
「アシタバくん、君も参加しないか!
駆けだしの君にはきっと学びが沢山あるぞ!」
あっ。
無知のふりし過ぎて
……まあ、
これまた訂正するのが忍びなくて、俺は曖昧に言葉を濁した。
男が切れ長の瞳を俺に据える。
夜明けの空のように優しい眼をしていた。
「アシタバさん、と仰るのですね。
僕は師範代のイサミです。
どうぞよろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
門下生たちから、道場の壁がびりびり震えるような大音声の挨拶が返ってき、俺は腰が抜けるほど驚いた。
一方のケンさんはもうすでに門下生に紛れて乱取りを始めている。
────そんなわけで、俺はしばらく空手道場を兼ねるヤマブキジムに身を寄せることになった。
というわけで81話。
アシタバ、空手道場に入門するの巻。
作者が格闘未経験なのでふわっふわな描写になるとは思いますがお付き合い下されば幸いです(寝下座)
でもほらっ見てください
アシタバくんいまんとこトラブルなし!
様子のおかしいラッキーがいただけ!
ね、安心でしょ!(ニッコリ)
よければ感想高評価おなしゃす!