ルギア、拾っちゃいました。2   作:じゅに

83 / 100
第83話 先読みの力。

 

 

 

 

 山籠りから帰ってきたリュウ師範が風呂に行ったので、勝ち抜き戦が再開された。

 

 立ち塞がる挑戦者4人を、オーガポンとヌメラがばったばったとなぎ倒していく。

 最後の一人もダウンし、俺たちは晴れて師範代のイサミさんと戦う権利を獲た。

 

 ヌメラ達の目覚ましい成長っぷりを、イサミさんは我がことのように喜んでくれた。

 

「素晴らしく育っていますね。

 指導者としてこんなに誇らしいことはない。

 ですが僕の相棒も、負けてはいませんよ」

 

 ひゅ、と優雅な仕草で放られたボールから、アサナンが飛び出してきた。

 エスパー・格闘という相反する属性を持つポケモンだ。世界的に見ても同族は少ない。

 

 足を肩幅に開き、肩の力を抜いたアサナンは、一見リラックスしているように見えてまったく隙がなかった。

 

 俺は少し迷ってから、ヌメラを繰り出した。

 オーガポンは最初のケンさんとの戦いで身代わりを使っている。その時削れた体力が回復しきれていなかった。

 

 ケンさんが審判台に立ち、始まりの合図を下した。

 

「それではアシタバvsイサミ師範代、バトル始めっ!」

 

ヌメラ(メルティ)、ひやみず!」

 

 最近覚えた新技を命じる。

 当たった相手の身体を冷やし、筋力を一時的に下げさせる効果を持つが、アサナンは僅かに身を捩っただけで、一滴も掠ることなく躱してみせた。

 

「最初にそう来るのはお見通しですよ。

 アサナン、ツボをつきなさい」

 

 アサナンの小さな掌が自身の頭を揉みほぐす。

 内に潜む力のいずれかが上昇するが、何が上がるかはランダムだ。

 

「真空刃!」

 

 虚空を切り裂く不可視の刃がヌメラを襲う! 

 見えないうえに技の出も早いため、正面から喰らってしまった。

 

「上がったのはスピードか……? 

 メルティ! 大丈夫か!」

 

「めう!」

 

 勇ましい返事に安堵する。

 スライムのように軟らかい躰のおかげで大したダメージにはなってないらしい。

 

「よおし、反撃いくぞ! パワーウィップ!」

 

 額に生えた2本の触手が、複雑な軌道でしなりながらアサナンに迫った! 

 

 ────この2週間。

 ヌメラが師範代に教わったのは、()()()()()だった。

 いわく、打撃というものは部位すべてに力を込めてしまうとむしろ威力が落ちるという。

 反対に、極限まで脱力し、対象に接触する瞬間()()力んだ方が、破壊力が格段に増すのだそうだ。

 

 ヌメラは弛まぬ努力の末に、それを会得した。

 おかげでパワーウィップも、いままでとは比べものにならない射程(リーチ)威力(パワー)を獲得している。

 当たれば致命傷は避けられない! 

 

 しかしアサナンは、荒れ狂う鞭を前に、あろうことか瞼を閉じた! 

 

 空気の層をなぞるように両手を揺らめかせながら、上下左右無作為に振るわれる猛攻を尽く回避していく。

 

 それだけではない。

 一歩一歩、前進しはじめたではないか! 

 

「なんで……っ? 見えてる……!?

 っくそ、メルティ、粘液を纏わせろ!」

 

 触手から分泌される粘液が増幅し、八方に飛び散った。

 しかしそれすらも見切られていく。

 やがて間合いに入るや、アサナンが腰を低く落とした。

 

「サイコカッター!」

 

 開眼したアサナンが、サイコエネルギーを纏った手刀でヌメラを斬りつけた! 

 サイコエネルギーは体表を透過し、肉体の深部のみを傷つける性質を持つ。

 普通の物理攻撃なら滲み出る粘膜が守ってくれるが、こればかりは防御不能だ! 

 しかもアサナンは、エネルギーを刃状に変形することで、より深く長い範囲に深刻な傷を与えてきた。

 

「めう゛っ!」

「メルティ!」

 

 ヌメラが痛みに顔を顰める。

 それでも健気に反撃を試みたが、後ろに跳んで避けられてしまった。

 

「メルティちゃんの特性は厄介ですからね。

 直接殴ると拳が使い物にならなくなる。

 ただの格闘ポケモンならば攻めの手が封じられ、降参するところですが……僕のアサナンなら、その心配もなく攻撃出来るというわけです」

 

 師範代が、涼しげに微笑んだ。

 

「降参、しますか?」

 

 俺は即答した。

 

「まさか」

 

「ですよね」

 

 そう答えることも読んでいたと言わんばかりに頷く。

 実際予測済みだったんだろう。

 この人は日常生活においても対人関係においても、未来が分かるのかってぐらい当意即妙に対応していた。

 

(先読みの力、ってやつか)

 

 息を細く、長く吐く。

 

 すごいひとだ。

 こっちのやりたいことも、狙いも、全部完璧に見透し、対処してくる。

 

 でも、前にイサミさんが言っていた。

 先読みは魔法じゃない。

 場のあらゆるものを読み取り、整頓し、考えられる可能性(ルート)をすべて導き出す地道な作業の集大成だ、と。

 

 更に踏みこんで言うなら、勝敗というのはバトル前にどれだけ準備できたかで9割方決まるものであり、実戦はその答え合わせに過ぎないんだそうだ。

 

 つまり、勝つ者は勝つべくして勝っている。

 

 あの人はこれまで培った経験から、その精度がずば抜けて高いんだろう。

 とても一朝一夕で身につけられるものじゃない。

 

 だが、そういう姿()()()()()なら、やって出来ないことはない筈だ! 

 

 読み取れ。すべての情報を! 

 考えろ! 脳みそ全部使って振り絞れ! 

 

 こっちの攻撃は躱し、防げない技を繰り出す相手にどう立ち向かう? 

 アサナンはどんな時、どんな風に動いていた? 

 

 熟考に費やせた時間はわずかに6秒。

 けれどアサナンが動くより一手早く、ヌメラに指示を飛ばすことができた。

 

「メルティ! すまん! そのままそこで耐えてくれ!」

「めぁ!?」

 

 驚くヌメラだったが説明している暇は無い。

 計算通り、2回目のサイコカッターがヌメラのど真ん中を貫いた! 

 

「ぬ゛……!」

 

 ぐらり、とヌメラの頭が傾ぐ。

 瞬間、俺は叫んだ。

 

「パワーウィップ! ダブル!

 

 瀕死間近のヌメラはカッと目を見開くや、額の触手を2本ともまっすぐ前に伸ばした。

 ちょうど、ヌメラからアサナンへ続く花道のような格好になる。

 左右への退路を潰されたアサナンは、仕方なく真後ろに飛び退った。

 

 途端、アサナンが足を滑らせ転倒した。

 初めてイサミ師範代が焦った声を上げる。

 

「アサナンっ!?」

「忘れてたっすよね!

 そこにひやみずぶちまけたこと!」

 

 後ろに退いたら濡れた床を踏むように、わざと攻撃を喰らったのだ。

 

 そしてウィップは、ただ伸ばしただけじゃない。

 触手の先端を、アサナンの後方の床にへばりつかせている。粘着性の高い体液のおかげでびくともしない。

 

 当たり前だが……()()()()()()()()()()()()()だ。

 

「GO!」

 

 アサナンに指2本を突きつけると。

 ヌメラはぴょんとジャンプし、触手が縮む勢いに乗じてアサナンに凄まじい体当たりをぶちかました。

 

 ふたりが団子のように固まって床に転がる。

 そのままピクリとも動かない。

 

 審判役のケンさんがそーっと近づいた時、やおら起き上がったのは────我らがワガママ姫の方だった。

 

「める!」

 

 対するアサナンは完璧に目を回している。

 ケンさんが片手を挙げた。

 

「……っ! アサナン、戦闘不能!

 よって勝者、アシタバ!」

 

 一瞬の沈黙。その後、屋根が吹き飛ぶような歓声が、道場を揺るがした。

 

 

 〇〇〇

 

 

「いやあお見事でした。僕の読みを上回るとはね」

 

 アサナンをボールに戻してやりつつ、イサミさんが苦笑する。

 

「ひやみずを撃ってくることは読めてたんですが、まさか濡れた床まで利用するとは計算外でしたよ。

 僕もまだまだ詰めが甘い」

 

「上手くいくかは賭けでしたけどね。

 サイコカッターを使ったアサナンは後ろに跳ぶ癖があったんで、いけるかなーと」

 

「……なんと」

 

 師範代は天を仰いだ。

 

「追撃を逃れるために予め指示しておいたことが裏目に出てしまいました」

 

「げはは! 策士策に溺れるってやつだな!」

 

 風呂から浴びてさっぱりしたリュウ師範が笑いながら入ってくる。獣のような体臭はすっかり消えていた。

 

「なあ、やっぱりやろうぜアシタバ」

 

「ダメですってば。僕が許しませんよ」

 

「なんだよーお前はやったじゃんかよー」

 

「僕は勝ち抜き戦最後の砦役ですから」

 

 しれっとそっぽを向く師範代が面白くて、門下生たちがどっと笑った。

 

「はーああ言えばこう言う。やだねーインテリは。

 なあアシタバ、お前、どっか行くあてはあんのか?」

 

「いやぁ、今は適当にフラフラしてる感じで……」

 

「なら、シオンタウン北のイワヤマトンネル行ってみな。

 運が良ければガルーラに会えるぜ」

 

「ほんとですか!?」

 

 ガルーラ。

 常に子を連れ歩き、我が子に危機が及んだ時はとんでもない怪力を発揮するという有袋類のポケモンだ。

 野生の群れならヨロイ島に居たけれど、訳あって捕獲はしなかった。

 もしも捕まえられるなら捕まえてみたいリスト上位のポケモンなのである。

 

 なんでかって? 

 だってタマゴグループが《怪獣》なんだぞ。

 そんなのロマンしかないじゃんか! 

 

「イサミ師範代。勝手で申し訳ありませんが、今日ここを出立してもいいでしょうか?」

 

 師範代は快諾してくれた。

 

「もちろん構いませんよ。

 あなたの成長ぶりは誰しも認めるところです」

 

「次に来る時はバッジ制覇しておけよ。

 おれと戦えるようになあ」

 

「うす!」

 

 師範から順繰りに全員とグータッチしていく。

 最後は俺をここに連れてきてくれたケンさんだった。

 

「アシタバくん。またどこかで」

 

「はい! ケンさんも、お元気で!」

 

 ヤマブキジムの全員が、門まで見送りに出てくれた。

 みんなが見えなくなるまで手を振り、一路東を目指す。

 

「ガルーラ居るといいな、ルギア(レヴィ)

 

「げるる」

 

 ルギアが、俺の頭の上でばっと翼を広げた。

 

 

 〇〇〇

 

 

 アシタバを見送ったあと。

 リュウ師範が一番弟子のイサミに耳打ちした。

 

「まさか負けるとはなあ。油断したか?」

 

 笑顔をたたえたまま、イサミが囁き返す。

 

「いいえ。最初から最後まで全力でしたとも。

 オーガポンではなくヌメラで来ることも予想できていましたし、粘液も対策していたのですが、ね」

 

「あいつが更にその上を行った、か。

 ふん…………。あれだけの実力者がなんで初心者なんて嘘ついてたんだろうなあ?」

 

 リュウが小首を傾げる。

 イサミは肩を竦めた。

 

「さあ……ですが彼のことです。

 我々を謀るつもりなんてなかったでしょう。

 大方、ケンさんにホープトレーナーと勘違いされて訂正するきっかけが掴めなかった……そんなところでは?」

 

「ありそうなこった」

 

 アシタバは妙なところで押しが弱い。

 勘違いされたならさっさとツッコめばいいものを、ずるずると日を送ってしまった可能性は充分ありうる。

 

「もしくは、手持ちを伏せておきたかった、という線も有り得ますねえ」

 

 リュウ師範が片笑んだ。

 

「あいつのホルスター見たか?

 何を連れてんだか知らねぇが、強そうなオーラビンビンだったぞ」

 

「無論です」

 

 道場で寝起きする間、アシタバは頑なにヌメラとオーガポンしか出さなかったけれど。

 まだ見ぬ手持ち達が尋常ならざる力量を持っていることは、ボール越しにも察せられた。

 

「成長が楽しみだ」

 

「ええ」

 

 2人はもう一度アシタバが去った方に目線を送ってから、道場へとひっこんだ。

 

 

 

 

 ……リュウ師範がナツメにヤマブキジムの看板を譲る、およそ10年前の出来事である。

 

 

 

 

 




というわけで83話。
ヌメラ見事勝利の回です。

実は初心者ではないとバレていたアシタバくん。
なにか事情があるのだろうなと察して黙っていたイサミ師範代は仕事が出来る男です。

次はシオンタウンに向かいます。
みんな大好きトラウマタウン。
そろそろ話を動かしたいところ。

よければ感想高評価おなしゃふ!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。