ルギア、拾っちゃいました。2   作:じゅに

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第84話 魂の家。

 

 

 

 

 シオンタウン。

 カントーにおける慰霊と祈祷の聖地である。

 かつてはここに、祈りのための巨大な像が建立されていたそうだが、いまは亡くなったポケモンのための慰霊塔────ポケモンタワーが聳えている。

 町の象徴にして町民の誇りだ。

 

 タワーには、花を手向ける人びとが引きも切らない。

 誰しも忘れられない思い出に涙を流しながら、愛するポケモンの冥福を祈り、帰っていく。

 

 さしものルギアも、この町の雰囲気を察してか、無駄鳴きをしなかった。

 

 ポケモンセンターでヌメラとオーガポンの治療を頼む間、カウンターに並べられた無料の冊子を手に取る。

 

 表紙には『大切なパートナーを喪ったあなたへ』と題されていた。

 

「…………」

 

 幸い、俺はまだポケモンを亡くしたことがない。

 だから想像することしかできないが、もしも()()()が来たら果たして絶望から立ち上がれるか、甚だ疑問だった。

 

 本には、ポケモンが死亡した時の事務手続きや申請書類の書き方に始まり、悲哀を分かち合うためのボランティアサークルや、傷ついた心をケアしてくれるセラピストの情報が丁寧に記されていて、「時が解決してくれる」的精神論に終始しない実用的な内容だった。

 

 ベンチで熟読していると、不意に人の気配を感じた。

 

 丸い背中の老人が俺を痛ましげに見やっている。

 

「お若い方。もしやお辛いことがありましたかな?」

 

「あ、いえ」

 

 慌てて本を閉じる。

 いつか来る別れの日のために読んでいたと答えると、老人はほっとした顔に変わり、二度、三度頷いた。

 

「素晴らしいお心がけです……。

 無論、読んだだけで死が回避できるわけではありませんが、心の準備があるだけでも違うもの……。

 あなたに愛されるポケモンたちは、幸せですね」

 

「そ、そっすかね。そうだといいな」

 

 頭の上のルギアがげるると喉を鳴らした。

 どうやら肯定してくれたらしい。

 俺も老人も、頬を緩めた。

 

「失礼ですが、お夕飯はお済みですかな?

 もしよろしければ、我が家にいらっしゃいませんか。

 何のおもてなしもできませんが……」

 

「ありがとうございます。お世話になります。

 俺、アシタバっていいます」

 

 老人は優しく微笑んだ。

 

 

「わたしは、フジと申します」

 

 

 〇〇〇

 

 

 フジさんの家はただの民家ではなく、《魂の家》という看板が掲げられた平屋だった。

 トレーナーに捨てられたり、飼い主を喪ったポケモンを慰めるための施設らしい。

 

「さっきの本にもここの名前がありましたね」

 

「ええ、載せました。

 実はあれは、わたしが書いた本なのですよ」

 

 なんとフジさんは、20年前にこの町に移り住んで以来、ひたすら鎮魂と慰撫のボランティアを続けているのだという。

 

 20年……途方もない年月だ。

 俺が産まれる前から、この人は誰かの悲しみに寄り添ってきたのか。

 

「凄いな……博愛主義ですね」

 

「いえ……わたしなぞは……」

 

 フジさんは強く(かぶり)を振った。

 気のせいか、ちらりと見えた横顔は酷く辛そうな表情をしていた。

 

(どうしたんだろ……?)

 

 声をかけようか戸惑っていると、ドアが内側から勢いよく開かれた。

 

「おかえりなさい、おじいちゃん! 

 ……あれ、お客さん?」

 

 快活な少女が俺とフジさんを交互に見つめる。

 フジさんはすぐに柔らかい笑みを浮かべ、少女の頭を撫でた。

 

「ただいまマユ。この方はアシタバさんといってね、夕食にお招きしたのだよ」

 

「アシタバさんね! あたしマユ!

 こっちはガラガラのララ!」

 

 少女の背後でガラガラがぺこりとお辞儀をする。

 ポケモンらしからぬ礼儀正しい仕草に、俺も笑顔で会釈した。

 

 リビングのあちこちでポケモンたちが寛いでいる。

 マユとフジさん以外の人は見当たらなかった。

 

「みんなとっても良い子なのよ!」

 

 そう言うマユの足元で、ナゾノクサやサンドがじゃれていた。

 どの個体も毛艶がよく、ふっくらしている。

 彼女たちが普段どれだけ親身に世話をしているかが分かって、俺は嬉しくなった。

 愛されているポケモンを見るのはいつだって楽しい。

 

 夕飯はカブ入りのシチューとふかふかのパンだった。

 

「そのパンはララが作ってくれたの。

 生地をこねるのがとっても上手いのよ!」

 

「へえ! おまえさん料理ができるのか」

 

 ガラガラがにっこりする。

 聞けば、どんなパンでも作れるらしい。

 この家の食事担当なのだそうだ。

 

 ルギアも夢中でパンをつついている。

 食いしん坊のくせにグルメなこいつが気に入るとは、相当のクオリティだ。

 

「こんな美味いパン、毎日でも食いたいよ。

 マユちゃんが大きくなったら、ララと店を開いてみてもいいんじゃないか?」

 

 マユは、一瞬顔を強ばらせた後、慌てて笑った。

 

「そ、それすてき! じゃあわたし売り子をやるわ!」

 

「がらら!」

 

 ガラガラが太い骨をぶんぶん回す。

 フジさんは、そんな光景を黙って見つめていた。

 

 

 〇〇〇

 

 

 夕食後の皿洗いを済ますと、フジさんがお茶を入れて待っていてくれた。

 

 濃くて甘い紅茶が疲れた体に沁みる。

 

「美味しいっす」

 

「それはよかった。

 わたしは紅茶には一家言ありましてね」

 

 ふと、フジさんの目がクッションの上で寝息を立てるガラガラに止まった。

 他のポケモンたちも夢の中だ。

 マユも寝室に行っており、魂の家の中は穏やかな静寂に満たされている。

 

 ぽつり、呟くようにフジさんが言った。

 

「あの子のトレーナーはパン屋()()()

 

 ────過去形。

 すると、経営が苦しくなって捨てられたのだろうか。

 

 俺の疑問に、この家の主は静かに首を振った。

 

「ご夫婦で、素晴らしく美味しいパンを作っていらっしゃいました。

 この町のみんなが、彼らと、彼らのパンを愛していた。

 ですがその幸せは長続きしなかった。

 ロケット団がやってきたのです」

 

 紅茶で唇を湿らせてから、フジさんは話を続けた。

 

「正義感の強い旦那さんが、悪党にはパンを売れないと突っぱねると、奴らは逆上し、最悪の行動に出ました」

 

「最悪の、行動……?」

 

 嫌な予感がする。

 マグカップを握るフジさんの手は、小さく震えていた。

 

「奴らは、店に火を放ったのです」

 

「…………!」

 

 それは、ちょうど1年前の冬の夜のことだという。

 何日も雨が降らず、酷く乾燥していたせいで、近隣住民が気がついた時には既に手のつけられない有様だった。

 店の2階が住居になっていたが、夫妻が逃げ遅れたのは誰の目にも明らかだった。

 

「後日、警察が火元はつけっぱなしにしていたオーブンだったと発表しましたが、誰も信じちゃいません。

 旦那さんも奥さんも、火の管理にはそりゃあ注意を払っていたのを、みんな知っているんですから。

 十中八九、ロケット団の仕業ですよ。

 奴らは警察にも相当数もぐりこんでおり、自分たちに都合のいいように操っているともっぱらの噂です」

 

 俺は二の句を継げなかった。

 パンを売って貰えなかった、たったそれだけで、そこまでやるのか。

 

「────消防隊の消火活動も虚しく、炎は天を焦がすほど燃え盛りました。

 しかし、家の窓を突き破り、半死半生で逃げおおせた者がおりました。店の看板ポケモンだったガラガラです。

 ガラガラは、唯一生き残った小さな女の子を抱えていました」

 

 フジさんの瞳が、俺を見つめた。

 眦が、涙に濡れている。

 

「その少女こそが、マユです。

 彼女は、夫妻の一人娘でした」

 

「…………!」

 

 俺は絶句した。

 まさか、そんな。

 

 呆然とフジさんを見やる。

 自分の吐いた言葉が脳裏に甦った。

 

 “このパン美味いよ。店を開いてみたら──”

 

 そう言った時、マユはほんの一瞬だけ泣きそうな顔をしていた。

 その訳が、今ならわかる。

 

 彼女にはあったのだ。

 近隣に愛される店も、優しい両親も。

 だけどそれを、最悪な形で奪われていた。

 

 知らなかったとはいえ、俺はなんて心ないことを言ってしまったんだろう。

 

「お、おれ……」

 

 わななく手に、フジさんがそっと自身の手を重ねた。

 

「誤解しないでくださいアシタバさん。

 あなたを責めたいわけじゃない。

 あの子は今日、とても楽しそうでした。

 あなたがガラガラのパンを褒めてくださったからです」

 

「…………」

 

「マユは強い子です。

 両親を亡くしても、世を拗ねることなく懸命に頑張っている。

 次にあの子に必要なのは、生きる目的です。

 夢と言い換えてもいい。

 あなたの褒め言葉は、その指針になるでしょう」

 

「フジさん……」

 

「今日はご両親の一周忌です。

 そんな日にあなたをお招きすることができて、ほんとうによかった。どうか、思い詰めないでくださいね」

 

 俺は返す言葉もなく、フジさんに握られた自分の手を見つめた。

 

 

 〇〇〇

 

 

 次の日の朝。

 ベーコンエッグとロールパンの朝食をご馳走になった俺は、別れの挨拶でイワヤマトンネルにガルーラを探しに行くと言った途端、マユにしがみつかれてしまった。

 

「あたしもガルーラ見たい見たい見たい! 

 連れてって!」

 

「えぇ!?」

 

 それは困る。めっちゃ困る。

 イワヤマトンネルは自分の手も見えないほど暗い洞穴で、しかも悪路なのだ。

 子供連れでの探検は無謀と言わざるを得ない。

 

 助けを求めてフジさんを見たが、マユはすっかり興奮していて、誰の言葉にも耳を貸そうとしなかった。

 

(……しゃーない。

 入口付近をぐるっと見て回って、とっとと出よう)

 

 もとより1回の探索でガルーラが見つかるとは思っちゃいない。何回もアタックするつもりだった。

 連れてけ、ダメだの問答を延々に繰り返すより、一旦連れてってあげたほうがマユも納得するだろう。

 

「といっても流石に丸腰じゃあ連れてけないから、ララと一緒に来てもらうぞ」

 

「はーい!」

 

 さっきまでダダを捏ねていたのが嘘のように明るい声で返事をし、リュックを取ってくると部屋に駆けていった。

 

「いやはや、申し訳ありません。

 いつもはこんな我儘を言わない子なのですが……」

 

「それだけ俺に気を許してくれてるってことでしょう。

 一宿一飯のお礼としちゃ安すぎて、こっちが申し訳ないくらいですよ」

 

 昼までには戻りますと言って、マユと出発した。

 

 今は晴れているけれど、数時間後にひと雨来そうな湿った空気だった。

 

 

 〇〇〇

 

 

 ────イワヤマトンネル、地下1階。

 

 Rと刺繍された黒装束に身を包んだ男たちが、小声で話していた。

 

「いたか?」

 

「いや、逃げられた。

 俺たちに気づいたんだろう」

 

 尋ねた男が舌打ちする。

 

「厄介な。

 こんなところで逃げられちゃ何人いても人手が足りん」

 

「ポケモンを呼び寄せる道具でもあればいいんだが……」

 

 その時、耳慣れない音楽が聞こえてきた。

 黒服たちが一斉に音の出処を探る。

 

 発信源は、向こうからやってくる中年男が抱えるラジカセだった。1人のくせに、意気揚々と喋っている。

 

「今度こそ上手くいくぞぉ! 

 今回のポケモン・マーチ バージョン2ならどんなポケモンも寄ってくること間違いなしだ!」

 

 全員の目が妖しく光る。

 なにやら願ったり叶ったりの代物をお持ちらしい。

 

 男たちは、薄笑いを浮かべながら彼に近づいた。

 

 

 

 




というわけで84話。
みんな大好きフジ老人の登場です。

フジ老人の家は初代だと「ポケモンハウス」、金銀で「魂の家」に変わります。後者はポケモンタワーが潰れてラジオ局にされたため、慰霊施設の役割をフジ老人の家が担うようになった、という経緯があります。
本作ではポケモンタワーがまだ残っているので魂の家の名称を使うのは矛盾しているのですが、こちらの方が名前の響きが好きなので採用しました。

ていうかタワーをラジオ塔にすな(憤怒)
あれは子供心にドン引きしたぞ。

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