目の前の戦いを、なんと表現したらいいだろう。
頭のてっぺんから爪先まで綺羅星のように輝くサーフゴーが、側転やバク宙を繰り返しながら、凄まじい精度で群れるズバット達を撃ち落としていく。
その華やかさ、躍動感は、とても言葉では言い表せない。
「きれいね、ララ」
その通りね、と返事をしたいのに、人間でない私は唸るようにしか鳴けないのがもどかしい。
時折、サーフゴーの弾幕から逃れたズバットが私たちの方に向かってくるけれど、ガチグマの攻撃にあえなく撃沈していく。
おかげで、私もマユも無傷だ。
────彼らのような強さが私にもあったなら。
あの火事の夜に、全員を助け出せただろうか。
マユのご両親を、私のトレーナーを、喪わずに済んだだろうか。
詮無いことだと分かっていても、考えずにはおれない。
ああ。
強くなりたい。
この子を護れるくらいに。
強さへの渇望が、胸に溢れた。
〇〇〇
猛毒滴る牙で噛みついてこようとするズバットに至近距離でシャドーボールをぶち当てて、
むろん幽霊が汗をかくわけがない。
単なる人真似だ。
だが、そういう仕草が妙にサマになるのがフーゴというポケモンだった。
『っぷゥー! あとどれぐらい居るかなァ』
「これで半分、ってところだな」
天井に張りつく蝙蝠たちを睨めあげる。
ズバットたちは無闇に距離を詰めるのをやめ、じっとこちらを窺っていた。
仲間を大勢蹴散らされても戦意を喪失していない様子にうんざりする。
(勘弁してくれよ……。
ズバットってのは天敵から逃げるために洞窟に棲みついたせいで目が退化しちまったっつーぐらい臆病な生き物なんだぞ……)
それがこうも好戦的で
サファリゾーンで流していた時も、曲を聞いただけのケンタロスやルギアを怒らせていた。
あのメロディには、闘争心を猛烈に掻き立てる力があるらしい。
「どっこいしょぉどっこいしょぉ!」
…………当の本人は見知らぬ人たちと素っ裸で踊り狂っているのだから気楽なもんである。
『どーすル? 全員倒ス?』
フーゴの問いに俺は首を振った。
力量は圧倒的にこちらが上。
全滅させるのはそう難しい話じゃない。
だが、何度も言うように、ズバットたちが襲ってくるのは彼らの意思ではなく外的な要因によるものだ。
いわば操られているのと同じで、それをボコボコにするのは、どうにも引け目を感じてしまう。
「だからこれ以上痛めつけたくねンだよなぁ……」
そうぼやくと。
『それジャ、こういうのはどウ?』
フーゴはぱちんとウィンクし、自身を抱きしめた。
すると、全身から、元々の煌めきとは違う柔らかな光が緩やかに広がっていき、ズバットたちを包み込んだ。
光に触れたそばから、剣呑な雰囲気がみるみる霧散していく。あれほど牙を剥いていたのに、すっかり穏やかな顔で寛ぎはじめた。
「な、なにした!?」
『マジカルシャインだヨ。
この光に照らされると乱暴な気持ちが静まるんだヨネ!
動き回られると当てられないカラ、止まってくれて良かっタ良かっタ!』
「へぇ……マジシャにそんな効果あったんか」
俺は目を丸くした。
フェアリータイプは近年発見されたタイプで、生態も技も謎が多い。
この副次作用を知らないトレーナーも多かろう。
なんにせよ、ようやく状況が落ち着いた。
早くここを出なければ。
マユ達に近づき、手を差し伸べた。
「よーしマユ、ララ。帰ろうぜ」
「うん! ……でも、あの人たちも連れてってあげなくていいのかな」
マユが見やったのは、まだ踊り狂ってるジョウさんご一行である。俺は優しく微笑んで、
「大丈夫だよ。置いてって」
と断言した。
「いいの?」
「いい」
きっぱり頷く。
騒動の原因になった音源はラジカセごと破壊されてるし、ズバットたちも洞窟の奥の方へ飛んで行ったから、もうこの近辺に敵はいない。
超音波による混乱もじきに治まるだろう。
なら、自力で脱出できるはずだ。
決して全裸のオッサンに近づきたくないあまりに見捨てるわけではないので、読者諸君は勘違いしないように。
「
疲れたろ。あとでブラッシングしてやるよ」
「あ! それ私も手伝う!」
「ほんとか〜? 大変だぞ?」
「頑張れるよ! 私ブラシ得意だもん!」
『ねえねえマスター。フーゴも体拭いてほしいナ♡』
「勿論。今日のMVPだもんな。
ピッカピカにしてやるよ!」
『やったァ!』
笑いさざめきながら出口に向かう。
後には、「どっこいしょぉどっこいしょぉ」と踊る集団だけが残された。
〇〇〇
魂の家で俺たちの帰りを待っていたフジさんは、事の顛末を聞くと目を白黒させた。
「は、裸で踊る男たちとは……。
ちょっと想像しにくいですね。
したくもありませんが……」
「そのうちの1人とは面識あったんですけどね、後は知らない連中でしたよ。若いけどヒョロヒョロの体してたから、山男じゃなさそうだったなあ」
それを聞いたフジさんの顔がにわかに曇った。
「もしかすると、そいつらはロケット団かもしれません」
「え」
心臓がどきりと跳ねる。
「この頃カントーではロケット団による事件が増加の一途を辿っており、新聞に載らない日はないほどです。
考えたくありませんが、連中はイワヤマトンネルに棲まうガルーラを売り飛ばそうとしていたのでは……」
「…………!」
顔から血の気が引くのが、自分でもわかった。
俺はかつて、ガラル地方のヨロイ島で、ガルーラの密猟を企むロケット団とやりあったことがある。
瀕死の重症を負いながら、必死に腹袋の我が子を護ろうとするガルーラの姿は、忘れようったって忘れられるものじゃない。
あの惨劇が、また起こるかもしれないのか。
そんなの、許せるはずがない!
「……すみません、ちょっと出てきます!」
「あ、アシタバさん!」
「どこいくの!? もうご飯できるよ!?」
呼び止める声に返事もせず、俺は必死に地を蹴った。
どうか思い過ごしであってくれ、何の変哲もない行きずりの旅人たちであってくれと願いながら。
〇〇〇
「……ちくしょう。なんだってこんな目に……」
脱ぎ散らかした服を着る我が身が心底情けない。仲間たちも浮かない顔でパンツや手袋を拾い上げていた。
全く、混乱が解けたときの気まずさときたらなかった。
見たくもない裸を晒しあっていたという事実だけでも死にたくなるのに、へらへら笑いながら踊っていたなんて。
マントルまで穴を掘って埋まりたいくらいである。
もっと最悪なのは、リーダーへの定時連絡の時間をとっくに過ぎている点だ。
リーダーは最近ロケット団に入ったばかりの新参者だが、最高幹部であるアポロに気にいられ、とんとん拍子に出世した。
本人もそれを鼻にかけ、なにかと他人の粗を指摘する悪癖がある。
いまはシオンタウンで別の作戦の指揮を執っているが、さて、そんな輩にありのままを報告したらどうなるか。
よくて減給、悪ければ
そんなのはまっぴらごめんだ。
「さっさとガルーラ見つけて捕まえるぞ!」
「させるかよ」
いきなり投げかけられた声に振り向くと、金ピカのポケモンを従えたガキが肩で息をしながら立っていた。
仲間が1歩前に出る。
「なンだテメェ?」
「お前ら……ロケット団だな」
ガキの目つきがみるみる険しくなる。
「フジさんの言う通りだった……来てよかったぜ」
「なにをごちゃごちゃと……!
ああもうやっちまえ、ニドリーノ!」
仲間がニドリーノを放ったのを皮切りに、他の連中も手持ちを繰り出した。
自分もゴーリキーを出し、威嚇のポーズを取らせる。
5対1。万に一つも勝ち目はないだろうに、相手が怯む気配は微塵もなかった。
「速攻で決めるぞ、フーゴ」
『アイアイキャプテン!』
黄金に輝くポケモンが指を突きつける。
次の瞬間、無数の金貨が乱れ飛び、目の前が真っ暗になった。
〇〇〇
フーゴの大技・ゴールドラッシュで一網打尽にしたロケット団員たちをふん縛っていると、視界の隅に裸のおじさんが映った。
ジョウさんだ。
やっと正気に返ったらしい。
「あ、あのー……アシタバさん、ですよね。すみません、一度ならず二度までも助けていただいて……」
おずおずと会釈してくる。両手はしっかり股間を覆っているが、見苦しいことこの上ない。
俺は努めてそちらを見ないようにしつつ、「無事でよかったっす」と返した。
これは本心だった。
たまたまロケット団と行きあったのか、それとも襲われたのかは知らないが、こんなヤツらと接触して無事に帰れる方が稀である。
「ケガはなさそうっすけど……
「面目ないです」
ジョウさんがしゅんと項垂れる。
『……マスターも大概だヨ』
「う」
フーゴに小声で突っ込まれ、俺は目を逸らした。
いやそんな無茶なことは……してる、かも。
「ま、まあ、結果オーライってことで。こいつら連行したいし、一緒にシオンタウンまで行きましょうや」
ジョウさんはほっとした顔で頷き、ロケット団員たちを捕らえた縄を握ってくれた。
〇〇〇
トンネルを出ると、時刻は夜の9時を過ぎたところだった。慰霊の町の夜は早い。いつもならもう寝静まっている頃だが、今夜は道端のあちこちで人々が身を寄せあい、ひそひそ話に興じている。
「何かあったのか……? あ、ジュンサーさん!」
ちょうど傍を通りかかったジュンサーさんに悪党どもを引き渡すと、彼女はやけに驚き、食ってかかるような勢いで問いかけてきた。
「あなたたち、どこでこいつらを!?」
剣幕にたじろぎながらも答えを口にする。
「え、えと、イワヤマトンネルの地下っすけど……」
「イワヤマ……なら、
「……何かあったんすか?」
ジュンサーさんは重々しい表情で、「ロケット団による強盗事件があったの」と語った。
「酷く乱暴な犯行でね、おじいちゃんと女の子がご飯を食べてる最中に押し入ったのよ。
抵抗しようとしたガラガラが散々痛めつけられて、さきほどポケモンセンターに運ばれたわ。
意識不明の重体だそうよ」
ひゅ、と息が止まる音がした。
老爺、女の子、そしてガラガラ。
最悪の想像が脳裏をよぎる。
「……被害者の、名前は?」
違う人であってくれという祈りは、呆気なく砕かれた。
「この町では有名な方よ。
フジさんといってね、魂の家というボランティアハウスを営んでらっしゃるわ」
「────!」
俺はよろけながらポケモンセンターに走った。
ロビーに入った瞬間、青ざめたフジさんと泣き腫らしたマユが立ち上がる。
2人は、そうしなければ生きていられないかのように、固く手を握りあっていた。
「マユちゃん。ララは……」
マユは呆然とした顔つきで、奥を指さした。
センターの奥は集中治療室になっている。
ジョーイさんたちがひっきりなしに部屋の前を行き交っていた。
「あそこにいるわ。
身体中包帯だらけで、色んな管に繋がれて……」
「…………」
なにか気の利いた言葉をかけたいのに、俺の役立たずな脳みそはなにも思い浮かべてはくれない。
だしぬけにマユが言った。
「私が死ねばよかったのに」
俺は声を荒らげた。
「──っ! マユ! そんなこと言うな!」
けれどマユは、俺の言葉なんか聞こえてないようで、手の甲を何度も引っ掻きながら話を続けた。
恐ろしく虚ろな声だった。
「やつらが来た時、窓から出ようとして背中を蹴られたの。そしたらララが庇ってくれた……。
わたしがもっとはやく逃げてれば、ララだって逃げられたのに……」
能面みたいだった顔が、くしゃりと歪む。
「ララの傷……すごく深いんだって…………。
今夜が峠かもって……言われたわ……!」
それだけ言うと、彼女は大声をあげて泣き崩れた。
フジさんが嗚咽をこらえながら抱き寄せる。
「できる治療はすべて施したそうです。
後はララの回復力にかけるしかないと……」
「…………」
俺は、心臓が絞り上げられるような痛みに胸を抑えた。
適当な気休めなんか言えない。
といって、俺が彼女にできることは何も無い。
いたたまれなくて、ジョーイさんに無理を言って集中治療室に入らせてもらった。
ガラスの向こうに、ララは居た。
酸素マスクをつけ、色々な機械に繋がれながら、一生懸命死と戦っている。
口のなかに、昼間食べたパンの味が甦った。
ララと呼ばれ、嬉しそうに振り向くガラガラ。
ついさっきまで傍にいたんだ。
俺がトンネルに行かなければ、みんな護ってやれた。
せめて、
終わりのない後悔が渦を巻く。
そのとき、頭の中に声が閃いた。
(……
反射的に頭を抱える。
なんだ、今の声。だれが、どこから?
(詮索している暇はあるのか……?)
(そら、もはやガラガラの命は風前の灯……)
(救えるものも救えなくなるぞ……)
────たしかに、悩んでいる暇はない。
助ける力が俺にあるなら、やるべきだ。
癒す代償に科される呪いは、俺が負う。
そしたら、マユはまた、大好きなララと楽しい日々を過ごせるんだから。
『……マスター?』
心配そうなフーゴの背を、無言で撫でる。
そのまま、ララが眠る部屋へと歩を進めた────
というわけで86話。
目の前に映る全ての命を助けようとするアシタバ。
二兎を追う者は……といいますが、果たしてどんな結果が待っているんでしょうか。
声の主は誰なんでしょ。
ちなみにジョウさんがイワヤマトンネルにいたのは野生ポケモンがさほど強くないこと、岩壁で音楽がいい具合に反響して効果が高まると考えたからだそうです。
本文で書くの忘れちゃったのでこちらにて。
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