ポケモンタワー。
シオンタウン郊外に建設された慰霊塔には、最愛のポケモンを喪った人々が日夜訪れ、墓前に花や好物だった菓子などを供えていく。
冥福を祈る表情も十人十色で、声を上げて泣く者もいれば、かつての思い出にしみじみと浸り、微笑みさえ浮かべる者もいた。
どんな哀しさも、いずれ時が癒してくれると体現しているような光景だ。
《魂の家》の管理人・フジ老人は、タワーの内と外を毎日清掃している。仕事ではない。完全な
「今日もご精が出ますね。いつもありがとうございます」
葬られた魂が安らかに眠れるよう常駐している祈祷師の女性に労われ、フジ老人は照れくさそうに手を振った。
「私にはこれぐらいしか出来ませんから……」
「なにをおっしゃる」
祈祷師は眩しいものを見るように目を細めた。
「あなたはすべてのお墓を拭いて、床を磨きあげてらっしゃるでしょう。毎日毎日、欠かすことなく掃除するなんて並大抵の人間には務まりませんよ」
フジ老人は淡く微笑み、会釈を返した。
「勿体ないお言葉です。
近頃はあの子らも手伝ってくれますから……」
そう言って後ろを見やる。
視線の先には、両手に掃除道具を抱えた少女・マユとガラガラの姿があった。
ふたりは仲睦まじく墓石の埃を丁寧に拭き取り、摘んだばかりの花を飾っている。
このガラガラがほんの一昨日まで生死の境を彷徨っていたなんて、誰が信じるだろう。
治療を施したジョーイが奇跡だと驚くほどに、彼女の回復は目覚ましかった。
祈祷師がふと顔を上げる。
「おや。坊やが来なすったよ」
遅れて気づいたマユが、嬉しそうに手招きした。
「アシタバさん! こっちこっち!」
「みんな早起きだなあ」
片手にバケツを提げながら、アシタバが小走りに近づいてくる。墓石にぶつかりかけて、フジ老人と祈祷師が同時に「あぶない!」と声を上げた。
アシタバはすんでのところで腰をひねり、なんとかぶつかるのを回避する。
祈祷師が嘆息した。
「おお怖い。心臓に悪いねえ。
墓石を倒したら魂が化けて出てくるよ」
「いやぁすいません。
片目だとまだいまいち距離感が掴めなくって」
頭を搔きながら詫びるアシタバの右眼は、作ったばかりの眼帯に覆われていた。
〇〇〇
早朝6時から始めた掃除は、昼頃に一段落した。
全員で《魂の家》に帰り、
皿洗いを済ませたところで、俺はここを出ていくと告げた。
「え……っ、そんな、急に? どうして?
まだガルーラ捕まえてないよ?」
うろたえるマユを、フジ老人が宥める。
「アシタバさんはね、行きたいところがあるんだそうだ」
「行きたいところ……?」
続きは俺が引き継いだ。
「おう。グレン島って知ってるか?
そこにポケモンの遺伝子について研究してた施設があるらしくてさ、見てみたくなったんだよ」
「グレンじま……」
マユが項垂れる。
「すごく遠いね……」
俺はしゃがみこみ、マユの頭を優しく撫でた。
「だーいじょーぶだよ、今生の別れってわけじゃない。
必ずまたここに来るって」
「……ほんと?」
「ホントホント」
「…………約束、してくれる?」
「勿論」
おずおずと差し出された小指と自分の小指を絡め、指切りをする。
おきまりの歌を歌うと、ようやくマユは安心したように笑った。
手早く荷物を纏め、ドアを開ける。
よく晴れていても、2月の風はひどく冷たい。
「アシタバさん、お達者で」
「ええ。フジさんも。お世話になりました」
互いの手をしっかりと握り合う。
僅かな沈黙のうちに、百万言にも匹敵するやり取りが視線を通じて交わされた。
正直、未だに信じがたい。
こんなに善い人が、ロケット団お抱えの科学者だったなんて。
思考が、ガラガラを救ったあの晩へと飛んだ──。
〇〇〇
────2日前。
ガラガラのバイタルを測る機械音と、か細い呼吸音だけが支配する集中治療室に俺は居た。
目の前のベッドには、満身創痍のガラガラが酸素マスクをつけて横たわっている。
素人目にも、死期が近いのが察せられた。
たぶんもう、どんな治療も意味をなさないだろう。
「…………」
ごめんなララ。
苦しいよな、痛いよな。
でも大丈夫。
すぐに治るよ。
俺はゆっくりとボールホルスターからフレンドボールを抜き取り、ルギアを呼びだした。
眠そうな小鳥に神通力を命じようとした瞬間、サーフゴーのフーゴが俺の手をはっしと抑えた。
普段の陽気さは欠片もない。
至極真剣で、しかも悲痛な顔をしていた。
『マスター、本気なノ?』
「フーゴ……」
『
ララちゃんもきっと治せル。
だけど、その分大きな代償を払わされるんだヨ!』
「覚悟の上だ」
『駄目だってバ!』
フーゴは叫ぶや俺の両肩を掴み、向き直らせた。
『これ以上呪いを貰っタラ駄目ダヨ!
もう本当に人間じゃなくなっちゃウ!』
「だったら他に手があるのかよ!」
フーゴの手を振り払い、怒鳴り返した。
金貨で出来た幽霊が、はっと口を噤む。
「マユはもう、大事な人たちを亡くしてんだ!
このうえララまで居なくなったら、あの子はどれだけ傷つくと思う!?」
激情が涙となって頬を濡らした。
知ってるんだ、俺は。
親を亡くした子供が、どんなに寂しくて苦しくて辛い思いをするか。
パルデアではペパーのお母さんを──オーリム博士を救うことができなかった。
だからせめて、いま助けられる命くらいは、助けたっていいだろう?
それでどんな災いが降りかかろうとも構やしない。
既に呪われた身なんだ、新しい厄ネタの一つや二つ、喜んで背負ってやる!
『マスター…………』
フーゴが沈痛な面持ちで下を向く。
俺は小声で詫びを入れ、改めてルギアに命じた。
神通力の優しい波動がララを癒していく。
いまにも止まってしまいそうだった心音が、力強く跳ねだした。
これで、もう大丈夫。
俺は静かに部屋を出、ロビーに戻った。
泣き疲れたマユがフジさんの膝で眠っている。
「フジさんも仮眠室で休みましょう。
横になるだけでも違いますよ」
しかしフジさんは頑なに拒絶した。
「私に、そんな資格はありませんから」
「……? 資格って、なんです?」
やけに自罰的な物言いに小首を傾げると、フジさんはとんでもないことを口走った。
「……今日やってきたロケット団の連中はね、強盗しようとしたんじゃない。私を
「連れ戻す……って。
それじゃまるで、フジさんがあいつらの仲間だったみたいな言い方じゃないですか」
戸惑う俺に、フジさんは重々しく首肯した。
「そう……私は元ロケット団なんです」
そしてフジさんは、ぽつりぽつりと語りはじめた。
若い頃に犯した、彼の罪を。
〇〇〇
昔、私は科学者でした。
専門分野は遺伝子工学で、ありとあらゆるポケモンの遺伝子を研究する日々を過ごしておったのです。
誰もが私を秀才だと褒めてくれましたが、私は満足できませんでした。
なぜって、後輩に
彼は──オーキド君は、本物の天才でした。
私は焦りと嫉妬で頭がおかしくなりそうでした。
己の立場を確固たるものにしてくれる、画期的な成果が欲しかった。
凡百の科学者ではなく、世紀の偉大な科学者に押し上げてくれる何かを、切望してやまなかった。
とうとう私は、
どんなポケモンにも弱点はある。
最強無敵のポケモンなど、どこを探しても居るまい。
ならば。
探すのではなく、造るのだ。
弱点のない、完璧なポケモンを。
度重なる実験の末、ポリゴンが生まれました。
ですが、電子世界でしか生きられないという重大な欠陥を持っていました。
私はなおも探し求めました。
最強の礎たりうる、変幻自在で強靭な遺伝子を。
すると、ある人物が話を持ちかけてきたのです。
「あなたの計画に出資します。
金はいくら掛かっても構わない。
ぜひ我々の力で最強のポケモンを作りましょう」
────それが、ロケット団でした。
その頃はまだ無名に近く、どんな組織か知らなかった私は、多額の資金援助を受けれると聞いて一も二もなく飛びつきました。
浅はかでした。
どうしようもなく。
そして、あの運命の日。
ギアナ高地で、私は遂に出逢いました。
理想的な遺伝子を持つ幻のポケモン・ミュウの睫毛を手に入れたのです。
私は、ミュウの細胞から最強のポケモンを作る計画《M計画》を始動させました。
試行錯誤の末に生み出された命はしかし、誰の命令も聞かない凶暴なポケモンでした。
あまりに強すぎて誰にも制御ができず、最後には屋敷に閉じこめるようにして逃げました。
命からも責任からも逃げて逃げて……ようやくこの町に辿り着きました。
〇〇〇
「────それがおよそ、20年前の話です。
屋敷はグレン島にあります。
あの子がまだ、あそこにいるかは分かりませんが……」
言いつつ、フジさんは首から下げていたパスケースを差し出した。
中にはカードキーが入っている。
屋敷の鍵らしい。
フジさんは、今回《魂の家》を襲撃したロケット団員たちは、せめてこれだけでも持ち帰りたかっただろうと自嘲気味に笑った。
「アシタバさん。恥を忍んでお願いします。
あなたほど強いトレーナーならば、きっとあのポケモンも……ミュウツーも言うことを聞くでしょう。
あの子は孤独のなかにいる。
どうか、あなたの仲間にしてやってくださいませんか」
「…………俺で、いいんですか」
俺は俯いた。
傲慢とエゴの果てに産み落とされた命を、俺なんかが背負えるだろうか。
フジさんは皺だらけの手を伸ばし、俺の手を掴んだ。
「貴方がいいのです。
はなはだ虫のいい話ではありますが、あの子を生んだ親として、してやれることはこれぐらいしか……」
服越しにも分かるほど、彼の手は震えていた。
20年前の過ちが、今なお彼を苦しめている。
きっと何をしても癒えることはない。
毎日墓を清め、死んでいったポケモンたちを供養しても贖罪にはならないと知りながら、それでもフジさんは、何かせずには居られないのだ。
「……やれるだけ、やってみます」
キーを受け取ると、彼は涙を光らせながら、何度も何度も頭を下げた。
「────人に歴史あり、ってやつかねえ」
「げる?」
セキチク湾の波頭を進む船の上で独りごちると、船べりに掴まっていたルギアが振り向いた。
俺の顔を珍しそうに眺めている。
まあ、気持ちはわかるよ。
いままで
苦笑し、親指で眼帯をこつこつと叩いた。
「寝て起きたら右眼が変になっててさ。
気色悪いから隠してんのよ」
といっても瞳孔が赤色に濁り、白目の部分が真っ黒に染まっただけで、視力を失ったわけじゃない。
これが今回の
「グレン島にゃあ火山があるってよ。登ってみっか?」
「げるる」
早くも見え始めた島影をバックに、ルギアがぱっと両翼を広げた。
というわけで87話。
時間軸が行きつ戻りつして読みづらかったら申し訳ない。
作者もこういう書き方するの慣れてなくてなかなか手こずりました。
感想欄でガラガラの行く末を案じていた皆様、ご安心ください。
無事ですよ(ニッコリ)。
超元気(ニッコリ)。
ちょっと主人公の眼が変になっただけなんで、プラマイプラスですな!
お察しの通り眼帯キャラ好きです。隙あらばつけちゃう。
フジ老人の過去を知ったアシタバくんはグレンタウンへと向かいます。
そこで何を見るでしょうか。
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