ルギア、拾っちゃいました。2   作:じゅに

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第89話 災い転じて……?

 

 

 

 

 グレンタウンの主要道路は十字に交差しており、南北に走る道を挟んで2つの大きな建物が並んでいる。

 東側の20番水道に面しているのが燃える男・カツラ率いるグレンジム、西側にあるのがフジさんが暮らしていた御屋敷だ。

 グレンタウンの人達は、ポケモン屋敷と呼んでいる。

 

 昨日通りがかったときに見たところ、20年前に放棄されたにしては、あまり荒れていなかった。

 サカキ先生いわく、ジムリーダーのカツラさんが定期的に敷地の手入れを行っているらしい。

 

「なんでジムリーダーが管理してるんですかね」

 

 先生お手製の朝食(ベーコンエッグにコーンスープ)(めちゃうま)を食べつつ首を傾げると、先生は「さてな」と肩を竦めた。

 

「気になるなら本人に聞いてみるといい。

 人さまの家に入るときは、家主だけでなく管理人にも筋を通すのがマナーだしな」

 

 なるほど確かに。

 別荘を出たその足で、ポケモン研究所に向かった。

 ここには化石ポケモンを復元する設備が整っており、カツラさんはジムリーダー業のかたわら、復元業務にも携わっているという。

 

 受付の人に取次をお願いすると、いくらも待たず、白衣を纏った長身のおじさんがせかせかした足取りで現れた。

 

「私を呼んだのは君か!」

 

 彼がカツラさんだった。

 俺は直ぐに頭を下げる。

 

「はい。アシタバっていいます。初めまして。

 突然ですが、フジさんのお屋敷に入る許可をいただけませんか」

 

「あそこになんの用があるんだ?」

 

 前置きのない直球の質問に俺は噴き出しかけた。

 歩き方からわかる通り、せっかちな人なんだろう。

 こっちも話しやすくてありがたい。

 

「フジさんに、忘れ物を取りに行ってくれと頼まれたんです。ご本人から鍵をお預かりしたんですが、手入れをしているカツラさんにも話を通すべきだと教わり、こうして伺った次第でして」

 

「うむ! 若いのに礼儀を弁えとる! 

 よかろう! 入ってよし!」

 

 カツラさんは大きく頷き、快く許してくれた。

 だが、「くれぐれも気をつけろよ」と怖い顔で念を押してきた。

 敷地の草むしりやら屋根、外壁の修理はやっていても、屋内には一切立ち入っていないという。

 

「床が腐っとるだろうから、慎重に歩くんだぞ」

 

「肝に銘じます。ありがとうございます。

 ……あの、変なことを聞くようですが……」

 

「なんだね」

 

「あそこに、とても強いポケモンが潜んでいる可能性はありますか?」

 

 ミュウツーの存在は秘匿情報だろうから、ぼかした聞き方をせざるを得なかったが、カツラさんは首を振った。

 

「わからん! 

 フジからは誰も入れてくれるなと言われているからな。

 おれも中に入ったことが無いのだ」

 

「……なるほど」

 

 いるか居ないか、現時点では五分ということか。

 

「ちなみに、どうしてカツラさんが屋敷の管理をされているんです?」

 

「なに、昔のよしみというやつだ」

 

 カツラさんの頬がふっと緩んだ。

 

「おれとフジは同窓生でな。

 若い頃は机を並べて切磋琢磨したものよ。

 おれはバトルを究めたくなってトレーナーの道に進んだが、あいつは立派に学問を修めて研究者になった。

 フジに何があったのかようわからんが、友の家が荒れ果てていくのを見るのは忍びない」

 

 その気持ちは、わかる気がした。

 俺にもマツバという同級生がいる。

 もしもあいつが困っていたら、力を貸さずにはおれないだろう。

 

 厚く礼を述べ、ポケモン屋敷へと急ぐ。

 サカキ先生が塀の前で待っていた。

 

「許可は貰えたか?」

 

「はい。扉、開けますね」

 

 カードキーをスライドさせると、軽快な電子音と共にロックが外れた。

 

 塀の内側に入り、扉が閉まるとすぐに錠がかかる。

 中から開ける時もこの鍵が必要らしい。

 

「念の入ったことだ」

 

「厳重っすね……」

 

 なにせ最強のポケモンを造ろうとしていたのだ。

 これぐらいの用心は必要だと分かってはいても、息苦しさを覚えずにはいられなかった。

 

 玄関扉を抜けると、埃と黴の物凄い匂いに襲われた。

 頭上のルギアが悲鳴をあげて懐に潜り込んでくる。

 

「こりゃ酷いな。扉は開け放しておこう。

 窓という窓も開けていくぞ」

 

「はい先生」

 

 俺たちは手分けして窓を開けていった。

 

 床の腐り具合も酷くて、ぶよぶよに膨れている箇所もあれば、あっけなく踏み抜いてしまうほど脆いところもあり、歩くだけで難儀する。

 

 ようやく1階の窓すべてを開く頃には、全身汗と埃に塗れて酷い有様だった。

 

「うぇー……きったねぇ」

 

 口の中がじゃりじゃりする。

 マスクしとくんだったなあ、ちくしょう。

 

「探し物は見つかりそうか?」

 

「ここには無いみたいです……2階に」

 

 行きませんかと言いかけた矢先、ばぎょっと不吉な音を立てて、足元の床がいきなり()()()

 

「でぇええええええ!?」

 

「あ、アシタバーッ!」

 

 サカキ先生の叫びも虚しく、俺は底知れぬ闇へと落ちていった。

 

 

 〇〇〇

 

 

『……スター。マスター、だいじょうブ?』

 

『ものの見事に落ちましたからな。

 脳震盪とか起こしておるやも』

 

『ノーシントーって病気? 死んじゃウ?』

 

 泣きそうな声に、俺はぱっちりと目を開いた。

 暗闇の中でサーフゴーの躰が煌めいている。

 隣で赤く光っているのはサマヨールの瞳だろうか。

 ふたりとも、あわててボールから出てきたらしい。

 

 俺が起きているのに気づいたサーフゴーが、泣き笑いの顔で抱きついてきた。

 

『マスターっ! よかっタ、目が覚めたんダネ!

 頭痛くナイ? ダイジョーブ!?』

 

「おう。元気だぞ」

 

 金貨で出来た頭や背中を撫でてやる。

 ガラガラを助けようとする俺に怒鳴りつけられたことを忘れたわけじゃないだろうに、ちっとも気にすることなく案じてくれる優しさが胸に沁みた。

 

「……ありがとうな」

 

 万感の思いを込めて囁くと、サーフゴーは優しく微笑みかえした。

 

『……我輩を置いてイチャイチャしないでほしいですぞ』

 

 サマヨールが拗ねた声色で言うもんだから、俺もサーフゴーも噴き出してしまった。

 

「しとらんわっ」

 

『ごめんネ、モっさン』

 

「……にしても、落ちたなー」

 

 天井に空いた穴を見上げる。

 この地下室はかなり広々と作られているようで、穴は随分高い位置にあった。

 しばらく意識が戻らなかったのも納得である。

 というか、俺でなかったら死んでたかもしれない。

 そりゃサーフゴー達も心配するわけだ。

 

「サカキ先生ぇーっ!」

 

 穴に向かって叫んだが、反応がない。

 たぶん地下に降りる階段を探しているんだろう。

 こっちはこっちで、上に行く方法を見つけねば。

 

「……ん?」

 

 俺はふとある事に気づき、身体中をまさぐった。

 

「あ、あれ?」

 

 サーフゴー達が振り返る。

 

『どうしたんですぞ?』

 

ルギア(レヴィ)が……居ない」

 

 埃にびっくりして俺の胸元に入っていたはずのルギアが何処にもいないのだ。

 

サマヨール(ヨモツ)、見つけられるか?」

 

『お待ちあれ』

 

 千里眼を光らせ、サマヨールが四方に目を凝らす。

 すると、ぎゃっと短い悲鳴をあげて仰向けに倒れた。

 

「な、なんだ!? 何があった!」

 

『しゃ、シャドーボールを喰らったでござるぅ……っ』

 

「なんだと!?」

 

『いタッ!』

 

 間髪入れず、今度はサーフゴーが呻いた。

 胸のあたりのコインがばらばらに散らばっている。

 傷口が円形に抉れているのを見てとって、背筋に冷たいものが走った。

 

 サマヨールの言う通りだ。

 俺たちは今まさに、誰かから攻撃を受けている! 

 

 周囲は漆黒の闇が広がるばかりで、己の手も覚束無い。

 こんな状態で金ピカの幽霊を出していたらいい的だ。

 

 2体ともボールに戻し、床に這い蹲った。

 

 敵の位置も正体も掴めない状況に舌打ちする。

 

 誰だ? 誰が、どこから俺たちを狙っている? 

 この屋敷に住まう野良ポケモンか。

 それとも……ミュウツーの仕業だろうか。

 

(闇に乗じる戦法……悪タイプやゴーストタイプのポケモンが特に好む遣り口だが、ミュウツーもそうなのか?)

 

 ならばこの状況は不利(ヤバ)すぎる。

 一刻も早く上階へ逃げなければ。

 だが肝心の階段はどこに? 

 

 焦りばかりが募るその時、お馴染みの声が耳に飛び込んできた。

 

「げるるるるる!」

 

 ルギアだ。

 ばさばさと激しい羽ばたきも聞こえる。

 どうやら、敵を威嚇しているらしい。

 

 俺はリュックから懐中電灯を引っ張り出し、音のする方へ向けた。

 

 照らし出されたポケモンが、眩しそうに顔を顰める。

 

 それは、姿態(フォルム)だけを見るならば、ヒトに近い成りをしていた。

 すらりと長い脚に、薄い胸板と細い首。

 頭部は人の形に似て、目鼻や口も人間と同じ数だけ同じ位置に付いている。

 背後で、紫色の尾がゆうらりと揺れていた。

 

 相手の指先にエネルギーが凝集していく。

 シャドーボールだ。

 俺は泡を食って話しかけた。

 

「まっ、待て待て! 

 お前さんがミュウツーなのか?」

 

 攻撃を放とうとしていた指が、ぴたりと止まった。

 

『……? 何故、その名を知っている』

 

 脳内に直接声が響く。

 鳴き声をあげるのではなく、人語を喋ろうとするでもない。これは、エスパータイプによく見られるコミュニケーション法──思念話法(テレパシー)だ。

 

 懐中電灯の光をミュウツーから外す。

 ゆっくりと身を起こし、膝立ちのまま両手を挙げた。

 

 無防備な体勢だが、これでいい。

 まずなによりも敵意がないことを示すのが先だ。

 

ルギア(レヴィ)、戻ってこい」

 

 ルギアが大人しく俺の頭の上に収まると、ほんの僅かだが、ミュウツーが動揺するのがわかった。

 

「フジさんから、お前さんを託されたんだ」

 

『フジ……フジ博士のことか』

 

「ああ。お前さんを造った人だよ。

 覚えているか?」

 

『──忘れるものか』

 

 頭の中に、怒気が滲む。

 ミュウツーの感情が念波を通じて伝わっているのだ。

 

『ワタシを造り、牢に閉じこめ逃げ出した卑怯者めが、今更何の用だというのだ』

 

「……あの人は、ずっとそれを悔いていたよ」

 

 己の所業を、ミュウツーへの仕打ちを、フジさんは片時も忘れなかった。

 そして、ここに戻る勇気も持てず歳をとっていく自身を、蔑み、憎んでもいた。

 

 だからあの人は、シオンタウンに居を構えたのだろう。

 あそこには生の淡さと死の哀しみが満ちている。

 せめてポケモンたちが安らかに眠れるように、残りの人生すべてを捧げる覚悟で《魂の家》を建てたのだ。

 

 そうしたフジさんの変遷を説いたが、頭の中の怒りは消えない。

 当たり前だ。

 勝手に造られ、産み落とされて、挙句置き去りにされたミュウツーには、なんの関係もない話なのだから。

 都合のいい言い訳を並べ立てているようにしか聞こえないだろう。

 

 俺は深呼吸した。

 ここからが正念場だ。

 

「お前さんの怒りは最もだよ。

 フジさんへの憤怒を、受けた屈辱を、我慢したり堪える必要は無い。怒っていいんだ。それは正当な権利だから」

 

『…………』

 

「けど、さ。

 こんなところで独りで怒ってても、寂しくないか?」

 

 ぽとり、と、怒り以外の感情が頭に湧いた。

 これは──困惑だろうか。

 俺の言葉に、ミュウツーが戸惑っている。

 

『……どういう意味だ』

 

 俺はなるべく柔らかい微笑みを浮かべ、両手を広げた。

 この闇の中で、見えていることを祈りながら。

 

「世界はさ、広いんだよ。

 果てしない海や、雲ひとつない青空や、吹き抜ける風の気持ちよさを知ってるか? 

 焼きたてのパンとか、あんこたっぷりの饅頭を食べたことは? 美味すぎて腰抜かすぜ! 

 こんな埃だらけの屋敷より、もっとずっと面白いものがいーっぱいあるんだぞ!」

 

『……海……饅頭……』

 

 じわじわと頭の中の感情が書き換わっていく。

 困惑から好奇へと、明らかに、俺の発言に興味をそそられていた。

 

 もうひと押しだ。

 片手を、ミュウツーに向けて差し出した。

 

「……そういうものを心ゆくまで味わって、それでも怒りが解けないってんなら、俺が全部受け止めるからさ。

 俺たちと来ないか? 

 お前さんが知らないもの、たっくさん見せてやるぜ」

 

『…………ワタシは……』

 

 ミュウツーは、迷子のように頼りない声を発しながら、喜怒哀楽すべて入り交じった複雑な感情を渦巻かせて。

 

 長い逡巡の末に、そっと、俺の手に自分の手を重ねた。

 

 鼻の奥がツンと痛くなる。

 

「……信じてくれて、ありがとうな」

 

 ミュウツーの手を握り返す。

 赤ん坊のように滑らかな(はだ)だった。

 

『……まだ、信じきった訳じゃない』

 

「うん。それでいい。信じてもらえるように頑張るよ」

 

 生まれてきてよかったと思えるように。

 

「げるるるる」

 

 ルギアが、ぱたぱたと翼をはためかせた。

 

 

 

 




というわけで89話。
ミュウツーゲットだぜ!
新入りはウネルミナモ以来ですな。

ミュウツーがサトラレっぽくなってますが、テレパシーによってアシタバの感情や想いも筒抜けです。
彼が真心こめて説得したからこそ受け入れてくれたみたいですね。

ますます手持ちがレアになってきてしまった。
ロケット団の首領もすぐ側におるし、大丈夫かこれ?

よければ感想高評価おなしゃす!
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