おかかをふんだんに詰めこんだおにぎりは、尋常でないぐらい美味かった。
米の固さ、塩加減、海苔のパリパリ具合。
どこをとっても完璧で、ひと口頬張るたびに多幸感が溢れ出す。水筒に入れてきた熱いお茶を啜ればもう、言うことはなかった。
隣を振り返る。
「どうだ、ミュウツー」
両手におにぎりを持ち、限界まで頬張っていたミュウツーは、素直に頷いた。
『……いい、と思う』
「わはは。そういうのは美味いって言うんだよ」
『うまい』
脳内に流れる声にも感動の色が見えて、おもわず笑みがこぼれた。
美味いか、よかった。
俺は密かに安堵した。
────ミュウツーとの戦いは、3回やって3回ともカブトプスが勝利した。
ミュウツーは、まさか自分がこんなにも負けるとは思っていなかったようで、1敗した時はすぐに再戦を訴えたが、2敗目で焦りはじめ、3敗目にはかなり落ちこんでしまっていたのだ。
サカキ先生に教わったおにぎりがなければ、まだしょんぼりしていたかもしれない。
読者諸君は気になるだろう。
最強を目指して造られたポケモンが、どうしてそんなにも負けるのか。
結論から言うと、余りにも手管が少なかったせいだ。
技は抜群に冴えていた。
普通なら一度に1発撃つのがせいぜいのシャドーボールを十数発も同時に放てるうえ、一つ一つの威力が桁違いに高い。もし念力や金縛りなんかで四肢の自由を奪われた上にありったけのシャドーボールを叩きこまれたりしていたら、負けていたのはカブトプスの方だったろう。
ところが驚いたことに、ミュウツーはこれとテレポートの2つしか覚えていなかったのである。
カブトプスが岩石でシャドーボールを相殺し、鋭い鎌で攻め寄せると、ミュウツーにはもう為す術がなかった。
……考えてみれば、フジ博士は研究畑のひとで、バトルに関しては全くの素人だ。
ミュウツー自身も20年屋敷に閉じこもっていたので、新技を編み出す必要が無かった。
連敗するのもむべなるかな。
何はともあれ、やっとミュウツーが再戦を強請らなくなったタイミングで強引にピクニックを開き、今に至る──というわけだ。
グレン火山の台地の上で、思い思いに寛いでいる。
最近はヌメラとオーガポンの小競り合いも減ってきた。
どうやら、互いに最も遠い位置に座り、視界に入れないことでそれぞれの存在を無きものとする手法が確立したらしい。喧嘩のたびに仲裁させられボコボコにされていた身としては有難い限りである。
最後に食事を終えたサーフゴーが、なにやら丸い石を持ってやってきた。
『ねぇねぇマスター、これなんダロ?』
「ん? ……あぁ、こりゃ“軽石”だな」
『カルイシ?』
サーフゴーが金貨で出来た目を瞬かせる。
掌に石を乗っけてもらった。
つるつると滑らかな表面、驚くほど軽い感触。
うん、間違いない。
「ポケモンに持たせると躰の大きさが半分になる不思議な石だよ」
『……そんなものがあるのか』
ミュウツーが手元を覗きこんでくる。
出会った時から思っていたが、このポケモンは知能も好奇心もずば抜けて高い。
たぶん、教えたら教えた分だけスポンジのように
「百聞は一見にしかず、だ。試してみよう。
おーい、ミナモ!」
気持ちよさそうに日向ぼっこしていたウネルミナモがどてどてと走ってくる。
顎の下を撫でてやってから、紐で括った軽石を、結晶に似た額の角に引っ掛けた。
途端に、でかい図体がぐんぐん縮んでいく。
驚いたミュウツーがガバッと立ち上がった。
『……っ!?』
ミナモの縮小は、俺より頭1つ分高くなったあたりでようやく止まった。多分、きっかり半分くらいのサイズになっている筈である。
ミナモ自身は何が起こったかよく分かってないみたいで、しきりに首を傾げていた。
「おー、撫でやすくなった」
豊かな鬣をわしゃわしゃしてやるとミナモが気持ちよさそうに目を閉じる。
うん。このサイズなら、バトルに出しても相手をびっくりさせなくて済むだろう。
平静を取り戻したミュウツーが、俺とミナモを交互に見比べながら問いかけた。
『……そういうモノは、他にもあるのか』
「こんな風に躰の大きさを変えちまうようなものは少ないけど、ポケモンの為のアイテムなら死ぬほどあるぞ」
筋力や俊敏さを上げるための薬品や、技を教えるための機械。戦闘中に効果を発揮する持ち物とか、体力を回復してくれるきのみなどなど。
最近はアイテム事業に参入する企業も増えてきたから、枚挙に暇がない。
『そんなにも……』
「おうよ。けどまあ、俺の知識はもう古い。
今はもっと新しい道具が増えてるだろうな」
ここで、おもわせぶりな視線を送る。
「……最新アイテム、見てみたくないか?」
『見れるのか?』
案の定ノッてきたミュウツーに、俺はにんまりした。
見れるも何も。
この地方にゃ世界有数のデパートがあるんだぜ?
「んじゃ行ってみっか、タマムシシティに!」
出番を察したらしいテッカグヤが、「よふ」と鳴いた。
〇〇〇
タマムシシティ。
空港あり、百貨店あり、カジノありと、欲得の坩堝と化した街だ。ここで手に入らないものはこの世に無いとすら言われている。
グレン島から2時間ほどで到着した俺たちは、デパートに寄る前に市街をぶらつくことにした。
流石に間近で顔を見られたらポケモンなのがバレるので、マフラーで隠してもらう。
剥き出しの手足はどうしようかとあぐねていたら、ミュウツーはこともなげに人間と同じ形に
どうやら細胞主のミュウにはメタモンのような変身能力があるようだ。
『色味や質感までは似せられないが……』
「充分だよ! 行こうぜ!」
手なんてポケットに突っ込んどきゃいいし、靴を履けば足も隠せる。
そう言うと、ミュウツーはほっと胸を撫で下ろした。
ところが。
安心したのも束の間、すぐに目を白黒させはじめた。
途切れぬ人波に度肝を抜かれたらしい。
『こ、この人の多さは、なんだっ』
「賑やかなとこはこんなモンだよ。
お隣のヤマブキなんかもっとすげーぞ?」
「げるる」
頭の上のルギアが、狼狽える後輩に胸を反らせた。
なんだ新人この程度でだらしない、と先輩風を吹かせまくっている。
そういやお前さんは初めて行く場所にも会う人にもビビったことないな。図太い性格してるよホント。
「お、スムージー屋がある」
タマムシはそこかしこにキッチンカーや屋台が出ているのも特徴だ。
『すむーじー?』
「野菜とか果物とかをすり潰した……あー、飲んだらわかる。ちょっと待ってな」
やっと客が捌けてひと息つこうとした店主に詫びながら金を渡し、スムージーを2杯作ってもらった。
片方が葉物系の野菜メイン、もう片方がフルーツメインの品である。
「ストローっつってな?
それを口に咥えて吸えば飲めるから」
これならマスクをつけたままでも味わえる。
ミュウツーはおそるおそるストローを咥え、すぐに瞳を輝かせた。
『な……! なんなのだコレは!』
「美味いだろ」
ここのはヨーグルトや蜂蜜もたっぷり使うタイプで、デザートレベルに濃厚である。
「それが甘いって味だよ」
『あま、い……』
ミュウツーは無我夢中で飲み始めた。
すると突然、頭の中がぐわんと揺れた。
「っ!?」
攻撃されたのかと身構えかけて、原因を悟る。
(…………ああ。これ、ミュウツーの
初めて出会った時以来、どうも俺とミュウツーは
相手の強い感情や想いが、勝手に流れこんでくるようになったのだ。
ミュウツーにとって生まれて初めての甘味である。
頭を殴られたような衝撃を感じたとしても無理はない。
(……他の奴らも、美味いもん食ったときはこんぐらい感動してくれてんのかね)
知りたいような、知りたくないような。
俺は笑いを噛み殺しながら、残りを啜った。
〇〇〇
満を持してタマムシデパートに入店すると、すかさずフロアガールがにこやかに近づいてきた。
「ようこそ、タマムシデパートへ。
よろしければ各階をご案内いたします」
「そうですね……わざマシン売り場を見たいんですが」
こんなに品揃えのいい店に来れることは滅多にない。
ミュウツーがどんな技を覚えられるのか、他の手持ちたちが使える技はないか、ここで調べておきたかった。
「でしたら、2階と3階に売り場がございます」
「ありがとう、行ってみます」
「行ってらっしゃいませ」
職業スマイルに見送られ、エスカレーターに乗る。
勝手に動く階段にミュウツーがそわそわしだした。
誰かが下から押し上げていると思ったらしい。
「これはエスカレーターって言うんだけどさ。
エレベーターってのもあるんだぜ」
『何か違うのか』
「後で体験させてやるよ」
勝手に上下運動する箱に乗せられたら、さてどんなリアクションをするのかな。
巨人の掌に乗っているとかおののくだろうか。
(俺からすればテレポートのほうがよっぽど高等技術なんだけどなあ)
無垢な子供みたいになんでも驚き感動してくれるミュウツーが可愛くて、早く色んな商品を見せてやりたかった。
〇〇〇
壁に貼られた
売り場には、短パンを履いた少年や、つい最近ポケモンを捕まえたと思しき少女がたむろしていた。
それを見たミュウツーが念波を飛ばしてくる。
『……ここは小さな人間向けの場所ではないのか』
暗に俺たちは場違いじゃないのかと言いたいのだろう。
俺は苦笑し、大丈夫だよと囁いた。
「たしかにトレーナーには始めたての人からベテランまでいるけどな、技にそういう区分はねーよ。
どんな技も使い方によっていくらでも化けるもんさ」
『……そういうものか』
「そーゆーもん。だから堂々としてな。
あと、小さな人間は子供っていうんだ。反対は大人な」
『子供と、大人。覚えた』
「うし。んじゃ売り物見てみよーぜ。
気になるのがあったら教えてな」
フロアの半分以上を占める棚を順繰りに眺めていく。
売れ筋! とポップが貼られた商品の前で、つとミュウツーの足が止まった。
「ん? おー、スピードスターか」
『どんな技だ?』
「きらきら光る星みたいな弾を発射する技だよ。
お前さんの得意なシャドーボールと違うのは、相手を追尾する効果がある点だな」
『ついび……追いかける、という意味か』
「そうそう。覚えられるか試してみるか?」
マシンを手に取る。
わざマシンというのは、角を丸めた箱型機械である。
真四角のきんつばとか最中を思い浮かべてもらえば、いちばんイメージに近いだろうか。
中にポケモンが入ったボールをセットして蓋を閉め、5秒から30秒ほど待つ*1。
取りだした時には技を習得しているという仕組みだ。
原理はわからんが、科学の力ってすげー。
……よその地方じゃ箱型じゃなくてディスク仕様らしいけど、それでどうやって技を覚えるんだろうな?
スピードスターの箱をミュウツーに持たせてみると、青く光った。
『……? なぜ光る?』
箱をひっくり返しながらミュウツーが眉を顰めた。
「ポケモンと技の適性を教えてくれてるんだよ。
青く光ったら適性あり、赤く光ったらナシだ。
適性ってのは、覚えられるかどうかって意味な」
『……つまり、ワタシはスピードスターを使えるポケモンということか』
「そーいうこと。うし、買ってみよう。
他に気になったのはあるか?」
『……いくつでもいいのか?』
「いーよいーよ。
お前さんが覚えられないマシンだったとしても
興味の赴くままガンガンいこうぜ」
グレン火山で拾った珍しい石やら金の玉があるので、懐には結構余裕がある。
そのまま3階の上級者向けマシンも覗き、ついでにポケモンが使える道具類も見て回って、合計10万ぐらい買い漁った。
ふむ。
買い物もたまには楽しいもんだ。
というわけで92話。
ミュウツーと買い食いしたりお買い物するの巻。
ミュウツーは本来“へんしん”を覚えませんが、本作の個体は覚えます。
これに関しては一応理由付けしてあるので、種明かしまでもうちっとだけお待ちください。
わざマシンのあれそれはもちろん捏造です。
近年のゲームでは全てディスク型になってますが、どうやって使って覚えさせてるのか公式は教えて欲しい。まじで。
本作では地方によってマシンの形が異なる設定でありんす。
次回、カントーといえばこの男(その1)が登場予定です。
よければ感想高評価おなしゃす!