屋上の展望フロアに出ると、かなりの人で賑わっていた。どうやらバトルコートで白熱した野良試合が繰り広げられているらしい。
『なんの騒ぎだ?』
「バトルだよ。近くに行って見てみるか?」
ミュウツーは静かに首を振った。
『すこし、座って休みたい』
「同感だ」
俺は声に出して笑った。
買い物は楽しい。
……が、人混みを縫うようにして歩くのも、商品を物色するのも、長時間やってると結構しんどいもんがある。
まして、昨日グレン島の研究所から出てきたばかりの身の上なら尚更だ。
立ち見席には行かず、すぐそばの青いベンチに腰を下ろした。ここからなら、座ったままでも観戦できそうだ。
コートの向かって右側には白衣を着た金髪の女性が立ち、色違いのワタッコに指示を飛ばしている。
対するは赤髪の青年で、ハクリューを繰り出していた。
「ほい、サイコソーダ」
自販機で買ったジュースを手渡す。
見よう見まねでプルタブを引き、勢いよく呷ったミュウツーがびくーっと飛び跳ねた。
『な、なんっ、くっ、口の中がっ!
しゅ、しゅわしゅわするっ』
「炭酸だよ。慣れると美味いぞ」
『タンサンだと……!?
なぜこんなものを作った!?』
そこまで言わんでも。
そのしゅわしゅわが美味しいんだってば。
親の仇のように缶を睨めつけるミュウツーを笑いながら宥めていると、ひときわ大きなどよめきが起きた。
顔を振り向ける。
ちょうど、ハクリューの角から放たれた冷凍ビームがワタッコを直撃したところだった。
4倍弱点をモロに喰らい、氷像と化したワタッコが重い音を立ててコートに墜ちる。
白衣の女性が天を仰いだ。
「ま、負けましたわ……っ」
審判を務めていたらしいおばさんが片手を挙げた。
「ワタッコ戦闘不能! ワタルくんの勝ち!」
トレーナー2人は健闘を讃える握手を交わし、観客も盛大な拍手を送った。
(……ん? ワタル…………?)
聞き覚えのありすぎる名前に頬が引き攣る。
俺の2つ上の先輩に同名の人がいたが……まさかね。
────そのまさかだった。
コートから出てきたその人は、俺を見つけるやまっすぐに歩み寄ってきたではないか。
そして目の前に立つと、あの見慣れた、口の片端だけを上げる笑みを浮かべた。
「眼帯なんて着けてるから誰かと思えば。
Mr.茹でエビ、元気だったか?」
「…………お蔭さまで元気っすよ、ワタル先輩……」
忘れたいアダ名で呼ばれ、俺は遠い目で応じた。
〇〇〇
ワタル先輩といえば、俺が入学した時には既に有名な人だった。
なんでも、ドラゴン使いを数多輩出してきたフスベの里出身で、同じ日に産まれたミニリュウと共に育てられたという。嘘か誠か、親と過ごすよりもミニリュウと一緒にいる時間のほうが遥かに長かったらしい。
当然ヤマブキ学院にもそのミニリュウを連れてきており、講師陣をも圧倒する強さを誇っていた。
たまに対戦を見学させてもらったが、同級生3人がかりでも余裕で勝っていたから、もはや次元が違うと呆れたのを覚えている。
卒業と同時にカントー四天王入りを果たしており、いまや次期チャンピオン確実と持て囃されている。
「そんな人が
「もちろん、いいんだよ」
ワタル先輩はにこやかに即答した。
「むしろ四天王が積極的に市民の前でバトルをすることはリーグ本部から奨励されてる。トレーナーたちの手本になるし、バトル文化の活性化に繋がるってね。……けど」
先輩が横目でバトルコートを見やった。
さっきの対戦相手が別のトレーナーと戦っている。
今度は色違いのサンドパンを遣っていた。
「彼女は強かったな。色違いのポケモンを研究しているそうだけど、博士をやらせておくには勿体ない逸材だった」
「四天王に勧誘しちゃえばいいじゃないすか。
去年就任したカンナさんも先輩が誘ったんでしょ?」
「ほう。よく知ってるな」
「すげーニュースになってましたからね」
カンナさんの四天王入りは良くも悪くも話題になった。
悪くもというのは、一部のメディアがワタル先輩との仲を勘繰ったせいだ。
歳も近いし、美男美女の組み合わせということで、2人は恋仲なのではないか、恋人を依怙贔屓したのじゃないかとしつこく追いかけ回したのである。
業を煮やしたチャンピオン・キクコが、報道陣にゴーストの大群をけしかけてやっと沈静化した。
「そんなこともあったなあ。すっかり忘れてたよ」
他人事のように宣う先輩を呆れた目で見やる。
いまは先鋒をカンナさんが務め、次席を格闘家のシバさんが守り、ワタル先輩が最後の砦を担っているらしい。
カンナさんとシバさんが強すぎて2人を突破できるトレーナーが現れないため、四天王と言いつつも最後のひと枠が空席のまま運営しているのだそうだ。
「四天王の席空いてるって聞いたらあの博士さんも案外乗り気になってくれるかもしれないっすよ」
「ふむ。なら、誘ってみるか」
そう言いつつ、先輩はその場から動かなかった。
観戦したいんだからどいてくんねえかなぁ……と見上げると、先輩がニコニコしながら俺を見つめていた。
なんだろう。
猛烈に嫌な予感がする。
「…………あの、先輩?」
ダラダラ汗をかき始めた俺に、先輩が言った。
それはそれはいい笑顔で。
「四天王になろうぜ、アシタバ」
〇〇〇
「…………あぁ、疲れた」
適当に駆けこんだビジネスホテルのベッドに突っ伏し、深ーい溜息を吐いた。
ワタル先輩が世迷言を放ったあの後。
俺は愛想笑いを浮かべながらトイレと偽り、ミュウツーにテレポートを使ってもらってなんとか逃げおおせた。
そのミュウツーは、買ってやったピッピ人形を後生大事に抱えながら反対側のベッドでぽいんぽいん跳ねている。
スプリングの反発が面白いんだろうか。
あんまり跳びすぎちゃいけませんよ。
壊れちゃうからね。
「先輩もなんで俺なんか誘ってくるかね……。
カントーのリーグってよっぽど人手不足なんか……?」
四天王になるには、当該地方のジムを全て制覇していること、四天王2人以上またはチャンピオンの推薦を受けていることが最低条件だが、俺はそのどれも満たしていない。というかそもそも四天王の名を背負えるほどの実力がないのに、どうして誘ってきたのやら。
「タチの悪い冗談にしては……。
目がマジだったんだよなぁ……」
…………。
………………。
ま、いいか。
天才の考えてる事はよう分からんって言うし、買ったモノの仕分けでもしよ。
買い物袋の中身をベッドの上にぶちまける。
わざマシン十数点に、ポケモンの道具がいくつか。
道具はよけて、マシンの整理から始めることにした。
「えーとこっちが攻撃技でこっちが変化技と。
リフレクターも光の壁も使うタイミングが
両方いっぺんに展開できたら強いんだけど……」
『出来ないのか?』
ベッド遊びに飽きたらしいミュウツーが訊ねてくる。
俺は眉根を八の字に寄せた。
「んー……出来るってやつは聞いたことねぇな」
リフレクターと光の壁。
両方エスパータイプの防禦技だが、似て非なる代物であり、2つとも扱える個体はエスパーポケモンの中でも少なかったりする。
ましてや同時展開となると想像を絶する難易度らしい。
するとミュウツーの瞳が爛々と輝きだした。
『ワタシなら出来る。試してみたい』
「お、ハードルが高いほど燃える系か。いいね。
んじゃボールに入ってくれな」
ミュウツーをムーンボールに戻し、わざマシンにセットする。ついでにスピードスターも覚えさせちまおう。
さすが知能が高いだけあって、3つとも習得時間は5秒で済んだ。
再び部屋にでてきたミュウツーが小首を傾げる。
『……本当にこれで覚えたんだろうか』
「やってみろよ、まずはリフレクターから」
ミュウツーが両眼を閉じ、意識を集中させる。
俺たちの間に、透明な壁が形成された。
リフレクター成功である。
「おおー。やるなあ。んじゃ次、光の壁」
同じ要領で、若干色味の違う壁が生まれた。
物質で例えるなら、前者がアクリル製で後者がガラス板って感じだ。
「うんうん、光の壁も綺麗に張れたな。
んじゃ、同時展開、いけるか?」
ミュウツーの眉間に皺が寄った。
あんなに簡単に作れていたリフレクターと光の壁が、輪郭がぶわぶわと不鮮明になり範囲も縮こまっている。
最終的に、壁同士がぶつかり合って壊れてしまった。
『…………む』
険しい眼差しで、砕け散った欠片を見下ろしている。
こんな筈じゃなかったと顔中に書いてあった。
「いやでも、凄いぞミュウツー!
1つずつ発動させたときは完璧だったじゃんか。
2枚同時もかなりイイとこまでいってたし、あとちょっとだよ!」
『…………本当にそう思うか』
失敗した自分を適当に慰めているだけじゃないのかと疑っているらしい。俺は力強く断言した。
「お前さんならできる! 本心だ!
……ってか、嘘ついてもすぐバレるだろ?」
『…………確かにな』
ミュウツーの肩から力が抜ける。
初めてのチャレンジ、初めての失敗。
だけどこれこそ成功への偉大な1歩だと、この賢いポケモンなら分かるはずだ。
「よーし! 残りのマシンは明日試そうぜ。
今日はもう寝ようや」
ルギアはとっくの昔に俺の枕の上で寝ていた。
せっまいバスルームでシャワーを浴び、髪も乾かさず横になる。
都会の喧騒は意外に神経を蝕んでいたようで、朝まで爆睡した。
〇〇〇
ふと目が覚めた。
隣では、アシタバが腹を出して眠りこけている。
顔の上でルギアが寝ていてもお構い無しだ。
息苦しくないんだろうか。
時計と呼ばれる丸い道具を見やると、短い針が5を、長い針が8の辺りを差していた。
時間の読み方は教えてもらった。
さしずめ5時40分といったところか。
『…………』
ベッドから降り、テレポートを発動する。
瞬きほどの素早さで、昨日訪れたデパートとやらの屋上に飛んだ。
乳白色の霧が満ちるバトルコートには誰もいない。
好都合だ。
ワタシは胸いっぱいに早朝のにおいを吸いこんだ。
凍えるような清涼さと澄みきった爽やかさが心地いい。
ワタシが潜んでいたあの屋敷はずいぶん濁った空気をしていたのだと、いまさら気づいた。
『……スピードスター』
無数の星弾が虚空に出現し、凄まじい速度で空の彼方に飛翔していく。
これは対象をどこまでも追いかける技だという。
いまは標的を決めなかったから、明後日の方へ飛んでいったわけだ。
なるほど。面白い。
今度はリフレクターと光の壁を練習する。
やはり、1つずつなら造作もないが、2つ一遍にとなるとまるで形を保てなかった。
例えるなら、全く別の図形を左右の手で同時に描けと言われているような感覚だ。
どうしても一方のイメージに引きずられてしまうし、発動が疎かになる。
だが、諦めきれない。
なんとしても同時展開をモノにせねば。
ワタシを驚かせてばかりいるアシタバを、驚かせてやりたいのだ。
『リフレクター……光の壁……』
日が昇り、街に人の気配が増えるまで、黙々と練習し続けた。
■ワタル
ヤマブキ学院卒業生。アシタバの2個上。20歳。
学院始まって以来の神童と評された。
サカキのお気に入り生徒の1人。
四天王の一角にして未来のチャンピオン。
■四天王
チャンピオン・キクコの下に集う強者たち。
前までは4人揃っていたのだが、1人が病に倒れ、もう1人が怪我を理由に引退した。
ナナシマでぬいぐるみと暮らしていたカンナをキクコが見つけ、ワタルに迎えに行かせた。
というわけで93話。
恩師に続いて先輩の登場です。
たしかワタルの名前は初登場だった気がするのですがもしも前作などで言及している回があったら教えてください。爆速でサイレント修正します(土下座)
読者の皆様からはかなりの実力者と目されて頂いているアシタバくんですが、本人の評価はまだまだ低い模様。まあ自分の腕前を客観視する機会ほとんどなかったですからね。
四天王勧誘もおもんない冗談にしか聞こえないみたいです。鈍感野郎め。
冒頭、わかる人にだけわかるゲスト仕込んでみました笑
クスッとしてもらえれば幸いです。
よければ感想高評価おなしゃす!