ルギア、拾っちゃいました。2   作:じゅに

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第95話 叡智、或いは人の業。

 

 

 

 博物館に戻ってみたら、ミュウツーはすでに2階に上がっていた。

 スペースシャトル《コロンビア号》の模型を食い入るように見つめている。

 

 俺が横に立つと、振り向きもせず訊ねてきた。

 

『これはなんだ』

 

「スペースシャトル。

 宇宙っていう空より高いところに行くための船みたいなもんだよ」

 

『なぜそんなところに行きたがる?

 ポケモンに乗って空を飛ぶだけでは物足りないのか』

 

「うぅん、そうだなあ」

 

 なぜ宇宙を目指すのか──か。

 難しいところを突いてくる。

 なんでだろうなあ、と煙に巻いてもいいのだが、それは少々不誠実に過ぎよう。

 かといって、確たる理由を説けるほどの見識もない。

 

 だから俺は、これは正確な答えじゃないぞと前置きした上で、俺が思うところを述べることにした。

 

「面白そうだから、かな」

 

『面白そう?』

 

「うん」

 

 ミュウツーに向き直り、胸の辺りをちょんとつついた。

 

「お前さんも、グレン島を出てから色んなことが新鮮で、不思議で、何でもかんでも知りたくてウズウズしてるだろ? 人間も一緒なんだよ。

 これってなんだろう、あれはどういうことなんだろうって疑問を1つずつ解決して、今日まで生きてきた。

 目の前にある謎を解き明かさずにはいられないし、その過程を面白いって感じちゃう生き物なのさ」

 

 数多の死の果てに紡がれてきた命の螺旋。

 歴史という経験の蓄積。

 より良い未来を求めて練り上げた努力の結晶。

 

 それらの上に、俺たちは立っている。

 

「で、人間は空を見上げるたびにこう思ったんだな。

 あの先にはどんな世界が広がっているんだろうって」

 

 太陽とは、月とは、星とはつまるところなんなのか。

 鳥よりも高い場所へ、ヒトの身で到達する方法はないものだろうか。

 

「思いついた手段は試さずにいられないのが人間の業……あー、どうしようもないところでね。

 それから試行錯誤を繰り返しまくって、とうとうこんな船まで造っちまったってわけ。

 いわば人類の叡智ってやつさ!」

 

 いよいよ宇宙に飛び出しても、謎が減るどころか増える一方なあたり、もはや病的なまでの()()()()()だよな。

 

 笑い含みに話を振ると、ふいにミュウツーが俺を見据えた。なんの感情も窺い知れない、氷のような眼差しで。

 

 

『……では。

 

 

 ワタシを造ったのも、()()()()()()()か?』

 

 

「…………!」

 

 

 顔が強ばるのが自分でもわかった。

 

 ────しまった。

 スペースシャトルとミュウツーは、いわば科学の表裏だ。

 どちらも叡智を結集し、無数の実験の果てに造られた存在だが、一方は模型まで飾られ賞賛を浴びているのに対し、もう一方は生まれた意味も見いだせず孤独の闇に埋もれていた。

 

 並外れて賢いミュウツーが、その残酷な相違に気づかないはずはない。

 

 ────俺の馬鹿野郎。

 自分で自分を殴りつけたい衝動に駈られた。

 

 ミュウツーは身動ぎもせず、俺を見つめ続けている。

 俺は生唾を飲み、慎重に、慎重に、言葉を紡いだ。

 

「……ごめん。俺、無神経だった」

 

『…………』

 

「正直、フジ博士がお前さんをどんな気持ちで造ったのか、完璧には理解してない。

 俺から語っていいことでもないと思う。

 けど……けど、な」

 

 拳を握りしめる。

 震えそうになる声を抑えながら、偽りのない本音を口にした。

 

「なんの慰めにもならないかもしれないけど……。

 俺は、お前に逢えて本当に良かったと思ってる。

 お前に恥じない自分でありたいと思ってるよ」

 

 そのとき初めて、ミュウツーの瞳に微かな変化が覗いた。揺らぎはすぐに消えてしまって、どんな感情(きもち)なのか読み取れなかったけれど。

 

『──そうか』

 

 ミュウツーはもう一度、シャトルの模型に視線を戻した。

 

 

 その横顔は、ひどく寂しそうだった。

 

 

 〇〇〇

 

 

 博物館脇にある屋外の休憩スペースで、ミックスオレを片手に座っていると、目の前の芝生がいきなり翳った。

 

 突風が巻き起こる。

 

「よう。昨日ぶりだな」

 

 カイリューの背から降りたワタル先輩が朗らかに笑う。

 俺は笑い返そうとしたけれど、頬をピクピクさせるのが精一杯だった。

 

 …………ダメだ。

 今は、笑えない。

 

「……ッス」

 

 だから会釈するだけに留めたのに、先輩は俺の隣にどすんと腰を下ろしてしまった。

 

「どうした、死にそうな顔をして」

 

「はは……」

 

 ホルスターにしまったムーンボールに、そっと指を添わせる。あの問答の後、ミュウツーは自分からボールの中に戻ってしまっていた。

 

 自己嫌悪に押し潰されそうだ。

 

 丸くなる俺の背を、先輩がいきなりぶっ叩いた。

 

「いっでぇ!?」

 

 素手とは思えない音と威力にベンチから転げ落ちる。

 何だこの人!? なんで叩いた!? 

 

「なにすんすか!」

 

 噛みつく俺に、先輩は「よし」と頷いた。

 

「元気になったな」

 

「ちげぇよ怒ってんだよ!

 何してくれてんだアンタ!」

 

「うじうじ悩んでる奴には1発かますのがいちばん手っ取り早いだろ?」

 

「まず話を聞くとか慰めるとかあるでしょ!」

 

「ははっ。嫌だよ面倒臭い」

 

 とてつもなく爽やかに言い切りやがった。

 サイテー! サイテーだこいつっ! 

 

 激しく睨みつける俺に、ワタル先輩が1枚の紙を見せつけてきた。

 

「沈んでる時は悪党をシバくに限る。

 というわけで付き合えアシタバ」

 

「へ……?」

 

 ペラ紙を受け取ると、そこにはたどたどしい文字で悲痛な嘆願が記されていた。

 

 

ピッピをつかまえないで! 

 

さいきん おつきみやまで ピッピが へっています! 

ろけっとだんの しわざです! 

ピッピを みつけても つかまえないで ください!

ろけっとだんを みかけたら つうほう してください!  

 

 

「ニビシティの子供が書いたものらしい。

 聞き込みをしたところ、たしかに最近、ピッピが乱獲されてるそうだ。

 そしてついさっき、お月見山に向かう黒ずくめの連中を見かけたという通報も入った。

 十中八九ロケット団の連中だろう。

 というわけで、現地調査と、必要であれば討伐もしようかと考えているんだが……」

 

 俺は一も二もなく立ち上がった。

 

「手伝います」

 

「そうこなきゃな」

 

 ワタル先輩も腰を上げる。

 カイリューの背に乗せてもらいながら、奥歯を強く噛み締めた。

 

 悪いな、ロケット団。

 シオンタウンからこっち、ずーっとモヤモヤむしゃくしゃしてんだ。

 全力で八つ当たりさせてもらうぞ。

 

 

 〇〇〇

 

 

 お月見山の入口に降り立つと、いきなり女の子が駆け寄ってきた。可愛らしい赤いチェックのワンピースはあちこち泥で汚れ、膝も派手に擦りむいている。

 

 ()けつ(まろ)びつしながら、一生懸命ここまで走って来たのだろう。

 

 少女は目に涙を浮かべ、叫ぶように訴えてきた。

 

「おねがいです! たすけてください!」

 

 ワタル先輩は、膝をつき、少女の肩に手を置くと、びっくりするぐらい優しい声で問いかけた。

 

「落ち着いてくれ。オレは四天王のワタルだ。

 何があったんだい?」

 

 少女がしゃくりあげながら山を指差す。

 

「ろ、ろけっとだんがやまに……!

 おにいちゃんがおいかけて……!

 わたしは、あぶないよっていったのに……!」

 

 泣きすぎて切れ切れの説明に、先輩はいちいち頷き、

 

「お月見山に行ったロケット団をお兄ちゃんが追いかけて行ってしまったんだね。なるほど」

 

 と要点を纏めた相槌をうった。

 自分の言いたいことが伝わったと気づいた少女が少し落ち着きを取り戻す。

 ワタル先輩はすかさず質問を繰り出した。

 

「お兄ちゃんの名前はなんて言うのかな?」

 

「た、タケシっていいます」

 

 俺は愕然とした。

 タケシ? イシツブテの、あの子が? 

 言われてみれば、彼女にはタケシの面影があった。

 

「たっ、タケシ兄ちゃんはどうしてそんなことを?」

 

 勢いこんで聞く俺に、少女は肩から提げていたピッピ型ポシェットを見せてきた。

 

「こ、このこたちがおやまからいなくなったのはロケットだんのせいだって、いつもおにいちゃんはおこってて……つぎにみつけたらとっちめてやるんだってなんかいもいってたんです。そしたら、あのひとたちをみかけて……」

 

「……後を尾けた、ということか」

 

 ワタル先輩は一瞬、厳しい目つきをしたが、すぐに柔和な笑みに戻った。

 

「教えてくれてありがとう、レディ。

 ところで、自分のおうちは分かるかな?」

 

「にびしてぃの、あかいやねのおうち……」

 

「赤い屋根だね。……カイリュー」

 

 静かに待っていたカイリューが、くおんと鳴いた。

 

「カイリューに乗ったことは?」

 

 勿論少女は首を振った。

 

「じゃあ特別に、オレのカイリューに乗せてあげよう。

 お家に着いたら、お父さんかお母さんにこの手紙を渡しておくれ」

 

 ワタル先輩は手帳に何事か書きつけると、手早く千切り取り、少女の掌に握らせた。

 

「大事なおつかいだ、できるかな?」

 

「が、がんばります」

 

 小さな手がメモをぎゅうっと握りしめた。

 

 カイリューが少女を抱えて飛んでいく。

 

 先輩は少女が見えなくなるまで手を振ってから、俺を見やった。

 もうその顔に笑みはない。

 冷静な怒りを滾らせている。

 きっと俺も、似たような表情をしているだろう。

 

「ロケット団と戦った経験(こと)は?」

 

「あります」

 

 数え切れないぐらいに。

 

「ならよし。奴らは極悪非道の連中だ。

 卑怯な手を使ってくる。情けなどかけるな。

 いざとなれば殺しても構わん。責任はオレがとる」

 

「わかりました。ガチグマ(ウルスラ)!」

 

 ギガトンボールを放る。

 先輩と一緒に猛き熊の背に跨り、渦中の山に踏みこんだ。

 

 

 〇〇〇

 

 

 ────ちくしょう。

 

 気を失ったイシツブテを抱きしめながら、タケシは己の弱さを呪っていた。

 

 ロケット団は数が多いだけのチンピラ集団で、一人一人は大したことないと父さんが言っていた。

 

 それなら、わざわざ大人を呼ばずとも成敗できると思った。おれとイシツブテは強いコンビだってアシタバさんも褒めてくれたし。

 

 だから、妹の制止を振り切って追いかけた。

 それが────このザマだ。

 

 たしかに団員たちは強くなかった。

 アーボ使いの男を蹴散らし、コラッタをけしかけてきた女も倒せた。

 

 だけど奴らは数が多くて、しかも、ズルかった。

 

 四方八方から殴られ蹴られ、毒ガスまで浴びせられた。

 イシツブテが気絶してしまうと、おれにはもう何も出来なかった。

 

「手間かけさせやがってこのガキが」

 

「うっ!」

 

 横っ面を蹴られ、砂利だらけの地面に倒れる。

 頬の内側を切ったらしい。口中に血の味が広がった。

 

「ピッピも見つからねぇしよお。

 クソみてぇな任務だぜ! なぁ!」

 

「うげぇっ!」

 

 おもいきり腹を踏まれ、反吐をまき散らした。

 

 ああ、おれ、死ぬのかな。

 こんなとこで殺されるくらいなら、妹の言うことを聞いとくんだった。

 

 朦朧とする意識の中で、鈍い地響きのような音が鼓膜を揺さぶる。

 

 幻聴? ──いや、たしかに聴こえる。

 

 タケシが目を瞑り、耳を澄ませた瞬間。

 

 

ガチグマ(ウルスラ)、大地の力!」

 

 

 軟泥(スライム)化した地面が隆起し、タケシを円形に包囲した。

 不意を突かれた団員たちがたたらを踏む。

 そこへ、容赦ない追撃が下った。

 

 

「ハクリュー、破壊光線」

 

 

どがぁあああん! 

 

 

 爆音と、団員たちの悲鳴が木霊する。

 それでようやく、この泥で出来た半球(ドーム)がタケシを閉じ込めるためのものではなく、護るための盾だと気づいた。

 

 壁の向こうから誰かが囁いてくる。

 

「そのままじっとしてろよ、タケシ」

 

 タケシは目を丸くした。

 この声はまさか。

 

「あ、アシタバさん!?」

 

「おう。

 このクソッタレ共は俺と先輩でやっつけるからよ。

 ちっとだけ待っててくれな」

 

「〜〜っ、はい!」

 

 乱暴に目元を拭う。

 だけど、後から後から涙が溢れて止まらない。

 よかった。アシタバさんが来てくれたらもう安心だ。

 

「生きて帰れるぞ、イシツブテ……!」

 

 イシツブテを、力いっぱい抱きしめた。

 

 

 

 




というわけで95話。
みんな大好き、ワタルさんによる対人間への破壊光線回。
十数年後にはこのハクリューが進化して、チョウジタウンの悪党にぶっぱなすわけですね笑

それはさておき、アシタバくんやらかしてしまいました。
じわじわと距離を詰めていけてたのに、おもっきりミュウツーの地雷を踏んづけた模様です。お調子乗りめ。
次話で和解と、ミュウツーのニックネームまで話を持って行けたらいいなあ。

そして無鉄砲をやらかしたタケシ坊や。
固い意思の男にもこんな時代があったら嬉しい。作者が。

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