お月見山におけるロケット団ボコボコ作戦は、俺とワタル先輩のダブル
ワタル先輩はただひたすら破壊光線を連発しまくるというバカの一つ覚えみたいな攻め方だったが、驚くべきことに地形や野生ポケモンには掠りもせず、悪党どもにだけ直撃させていたので、最後の方はもう呆れるのを通り越して拍手してしまった。
流石は10代で四天王に就任した男である。
その驚異的な精度と執念は見習わねばなるまい。
通報を受けて駆けつけたジュンサーさんたちは、こんがり焼けたロケット団員たちを次々にパトカーに放りこみ、先輩に直立不動の敬礼を送って帰っていった。
「いい動きだったぞ、アシタバ」
やけにスッキリした顔つきで褒めてくる先輩に、俺は片眉を上げた。
「ほとんど貴方がぶちのめしてませんでした?
俺がやれたの2、3人っすよ」
「いやいや。君が真っ先に彼を護ってくれたおかげで心置きなく暴れられたんだよ」
先輩がちらりと視線を走らせる。
その彼──タケシは妹に抱きつかれ、わんわん泣かれていた。ワタル先輩の手紙を受け取ったご両親も、2人の前で涙ぐんでいる。
タケシ自身、目玉が溶けて流れてしまうんじゃないかと心配になるくらい号泣していた。
「説教の一つや二つ、かましてやろうと思ってたんだが……あの様子じゃ、必要なさそうだな」
「……ですね」
ポケモンを大事に思うあまり、身の危険も顧みず突っ走ることがどれだけ周りの人間を悲しませるか、今日で嫌というほど学んだろう。
これ以上の苦言は野暮というものだ。
(……まあ、俺もあんま人のこと言えねーしな)
「それじゃオレは彼らを送り届けてこよう。
アシタバはどうする? 四天王やるか?」
「やりませんて。ついでのように聞いてこんでくださいよ。せっかくなんで、お月見山登ってきます」
「わかった。気をつけてな。
気が変わったらいつでも連絡しろ」
ポケギアの番号を書いたメモを渡される。
四天王なら名刺くらい持てばいいのにと苦笑し、ふざけた敬礼を返した。
「はいはい。先輩もお気をつけて」
軽く握手を交わす。
カイリューに乗せられたタケシは、喉を枯らしながら、「ありがとうございました!」と頭を下げてきた。
「いいトレーナーになれよー!」と大きく手を振るう。
龍族のなかでもトップクラスに速いカイリューは、星が瞬きはじめた空に浮かび上がると、あっという間に見えなくなった。
「お前さんもありがとうな、
最高の働きだった」
「ぼう」
硬い毛並みを優しく撫でる。
わざマシンで覚えさせたばかりの
渋めに作ったポロックを2、3粒食べさせてからボールに戻す。
そして、ムーンボールを手に取った。
ざわめく心を落ち着け、開閉スイッチを押しこむ。
「……出てきてくれ、ミュウツー」
ミュウツーは黙ったまま、俺を見つめてきた。
『…………なんだ』
「一緒に山、登ろうぜ」
ミュウツーはふいと顔を逸らした。
『それはもうやった』
「あんときはグレン島の火山だろ?
これはニビのお月見山だ。標高も景色も全然違う」
そっとミュウツーの手を握る。
ぴくりと震えたけど、振りほどかれたりはしなかった。
それに勇気をもらって、もう少しだけ言葉を重ねる。
「お前さんといきたいんだ」
……“行きたい”のか“生きたい”のか、自分でもよく分からない。多分、いや絶対、その両方だ。
『……………………わかった』
長い沈黙の末、ミュウツーは頷いてくれた。
〇〇〇
5歳の遠足ルートに選ばれるだけあって、お月見山の登りやすさはピカイチだ。
あっという間に山頂に到達した。
時刻は夜7時を過ぎたあたりで、登山客の姿はそれなりにある。登山道はニビ側もハナダ側も完璧に整備され、電灯で照らされているから、夜になっても迷う心配がないのがいいところだ。
なるべく人目の少ないところに並んで腰かける。
眼下にニビの街並みが見えた。
ひときわ大きな建物はニビジムだろう。
さきほど知ったことだが、タケシのお父さんがジムリーダーを務めているらしい。
「どおりであいつはバトルが上手いと思ったよ。
英才教育ってやつだな」
『…………』
ミュウツーは何も喋らなかった。
時々ポケットからピッピ人形を出してはむぎむぎ揉むばかりだ。
それがあんまり頻繁なので、おもわず笑ってしまった。
「気に入ってくれたんだな、それ」
『……悪くは、ない』
「実はな、もっと大きいピッピもあるんだぞ」
ミュウツーの手がぴたりと止まった。
「ひと回り大きいのもあるし、こーんな抱えるぐらいでっかいのもある。たしか港町のクチバには、限定デザインの水兵ピッピがあったはずだ。行ってみるか?」
『……………………』
むぎむぎと沈黙が果てしなく続く。
やがて、
『……行ってみても、いい』
消え入りそうな小さな声で、しかしはっきりと意思を示してくれた。
「──わかった。そしたら、明日行こう」
ミュウツーがこっくりする。
うん。ちょこっとだけ雰囲気が和らいだな。
一呼吸おいて、本題を切り出した。
「……それでさ、ミュウツー。
博物館でのことなんだけど」
『…………』
頭の中に緊迫した思いが流れる。
つられて声が上擦りそうになるのを必死で堪えながら、ゆっくり話を繋いだ。
「まず、謝らせてほしい。
人間の叡智なんてカッコイイ言い方しちまったけど、要は人の業だ。それが何よりもお前さんを悩ませ、苦しませてるのに、誇るような無遠慮な話し方をしちまった。
本当にごめん」
『…………』
「そのうえで、もう一度言わせてくれ。
せっかくこの世に生まれてくれて、俺と一緒に居てくれるからには、沢山楽しい思いをしてほしいし、美味いもんも味わってほしい。その為なら俺はいくらでも頑張れる」
嘘だと思うなら、テレパシーで頭ン中を確かめてくれ。
すると、ミュウツーは緩く
『わざわざ覗かずとも、貴様の心はダダ漏れだ。
────だから、余計に苦しい』
「……え」
どういう意味だ?
訊ねるより早く、ミュウツーの視線が、俺の視線とぶつかった。
『貴様と居れば居るほどに、貴様を知れば知るほどに、ワタシは苦しくなっていく。
もしもワタシを造ったのが貴様であったなら、こんな思いをせずに済んだのじゃないか。
もっと早くに貴様と出逢っていたなら、こんな憎しみを抱かずに済んだのではないか……そう考えてしまうのだ』
泣き笑うような表情で言われ。
俺は、咄嗟にミュウツーを抱き寄せた。
『20年……20年だぞ、アシタバ……。
あんな屋敷に、ワタシは独りで居たのだぞ……』
人間なんて有害だと思いこめていたときは幸せだった。
ただ憎んでさえいれば満足だったから。
けれどお前を知ったせいで、ワタシの怒りも、恨みも、行き場が無くなった。
いまさらこんな想いを味わわせるくらいなら、なぜもっと早くワタシを助けにきてくれなかった。
涙なき慟哭が直接脳に流れてくる。
ミュウツーの細い躰が、切ないほど震えていた。
「ごめん……ごめんなぁ……!」
俺は、嗚咽まじりにそう答えるのがやっとで、ひたすらミュウツーを掻き抱いた。
いつのまにか、カブトプスたちみんながボールから出て、俺たちに寄り添ってくれていた。
〇〇〇
月が中天にかかる頃、ようやく俺の涙も止まった。
もう、辺りには人っ子ひとりいない。
俺たちが居るきりだ。
「……なあ、ミュウツー。
よかったら、名前を贈らせてくれないか」
『名前?』
「うん。俺と俺の仲間だけが呼ぶ、お前さんだけの特別な名前だ。なにかリクエストはあるか?」
ミュウツーは目を閉じ、しばし考えてから呟いた。
『…………語り部がいい』
「かたりべ?」
『博物館で、大昔の出来事を連綿と語り継ぐ仕事があると知った。それを語り部と言うのだろう?』
ワタシが貴様と何を見、何を食べ、どんな風に生きたか。それを語り継いでいきたいのだと言うミュウツーの顔は、優しい晴れ晴れとした笑みを浮かべていた。
「────そっか!
なら、お前さんは今日からカタリベだ!
これからよろしくな、カタリベ」
ミュウツーは、ふっと眦を細めた。
『よろしくな、アシタバ』
俺はもう一度抱きしめた。
今度は、ミュウツーも抱き締め返してくれた。
人の業と哀しきエゴがミュウツーの生みの親だというならば、俺はこれから、人の情と、無償の信頼を与えまくる育ての親になってやる。
生涯をかけて、ミュウツーを幸せにするんだ。
生まれてきてよかったと、心から思えるくらいに。
〇〇〇
……さて、明けて翌日のことである。
ハナダシティ側に下山し1泊した俺たちは、すぐにでもクチバへ向かうつもりだったのだが。
「おーい待てえ! 待つんじゃあ!」
耳慣れぬ声だが、明らかに俺たちに向けられている。
誰だろうと首を巡らし、顎が外れるほど驚いた。
「おっ、オーキド博士!?」
そう。
声の主は誰あろう、ポケモン研究の権威・オーキド博士その人だったのである。
博士は乱れた呼吸も意に介さず、俺の肩をわしっと掴んで揺すぶってきた。
「すまん! わしと一緒に来てくれい!」
「え、あ、お、俺でよければ」
訳も分からぬまま請け合う。
相手が相手だ、断る道理はない。
博士は「ありがとう!」と言って、俺の手をぐいぐい引っ張っていった。
思ったより力が強い。
流石は初代ポケモンリーグチャンピオン。
「あ、あの! どちらへ?」
「おう! まだ説明しとらんかったの!
ハナダの洞窟じゃ!」
ハナダの洞窟? 聞き覚えがない。
「そんなとこありましたっけ?」
「君が知らんのも当然じゃ。
つい最近まで封鎖されていた場所だからの」
なんでも、オーキド博士が子供の頃は銅の採掘場だったらしい。
資源の枯渇に伴い封鎖されたが、数ヶ月前に起きた地震で地盤が緩んだかし、ぽっかりと口を開けたというのだ。
洞窟は街の北東を流れる川の向こうにあるが、採掘時代の枝道が無数にあることと、生息しているポケモンがやたら強いことから、立ち入りは禁じられているという。
「よりによってそんなところに儂のポケモンが逃げてしまってな。研究中の個体ゆえ迂闊な者には触らせられん。
なんとか連れ戻してくれんかのぉ」
「……他ならぬオーキド博士の頼みなら喜んで引き受けますけど、どうして俺なんです?」
一介の考古学徒に過ぎない俺をわざわざ行かせるより、ジムリーダーなどの実力者に任せるのが適当では?
すると博士は、意外な人物の名を口にした。
「いやなに、ハンサムくんが君のことをいたく褒めておってな。今回のポケモンとも戦っとるし、腕前も確かだと言うておったから、こりゃもう君以上の適任はおらんと思ったのよ」
「ハンサムさん!?」
アローラで行動を共にした国際警察のひとだ。
ウラウラの守り神カプ・ブルルを毒で操り、我が物顔に振舞っていたクイーンの逮捕劇はまだ記憶に新しい。
その時戦ったポケモンといえば……
「……まさか」
顔を顰める俺に、オーキド博士は言った。
「猛毒の鎖で相手を支配する恐るべきポケモン……。
支配ポケモンのモモワロウじゃ」
というわけで96話。
何とか和解できました。
実際、映画版のミュウツーの周りにもっと優しさがあったなら、きっと違ったルートを歩めていたと思うんですよ。あんな悲しい逆襲なんて要らなかった。
最後にはコピーたちと楽園目指して飛び立ちましたが、幸せに生きているといいなあ……
そしてカントーといえば外せないこの人、オーキド博士。
いやー何とか出せてよかったよかった。
アシタバくん、各地方の実力者とは出会えていても博士とは縁が薄いですからね。
最後にみんな大好きモモワロウ。
アローラ編で逃げた個体がどうなったか気になってた方、お待たせしました♡
次回はまたどったんばったん大騒ぎになりそうな予感。
よければ感想高評価おなしゃす!